異世界で勇者してた親友がTSして帰ってきた件   作:(๑╹◡╹)ノ

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(中編)

 俺は今、居間でソファに腰掛けながらテレビを見ている。

 大学受験に備えた最後の一年とはいえ息抜きは重要だ。

 

 流石にゲーム類は熱中しかねないため自制している。

 とはいえ時にリラックスしてテレビを見ることはままある。

 

 しかし、今はその放送内容も右から左。

 どうしても台所を挟んで漏れ響いてくる音に意識が向かってしまう。

 

 シャワー音である。

 

 異世界から帰還した我が親友ミサキは、今、浴室でシャワーを浴びている。

 

 ……いや、他でもない親友なのだ。

 家も近所だからその必要は滅多に無いとはいえ、風呂なんて頼まれれば幾らでも貸す。

 

 しかし、しかしだ。

 

 ……今のアイツは何の因果か女になっている。

 しかも、目を奪われるようなとんでもない美少女だ。

 

 意識するなという方が無理がある。

 

 どうしてこうなったと頭を抱えながら、俺はこうなった経緯を思い返していた。

 そう。それは俺が嗚咽を漏らし、そんな俺をアイツが抱きしめて頭を撫でていた時のこと。

 

 ……こう振り返ると、ものすごく情けない醜態を晒しているな俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく嗚咽が止まる。みっともない部分を見せてしまった。

 ミサキは妙にニコニコしている。

 

 ていうか臭いぞ。いつから洗濯をしてないんだよ。

 

 

「くさいって… ひどくない!?」

 

 

 照れくさくなった俺は、ついつい暴言を吐いてしまった。

 

 しかし匂うのは事実である。一体どういう生活をしてたんだ。

 アイツは顎に指を当てて考えこみながら、とんでもないことを口走る。

 

 

「うーん、魔族領に入ってからは野宿が基本だったしなぁ… 水は貴重だったし」

 

 

 洗えよ! 洗うの無理なら捨てろよ! 

 

 

「……あはは、旅の仲間にもそう言われたけどね」

 

 

 だったら…

 

 

「この世界から手元に残った唯一の思い出の品だよ。捨てられるはずがないよ」

 

 

 寂しげに「あの時は帰れる保証もなかったから」と付け加えられれば、返す言葉も失う。

 しかし気になる点も出てきた。

 

 唯一の、とはどういうことだろう。

 財布や身分証明、スマホなんかは持ち歩いてただろうに。

 

 転移の時に壊れたり落としたりしたのか? 

 

 

「あの世界に来て混乱してる間に身の回りの品は取られてね。……してやられたよ」

 

 

 ミサキの笑顔がまた黒くなる。いや、うん、気持ちは分かるけど。

 

 善意でやってるのか、元の世界の未練をなくすために狙ってやってるのか。

 ……願わくば前者であって欲しいけれど後者なんだろうなぁ。

 

 転移勇者を利用するためのノウハウが確立されてますよね、異世界さん。

 

 

「流石に彼らも女の服まで剥ぎ取れなかったから、女になってそれが唯一得した点だね」

 

 

 得意げにパーカーをヒラヒラさせてドヤ顔をするミサキ。

 その拍子にヘソまでチラリと見えてしまう。

 

 顔に熱が集まる。

 それを悟られたくなくて、目線を逸らしながらご家族との再会について尋ねてしまう。

 

 あちらのご家族の落ち込みようと言ったら、俺が言うのもなんだがそれはもう酷かった。

 さぞ感動的な再会をしたのではないかと思いつつ話を振ると、アイツは笑顔のまま硬直する。

 

 ……え? 

