異世界で勇者してた親友がTSして帰ってきた件   作:(๑╹◡╹)ノ

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(後編)

 水道屋に連絡して、我が家の浴室に取り急ぎ応急処置を施して貰った。

 そんな出来事から一晩明けての翌日。

 

 

「フハハハハハハハハハ! これがミサキの生まれ育った町か。うむ、不思議な(たたず)まいだ!」

 

 

 工期は思ったよりかかる見通しで、一週間弱ほどかかってしまうらしい。

 春休みが終わるまでに綺麗に直しておくという、目論見は(はかな)くも崩れ去った。

 

 仕方ない。諦めて親父とお袋には頭を下げようと思う。

 しかし、その『原因』についてはまったくもって頭を痛めているというのが実情だ。

 

 

「やや、これは一体なんなのだ!? ……分かったぞ。案山子(かかし)だな!」

 

 

 やかましい、ウロチョロするな。

 それはポストだ。

 

 郵便物を入れて配達するためのもので… あぁ、もう黙って付いてこいって。

 

 

「ほほう… 郵便? ふむ、輸送のようなものとな? うむ、輜重(しちょう)は大事だな!」

 

 

 俺は今、街を見て大興奮のディハルトを連れて歩いている。

 といっても、別に観光案内をしているわけではない。

 

 このアホが破壊して入れなくなった風呂代わりに、銭湯へと向かっているのだが…──

 

 

「おい、貴様! アレはなんだ! 早く説明しろ!」

 

 

 この騎士王子、果てしなくうるさい。

 

『騒ぐな』

『目立つな』

『大人しく付いてこい』

 

 たったこれだけの俺のオーダーを秒で忘れ去って、あちこち駆け回っている。

 

 雪降り後の犬か? 犬なのか? 

 ……ミサキのパーカーを嗅ぎ倒してたし本当に犬なのかもしれない。

 

 ハーネスでも用意してくれば良かったかな、と頭痛に悩んでいると背後から声がかかる。

 

 

「あれ? ……どうしたの、こんなところで」

 

 

 振り返れば、案の定、ミサキがそこに立っていた。

 昨日と代わり映えのない服装。

 

 俺はこれから風呂に入りに行くところだけど、おまえこそどうしたんだ? 

 

 

「お風呂? これから? なんでわざわざ… あぁ、うん。ボクは散歩中だけど」

 

 

 へぇ、朝からずっとか? 

 

 

「ううん。朝は母さんと買い物とか」

 

 

 買い物? ……あぁ、そっか。色々と物要りになるよな。

 

 

「うん。女物の服とか生活品とか色々… ボクは良いって言ったんだけど、押し切られて」

 

 

 そりゃおばさんが正しいよ。

 異世界で長らく放浪生活をしてきたせいか、どうにもそういう面が無頓着みたいだな。

 

 また臭くなるぞ? 

 

 

 せっかくの素材が勿体ないから手入れはしてやれよ。

 そんな本音を隠しつつからかえば、ミサキは嘘みたいに焦った反応を示す。

 

 

「ちょっ!? ひどいよ、ちゃんとお風呂入ってるから。嘘だと思うなら嗅いでみなよ!」

 

 

 さぁ! さぁ! と両手を広げながら近付いてくる。

 ……しまった、からかい過ぎた。

 

 

 頼む、俺が悪かったからそれは止めてくれ。色々と心臓に悪い。

 

 

「わかってくれたなら、良いんだけどさ…」

 

 

 ……まぁ、突然女になってしまったら色々とあるよな。

 いや、ミサキにとっては突然ってわけじゃないのか。

 

 コイツの一年に渡る異世界冒険生活を思えば、その当初の苦労たるや察するに余りある。

 

 

 でも、良いのか? 一人で散歩なんて。

 ようやく家族と再会したばかりじゃないか。

 

 

「家にいても息が詰まっちゃって。……これからの事とかもちょっと一人で考えたくて」

 

 

 ふむ、これからのこと? 

