空軍元帥の俺が神に間違われて異世界に召喚されちゃった件について   作:あわじまさき

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1話「夢の中へ」

「守、話はついたか」

 老いたロシア人が老いた日本人に尋ねた。

「ああ、<やまと>が艦砲射撃でここを叩く」

「ヤマト、あの戦艦ヤマトか」

 ロシア人‐コンドラチェンコは口笛を吹いた。

「君の親父と弟が乗った戦艦だろう。そしてヴェトナムでも湾岸でも俺たちの敵だった」

「だからこそこれ以上なく信頼が置ける」

 日本人‐藤堂守は笑っていった。

 彼らは南樺太に日本民主主義人民共和国が築いた弾道ミサイル基地、彼らの内で呼ばれるとことの「実験施設」の管制塔に立てこもっていた。

 つれてきた三〇人ばかりの兵士たちは、即席のバリケードを作って、守の命令を待っている。

「同志諸君」守は彼らに語りかけた。

「ここは今から日帝海軍の戦艦による艦砲射撃を受ける」

 守は意図的に共産主義的用語を使用した。

「東京政権軍も樺太に上陸を開始したらしい。もはや日本民主主義人民共和国は滅ぶ。この国があったほうがいいと思っている連中が望みを託すIRBMも破壊される」

 兵士一人一人の顔を見回して言った。年齢に関係なく誰もが諦観を表情に浮かびあがらせていた。

「諸君、私たちの目的は達成される。少々狂ったところもあったが、これで私の計画は全て終了だ」

 守は微笑を浮かべていった。

「これは最後の命令とする。老人とともに死ぬのは許さん」

 兵士は何も言わなかった。

「弾着観測機が飛んでくるまでには時間がある。南へ逃げろ。自衛隊と接触するんだ。走れ!」

 兵士は一人として守の言葉に反駁しなかった。

 皆が命令に従い、元帥と大将に見事な敬礼をして整然と「転進」していった。

「誰か一人くらいは残ると言うと思ったがな」

 コンドラチェンコは、そう呟いて末期の水となるウォッカを呷った。

「守、おまえは案外人望が無かったのかもしれんんな」

「気を使ってもらったのさ」

 守は差し出されたウォッカを口に含んだ。老いた喉をこの世で最後になるであろう刺激が駆ける。

「実はな、アンドレイ」

「なんだ死ぬ前に懺悔でもするつもりか」

「いや違う、さっきの通信に出たのは、俺の弟だった」

 コンドラチェンコは目を見開いた。

「勘違いだろ。退役したとお前がいってたじゃないか」

「はっきり藤堂進と名乗ったよ。たぶん訳あって引っ張り出されたんだろう。俺のせいだ」

「なんてことだ」守の義兄は絶句した。

「お前、弟に兄殺しをさせるのか。よく承諾したな」

「恐らく進坊は、会話の相手が俺だとは気付いてはいまい」

 心地よい酔いが身体を包みつつある。

「俺だって、名乗られたからわかったんだ。声だけではこっちも向こうも判断が付かんよ」

「いいのか?」

「いいのだ」

 彼は断言した。

「いつか逃がした兵士の証言から進は、俺がここにいたことを知るだろう。そして俺が何を成そうとしたかも」

「ああ、そうか。そうだな」

 コンドラチェンコは頷いた。予想などではなくたんなる願望であることを理解していた。

 そして時計を確認する。

「そろそろ幕引きだ。地獄で会おう。守」

「ああ、地獄で」

 その直後、管制施設を最初の四六センチ砲弾が貫いた。

 

 

「ここは」

 守は瞼を開くと、静かに呟いた。

「どこだ」

 見知らぬ天井が眼球を通して脳に投影される。

 脳が状況を認識する前に聴覚への刺激が加わった。

「使者さまがお目覚めになったわ!」

「ああ!良かった」

「祈りが通じたのね!」

 ぼんやりとした脳を揺さぶるかしましさに思わず顔をしかめて、身を起こした。

 身体中が痛む。原因は固い床にあるようだった。

 周囲を見回すと、常に声の主である女たちが目に入った。その数は八人。全員が年端のない娘子である。そして何より不自然なのは誰もが、地球上のどの人種にも見られないであろう形質を持っている。それは尖った耳であった。