 

 

「いや、違うんだよ? 会わなくちゃいけないのは分かってるよ。分かってるとも!」

 

 

 マジかよ。

 

 

「な、なにかなその目は。……ホラ、いざ会うとなったら色々とあるじゃない?」

 

 

 コイツ、この期に及んでヘタレやがった。

 勇者とは一体…。

 

 

「一年以上も姿くらませて今更どの面下げて会えば良いのやら… 女になっちゃったし…」

 

 

 俺の冷たい視線に晒されているのが分かるのか、赤くなって縮こまるミサキ。

 というか家族を放って真っ先に俺に会いに来やがったのかよ、コイツ。

 

 

「そこはホラ! キミならなんだかんだ受け入れてくれると思って… いたいたいたい!?」

 

 

 ……はっ!? 

 勝ち誇った表情を見ていたら身体が勝手にウメボシをキメていた。

 

 本来美少女を涙目にするのは心が痛むはずなのに、微塵も罪悪感が湧かねぇのがすげぇわ。

 

 とはいえいつまでもこうしてはいられない。

 大きくため息を吐いてミサキの腕を取り、立たせようとする。

 

 

「ちょ、無理無理無理! そんな急に心の準備が… あ、ホラ! ボク、臭いし! ね!?」

 

 

 ……コイツ、ものすごい勢いで抵抗しやがる。

 これ以上無理に引き剥がそうとしたら我が家のソファが破壊されてしまう。

 

 異世界救ってきた勇気は何処行った!? 

 

 

「あんなのただの罰ゲームだよ! 帰ってくるために死ぬ気でがんばっただけだよ!」

 

 

 言い切りやがった、コイツ。

 その飽くまでブレない姿勢にちょっぴり好感を抱かないでもないが。

 

 なんかドッと疲れた。

 

 死んだと思った親友がアイドル顔負けの美少女になってオマケに異世界まで救ってた。

 そう聞いた時は遠くに行ってしまったものだと寂しくもなったりしたが。

 

 しかしその中身は、大人しくて優しいが微妙にヘタレな御陵(みささぎ)ミサキのままだった。

 

 喜べば良いのやら嘆けば良いのやら。

 なんかもう果てしなくどうでも良くなってきて、風呂に入ってこいとそれだけを告げる。

 

 悲しいかな、コイツが今臭いのは事実でもあった。

 

 

「……そんなに臭い臭い言わなくても」

 

 

 ブツブツ言ってるミサキを放置して、俺の服や未使用の肌着類を脱衣所に用意する。

 後は無言のまま視線で促す。

 

 異世界を救ってきたはずの勇者は、それにあっさりと屈して脱衣所へと向かうのであった。

 

 そうして今に至るというわけだ。

 

 あの水音の鳴るところには美少女が一糸まとわぬ姿でシャワーを浴びて…

 煩悩退散! 煩悩退散! 

 

 俺はソファの上で座禅を組むと、静かに念仏を唱え始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無心で読経に耽ること暫し。

 我が心は無念無想の境地に至り、今や(あまね)く天地と一体化していた。

 

 

「あ、あの… お風呂ありがとう。……どうしたの?」

 

 

 そこに声がかけられる。

 

 ミサキがいつの間にか風呂から上がっていたのであろう。

 しかし、我が精神はもはや小揺るぎとてしない。

 

 そうですか。久方振りの温かいお風呂は如何でしたか? 

 

 

「あ、うん。大変気持ちよかったです… あの、その気持ち悪い薄ら笑いどうしたの?」

 

 

 気持ち悪い薄ら笑いとは失敬な! この素晴らしいアルカイックスマイルをなんと心得る! 

 

 お説教をしてやろうとカッと目を見開く。

 しかし、そこで言葉を失ってしまうことになる。

 

 

「……ど、どうしたの?」

 

 

 丈が合っていない服を身につけたミサキが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 

 ところでコイツは今女だ。

 当然男であると俺とはかなり体格が違うわけで、その服は上下ともブカブカとなっている。

 

 つまり覗き込まれると襟の隙間から、かなり色々と見えそうになるわけで…

 

 というか不用意に近寄ってくるな! 

 

 

「え? え? まだ臭かったかな? 結構念入りに洗ったつもりなんだけど…」

 

 

 違う! むしろいい匂い! 臭いかいい匂いかの二択しかないのか! 