 

 

「……復学とかね。どんな形で戻るかによっては、戻らないって選択肢もあるかも」

 

 

 ……確かに。

 

 ミサキが男のまま戻ってきたならば、多少問題はあっても解決は比較的簡単だっただろう。

 しかしコイツは今、女だ。

 

 俺やコイツの家族が受け入れたとしても世間がそれを認めるかは別問題だ。

 というか世の中の常識的に考えて認められない可能性が高い。

 

 それはミサキのみならず、御陵(みささぎ)家…

 ミサキのおじさんやおばさんに厳しい目が注がれる、なんてことに繋がりかねない。

 

 そういう展開が見えてくるようであれば、確かに言うとおりそういう選択もアリかもだ。

 

 

 ……ままならないもんだ。

 

 俺には上手く事が進むことを祈るしか出来ないが、力になれそうな時は言ってくれ。

 いつでも全力で協力させてもらうからな。

 

 

「う、うん。ありがとう。すごく心強いよ。……ところで、さ」

 

 

 俺の言葉に髪を弄りながら、少し頬を赤くしつつ頷くミサキ。

 感激屋なところは変わらないな。なんだか微笑ましくなってしまう。

 

 

 ……ところで? 

 

 

「ミサキぃいいいいいいいいいッ! 会いたかったへぶぇえええええええッ!?」

 

 

 俺が聞き返すと同時に、ミサキを抱き締めようとしたディハルトを…

 

 

「なんでまだいるの? コレ」

 

 

 空気投げ、というのだろうか? 

 なんかそんな感じの体術で器用に投げ飛ばしてから一言。

 

 

 ……し、辛辣(しんらつ)ッスね。ミサキさん。

 

 

 俺は親友の仕打ちに若干腰を引かせながらも、カクカクシカジカと説明する羽目となった。

 

 なお、ディハルトは程無く復活していた。

 ……ホント、タフだなコイツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~~~~~~…」

 

 

 今、俺は美少女に思いっきり呆れられてしまっている。

 まぁその美少女とは親友のミサキなのだが。

 

 ……解せぬ。

 

 

「……まぁ、しょうがないか。キミだもんね」

 

 

 不承不承(ふしょうぶしょう)と言った様子を隠そうとすらせず、片手で頭を抑えたままそうのたまった。

 どうやらこんな俺でも受け入れてくれるらしい。

 

 さすがの包容力ですね、ミサキさん。

 でもなんか全然嬉しくないぞ。なんでかな? 

 

 

「いや、いいんだ。キミがそういう人だって分かっていたのに甘えたボクに責任がある」

 

「フハハハハハハハハハ! 流石はミサキ! 中々の理解力だ!」

 

 

 おうコラ、諸悪の根源。なに誇らしげに高笑いしてるんだ。しまいにゃ殴るぞ? 

 あ、ミサキさん代わりにやろうとしなくていいから。ステイステイ。その拳しまって。ね? 

 

 

「それでお風呂場を壊したディハルトを連れて銭湯に向かっている、と。……服まで貸して」

 

 

 まぁ、そうなる。

 なんでそんなジト目で睨んでくるんですかね、ミサキさんや。

 

 ……いや、だって、しゃーないだろ? 

 流石にあの鎧姿で街中を闊歩(かっぽ)させるわけにゃいかねーし。

 

 期間限定とは言え面倒を見ると口にした以上は、風呂を取り上げるのも気が引ける。

 となると… なぁ? 

 

 

「うむ!」

 

 

 俺が水を向けるとディハルトは力強く頷いた。

 ……ぜってぇ分かってねぇな、コイツ。

 

 

 というわけだ、ミサキ。

 

 なにもいつまでもズルズル面倒を見るってわけじゃない。

 春休みが終わるまでの話だ。

 

 その後の身の振り方はコイツ自身に決めて貰うことになるが…

 まぁ、なんとかおまえには迷惑かけないようにするさ。

 

 

「……そういうことじゃ、ないんだけどな」

 

 

 ふむ? ならばどういうことだ。

 

 

「あ、いや、別に… あ、そうだ! それより銭湯さ、ボクも一緒に行っても良い?」

 

 

 話を誤魔化すように慌てた様子で、ズイッと迫ってくる。

 

 うぐっ、いい匂いがする。

 ……いかんいかん、惑わされるな俺。

 

 

 きゅ、急にどうしたんだよ。というか、おまえん家の風呂はウチと違って健在だろ? 

