全ての成功している女性の背後には、相当な量のコーヒーがある。こんな言葉が存在するぐらいコーヒーは世界中で愛されてきた。それはR03地区グリフィン基地においても例外ではなく、コーヒーと休息とお喋りを楽しむ人形達のためにカフェが開かれた。食事なら食堂を使えばいいのだが、ちょっとした時間を楽しむためにここを訪れる人形は多い。当然、指揮官だってこのちょっとした時間のためにここに来るのだ。
「スプリング、コーヒーお願い。」
「ふふっ、かしこまりました。」
カフェのカウンター席にはナターシャ1人だけであり、彼女の注文に応えた「スプリングフィールド」が真心を込めてコーヒーを淹れる。慎重かつ手際良く全ての工程を済ませ、お得意のホットコーヒーを提供する。
「・・・うん、美味しい。」
「ありがとうございます。」
「カフェをやりたいって志願した時は驚いたけど、言うだけの事あるね。」
「いえいえ・・・」
ナターシャの褒め言葉をスプリングは謙虚に受ける。基本的に彼女はこういう存在なのだろう。自分が必要とされ、人の役に立てる事に喜びを覚える。それが今回はカフェの形になっただけだ。
「一杯のコーヒーは人生を左右するって言うよ・・・・・・今私が勝手に言ったけど。」
「指揮官さまったら、そういうお話が好きなんですね。」
「ほんの一瞬のお喋りが人生を変えるんだよ・・・これはホントに。」
ナターシャは放っておくと永遠にお喋りを止めない。いつもは周囲の人形(主にVector)がいい感じのタイミングでブレーキを踏んでくれるが、今はスプリングしかいないのをいい事に好き放題お喋りに付き合わせてる。
「コーヒーを発明した人って偉人の域超えてるよね。こんな苦味がある飲み物を砂糖とミルクもなしに飲んで、美味しいって思ったから流行ったんだろうけど。一体どこの誰が発明したんだろう・・・」
もはやナターシャはコーヒーから連想できる話を永遠に喋り続けるだけのジュークボックス人間になってしまった。よほどこのカフェが気に入ったのか、コーヒーを2杯3杯と飲みながら合間に楽しくお喋りをする。
「私にとってお喋りは皆との時間を楽しむ最良の手段なんだよ、人形は戦場に立って戦うだけの存在じゃない。もっと平和に生きたってだれも怒ったりしない。いつ消えてもおかしくないからこそ、今の瞬間を楽しんで。人間らしく生きたっていいんだよ・・・ゴメンね、湿っぽい話になっちゃったね。」
「いえ、いい話が聞けました・・・どうして指揮官さまが皆に好かれるのか、わかった気がします。」
ああ、だからこの人は皆に好かれるんだろう。人形は復活できる、死んでも帰ってこれるからと切り捨てる指揮官が多い中で、彼女は人形達を人間のように扱ってくれる。その愛情と優しさが人形達の光となるのだろう。
「・・・ところで、それで何杯めかわかってますか?」
「たしか・・・6?」
「8です。」
おおぅ、そんなに。と思いながら8杯めのコーヒーを飲み干す。普通そんなにたくさん飲む奴はいないが、ついお喋りに夢中になってしまったナターシャはいつのまにかもの凄い数のコーヒーを飲んでしまったようだ。
「そんなにたくさん飲んだら、後で大変になりますよ。」
「大丈夫、我慢しながらお仕事するの得意だから。」
全然大丈夫じゃねえ、と誰かが言い出しそうな会話だがいかんせん此処にはスプリングしかいない。誰もナターシャにブレーキをかけてくれない以上この暴走は止まらず、もはや客と言うよりただの厄介者だ。コーヒーを注文するだけまだマシだけど。
「そういえば・・・指揮官さまは何故『ドクター』って呼ばれるんですか?」
「あぁ、それね・・・昔から人形達の面倒見るのが大好きでね、とうとう自分の所にいる子じゃ飽き足らず他所の子まで面倒見始めたの。最初は他所の基地の指揮官が口出しすんなって追い払われたけど、人形達が街中にいる時を狙って話しかけてたら気に入られたの。その子達からの推薦もあって、あれよあれよと言う間に『ドクター・ロックハート』なんて呼ばれるようになったの。」
「なるほど、それで・・・」
「でも恋仲になった子は1人もいないよ?たまにいい感じになったりするけど、その度にVectorにお尻叩かれて止められるけど・・・」
いつのまにか惚気話みたいな話になってしまった。ナターシャの浮気性(?)と変態性にはVectorも悩まされてきたが、今まさにスプリングがその毒牙にかかろうとしている。
「最近はドクターって呼ばれなくなってきたけど、「上」からの目線じゃ私は完全に心理療法士もどき。おかげでただの指揮官じゃ会えない子にも会えたけど、立場が特殊すぎて世渡りには苦労するんだよ。」
「私達も、ただの人形じゃ会えない指揮官に出会えました。ここの人形はみんな幸せ者です。」
「ふふっ、ありがとね。スプリングもそんな口説き文句言うんだね。」
「え!?いや、その・・・」
ただ感謝を述べたはずが口説き文句と捉えられ、ナターシャの真剣な(ように見える)表情と合わさって本当に口説かれてると思っているのかと言いたくなってしまう。実際ナターシャの脳内には「私を持ち上げる=口説き文句」という謎の方程式が根付いている。何を言っているんだお前は。
「コーヒーありがとね!後口説きの返事はまた明日!」
「ええええ!?ちょっと指揮官さまーッ!!」
今日もR03基地は平和だ。
馬鹿で変態で浮気性で子煩悩(?)なナターシャと長年一緒にやってきたVectorの苦労は計り知れない。