我は護らん海の國   作:ハンヴィー

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 天龍が自艦の艦橋に戻ると、そこには妹の龍田だけでなく、僚艦の夕張や、今回の護衛任務で指揮下に入った駆逐艦娘達も顔を出していた。

 そのせいで、さして広くも無い『天龍』の艦橋は、かなり手狭になっていた。

 

「……なんだ、お前ら。こんなとこに雁首並べて」

 

 居並ぶ艦娘達の顔に浮かぶ興味津々といった表情に、天龍は訝しげに眉を顰めた。

 それを気に留めもせず、駆逐艦娘達が一斉に天龍に詰め寄ってきた。

 彼女らの好奇心いっぱいの表情に、天龍はたじろぐように後ずさった。

 

「ねえねえねえ! 天龍さんって、ああいう子が好みなんですかぁ?」

 

 両手の握り拳を口元に当てながら、子犬のような上目遣いで問いかけてきたのは、松型駆逐艦樅だ。

 あまりにもくだらない質問に、天龍は脱力し、盛大な溜息をついた。

 

「なに馬鹿な事言ってんだ。溺れかけた子供を助けただけだろうが」

 

 艦娘の使命は、深海棲艦の討伐だけではない。

 何時如何なる時でも、陛下の臣民(おおみたから)である國民の生命と財産を守ることこそが本来任務だ。

 自分は粛々とそれを実行しただけに過ぎない。たまたま、助けた相手が子供だったというだけだ。

 それを面白おかしく勘繰ろうとする態度に、天龍は若干の苛立ちを覚えた。

 

「えー、でもお、助けた後、暫く見詰め合ってたじゃないですかー」

 

 それを知ってか知らずか、樅は目を輝かせながら、じゃれ付くように天龍に纏わりついてくる。

 天龍は舌打ち混じりに樅を軽く睨みつけた。

 ここから公園の岸壁まで、優に数百メートルはある。そんな距離で何故分かるというのだ。

 

「そりゃあ、艦の双眼鏡で確認したからに決まってるじゃないですかー」

「……入港作業時に何を阿呆なことをやってるんだ」

「曳船とランデブーしたら、もうやることありませんしー」

 

 一向に悪びれる様子の無い樅に、怒るよりも呆れてしまう天龍だった。

少年の無事を確かめていただけなのに、どこをどうすれば、そんな妄想が出来てしまうのだろうか。

 

「天龍って、意外と可愛いもの好きだからねえ。十分在り得る話だわ」

 

 セーラー服を着たポニーテールの少女、軽巡洋艦夕張が意味深な笑みを浮かべ、茶化すように言うと、途端に駆逐艦娘達がきゃあきゃあと姦しく騒ぎ出した。

 

「そうよね~。天竜ちゃんの自室って、ファンシーグッズに溢れているし~」

 

 更に龍田が、火に油を注ぐように付け加えた。

 

「わあ、そうなんですかー?」

「さすが先輩! 良い趣味です!」

「天龍先輩って、意外とマニアなんですね!」

「私も可愛い男の子とお友達になりたいです!」

 

 樅と同型の松型駆逐艦で、今回の任務で天龍の指揮下に入った榧、楢、桜、椿といった駆逐艦娘達が、一斉に囃し立てた。

 見た目も精神的にも幼い駆逐艦娘は、ちょっとしたことでも、面白おかしく騒ぎ立てる。

 だが、同時にそれは、天龍が先達として、彼女らの信頼を得ている証でもあった。

 小学生高学年程度のメンタリティーしか持ち合わせていない駆逐艦娘は、本音と建前を使い分けるようなことはせず、全てにおいて好き嫌いで物事を判断する。

 そのため、嫌いな先輩格の艦娘に対しては、極力関わり合いになろうとせず、必要最小限の報告義務さえ怠る事もざらではなく、任務に重大な支障を来たすこともあった。

 こうやって騒ぎ立てるのは、彼女達なりの親愛の証でもあるのだ。

 とはいえ、痛くも無い腹を探られて気分が良い訳が無いし、第一鬱陶しい。

 しかも今回は、本来であれば諫めるべき立場の先輩格である軽巡2隻が、一緒になって煽り立てるものだから、始末に終えない。

 