 

 

「……ダメなの? ディハルトと二人でいたいの? 親友のボクを差し置いて?」

 

 

 更にズズイッと迫ってくるミサキ。それに合わせて俺もズズイッと後退してしまう。

 

 ……なんか、ミサキさんの圧が強い気がする。

 え、いや、マジでなんでなん? 特に銭湯に思い入れとかなかったはずだよね、おまえ。

 

 そこで高笑いを上げる毎度おさわがせ騎士王子。

 

 

「フハハハハハハハハハ! 良いではないか! ミサキも共に征こうぞ!」

 

「ホラ、ディハルトもこう言ってる!」

 

 

 いや、だから勝手に決めるなって… というか、いつの間に仲良くなってるんだおまえら。

 

 

「笑止! 共に旅をし共にフェアリアースを救った仲間ぞ! 深き絆で結ばれていて当然!」

 

「そんなモノはないけれど、なんか適当に納得して頷いて欲しいんだよ! 親友!」

 

 

 異世界さん、フェアリアースって言うのか… またどうでも良い知識が増えてしまった。

 

 

 あー… もういい、分かった。

 分かったから。待ってるから準備してこいよ。

 

 

 俺は疲れ果て、妙に脱力した思いでその言葉を絞り出す。

 別に付いてこられるのが嫌ってわけじゃないんだ。単に理由が分からなかっただけで。

 

 だから、ミサキの好きにすればいい。

 

 

「うんっ!」

 

 

 そう返せばパァッと花咲くような笑みを浮かべ、ミサキはダッシュで駆けてゆく。

 ……世界を狙えそうなスピードですね、ミサキさん。

 

 

 

 そして僅か数分で桶とタオルを抱えて電柱の上を飛び移りながら戻ってくる。

 忍者かな? 

 

 俺の親友が人類の枠組みから外れようとしているかもしれない。……手遅れかもしれない。

 

 

「ほう… ミサキめ、身体のキレが上がっているな。今やアスリンとて舌を巻くであろう」

 

 

 あすりん? 

 

 

「仲間で斥候の役を担っていた獣人族の娘だ。身が軽く、それを活かしてよく貢献していた」

 

 

 おお、なんか王道ファンタジーっぽい子が出てきたな。

 どんな子? 見た目は? 

 

 

「見目か? いや、我に比べれば大したことはなかったぞ」

 

 

 いや、女の子相手に張り合うなよ。おまえがイケメンなのは否定しないけどよ。

 

 

「撤退戦の途中、追手の魔将を逆に狙撃して討ち取ったこともある。アレには助かった」

 

 

 ……パないですね、アスリンさん。

 

 

「ごめんごめん、お待たせー!」

 

 

 電柱の上から身体を捻って回転させてからシュタッと俺の眼前に着地するミサキ。

 いや、全然待ってないけどな。むしろ早すぎるくらいだけどな。

 

 ともあれ、こうして戻ってきたミサキとともに俺たちは銭湯へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

「やだぁああああ! ボクも男湯入るぅうううう! 助けて、親友ぅううううううう…」

 

 

 ミサキが悲痛な悲鳴を上げながら逞しい女性の番台さんに引き摺られてゆく。

 おお、勇者よ。敗北してしまうとはなんと情けない。

 

 ……いや、ミサキを捻り上げた番台さんにも驚いたけれど男湯に入る気満々だったのかよ。

 そっちの方にもっと驚いたわ。

 

 アイツを止められる人がいて良かったと心から天に感謝する。

 小さく舌打ちした俺たち以外の男連中を横目で睨みながら服を脱ぐ。

 

 ミサキのことは番台さんに任せるとして、俺はディハルトに銭湯の諸々を説明しないと。

 

 

 

 

 

 

「おお、なんたる荘厳な設備に豪奢なる壁画よ! 王宮のそれに勝るとも劣らぬぞ!」

 

 

 浴室に入るなり感動の声を上げるディハルト。

 初めて見たならばその感動は分からないでもないが、注意しない理由にはならない。

 

 

 あまり大きな声を上げるなって。他のお客さんの迷惑になるだろ? 

 

 

「おっと、それは確かに。民草の憩いの一時を邪魔してはいかんな… 非礼を詫びよう」

 

 

 そう謝罪の言葉を口にする。

 

 ……本当に、根は真っ直ぐなやつなんだがな。

 人間としては嫌いにはなれない。

 

 一見して邪険にしているミサキだって、多分、内心ではそう思っていることだろう。

 身体を洗いながらそんなことを思う。

 

 だからだろうか? 