 おまえはもう少し程々というものを覚えろ! 

 

 

「すごく理不尽なことを言われてる気がする… いい匂いなら別に良いじゃん…」

 

 

 今回ばかりはミサキが全面的に正しいのだが、詳しく説明するのも憚られる。

 ……というか本当に可愛いな、コイツ。

 

 さっきまででも当然可愛かったが、どこか薄汚れた印象があることも否めなかった。

 それが今やどうだろう。

 

 肩口まで伸びた髪は艷やかに輝いているかのよう。

 白磁を思わせる肌は仄かに上気しており、色香を漂わせている。

 

 まじまじと見詰められていることに気付いたのだろう。

 萌え袖っぽくなっている服のまま、困惑気味に今の自分の格好を確認している。

 

 可愛い。

 

 が、当然ながらそれを口にすることは憚られる。

 よって俺は咳払いをしながらある種当たり前のことを確認するに留めた。

 

 で、実家に顔を出す決心は付いたのか? 

 

 

「うぅ…」

 

 

 まだヘタレているのか、こやつは。

 

 ……まぁ、仕方ない。それが御陵ミサキだ。

 ため息を吐きながら予備のジャケットを放ってやり、俺は俺で出掛ける準備をする。

 

 途端、オロオロしだしたコイツに苦笑いで告げる。

 

 

 飯もまだなんだろ? ひとまず外行こうぜ。

 

 

「……いいの?」

 

 

 可愛く『くぅ…』と腹の虫を鳴らしてくる。

 お約束を外さないヤツだなと半ば感心しながらも俺は言葉を続けた。

 

 気にするな気にするな。大変な冒険を潜り抜けて帰ってきた親友の生還祝いだ。

 王宮のフルコースとはいかないだろうがこの俺様がドーンと奢ってやろう。

 

 

「構うもんか! キミと一緒に味わえるなら、それが最高の料理だよ! いこういこう!」

 

 

 現金なものだ。

 

 輝く笑顔で俺の手を引き始めたミサキに、俺はハイハイと応じて歩き始めるのであった。

 尻尾振ってるような幻覚が目に浮かぶ。……コイツこんなに犬っぽかったかな? 

 

 おい、合わない服でそんなに駆けたら転ぶぞー。

 

 ……あ、コケた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、騙された…」

 

 

 ミサキは、ワナワナと震えながら悔しげに唇を引き結んでいる。

 今にも「くっ! 殺せ」とか言いそうな勢いだ。似合いそう。

 

 

「ボクは親友のことを信じていたのに… ご飯で釣ってこんな酷い仕打ちをするなんて…」

 

 

 人聞きの悪い事を言うな。

 サイズの合ってない服で好き放題動き回って、何度も転けそうになったおまえが悪い。

 

 しかもコイツは今やとんでもない美少女。

 ただでさえ周囲の目を集め易いのに、チラチラ服の隙間から肌を晒し無防備極まりない。

 

 流石に見ていられなくなって食後に予定していた洋服店に直行することと相成った。

 暢気に「牛丼、ラーメン、ハンバーグ♪」なんて鼻歌を歌っていたヤツの表情は激変した。

 

 まぁ女物の洋服店だからな。嫌がるのも分かる。

 

 俺も意識が男のまま女になってしまったなら全力で抵抗していただろうさ。

 気持ちは分かるとも。そうだよな、無理強いは良くないと俺も思う。

 

 そう伝えれば、ミサキはパァと花咲くような笑みを浮かべて何度もコクコクと頷いた。

 

 

 

 

 ──分かるが行け。

 

 力が緩んだ隙を過たずとらえると、俺は親友を店内へと叩き込んだ。

 何事かと寄ってきた店員さんにこれ幸いと声をかける。

 

 あ、このお洒落の『お』の字も知らないだろうヤツに適当に一式見繕ってやってください。

 予算はこれくらいで。……えぇはい、全部おまかせでお願いしますので。

 

 ミサキの悲鳴をBGMに、俺は店内に設置されたベンチに適当に腰掛ける。

 

 そこに暇をしていたのだろう、別の店員さんが声を掛けてくる。

 

 

「可愛らしい方ですね。……彼女さんで?」

 

 

 あ、どうも。いや、彼女ってわけじゃありませんね。親友… の、妹的な? 