「喧しいぞ! 黙れ、雑木林共!」

「ひ、ひどい~! パワハラですう! シャベツですう! ジンケンシンガイですう! シャザイとバイショーを要求するのですぅ!」

 

 天龍に一喝され、一瞬息を呑んで静かになる駆逐艦娘達だったが、すぐにブーブーと非難の声を上げ始めた。

 松型駆逐艦は、艦名に植物の名が用いられているせいか、雑木林と揶揄されることがあった。

 もちろん、彼女達はそう呼ばれることを非常に嫌がっている。

 

「お前らも、好き勝手なこと抜かして煽ってんじゃねえ!」

 

 面白そうに成り行きを見守る龍田と夕張の二人は悪びれることなく、おどけるように首を竦めた。

 妹の龍田に至っては、からかうように軽く舌まで出していた。

 

「おらっ! さっさと司令部に任務完了の報告に行くぞ!」

 

 同僚や駆逐艦に告げると、天龍は肩を怒らせ艦橋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘との邂逅以降、人々は復興の傍ら、深海棲艦に対抗しうる唯一の戦力である軍艦を、効率よく運用するための組織作りを行う必要があった。

 そうして創設されたのが、帝國海軍だ。

 海軍は、4つの鎮守府と1つの警備府から成り、それぞれに振り分けられた艦船を、鎮守府のトップであり艦隊の司令長官でもある提督が統率している。

 天龍率いる第18戦隊が帰投した頃、横須賀鎮守府の最高責任者であり、帝國海軍最精鋭と謳われる第一機動艦隊群の司令長官でもある提督は、秘書艦と共に、執務室で職務に励んでいるところだった。

 

「ねえ、加賀さんや?」

 

 難しい表情でボーキサイトの消費量をチェックしていた提督は、何かを思い立ったかのように顔を挙げ、隣に控える秘書艦の正規空母加賀に声を掛けた。

 

「何か? 提督」

 

 感情的なものを一切感じさせない、平坦で抑揚の無い声だった。

 女学生然としている軽巡洋艦娘や駆逐艦娘とは異なり、空母娘である加賀は、弓道着を思わせる道衣と胸当て、明るい紺色の袴を身に着けた、落ち着いた雰囲気の女性だ。

 背後に背負った矢筒には大量に矢が収められており、矢羽の一つ一つには、帝國の象徴である日の丸が刻印されている。

 何より、彼女を一目で空母娘だと印象付けているのは、左肩に盾のように設えてある飛行甲板だろう。

 有事の際は、傍らに立て掛けられている弓から放たれた矢は、すぐさま艦上機の姿をとり、瞬く間のうちに敵の航空機・艦船を殲滅する。

 帝國海軍機動部隊の恐るべき打撃力の象徴だ。

 もっとも、虎の子でもある加賀が前線に出ることは殆ど無い。

 運用コストもさることながら、秘書艦である彼女は、同時に提督自らが直卒する機動艦隊の総旗艦でもあるからだ。

 

「ちょっと休憩がてらに、乳揉んで良い?」

 

 しばらく真剣な表情で加賀を見つめた後、提督は厳かに口を開いた。

 表情や口調とは裏腹に、その両手はいままさに加賀の乳房をまさぐろうと、気色の悪い動きをしていた。

 

「駄目です」

 

 こんなやり取りが、今までに何度もあったのだろう。

描いたように整った眉を少しも動かすことなく、加賀はにべもなく拒絶した。

 

「一所懸命に仕事してんだからさ、セクハラぐらい自由にさせてよ」

「嫌です」

 

 理解不能な超論理を展開させる提督に、加賀は少しも動じなかった。

 

「じゃあ、せめて、尻で!」

「なにが、せめてですか。死んでください」

「揉ましてくれるなら、死んでもイイ!!」

 

 鼻息荒く詰め寄ってくる提督。

 加賀が半ば以上本気で射殺してやろうかと考えたそのとき、執務室の扉が勢いよくノックされた。

 