 隣で見様見真似で泡立てたスポンジで体を擦っているコイツに、つい話を振ってしまった。

 

 

 なぁ、おまえはどうして勇者一行に加わったんだ? 王族としての使命感か? 

 

 

 そう聞くとディハルトはピタリと動きを止め、暫し考え込む素振りを見せる。

 そしてややあって、嘆息をしてから自嘲気味な笑みを浮かべつつその口を開いた。

 

 

「……そうであったならば、良かったのだがな」

 

 

 違うのか? 

 

 

「いや、違いはしない。王族としての義務ゆえ、勇者の旅に同行するは必然であった」

 

 

 ……つまり、無理やりだったのか? 

 

 

「それは違う。我は志願してその役に就いた。……志願せずとも指名されていただろうがな」

 

 

 じゃあ、どういうことだ? 

 

 

「長い話になるぞ? ……長くて、つまらぬ話だ」

 

 

 聞かせてくれ。

 

 

 ヤツの横顔に浮かび出ている悲しさと悔しさが入り混じったかのような色。

 それを見てしまった俺は、考えるより先に言葉を発してしまっていた。

 

 

「フッ、即答か。……貴様もよくよく物好きなヤツよ」

 

 

 しょうがないヤツだと言わんばかりの苦笑いを浮かべる。

 ……なんだかムカつくのでやっぱり話を聞き終わったら殴ろうかな、コイツ。

 

 そんな俺の内心など知らぬままにディハルトは語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……といっても、別段難しい話ではない。

 

 王宮に二人の王子がいたという、ただそれだけの話だ。

 全てにおいて優秀な兄と、全てにおいて不出来な我がいた。

 

 ただ、それだけの話だったのだ。

 

 

 

 ……母后は、我を産み落とすと同時に身罷(みまか)ったらしい。

 肖像画を通してでしかその姿を見たことがない。

 

 城内の者の話によれば、幼い頃はどうにか兄に構って貰おうとしていたらしいが…

 物心ついた時には、虫ケラを見るような兄上の冷たい瞳だけが我の記憶に焼き付いていた。

 

 

 そんな中で父王はいつも我に言ってくれていた。

 

 

『ディハルトよ、おまえには期待している』

 

『おまえはきっといつか必ず役に立つ時が来る』

 

 

 それだけが我の支えだった。

 我は不出来なりに文武に励み、少しずつ己を磨いていった。

 

 父の期待に応えられるその日を待ちながら。

 兄に家族と認められるその日を待ちながら。

 

 そして、ついにその日はやってきた。

 

 女神の恩寵に異世界より勇者が訪れた時に、王族として同行するは最大の名誉。

 父は我の手を取って尋ねてきた。

 

 

『我が誇らしき息子よ。……どうか、この世界のために旅立ってくれるか?』

 

 

 ……我の返事は一つだった。

 

 兄も、その時は優しく我の門出を祝してくれた。

 そして我の肩を叩いてこう言ってくれたのだ。

 

 

『……おまえがいてくれて良かった』

 

 

 ようやく家族に認められた。

 我が生まれてきたことにやっと意味が感じられたのだ。

 

 ……そう、思っていた。

 

 幸福感と誇らしさで胸が一杯だった。

 巻き込んでしまった勇者には気の毒だが、その同情すら霞んでしまうほど目が曇っていた。

 

 ……だが、全てはまやかしだったのだ。

 

 あまりの喜びに寝付けず、旅立ち前夜の城内を我は一人散策していた。

 

 誇らしさと名誉に包まれた我は、城内の景色を眺めながらゆっくり闊歩する。

 守るべき場所、帰るべき場所を目に焼き付けんと分不相応にも興奮し息巻いていたのだ。

 

 ……その時であった。

 

 夜風が何者かの声を運んできたのだ。

 それは父と兄の声であった。

 

 ひょっとしたら旅立ちを前にして、また我のことを褒めてくれているのかも知れない。

 そんな淡い期待を抱いて、そっと耳をそばだてた。

 

 ……確かに我の話はしていた。

 ……彼らからすれば褒めてもいたであろう。

 

 

『やっとあの役立たずがいなくなりますか。……せいせいしますね、父上』

 

 

 兄の声であった。

 

 あぁ、やはり兄は我のことを認めていなかった。

 我は悔しさと悲しさに歯噛みした。

 

 しかし父王ならば。

 父王ならば兄を(たしな)め、我を(おもんばか)った言葉をかけてくれるのでは? 

