天才で病弱な男の奮闘記   作:宮川アスカ

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第14話 綻び

 春高宮城県予選2日目。対戦相手である和久谷南を見ながら、烏養は渋い顔をする。

 

「? 烏養くん、どうかしました?」

 

「気ぃ引き締めるぜ先生。これは俺の直感だが、多分この和久南ってチーム、ウチと相性悪いから」

 

 和久谷南高校。烏野同様3年が残ったこのチームは、完成度が高く、守備力と粘り強さが強い。

 粘って粘って、粘り続けて、自分達のペースに持ち込んだ所で、相手の隙を伺う。チームのスタンスとしては音駒に近い。

 

 ピー!! 

 

「「「お願いします!!!」」」

 

 烏野高校対和久谷南高校。主審の笛と共に、2日目の生き残りをかけた戦いが今始まる。

 

 

 

「さっこーい!」

 

「ナイスサー!」

 

 この試合最初のサーブは花山。

 

「オーライ!」

 

 そのサーブを澤村がしっかりと上げていく。そして、まずは烏野のお決まりの形。

 日向のマイナステンポの助走からの、日向影山の変人速攻。

 日向のスパイクはレシーブに入った中島の腕を弾き、烏野先制。

 

「おーしっ! 次1本切るぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

 しかし、初見での変人速攻に、和久南が動揺する様子はない。

 彼らは烏野を格下などとは見ていない。相手の実力を理解した上で、自分達のバレーをする。だから驚かないし、侮らない。これが和久南の強さの1つ。

 

「日向。お前、強豪校に警戒されてるんじゃないか? きっと研究とかしてるんだぞ」

 

「!」

 

 澤村の言葉を聞いた日向は、ピクリと反応する。

 

「あーあ。俺達霞むな〜」

 

「!」

 

 そして、わざと聞こえるように発せられたその言葉に、今度は田中が反応する。

 

(うわ〜。大地さん、上手くヤル気のツボを刺激してるなぁ)

 

 澤村の言葉で、俄然ヤル気を出した単細胞2人組を見て、アップゾーンで試合を見ている束は思わず苦笑いをしてしまう。

 

「影山ナイスサー!」

 

 影山から放たれたジャンピングサーブ。影山自身、手応えを感じていたサーブだったが、それを中島が上げる。

 

(くぅー。強烈!)

 

「ナイスレシーブ!」

 

 花山のトスに、川渡が後ろから回り込んでのスパイクが決まる。

 

 これが和久南の武器の1つであるコンビネーション。和久南はそこまで平均身長が高いわけでも、スパイクが強いわけでもない。

 それでも、安定して常に上位に立っているのは、この磨きあげられたコンビネーションによるものと言える。

 

 ただ、それだけでは優勝は狙えない。そんな中で、今年の和久南が強いと言われている理由は──

 

「猛! ラスト!」

 

「止めるぞ! せーのっ!」

 

 澤村のタイミングに合わせた3枚ブロック。

 しかし、中島のスパイクは日向の手に当たり、そのままコートの外に落ちる。

 

 そう。この中島のブロックアウトこそが、今年の和久南が優勝を狙えると言われている理由。和久南の2つ目の武器である。

 

「……うまいな。よく見えてる」

 

「見えてる?」

 

 束がぽそりと呟いた言葉に縁下は首を傾げる。

 

「うん。ブロックの事をよく見えてる」

 

「……日向みたいに。って事か?」

 

「どうだろう。日向は指とかをピンポイントで狙ってるって感じだけど、1番はブロックに当てる角度を意識してるんじゃないかな」

 

「うわ……」

 

 束の言葉に、月島は心底嫌そうな顔をする。

 当たり前だ。止めに行ったブロックが相手の点に変わる確率が跳ね上がるのだ。ブロッカーからしたら嫌なことこの上ない。

 

 

 

 

 烏野 15ー15 和久南

 

 第1セット。日向、中島による次世代小さな巨人対決が勃発。お互い2点差以上離れぬまま、ここまで来ている堅い試合展開。

 

「和久南のブロックは必ず日向君に1枚コミットで対応していますね」

 