「コホン……入れ」

 

 即座に居住まいをただし、提督はノックの主に入室を許可した。

 扉が開き入出してきたのは、第18戦隊の幹部である、天龍、龍田、夕張の軽巡洋艦3名だった。

 

「報告! 14:00(ヒトヨンマルマル)天龍以下、軽巡洋艦3隻、駆逐艦8隻によるボーキサイト輸送任務完了したぜ!」

 

 3隻の一糸乱れぬ敬礼の後、天龍は高らかに告げた。

 任務完了の報告自体は、既に電文により鎮守府に達していたが、海軍では確認の意味も含め、指揮官自ら口頭での報告を重視していた。

 

「お疲れさーん」

「ご苦労様です、皆さん。次の任務に備え、ゆっくり休養してください」

 

 提督が暢気に、加賀が事務的に労いの言葉を口にした。

 いつもなら、そこで3名は引き上げ、次の任務まで艦体(からだ)を休めることになるのだが、今回はそうではなかった。

 

「なあ、提督。いい加減、俺達も前線に出してくれよ」

 

 天龍は懇願とも脅嚇つかない声で、提督のデスクに詰め寄った。

 提督は腕組みをすると、うーんとばかりに唸った。

 

「そうしたいのは山々なんだがなぁ……」

 

 天龍をはじめ、第18戦隊の実力を疑っているわけで無ければ、別段冷遇しているわけでもない。

 そうでなくとも、水雷戦隊は貴重な決戦戦力であり、輸送任務のみに従事させるのは戦力の浪費でしかない。

 彼女らを大規模な作戦に動員できない理由は別のところにあった。

 司令官となるべき人材がいないのだ。

 圧倒的な戦闘力を誇る艦娘達だが、たった一つ、ある意味致命的とも言える欠陥があった。

 戦隊の旗艦となる艦に司令官自らが座乗しない限り、複数の艦同士、いわゆる艦隊を組んでの互いに連携した戦闘行動を取る事が出来ないのだ。

 当初はそれでも問題は無かったが、帝國が版図を広げていくに従い、より多くの、より強力な深海棲艦が出現するようになり、単純な力技のみでは、撃退が難しい状況が出てきたのだ。

 遊弋する敵艦隊の補足撃滅や、敵の主力とまともにぶつかり合う深海棲艦隊の巣への強襲など、臨機応変な対応や緻密な作戦立案と実行が必要だ。

 刻一刻と変化する戦況を冷徹に見極め、即座に対応する柔軟性も必要不可欠だ。

 そうなると、個々の艦が自艦の判断のみで行動していては、作戦の成否はおろか、最悪の場合、艦の喪失にも繋がりかねない。

 天龍にしろ龍田にしろ、麾下の駆逐艦娘にしろ、艦娘自身が用兵に関して無知なわけでも理解が無いわけでもない。

 むしろ、水雷戦のエキスパートである彼女らには、過去の合戦での知識や経験が豊富にある。

 しかし、それを自分の判断で実践することが、何故か出来ないのだ。

 軍艦を作り出した帝國の先祖達が、艦娘が団結して叛乱を起こすことを防ぐため、あえてそのような保護機能を付加したのではないかと言われているが、実際のところは良く分かっていない。

 そういった理由から、人間の司令官が旗艦となる艦に乗り込んで指揮を執る必要があるのだ。

 輸送任務の場合、ある程度制海権が確保されている海域ということもあり、深海棲艦の出現は、小規模で非常に散発的だ。

 その殆どが斥候のような2,3隻程度の小艦隊か、艦隊から逸れた迷子の小艦艇なので、個艦レベルで十分に対処出来る。

 司令官不在の戦隊は、不本意でも、こういった輸送任務に従事するしかないのだ。

 

「まあ、司令官候補が居ないわけじゃあない。最近、適格者が見つかったんだ」

「本当か!?」

「ああ」

 

 表情を輝かせる天龍に、提督は頷いた。

 