 

 かくして予感は現実となった。

 

 

『我が息子よ。そんなことを言ってはいけない』

 

 

 父王は兄を確かに(たしな)めたのだ。

 

 

『アレは確かに貴様の代わりの人柱として役立ったのだから』

 

 

 我の見ていた甘い夢は最悪の時、最悪の場面に醒めることとなった。

 

 

『確かに、父上の仰るとおりでした。……アレもいつか必ず使い道が出来る、と』

 

『然様… どのような無能であれ王家の血を持つ者は限られる。その希少性を理解せよ』

 

『その時より上手く使うために日頃よりよく手入れせよ、ということですな?』

 

『うむ。貴様は能力の有無で即座に見切りを付けてしまう癖がある』

 

『返す言葉もありません』

 

『あらゆる道具を使いこなし尊き血による支配に繋げてこその王族よ。……勇者とて、な』

 

『……父上、お声が。何処に何者かが潜んでいるとも知れませぬ』

 

『おっと、そうであったな。……ともかく、貴様も物事を長い目で見ることも忘れるな』

 

『はっ』

 

 

 なんたる無様、なんたる愚かな道化だろうか。

 

 ……そこから何処をどう帰ったのか我自身覚えておらぬ。

 気付けばまんじりとすら出来ぬまま、自身の部屋に朝陽が差し込んでいたよ。

 

 いっそ眠ってしまえれば、全てを夢だと信じ込んで逃避することも出来たであろうに。

 つくづく我は度し難い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこまで語り終えてから、ディハルトは大きく息を吐いた。

 それは溜まったものを全て吐き出すかのような、長い長い吐息だった。

 

 

「そういうわけだ。……語ってしまえば、存外どうということもなかったな」

 

 

 ………。

 

 

「なんだ、その顔は? フッ、聞きたいと言ったのは貴様であろうに」

 

 

 ……まぁ、そうなんだけどな。

 

 

「まぁ、これで話はしまいだ。……我がどんなにつまらぬ男か分かっただろう?」

 

 

 いいや、分からない。

 

 

「む、先ほどの話でまだ分からぬのか。我以上の無能を疑わざるを得ないぞ」

 

 

 あぁ、さっきの話じゃさっぱり分からないな。

 

 ディハルトが家族に認められようと一生懸命がんばってきたことしか。

 不本意な旅立ちだったっていうのに世界を救うまで諦めなかったことしか。

 

 そんな立派な男の中の男だってことしか全然伝わってこねーよ。

 

 

「貴様は…」

 

 

 立てよ、ディハルト。……話はまだ『半分』だろう? 

 身体も冷えてきただろうし、続きは湯船に浸かりながらしようぜ。

 

 ここ日本には『裸の付き合い』って言葉がある。

 お互い虚飾を取っ払い文字通りの裸一貫で語り合うって意味だ。

 

 

「……フッ、まさに今の我と貴様か。良かろう」

 

 

 ディハルトが立ち上がる。

 

 

「だが『語り合い』なれば貴様も我に開示してもらうぞ? ミサキとの思い出の数々をな」

 

 

 望むところだ。

 

 たった一年ちょいの付き合いのおまえが何処までついてこれるかな? 

 精々胸焼けするくらいにミサキとの思い出を語ってやるさ。

 

 

「抜かせ平民。……この我を誰だと心得る? 最強無敵の騎士王子ディハルトぞ!」

 

 

 俺は高笑いを始めたバカの後頭部をはたき、湯船に叩き込むのであった。

 

 ……他のお客さん方、申し訳ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから色んなことを語ったものだ。

 その出会いの話やら、信州の旅行。

 

 調子に乗ってミサキが小学校に上がるまでおねしょをしていたことまで暴露してしまった。

 ……このことは墓まで持っていかねばなるまい。

 

 

「フフフ… なるほどな。確かに胸焼けしかねないほどの記憶の数々だ」

 

 

 すっかり乗せられてしまったぜ。もういいだろ、忘れてくれ。

 それより、おまえらの旅はどうだったんだ? 