 

 

「わ、青春ですね。ところで、もう少しご予算より安くで一式揃えることも可能ですが…」

 

 

 ……あぁ、なるほど。

 

 学生風情が見栄を張ってないか、こうして気を使ってこっそり確認に来てくれたのか。

 良い店員さんだ。

 

 確かに飽きるほどバイトをしてた人間でもなければ、あれだけの金額はパッと言えないか。

 

 辛い記憶を忘れようと我武者羅にバイトに明け暮れた日々も、決して無駄ではなかった。

 そう考えられて嬉しくなる。

 

 だから、一つ頷いて心なし胸を張りながら俺は店員さんに答えるのであった。

 

 

 えぇ、大丈夫です。こうしてアイツのためになるのならそれが一番嬉しいんです。

 

 

 少々はしたないが、財布を取り出し中に収めている現金を取り出して見せる。

 店員さんは肯いて「……大変失礼を申し上げました」と述べて引き下がってくれる。

 

 いやいや、お気遣い嬉しかったです。

 

 

「若いっていいなぁ…」

 

 

 小さなため息とともにこぼれた店員さんの言葉の真意を掴めぬほどに俺も子供ではない。

 

 とはいえ、ここで本当に恋人ではないのだと主張したところであまり意味はなさないだろう。

 心の中でミサキに謝りつつ、とりとめのない話をしながら待つこと暫し。

 

 

「お待たせしました、彼氏さん! いやぁ、素材が良くてついつい張り切っちゃいまして!」

 

 

 元気な声とともにミサキを連れて行った店員さんが戻ってきた。

 恋人じゃないんですが。

 

 そうは言ってもこの元気が良すぎる店員さんは聞く耳持ってくれる気配はない。

 

 

「まーまーまーまー! さ、彼女さんもいつまでも隠れてないで! ささ、彼氏さんの前に!」

 

 

 余計に萎縮してしまったのだろう。

 中々姿を見せようとしない。

 

 若干呆れながら根気強く待ち続ける。

 笑ったりしないからさっさと出てこいって。

 

 ようやく観念したのか、おずおずとミサキは姿を見せた。

 

 

 ……おお。

 

 清楚感の漂う、丈の短めなヒラヒラした妖精のような白色のインナーワンピース。

 灰色のレギンス… いや、スキニーパンツで細い足のラインが良く映える。

 

 足元は動き回りたがるアイツの要望を取り入れたのか、革製のショートブーツ。

 そして薄青色のロングカーディガンを羽織っている。

 

 頭の上には赤地に白の混じったベースボールキャップを被って髪を纏めているようだ。

 

 

 うん、お世辞抜きで可愛い。

 これは可愛すぎる。

 

 俺は無言でスマホを取り出し、この奇跡的な光景を画像として残そうと試みた。

 ドヤ顔で親指を立てている店員さんと目が合ったので、俺も親指を立てて返礼しておく。

 

 一番槍の俺に続いて、話し相手になってくれていた店員さんも撮影会に加わった。

 そしてミサキを着飾ってくれた功労者の方もそこに加わらないはずがない。

 

 無言のままシャッター音だけが流れる空間。そこには虚飾なき真実があった。

 

 

「え、どういうこと!? 無言で写真撮られ続けるし、一体何が起こってるの!?」

 

 

 ……おっと、一時的に正気を失っていたようだ。

 だから気にするなよ。な? 

 

 

「正気を失うってなに!? 気になるよ!? え、そんなに似合ってなかったの!?」

 

 

 いやまぁ、その。

 

 素直に可愛いと口に出来ず口籠る俺を陰で小突き倒すコーディネート担当店員さん。

 痛い痛い。俺、客だよな!? 

