春高宮城県予選2日目。対戦相手である和久谷南を見ながら、烏養は渋い顔をする。
「? 烏養くん、どうかしました?」
「気ぃ引き締めるぜ先生。これは俺の直感だが、多分この和久南ってチーム、ウチと相性悪いから」
和久谷南高校。烏野同様3年が残ったこのチームは、完成度が高く、守備力と粘り強さが強い。
粘って粘って、粘り続けて、自分達のペースに持ち込んだ所で、相手の隙を伺う。チームのスタンスとしては音駒に近い。
ピー!!
「「「お願いします!!!」」」
烏野高校対和久谷南高校。主審の笛と共に、2日目の生き残りをかけた戦いが今始まる。
「さっこーい!」
「ナイスサー!」
この試合最初のサーブは花山。
「オーライ!」
そのサーブを澤村がしっかりと上げていく。そして、まずは烏野のお決まりの形。
日向のマイナステンポの助走からの、日向影山の変人速攻。
日向のスパイクはレシーブに入った中島の腕を弾き、烏野先制。
「おーしっ! 次1本切るぞ!」
「「「おう!」」」
しかし、初見での変人速攻に、和久南が動揺する様子はない。
彼らは烏野を格下などとは見ていない。相手の実力を理解した上で、自分達のバレーをする。だから驚かないし、侮らない。これが和久南の強さの1つ。
「日向。お前、強豪校に警戒されてるんじゃないか? きっと研究とかしてるんだぞ」
「!」
澤村の言葉を聞いた日向は、ピクリと反応する。
「あーあ。俺達霞むな〜」
「!」
そして、わざと聞こえるように発せられたその言葉に、今度は田中が反応する。
(うわ〜。大地さん、上手くヤル気のツボを刺激してるなぁ)
澤村の言葉で、俄然ヤル気を出した単細胞2人組を見て、アップゾーンで試合を見ている束は思わず苦笑いをしてしまう。
「影山ナイスサー!」
影山から放たれたジャンピングサーブ。影山自身、手応えを感じていたサーブだったが、それを中島が上げる。
(くぅー。強烈!)
「ナイスレシーブ!」
花山のトスに、川渡が後ろから回り込んでのスパイクが決まる。
これが和久南の武器の1つであるコンビネーション。和久南はそこまで平均身長が高いわけでも、スパイクが強いわけでもない。
それでも、安定して常に上位に立っているのは、この磨きあげられたコンビネーションによるものと言える。
ただ、それだけでは優勝は狙えない。そんな中で、今年の和久南が強いと言われている理由は──
「猛! ラスト!」
「止めるぞ! せーのっ!」
澤村のタイミングに合わせた3枚ブロック。
しかし、中島のスパイクは日向の手に当たり、そのままコートの外に落ちる。
そう。この中島のブロックアウトこそが、今年の和久南が優勝を狙えると言われている理由。和久南の2つ目の武器である。
「……うまいな。よく見えてる」
「見えてる?」
束がぽそりと呟いた言葉に縁下は首を傾げる。
「うん。ブロックの事をよく見えてる」
「……日向みたいに。って事か?」
「どうだろう。日向は指とかをピンポイントで狙ってるって感じだけど、1番はブロックに当てる角度を意識してるんじゃないかな」
「うわ……」
束の言葉に、月島は心底嫌そうな顔をする。
当たり前だ。止めに行ったブロックが相手の点に変わる確率が跳ね上がるのだ。ブロッカーからしたら嫌なことこの上ない。
烏野 15ー15 和久南
第1セット。日向、中島による次世代小さな巨人対決が勃発。お互い2点差以上離れぬまま、ここまで来ている堅い試合展開。
「和久南のブロックは必ず日向君に1枚コミットで対応していますね」
「ああ。日向を完全に止めるのは不可能だと割り切ってはいるが、だからといって自由にプレーはさせないブロック。リードとコミットでスタイルは違うが、ブロック時にやっている根本的な部分は月島や潮崎と同じだ」
しかし烏養はその後に、「ただ」と付け加える。
「潮崎の場合は最初っから割り切ってなんかいねぇ。あれは、完全に止める気で跳んでやがるんだ。
そんで、スパイカーと退治した時にはじめて、コースを切るのか受けるのか殺すのかを判断してる。しかもそれを実行に移せてる上に、毎回、当たり前にやってんだから恐れいるぜ。まったく」
束のネット際でのプレーは、駆け引きをしている様に見えて、実際やっている事は後出しジャンケンと同じだ。
「それに、コミットブロックにも穴はある」
コミットブロック。主にセンターからの速攻に対して、山を張ってアタッカーより先に跳んでいるのだ。
故に、日向には必ずブロックがついている。しかし、裏を返せば、他の攻撃はブロック2枚で対応しなくてはならい。
つまり……
「ウチのエース止めるんなら、鉄壁でも持ってこいや!」
烏野で1番火力が出るレフトの、東峰のスパイクをそう簡単に止めることは出来ない。
その後も打ち合いが止まることは無い。烏野は東峰、田中のレフトの攻撃も増え、徐々に攻撃に幅ができ始めている。
「タビ!」
「っしゃあ!」
「2番2番! バックアタック!」
(和久南のパイナップルくん。スピードとバネはあるけど、1番の坊主くんみたいに、頭脳やテクニックはないみたいだから……)
「ハァアア!?」
(ここは殺しにいくでしょ)
「潮崎ナイスどしゃっと!」
束のブロックにより、この試合初めての2点差。
(よし。ここがチャンスだ。勢いに乗ってこのまま押し込みたいんだけど……)
束はそう思いながら、チラリと和久南のコートを見る。
「おい、タビ」
「あ?」
「向こうの右端3列目にめっちゃカワイイ娘いる」
「マジで!? マジだ! うぉおおお! 俺にガンガンよこせー!」
和久南に不穏な空気が流れている感じは一切ない。いや、中島がその微かな不穏を一瞬で拭ったと言うべきか。
(……あの煽り文句いいな。今度田中に使ってみよ)
一方、束はと言うと、よく分からない事を考えていた。
条善寺との試合は、攻撃人達によるネット際での遊び対決。その裏で、土台となる存在の有無で勝敗が別れた。
しかし、今回は澤村と中島。主将同士の完全なる土台勝負。
「センターセンター!」
「上がった! タビ、ナイスレシーブ!」
花山のトスに鳴子が合わせるも、田中がそれを拾う。
「ナイス田中! カバーカバー!」
しかし和久南も負けていない。東峰の強烈なスパイクをリベロである秋保が拾う。
「切らすな切らすな! ここ絶対獲るぞ!」
長いラリー。ここを落とすなという澤村の直感。
「猛頼む!」
「ブロック3枚!」
(また、ブロックアウト……!)
「大地さん、ナイス!!」
澤村が何とか触ったボールを西谷が繋ぐ。
(第1セットも終盤だってのに、今日1番の長いラリー。しんどい……)
(潮崎の体力が限界に近づいてるな。ここらで決めに行きたい)
アドレナリンだろうか。先程のブロックアウトへの反応もそうだが、このラリーでの束の足が若干重くなっている事まで。今日の澤村は良く見えている。
だからだろうか。西谷の上げたボールに、いの一番に反応したのが澤村だった。
ドカン! と言う音と共に、ボールはネットに引っかかり、和久南のコートに落ちる。
しかし──
「大地さん……?」
田中と声と共に、烏野コートには、うずくまって倒れたまま動かない澤村の姿が全員の目に映った。
長いラリーは制したものの、主将対決。先に綻びを見せたのは烏野高校の方であった。