「……大地さん?」
「大地!」
「大地さん!」
「澤村!」
最初に口を開いたの田中だった。その言葉を皮切りに、他の選手達も澤村の元へと駆け寄っていく。
ザワつく体育館の中、一瞬の出来事に何が起こったのか把握出来ている人は殆どいなかった。
──接触
ボールを取りに行った田中と澤村が激突したのだ。どちらが取りに行くのか際どい所ではあった。いや、田中の方が若干近かっただろうか。しかし、好調で調子が上がっていた澤村には、そのボールに真っ先に反応してしまった。
その結果、先にボールに触れた田中の肩が、澤村の左頬を強く打つ形となった。
「ッ〜……! いってぇ〜」
倒れた澤村が、頬を抑えながら起き上がったところに、烏養や武田も駆けつけてくる。
武田の質問に、澤村は1つずつ答えていく。記憶に問題はなさそうだが、頭も打っている。この試合、場合によっては澤村の続行は厳しいだろう。
「……」
「田中!!」
「イッツ!?」
誰もが澤村を心配する中、束にはそれより心配な人間がいた。
束は、そんな田中の背中を強く叩く。
「……潮崎」
「アホか田中。前向け前。大丈夫、大地さんは絶対戻ってくる。見なよ、田中がさっきの返したおかげでウチは20点台乗ったんだ。今は大地さんが戻ってこれる様に試合に勝つことだけを考えよう」
田中のメンタルは強い。しかしそれは自分のプレーに関してだ。自分のせいで誰かを怪我させた場合は話しは別だ。
澤村が抜ける以上、田中にここで折れてもらうわけにはいかない。
しかし、この試合、田中が折れずとも誰が澤村の穴を埋めるのかと言う事になる。プレーの質は勿論、澤村は烏野をまとめあげ、チームの士気を上げることのできる存在だ。そう言う主将気質な人間はプレーの上手さだけではカバー出来ない。
「……ツーセッターとかか?」
2階席から試合を見ていた岩泉の言葉に及川は難しい表情をする。
「普段から2人体制の練習してるとか攻撃も守備もWSに勝るセッターが居るなら別だけど、そうじゃないならぶっつけでやるのは微妙でしょ。選手のポテンシャルで言うならメガネくんを入れるのが無難だろうけど、彼MBだからね。正直あのポジションを任せられるとしたら潮崎くらいだろうから、おちびちゃんとメガネくんがMBで潮崎がWSが理想だけどこのセット中は並び変えられないからね」
こういう時、烏野の選手層の薄さが響いてくる。潮崎をWSで使おうにも次のセットは使えない。
しかし、コート上の彼らには、誰が入るかなどある程度の目星はついていた。
「お前しかいない! 頼むぞ!!」
菅原の声と共に押し出されたのは縁下であった。
明らかに重い足取り。当たり前だ。この場面、更に澤村の代役を務める。のしかかるプレッシャーは普段のそれとは比にならない。
しかし、そんな縁下とは裏腹に、コート上な5人はケロッとした表情で縁下を迎える。
「まっ、やっぱここで入れるなら縁下だよねぇ」
「縁下さん、最初から早い攻撃上げても大丈夫ですか?」
「力ァ!! 1番、外にふっとばして来るから気をつけろよー!!」
束、影山、西谷の言葉に縁下は少し驚きながらも返事をする。縁下が不安になるのは当然の事だ。しかし、束達は縁下が入る事になんの疑問も思っていないし、特にこの3人は既に勝つことを考えている。
「縁下、潮崎の言葉で吹っ切れた……すまん。頼む」
「……?」
田中の言葉に、縁下は一瞬首を傾げるが、その次の瞬間何かを察したように口を開く。
「すまん。って何だ? 今のはどっちが怪我しててとおかしくなかった。俺たちから言える事は──」
「お前に怪我がなくて良かったです!」
縁下がチラリと東峰にアイコンタクトを送ると、東峰はそう答える。
田中は吹っ切れたと言っていたが、それが嘘な事なんて誰が見ても分かるほどだった。
しかし今の田中の顔は幾分かマシなものになっている。
(流石だね)
そんな縁下を見て、束は少し前の事を思い出す。
部活の帰り道。きっかけは烏養のとある言葉からだった。
──春高までは3年が仕切る形で変わんねぇけど、一応2年の中でもそれとなく考えとけよ。次の主将。
「次の主将ねぇ〜」
「力で良いんじゃねぇーの?」
束の呟きに、西谷はアイスを食べながらそう答える。まさか自分の名前が出てくるとは思っていなかった縁下は目を見開く。
「は!? なんでだよ!?」
「なんとなく!!」
西谷の答えになっていない答えに、縁下はため息をつきながら頭を抑える。
「ノヤっさんも向いてる気がするけど、ルール上リベロはゲームキャプテンできないんだもんな」
「それを言うなら田中もだけど今メインで出てる1年3人組の性格をみるとどうしてもな……」
「……うん。冷静な奴が頭にいないとって思うよな」
「理解は出来るが釈然としないんだが。つーか、お前ら自分も選択肢に入れろよ」
木下と成田の言葉に田中はそう答えるが、2人はイヤイヤイヤイヤと手を横に振る。
「そもそもそれなら潮崎でいいだろ。バレーも上手いし普段から冷静だろ」
「いやぁ、僕はこんな身体だから。いつこの間みたいに部を離れるか分からないし」
「……でも、俺は逃げ出した。そんな奴がチームのトップに自信もって立てるわけないだろ」
束達がまだ1年だった頃の夏休み。丁度少しの期間、烏養元監督が練習をつけていた頃だ。
烏養元監督の練習は厳しく、当時の1年でも練習についていけてたのは、中学の頃から有名だった西谷と学年でも1番根性のあった田中。別メニューとは言え、出されたメニューはしっかりとこなしていた束の3人だけだった。
次の日から当時の1年は2人辞め、成田、木下と部活を休みはじめ、その数日後、中学からずっと続けてきたバレーを縁下は初めて仮病で休んだ。
1日だけだと思っていたサボりも、その快感に触れてしまえばそう簡単に手放す事は出来ない。それでも、バレーをしていた時の快感もまた、同じ様に忘れられるものでは無いのだ。
結局、縁下を含めた3人が部に戻ったのは新学期が始まって少したった頃。今でも部を辞めた2人を見て、昔より活き活きしていると縁下は思う。
どちらが正しかったかなんて分からない。それでも3人にはバレーをやっている時より、やっていない時の方が苦しかった。
「……でも、逃げたって言う追い目は一緒消えないと思うから」
「だからじゃない?」
「え?」
「僕はバレーが好きだから。練習が辛いと思った事も、辞めたいと思った事もない。勿論そういう人がいるのは理解しているし、寧ろ僕みたいな人の方が少数派だと思う。ただ理解はしていても根本的な部分を理解して寄り添って上げることは多分出来ないと思うんだ。だから僕は縁下がむいてると思う」
「だな! 俺も自分と違うタイプの奴の事はよく分かんねぇけどよ、多分お前はどっちも分かる奴だ!」
束と田中にそうは言われたものの、縁下の中ではいまいちピンと来ていなかった。どうせ根性なしには務まらない。それにまだ先の話し。
(──そんなふうに思ってたのにな)
「サッ! コォオオオオイ!!」
彼は今、戦闘の最前線に立っている。