 

 わかった、言う! 言いますから! 

 

 

 ……その、めちゃくちゃ似合ってるから安心しろって。

 おまえもこの服でいいだろ? 

 

 

 なんとかそれだけを絞り出す。背後のブーイングの嵐は聞こえないことにする。

 コイツの特殊過ぎる事情を鑑みれば素直に可愛いと述べることも憚られる。

 

 だから仕方ないのだ。

 

 

「え、うん… でも…」

 

 

 少し困ったような複雑そうな笑みを見せるミサキを前に胸を張る。

 

 

 大丈夫だ、一時期バイトに明け暮れていたお陰で資金は充分あるからな。

 そもそも今日はお祝いだって言っただろ? 存分に頼ってくれ。

 

 そう告げれば、アイツの方も迷いはなくなったのだろう。

 吹っ切れたような表情で肯いてくれた。

 

 

「……よっし! ご飯の奢りも忘れてないよね? ボク、結構食べるから!」

 

 

 知ってる知ってる。おまえ昔から大食いだったもんな。

 流石に今日くらいは勘定のこと忘れて好きなだけ食えって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは宣言通り、信じられないほど食べるミサキに飯を奢る羽目になった。

 まぁ、親友が帰ってきたんだ。これくらい安いものだ。

 

 ……ちょっとだけドン引きしたのは秘密だ。

 腹ごなしに、大して代わり映えがない街並みを見るための散歩に移る。

 

 

「へぇ、あんなところに喫茶店があったんだ?」

 

 

 あぁ、あそこはおまえがいない間にできた。俺はまだ行ったことないけど。

 

 

「角のタバコ屋のお婆ちゃんは元気にしてる?」

 

 

 おう、まだまだ元気だぞ。けど一度腰を痛めてからは息子夫婦に手伝って貰ってるらしい。

 

 

 

 

 

 

 そんな取り留めのない会話を交わしながらも時計の針は進み、やがて日は暮れる。

 

 

「………」

 

 

 俺が促すまでもなく、コイツも気付いているのだろう。

 このままじゃいけない、と。

 

 

「よし… 父さん、母さん、ルリに会おう!」

 

 

 頬をパシッと叩いて公園のベンチから立ち上がるミサキ。

 ちなみにルリというのはコイツの妹ちゃんだ。

 

 

 おう、がんばろうな。ルリちゃんは全寮制の学校から帰ってないから会えないだろうけど。

 

 そう告げるとパチクリとまばたきをして、俺の方を見詰めてくる。

 

 

「……え?」

 

 

 うむ。

 多分あの子も思い出の多いここで暮らすのは辛かったんだろうから責めてやるなよ? 

 

 むしろワンクッション置いた形で会えるのだと前向きに考えてだな…

 

 

「教えてくれてありがとう。って、そうじゃなくて。……ついてきて、くれるの?」

 

 

 いや、そりゃそうだろ。

 むしろこの状況で「はい、さようなら」って放置するほど薄情に思われていたのかよ。

 

 流石に状況が状況だから俺も全面的に協力はするけれど、あまり当てには…

 

 のわぁっ!? 

 

 

「し、親友ぅ~~~~~~~~~~!!!」

 

 

 いきなり泣き喚きながら抱きついてきやがったコイツ!? 

 って、おまえお気に入りの一張羅に涙と鼻水付けまくりやがって。

 

 はぁ、仕方ないな。

 

 さっきの逆だな。

 そう思いながら俺はミサキの頭を撫でながら、落ち着くまで待ってやることにした。

 

 ……涙ぐむ美少女に胸を貸している状況なのに、役得感が一切ないのはある意味すげーな。

 

 

 

 

 

 

 嗚咽が鎮まり落ち着いた頃合いを見計らい、声をかける。

 ホラ、そろそろいこうぜ? 