「君たちは・・・・・・」

 彼はしわがれた指をあげて、彼女らに問いかけた。

「ああ、私たちは祈りによってあなたさまをお呼びしたのです」

「呼ぶ?そもそもここはどこなんだ」

「第三二保護種族村です。私たちエルフ族を中心として、この地に立てられました」

「エルフ?」

 彼は頭を抱えた。

 エルフ、異種族。人ならざるもの。

 たしかモスクワにいたときに戯れに読んだファンタジィにそのようなことが書いてあった気がする。

 まさかこれは夢か。砲弾は外れて、俺は管制室の床で酔って寝てるだけではないのか。

 改めて周りを見回すと、そこは一つの扉がある他は、窓一つ無かった。天井に備えられた光源は明らかに白熱電球の類でもなければ、原始的なランプとも異なるようだった。

 そして自分と少女たちは木箱の群に囲まれていた。守の見慣れた木箱の中身は、基本的に弾薬かウォトカであったが、そうではないだろうと判断していた。弾薬庫や酒の類であれば、多少は火薬やアルコールの特徴的な臭いを感じ取ることができる。

 気にはなったが、今真に気にすべきことは、この状況であった。

「私を呼んだといったが、君たちはいったい何のためにそんなことをしたんだ。私にできることは、人を殺すか国を滅ぼすことくらいなんだぞ」

 冗談のつもりであったが、エルフの少女たちはくすりともしなかった。

「はい。殺してほしいのです。私たちをお救いください」

「なるほど」

 とはいったものの、何もわからなかった。どうも俺は悪魔か何かと勘違いされているらしい。

「それほど恨みのある人間でもいるのか?」

 少女は首を振った。そして語り始めた。

「今、この村は帝国軍による討伐を受けています。罪名は皇帝への叛意だそうですが、私たちにはまったく身に覚えがありません。釈明にいった村長は殺されました」

 帝国!また帝国か。国名が大日本なのか合衆国なのかソヴィエトなのかはわからないがともかくロクでもない国家なのは、直ちに理解した。もしかすると民主主義とかも名乗っているかもしれない。

「そして帝国軍はこの村に攻め込んできました。戦いなど知らぬ私たちは、抵抗もできません。父や母は私たちを全てが終わるまで、ここにいなさいと言い聞かせて、この扉を閉めました」

「それで・・・・・・その討伐とやらは終わったんじゃないのか」

「わかりません。見ての通りここには窓一つありません。イッシクでつくられた火を通さぬ蔵なのです」

「なら扉を開けて出ればいいじゃないか」

 一人の少女がすすり泣く声が聞こえた。

「もちろんそうしようとしました。でももし扉を開けて帝国軍がいたら。そしてもし帝国軍が撤退していたとしても、もはや父母兄弟はいないでしょう。あの扉を開けたところで絶望しかありません」

 守は絶句した。あまりにも恐ろしい予想が脳裏をかすめたのだ。

「だから私たちは神に祈ったのです。私たちをお救いくださいと」

 落ち着いた態度の彼女と対象的に守の顔には油汗が浮いていた。乾ききった口を開き、問うた。

「君たちは俺に一体何をしろと言うんだ」

 少女は懐から煌めくものを取り出した。

 素材も用途もこの世界での呼び名もわからない。ただ守のいた世界でそれは短剣と呼ばれていた。

「お願いします。使者さま。これで私たちを天にお導きください」

 守は凍り付いた。

 天井を見上げた。ここは管制室ではない。日本民主主義人民共和国でもない。

 ああ、ここは悪夢だ。




続かない?

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