「あら、指揮官様!お出掛けですか?」
「おやカリンちゃん、今日はどっちかと言うとお出掛けよりもお仕事かな。地区内の病院でお仕事なの。」
「なるほど・・・ドクター・ロックハートのお仕事ですね!」
ナターシャ・E・ロックハートのもう一つの仕事、(無免)心理療法士『ドクター・ロックハート』としての仕事である。人形専門であり、決して人間はケアしてくれない(一部除く)。今日は地区内の病院に勤務している人形のケアに行くのである。
「行ってきまーす。」
「行ってらっしゃいませー!」
カリーナに見送られて基地を出る、基本的に出張時は1人の事が多く、行き先の治安が最悪だったり人類人権団体が勢力を伸ばしていたりする場合のみ護衛とブレーキ役としてVectorが同行する。今回は治安も良好だし病院自体が人形を雇うぐらいには人形への理解があるから1人でも問題ない、しっかりケアしておけば今後も安心できるだろう。
「つーいたついたっと、失礼しまーす。」
病院の正面入り口の扉を開き、受付のスタッフに用件を話す。既に話は通っておりスタッフの案内で空き部屋に入り、メンタルケアをする相手がやってくるまで待つ。部屋には花束や果物が入っていたであろう籠が置かれており、ここが病院である事を考えるとやや怖い気がする。
コンコン
「・・・おや、今日のご予約さんかな?」
「失礼します、ドクターさん。G3と申します。」
空き部屋のドアを開けて入ってきた彼女、G3は見るからに美人で上品で疲れていた。肉体的にもそうだが、精神的にもかなり窶れており目の下にうっすら隈も見える。余程過酷な労働環境で働いていたのだろう。
「で、今日はどのようなご用件で?」
「はい・・・ここ最近急患の数が急増していて、それで疲れているんです。身も心も。」
「なるほどね・・・こんな時代じゃ、これ程設備が充実した病院も珍しいからね。」
第三次世界大戦以降、世界的に疫病が蔓延し医療体制は完全に崩壊している。そんな時代に優秀な医者と高性能な設備が揃った病院は貴重であり、地区内外から患者が押し寄せて病院が混乱する光景は想像に難くない。
「人生に疲れるのは誰しも一度はあるからね、そこから立ち直れるか倒れ伏すかは人それぞれ。まずはよく考えてごらん?自分を本当に疲れさせているのは何で、自分はどうしたいのか。」
「私が、どうしたいか・・・」
目を閉じてよく考えてみる。自分を疲れさせているのは絶え間なくやって来る急患への対処、それはすぐにわかった。でも自分がどうしたいのかは何もわからない。ここで働く事は自分の誇りだし、逃げ出したいとは思わなかった。だがここでの過酷な労働が少しずつ自分をむしばんでいるのも事実であり、そこから脱却したい気持ちもある。考えれば考える程何もわからず、結論を出すのがズルズルと先延ばしになってしまう。
「ごめんなさい・・・わからないです。」
「そっか、わかんないかぁ・・・まだ時間あるね、ちょっと散歩しようか。」
ナターシャに連れられて病院内を散歩するG3。窓から吹き込んでくる風にあたれば考えすぎていた頭も落ち着き、自然と心が癒されていく。
「昔の人が言ってたよ、『このヤク漬けなヒッピーの掃き溜めみたいな世界には、娯楽と医療が必要だ!』ってね。その点で言えば、この地区は比較的恵まれてるよ。だって朝起きてから眠るまで弾丸と砲弾と弾道ミサイルが絶え間なく飛んでくる時代があったのに、今じゃまるで楽園。こんなに安全が確保されてる場所はそうそう無いからね。人形だって平和な生き方ができるわけだし。」
「はい、私も最初は戦術人形になって戦場で戦うのを望んでいました。でも今は・・・ここにいられて良かったと思います。」
「誰だって好き好んで敵地に突っ込んでいくわけじゃないからね。みんな自分が生きたいように生きれていいのに、それが出来ない環境にいる事も多いし。」
2人が病院内を散歩していた時、キャリアーつきのベッドに乗せられた患者を急いで運ぶ医者と看護師が2人の脇を通り過ぎた。
「あの人、人類人権団体の人なんです。ずっと入院してて、事故の大怪我で意識も無いなんてかわいそう・・・」
(はえー、めっちゃ死にかけだわ。ワロスワロス。)
「あんな状態の人が多くて、私達は中々休めないんです・・・」
(帰りに救命器具外してから帰ろうかな・・・)
「あ、あの・・・ドクターさん?」
「うん?」
「あ、いえ・・・大丈夫です。」
見てはいけない物を見てしまった気がする。明らかに人間の目をしていなかったし、その直後に普通の笑顔に戻るのもピエロを見ているようで気味がわるい。アレは見間違いだ、今日のうちに忘れてしまおう・・・G3はそう思う事にした。
「とにかく、G3ちゃんはここを離れられないんでしょ?本当は私の基地に来てほしいところだけど、それは無理そうだね。」
「ドクターさん、そうなんです。私はここを離れたくないんです。やっとわかりました。自分を必要としてくれる人達の期待に応えたくて、少しぐらい辛くてもそれを乗り越えて誰かの力になりたいんです!」
「よし、よく言った!自分で考えて導き出した答えが大事なんだよね!」
戦術人形のメンタルには限界がある。人間は生まれてから死ぬまでの間に心身を発達させて熟成させるが、人形のAIにはその成長が起きる余地が少ないのだ。それはあまりにも理不尽すぎる。そこにちょいと刺激を与えて、彼女らの心が成長できるようにするのがドクター・ロックハートのお仕事だ。ちょっとメンタルケアの内容が雑すぎる気がするが、所詮彼女は藪医者同然なので当たり前だろう。
「おっとそろそろ時間だね、じゃあまた困った事があったら電話しな。いつでも相談にのるからね。」
「はい!今日はありがとうございました!」
(いい笑顔だ・・・いつか大怪我した時はここに来よ。)
軽い足取りで病院を後にし、基地に戻る途中で昔を思い出した。あの頃の部下は手のかかる子ばかりだったが、それが堪らなく愛おしかった。彼女達に石や発煙筒を投げつける奴らと喧嘩したこともあった。
「いつからだっけ・・・こんなにあの子達が大切になったの。」
病院に感謝を。