 

 

「……うん」

 

 

 まだ顔は真っ赤だったが、ミサキは俺の差し出した手を素直に掴む。

 そして一年ちょっとぶりの家路へと足を動かし始めるのであった。

 

 

 

 

 

 道を間違えるはずもなく、いささか呆気なさ過ぎるほどに御陵家宅前へと到着した。

 ……とはいえ実はあの件以来、俺も自分からここに来るのは初めてだったりする。

 

 そんなことなどおくびにも出さずインターホンを鳴らす。……ヤバい、緊張してきた。

 

 

『はい、御陵です。どちらさまで… あ、お久しぶり。どう、元気だった?』

 

 

 あ、ミサキのお母さん。

 はい、お陰様で元気にしています。……その、おじさんはご在宅でしょうか? 

 

 

『? えぇ、いるわよ。ひとまず上がってくださいな。外はまだ寒いでしょう?』

 

 

 あ、はい。失礼します。

 

 なんとなく話しそびれて、ミサキに視線で合図を送る。

 ……おずおずと付いてきた。

 

 少しばかり憂鬱になってため息を吐く。

 いかんいかん、格好つけた手前こんな姿はミサキに見せられないな。

 

 たとえ空元気だろうと堂々としていなくては。

 

 好都合と言うべきか、玄関先にはおばさんだけではなくおじさんも姿を見せていた。

 俺からのご指名のせいだとすれば、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 

 大きく深呼吸をすること数回。俺は頭を下げて挨拶をする。

 

 

 夜分遅くに突然申し訳ありません。

 ……実は折り入ってお話したいことがあって寄せていただきました。

 

 

「まぁ、なにかしら。そんなにかしこまらなくても… ねぇ、あなた?」

 

「うむ。まぁ、そこで立ち話もなんだ。ひとまず中に… ん? そちらのお嬢さんは…」

 

 

 そこで視線がミサキに集中する。

 さて、なんと説明したものだろうか。

 

 

「ふむ、どことなくルリに似ているような気もするが…」

 

 

 おお、すごいぜおじさん。っと、感心している場合じゃなかった。

 

 

 えぇと、そのことなんですが…

 にわかには信じ難いことかもしれませんけれど、どうか落ち着いて聞いて下さい。

 

 

 と、俺が言い終わるより早く。

 おじさんの横から俺をもすり抜けて、おばさんがミサキに駆け寄り抱き締めた。

 

 

「ミサキ! ミサキなのね! ……あぁ、帰ってきてくれたのね! 私たちのところに!」

 

「母さん… 母さん! うわぁああああああああああああん!!!」

 

 

 一瞬かよ!? 

 

 感動の親子の再会が繰り広げられていた。互いに抱き締め合いながら涙を流す親子。

 貰い泣きをしそうになる俺の肩に、そっと手が置かれた。

 

 

「……説明、してくれるね?」

 

 

 そこには複雑そうな表情をしたおじさんの姿があった。

 

 あ、はい。

 

 おじさんの言葉を断れるはずもなく。

 俺とミサキはおじさんおばさんに通されて、御陵家の敷居を跨ぐことと相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、どうぞ。遠慮なく」

 

 

 あ、どうも。

 

 俺は今、御陵家の晩御飯の招待を受けている。

 グラスにはおじさんが麦茶を注いでくれた。

 

 小さくなりながらもお辞儀を繰り返す俺と、若干渋い顔をしているおじさんの姿は対照的だ。

 原因は言わずもがな、アレだろう。

 

 互いに抱擁を交わし合いながら、引き裂かれていた月日を埋めるように会話を続ける親子。

 一見とても美しい光景だ。とてもとても美しい光景だ。

 

 それを眩しそうに眺めながらおじさんは口を開いた。

 

 

「妻は… あの一件以来、心を弱くしていてね」

 

 

 ……はい。

 

 

「少しでもあの子を連想させるものを見てはああなってしまう。今日はとびきりだが」

 

 

 ……ごめんなさい。

 

 

「いや、責めてるわけじゃないんだ。そう聞こえてしまったなら、こちらこそ申し訳ない」

 

 

 ……いえ、そんな。

 