 

 

「ふむ、そうだな。我が世を拗ねた状態で旅立ったことは貴様にも想像に難くないだろう」

 

 

 まぁ、そりゃな。

 

 

「最初の頃はミサキを逆恨みしてそっけない態度も取ったもの。穴があったら入りたい」

 

 

 ……気持ちは分からんでもないさ。

 ミサキにとっちゃ、とんだとばっちりだったろうけどな。

 

 

「まったくだ。しかし、当時の我にはミサキに不満を抱くだけの言い分があったのだ」

 

 

 言い分? 

 

 

「うむ。……ミサキという勇者はとかく『寄り道』をする」

 

 

 寄り道? 

 

 

「魔族に滅ぼされた村の遺体を埋葬したり、傷病者に治療を施したり… 色々とな」

 

 

 それは… でも、勇者として当然のことなんじゃないか? 

 苦しむ人々を助けるのが勇者のはずだ。もちろん、出来ることに限界はあるだろうけれど。

 

 

「そうだな。だがあの世界では… 少なくとも我ら王族の認識としては違うのだ」

 

 

 違う? どう違うんだ? 

 

 

「勇者の役目とは魔王を殺し魔族の脅威を打ち払うこと。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

 ………。

 

 

「それを(わきま)えぬミサキに苛立ちが募る日々。ある日、我はそれをとうとうぶつけたのだ」

 

 

 ………。

 

 

「『無駄なことをするな。一刻も早く魔王を倒すために動け』と」

 

 

 そう、か。

 

 

「見損なってくれて構わんぞ? 我は父王と兄を見返すことしか考えてなかったのだから」

 

 

 いや… それで、ミサキはなんて? 

 

 

『どうせすることが勇者の真似事なら、自分の心の声には真っ直ぐに従いたい』

 

『そこから目を逸らしてしまえば、ボクは親友に胸を張ることすらできなくなるから』

 

 

「そう言って、我には目もくれずに作業を続けるのだ」

 

 

 ……なんともミサキらしい話だな。

 

 

「おいおい、我の気持ちも考えろ。異世界の女にすら軽んじられるのかと唖然としたぞ」

 

 

 あ、いや、ディハルトが悪いわけじゃなくて… その、な? 

 

 

「フッ、分かっている。冗談を言ってみただけだ… 許せ」

 

 

 ったく、人の悪い王子様だな。……それで? 

 

 

「……もう仕方ないからさっさと終わらせるために我も手伝うことにした」

 

 

 ……うん。

 そこで『手伝う』って選択肢が出て実行するあたりがディハルトだな。

 

 

「フハハハハハハハハハ! そう褒めるな。いや、もっと褒め讃えよ!」

 

 

 やかましい。さっさと続きを話せ。

 

 

「うむ。そうすると民草どもが何を勘違いしたのか寄ってくるようになったのだ」

 

 

 そうか。まぁ、そうだろうな。……悔しいが、おまえはかなりのイケメンだし。

 

 

「王族に一体どのような幻想を抱いているのやら。敢えて指摘することもなかったが」

 

 

 いや、辛い時や苦しい時に王族が来て復興を手伝ってくれればそりゃ喜ぶさ。

 

 

「そんな王族などいるはずがない。……いたとして正しいはずがない」

 

 

 ………。

 

 

「なのに愚かな民草どもはそこに理想の王族の姿を見るのだ。勇者を支える献身の者として」

 

 

 嫌だったのか? 

 

 

「魔族領に侵入して、いよいよ本格的に魔王討伐に着手できた時はせいせいしたものだ」

 

 

 ………。

 

 

「もう子供に煩わしく付きまとわれ話をねだられることはなくなる」

 

 

 ………。

 

 

「民草が勝手に幻想する王族らしい振る舞いを求められることもなくなる」

 

 

 ………。

 

 

「なのに苦境に陥った時、心の支えとなったのはそんな他愛ない記憶の数々だった」

 

 

 ……ハハッ。

 

 

「どうせ道化ならばトコトン踊ってやろう。そう開き直ってからは色々と楽になった」

 

 

 なるほど、そうだったのか。

 

 

「御大層な背景があるわけではない。一人の道化がミサキに感化されそれを突き詰めただけ」

 

 

 ディハルトは言葉とは裏腹に、何処か誇らしげに、歌うように言葉を紡ぐ。

 

 

「これは、ただそれだけの話なのだ。……見損なったか?」

 

 

 いいや、ますます見直したぜ。おまえのようなヤツが王様だったら良かったのにな。

 

 

「フフフ… ハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 

 おいおい、どうした? のぼせ過ぎて頭がおかしくなったのか? 