「ああ。日向を完全に止めるのは不可能だと割り切ってはいるが、だからといって自由にプレーはさせないブロック。リードとコミットでスタイルは違うが、ブロック時にやっている根本的な部分は月島や潮崎と同じだ」

 

 しかし烏養はその後に、「ただ」と付け加える。

 

「潮崎の場合は最初っから割り切ってなんかいねぇ。あれは、完全に止める気で跳んでやがるんだ。

 そんで、スパイカーと退治した時にはじめて、コースを切るのか受けるのか殺すのかを判断してる。しかもそれを実行に移せてる上に、毎回、当たり前にやってんだから恐れいるぜ。まったく」

 

 束のネット際でのプレーは、駆け引きをしている様に見えて、実際やっている事は後出しジャンケンと同じだ。

 

「それに、コミットブロックにも穴はある」

 

 コミットブロック。主にセンターからの速攻に対して、山を張ってアタッカーより先に跳んでいるのだ。

 故に、日向には必ずブロックがついている。しかし、裏を返せば、他の攻撃はブロック2枚で対応しなくてはならい。

 

 つまり……

 

「ウチのエース止めるんなら、鉄壁でも持ってこいや!」

 

 烏野で1番火力が出るレフトの、東峰のスパイクをそう簡単に止めることは出来ない。

 

 その後も打ち合いが止まることは無い。烏野は東峰、田中のレフトの攻撃も増え、徐々に攻撃に幅ができ始めている。

 

「タビ!」

 

「っしゃあ!」

 

「2番2番! バックアタック!」

 

(和久南のパイナップルくん。スピードとバネはあるけど、1番の坊主くんみたいに、頭脳やテクニックはないみたいだから……)

 

「ハァアア!?」

 

(ここは殺しにいくでしょ)

 

「潮崎ナイスどしゃっと!」

 

 束のブロックにより、この試合初めての2点差。

 

(よし。ここがチャンスだ。勢いに乗ってこのまま押し込みたいんだけど……)

 

 束はそう思いながら、チラリと和久南のコートを見る。

 

「おい、タビ」

 

「あ?」

 

「向こうの右端3列目にめっちゃカワイイ娘いる」

 

「マジで!? マジだ! うぉおおお! 俺にガンガンよこせー!」

 

 和久南に不穏な空気が流れている感じは一切ない。いや、中島がその微かな不穏を一瞬で拭ったと言うべきか。

 

(……あの煽り文句いいな。今度田中に使ってみよ)

 

 一方、束はと言うと、よく分からない事を考えていた。

 

 条善寺との試合は、攻撃人達によるネット際での遊び対決。その裏で、土台となる存在の有無で勝敗が別れた。

 しかし、今回は澤村と中島。主将同士の完全なる土台勝負。

 

「センターセンター!」

 

「上がった! タビ、ナイスレシーブ!」

 

 花山のトスに鳴子が合わせるも、田中がそれを拾う。

 

「ナイス田中! カバーカバー!」

 

 しかし和久南も負けていない。東峰の強烈なスパイクをリベロである秋保が拾う。

 

「切らすな切らすな! ここ絶対獲るぞ!」

 

 長いラリー。ここを落とすなという澤村の直感。

 

「猛頼む!」

 

「ブロック3枚!」

 

(また、ブロックアウト……!)

 

「大地さん、ナイス!!」

 

 澤村が何とか触ったボールを西谷が繋ぐ。

 

(第1セットも終盤だってのに、今日1番の長いラリー。しんどい……)

 

(潮崎の体力が限界に近づいてるな。ここらで決めに行きたい)

 

 アドレナリンだろうか。先程のブロックアウトへの反応もそうだが、このラリーでの束の足が若干重くなっている事まで。今日の澤村は良く見えている。

 

 だからだろうか。西谷の上げたボールに、いの一番に反応したのが澤村だった。

 

 ドカン! と言う音と共に、ボールはネットに引っかかり、和久南のコートに落ちる。

 

 しかし──

 

「大地さん……?」

 

 田中と声と共に、烏野コートには、うずくまって倒れたまま動かない澤村の姿が全員の目に映った。

 

 長いラリーは制したものの、主将対決。先に綻びを見せたのは烏野高校の方であった。

 


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