 

「君が悪意を以てこんな仕掛けをする子じゃないことは、昔からよく知っている」

 

 

 ………。

 

 

「妻の喜びようは見ての通りだ。私からも礼を言いたい。……だからこそハッキリさせたい」

 

 

 ……はい。

 

 

「あのお嬢さん、あの子は… 一体何者なんだね?」

 

 

 御陵ミサキ本人だと思っています。……少なくとも、俺は。

 

 

 真っ直ぐおじさんの目を見て、そう告げる。

 俺のその言葉を受けたおじさんは天井に視線を移してから、深い深いため息を吐いた。

 

 

「そう、か。……君がそう言うなら、きっと、そうなんだろうね」

 

 

 その言葉の裏にどんな意味が込められているのかは分からない。

 

 ただ、諦めようとしても諦めきれないまま…

 それでいて全てを背負う決意をした、そんな色が込められている気がした。

 

 

「失礼。一本、吸わせてもらっていいかな?」

 

 

 あ、はい。どうぞ。

 

 煙草を一本取り出しながら尋ねるおじさんに、俺は肯く。

 紫煙をくゆらせるおじさんと、それを見詰めている俺。

 

 感動的な母子の再会をBGMに、無言のまま、俺たちの時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして家を辞する時。

 口を開こうとした俺を制してそっと一言。

 

 

「私はあの子を受け入れると決めたよ。……私自身の判断と責任でね」

 

 

 それは、でも…

 

 

「うん。そう決めたきっかけには確かに君の言葉もあったとも」

 

 

 だったら。

 

 

「……だけど何より、妻のことを考えれば受け入れないという選択肢はなかった」

 

 

 そう言ってから、俺の肩をポンポンと叩く。

 

 

「君が気に病むことはないよ。……あの子とは、友達でいてくれるんだろう?」

 

 

 その言葉に溢れそうになる涙をこらえる。

 本当に、申し訳ない気持ちで心が一杯になるが… そんなことをこの人は望んでいない。

 

 だから、精一杯気持ちが伝わるように「はい!」と頷いた。

 

 

「ありがとう。君がミサキの友達でいてくれてよかった」

 

 

 そう言って居間に戻っていったおじさんと入れ替わりに、ミサキが姿を見せる。

 まだ薄っすらと目元は赤いままだが、けれど、とてもスッキリした顔をしていた。

 

 そして、静かに口を開く。

 

 

「本当に、帰ってこれたんだね… ボクは」

 

 

 あぁ、良かったな。

 

 そして、おかえり。

 

 

「! うん、ただいま。……なにもかも、キミのおかげだよ」

 

 

 いや、普通におじさんとおばさんのおかげじゃないか? 

 俺、ほとんどなんもしてねーぞ? 

 

 

「そうじゃなくて! 最初に会った時のこともそうだけど、服や、ご飯まで…」

 

 

 その表情がだんだんと暗いものになっていく。

 

 

「ボクだけ貰いっぱなしで、こんなんじゃキミの親友だなんて胸を張れないよ…」

 

 

 ほほう、ほうほう… そういうことですか。ミサキさんや、なにか勘違いしてませんか? 

 

 

「か、勘違い…?」

 

 

 確かに服や飯は生還祝いの奢りだとは申し上げました。

 しかし、無償でくれてやるなんて一言も言っておりませんぜ? 

 

 

「うぇっ!? 今からお金を要求するの!? で、でも心苦しかったからそれはそれで…」

 

 

 甘い甘い甘ぁ──────い!!! 

 

 まったく、なんでもすぐ金で解決しようとする悲しき現代っ子め。

 金なんかで俺様の好意の数々を賄えると思うたか、この戯け者! 

 

 

「え、えぇっ!? お金じゃないって、じゃあ、どうすれば…」

 

 

 フン、分かってるだろうに。

 俺は拳を突き出し、口を開いた。

 

 

 これからも俺たちはずっと親友だ。じっくりと『貸し』は取り立ててやる。

 ……もう勝手にどこか行けると思うなよ。

 

 

「………」

 

 

 唖然とした表情をしているミサキ。

 

 ……ヤバい、外してしまったか? 