 

 

「無礼なヤツめ。……いや、ミサキにもかつてそう言われたことを思い出してついな」

 

 

 へぇ、なんて返事したんだ? 

 

 

「知れたこと! 我はただ家族に認められたかっただけ。王になりたかったわけではない」

 

 

 そして「そんな人間が王など烏滸(おこ)がましいにも程がある」と、小さくつぶやいた。

 

 

「我はあの世界で生きてきて、初めてミサキという『光』を見たのだ」

 

 

 ………。

 

 

「気高く、美しく、ただ当たり前のように人に手を差し伸べ救う。そんな『光』を」

 

 

 ………。

 

 

「唯一つのその『光』を絶やしてはいけない。それが我の生きる意味となった」

 

 

 ………。

 

 

「唯一つのそれがどうしても欲しかった。そのためなら、地位や命すらも惜しくはなかった」

 

 

 ……そう、か。

 本気、なんだな? おまえなりに。

 

 

「あぁ。だが、我がミサキに相応しい人間かというと…」

 

 

 なぁ、ディハルト。

 

 

「む?」

 

 

 俺は、なにもおまえがミサキに『相応しくないから』反対したわけじゃない。

 

 

「………」

 

 

 飽くまでアイツの家族と、なによりアイツ自身のためにならないと思ったからだ。

 おまえからすれば勝手な言い分だろうが、どうか、そこだけは履き違えないでくれないか。

 

 

「……フッ」

 

 

 ………。

 

 

「無論、言われるまでもない。……それに唯一つの存在だと思っていた『光』だが」

 

 

 だが? 

 

 

「それは、きっと、ミサキだけではなく… いや、これ以上は言わぬが花か」

 

 

 おいおい、そこまで言ってそれはないだろう? なんだか気になるじゃないか。

 

 

「なに、貴様の言うとおりのぼせ過ぎたようだ。随分と長湯をした… 我は上がるぞ」

 

 

 ……へいへい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しまった。

 

 身体を拭いて銭湯を出ると、軒先で肩を抱えて震えているミサキの後ろ姿が目に入る。

 ……てっきり先に帰ってるものと思ってたが待たせてしまってたか。

 

 

 悪い、ミサキ。まさか待ってるとは思わなかった。

 

 

 慌てて声を掛ける俺にミサキは笑顔で振り返る。

 

 

「あ、ううん。気にしないでよ… ボクが勝手に待ってただけだから!」

 

 

 そうは言ってもな… それ昼用の外出着だし。

 まだこの時期の夜は冷えるだろう? 本当に悪かった。

 

 

「ヘーキヘーキ! ボク、長いこと旅してたし。これくらい平気へっちゃ… くしゅん!」

 

 

 最後まで言い訳の言葉を紡ぐことなく、可愛らしいくしゃみによって中断される。

 俺はため息を吐きつつ自分のマフラーを外す。

 

 

 言わんこっちゃない。ホレ、取り敢えずこれでも巻いとけ。

 

 

「……あ、う、え? こ、これ」

 

 

 マフラーを巻かれ、呆然とした表情で硬直するミサキ。

 

 

 顔、真っ赤だぞ? 異世界疲れ出てないか? 熱とかないだろうな? 