 クサすぎただろうか? 

 

 いや、うん。奢るって言っておいて【貸しを取り立てる】とか我ながらないわー。

 めっちゃないわー。ドン引きだわー。

 

 所在なさげに突き出している拳を降ろそうかと考え始めたその時。

 コツン、と小さくて柔らかい拳があてがわれる。

 

 

「……ありがとう。本当に、キミが親友で良かった」

 

 

 だ、だろー? 

 

 うんうん、これからも俺のことを尊敬し崇め奉ってだな…

 

 

「大好きだよ!」

 

 

 ……お、おう。

 

 この日一番の笑顔とともに恥ずかしい台詞を残して、彼女は家に中に戻っていった。

 

 

 いや、大好きっておまえ。……そう言う意味じゃないんだろうけどさ。

 あー… 頬が熱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火照った頬を冷ますために、自宅の縁側で星を眺めている。

 今日一日で色々なことが置きた。

 

 もう会えないと思っていた親友との再会。

 そのご家庭の思ったよりもヘビーな裏事情。

 

 それらを支えながら、何も言わずに全てを受け入れてくれたおじさん。

 

 ……そうだよな。

 冷静に考えたら俺やおばさんの反応の方がおかしいよな。

 

 初手で救急車か警察を呼ばれてもおかしくなかった。

 

 それが嫌ってわけじゃないしある程度は覚悟の上だったけれど、それでもそうしなかった。

 そんなおじさんには感謝しかない。

 

 そして心細がっていたアイツを、どんな形であれ受け入れてくれたおばさんにも。

 けれどもう大丈夫。あとは任せておけば安心だ。

 

 ……なんて、とてもじゃないが言えやしない。

 

 ルリちゃんにまだ伝えていないことを抜きにしても、いつ崩れるか分からない砂上の楼閣。

 それが今の御陵家の状況であると言えるのかも知れない。

 

 俺じゃアイツの家族になってやることはできない。

 けれど、おじさんにも… そして他でもないアイツ自身にも友達であることを望まれたんだ。

 

 だったら、俺に出来る限りのことはやろう。

 今日の失態は教訓として、もっと考えてもっとアイツを守れるように…

 

 守れる、ように…

 

 

 

 

 ──大好きだよ。

 

 

 脳内でリフレインする別れ際のアイツの笑顔と言葉。

 いや、違う! アイツはそう言う意味で言ってなくて、あれはその、親友としてだな! 

 

 思索に耽ることで熱を冷まそうとして逆にますます熱を持つ悪循環。

 顔の熱があわや全身にまで広がりそうになったその時。

 

 家の庭。縁側に腰掛けて涼んでいる俺と目と鼻の先の距離で、唐突に放電現象が発生する。

 

 バチバチと火花を散らす現象に思わず息を呑む。

 静電気にしては規模が大きすぎる、青い光。

 

 それは段々と大きくなって、やがて人と同等のサイズにまで膨張してゆく。

 そう思ってしまったせいだろうか、光の中から突き出てきたものがある。……人の手だ。

 

 俺がマジマジと見つめる中で、手に続き腕が、腕に続き身体が光の中から浮き上がってきた。

 呆然としながら眺めている俺を余所に、一人の人間がその場に現れる。

 

 年の頃は十代後半から二十代前半、女性と見紛うほど整った顔立ちの恐らくは男性。

 金髪碧眼という王子様のような風貌のイケメン。

 

 その格好も王子か騎士のような鎧姿だ。

 まるで、そう、ファンタジー風の異世界なんかにありがちな。

 

 

「ミサキ… どこにいるのだ。この我が、騎士王子ディハルトが迎えに来たぞ!」

 

 

 近所迷惑もかえりみず、光の中から現れた不審者が俺の家の庭の中で絶叫した。




続きはまた来週に、できるならば…。
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