 

 

 一歩前に出る俺と、一歩後退(あとずさ)るミサキ。

 先ほどとまるで逆になってしまったかのような構図。……いや、何やってるんだコイツ。

 

 

「なんだミサキ! 体調不良か! ええい、施薬院は!? 神殿は何処だ!?」

 

「シャラップ、ディハルト」

 

 

 抱きつこうとした動きを華麗に回避し、カウンター気味にその鳩尾に掌底を放つミサキ。

 モロに食らったディハルトが腹を抱えたまま悶絶する。……アレは痛そうだ。

 

 俺の視線に気付いたのか、ミサキは慌てた様子で弁解を始める。

 

 

「あ、あああああの… ありがとう! でも別にコレ、なくても大丈夫っていうか…」

 

 

 いや、くしゃみしてたろ。遠慮なく使っとけ。

 

 

「う、うん。ありがとう… 洗って返すね…?」

 

 

 あー… まぁ流れとはいえ、おまえのパーカー貰っちゃったからな。

 交換ってことでいいや。俺の使い古しで悪いけどな。

 

 

「……あ、うん。流れとはいえ、ボク、あんなものを渡しちゃうなんて」

 

 

 顔を真っ赤に染めて俯いている。

 そんな表情を見て、不意にドキリと胸の鼓動が高鳴った気がした。

 

 なんか目の毒に感じてしまい、思わず視線を逸らしてしまう。

 

 

「というか、それがイヤじゃないってどういうことなの… ボクはどうなってるの…」

 

 

 頭を抱えてなにごとかブツブツ呟いているみたいだが、大丈夫か? 

 ……本当に熱とかないだろうな。

 

 

「だ、大丈夫だよ!? ……あ、じゃあボクはこれで! また明日ね! バイバイ!」

 

 

 お、おう。

 

 

 ミサキは手を振って駆け出していった。

 ……別に俺たちを待っていたわけじゃなかったのか? うーむ、良く分からん。

 

 首を傾げている俺に、いつもどおり復活したディハルトが話しかけてくる。

 

 

「なぁ、我もあんな襟巻きとか欲しい」

 

 

 図々しいぞ、居候。そもそも俺もアレしか持ってなかったっての。

 けど、なんだかちょっと様子がおかしかったな。ミサキ。

 

 

「そうか? ……ふむ、貴様が言うのであればそうかも知れんな。我も注意しておこう」

 

 

 おう、サンキュな。

 

 

 ……何事もなければいいんだが。

 そんな俺の願いを嘲笑うかのように、この日以降の俺とミサキの関係はギクシャクしだす。

 

 避けられているというわけでもないのだが、どうにも会話がうまく続かない。

 無理につなげようとする世間話が空々しく感じてしまう。

 

 ディハルトもフォローを試みてくれるがから回るばかりだ。

 こういう方面をアイツに期待する方が間違っているので仕方ない。

 

 今まで喧嘩をしたことがなかったわけじゃないが、それとも全く違うもどかしい感情。

 それでも俺とミサキの仲なんだ。いずれきっと『元通り』になるに決まっている。

 

 ……そんな俺の楽観論が、あんな事態を引き起こしてしまったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某月某日。

 春休みも終わりに差し迫った頃… ミサキは俺たちに内緒で『女神』を呼び出した。

 

 それは新たな局面の訪れを意味していて。

 物語は結末へと向けて、大きく動き出そうとしていたのであった。




(結末)へ続きます… 延びて延びて申し訳ありません。

Q1.ディハルトさん、自分の寝室に見張りの兵士さんとかは? 止められなかったの?

ディ「? いないぞ、そんなの」


Q2.というか国王陛下と王太子の密会現場の見張りの兵士さんは? 警備ザル過ぎない?

ディ「話の内容が内容ゆえに人払いをした後だったのかもしれないな…」

ミサ「その分の兵士さんをお招きした勇者さんの警護に当ててたみたいデスネー。
   十重二十重ってレベルじゃない、絶対逃さないって意志を感じましたウレシイナー」


Q3.アスリンさんってどんな人?

ピンク髪のウサ耳獣人さんです。小柄で可愛い系で笑顔がチャーミングだよ。
強い者に媚びへつらって要領良く渡っていくことをモットーとしているよ。
ディハルトがミサキに気があることを知って媚薬を盛ってモノにするよう提案したよ。
彼女にしてみれば王族に取り入るまたとない好機に見えたんだね。
激怒したディハルトに折檻されてからはディハルトを恐れていたよ。
その出来事をきっかけにミサキはディハルトの人格を信用するようになったよ。
(つまりアスリンさんの計画は事前に察知していた。仲間を信用しない系勇者)

その話を聞いた『俺』は彼女のことを密かにゲスリンさんと呼んでるよ。
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