「軍令部の命令で、近々本人に、意思確認の面会を行う予定ではあるんだが……」

「教えてくれ! どんな奴なんだ!?」

「おいおい。落ち着いてくれよ、天龍」

 

 執務室の机に乗りあがらんばかりに詰め寄ってくる天龍に、提督は若干辟易気味だった。

 

「これが落ち着いていられるか! さあ、教えろ! その候補ってどんな奴なんだ!?」

 

 掴み掛からんばかりの勢いの天龍に、提督は嘆息しつつ、傍らの加賀に目で合図をした。

 加賀が、厳つい南京錠の掛けられた防弾性の書棚から取り出したのは、表紙に『特秘 甲種適合者一覧』と書かれた軍令部からの通達書類だった。

 司令官の適正がある者を、軍令部では甲種適合者と呼称している。

 適合者は老若男女様々ではあるが、選抜される基準については全くの非公開だ。

 それについて軍令部は、保安上の理由のためとしているが、真相は不明だ。

 提督自身、大学在学時に軍令部に適格者として見出され、加賀を旗艦とする第1航空戦隊の司令官に抜擢されたのだが、未だに自分が適格者として選ばれた理由を知らない。

 もっとも、彼にとって加賀は、自分の思い描いていた理想の女性だったため、そんな些細な疑問など、一度として真剣に考えたことなど無かったが。

 書類を受け取った提督は、ファイリングされた資料を何枚かめくり、そこから「第18戦隊」という判が押された数枚を抜き出し、机越しに天龍に示した。

 ひったくるようにして資料を受け取った天龍は、食い入るように資料に目を通し始めた。

 天龍の両脇からは、龍田と夕張が覗き込んでくる。

 資料を読み進めていくにつれ、期待に輝いていた天龍の目は、やがて訝しげなものに変わっていった。

 

「性別は男……年齢は、13歳!? まだ餓鬼じゃねえか!」

「そう。そうなんだよ」

 

 提督は椅子に凭れ掛かると、頭を掻いた。

 

「その子を司令官候補として鎮守府に迎える場合、色々と面倒な手続きが必要になる。本人はもとより、保護者や学校への説明と承諾が不可欠だしねえ」

「それに加えて」

 

 加賀が提督の言葉を引き継いだ。

 

「まったくの素人であるその子供に、基礎から教練を施さなくてはなりません。一朝一夕には行かないでしょう」

 

 二人の説明は、高揚していた天龍の気分に水を差すには十分だった。

 冷静に考えれば、十分に分かりきっていたことでもあった。

 たとえ、司令官候補が大人だったとしても、司令官になって艦娘を指揮するということは、すなわち軍籍に入るということだ。

 海軍という組織について、用兵について、そして、艦娘について一から学ぶ必要が在るのだ。

 座学から実技に渡るまで、訓練を行う必要だってあるだろう。

 司令官候補が見つかったからと言って、直ぐにでも出撃が出来るわけでもない。

 しかも、司令官候補というのは、まだ中学生の子供である。

 深い失望感に囚われつつ、殆ど惰性で最後の一枚をめくり、そこで天龍は目を丸くした。

 そこには、司令官候補である少年の顔写真が載っていたのだが、彼女には見覚えのある顔だった。

 

「こ、この餓鬼は……」

「あらあら~運命的な出会いねえ~」

「ホント。漫画みたいな展開」

 

 天龍は絶句し、龍田と夕張は意味ありげに目配せしあった。

 

「来月の初日、その子と面会を行う予定です」

 

 加賀は提督の予定表を確認しながら、淡々と事務的に告げた。

 

「待てよ、加賀。本当に、この餓鬼を俺達の司令官にするのか?」

 

 待望の司令官が見つかり、自分の戦隊も念願叶ってようやく前線に出られる。そんなさっきまでの高揚感とは裏腹に、天龍の心は急速に冷めていった。

 

「軍令部の命令だから仕方が無い。それに、今の段階ではあくまで候補だよ」

「だけど……!」

「とにかく。お前が熱望していた司令官候補だ。もっと喜んだらどうだ?」

 

 なおも食い下がる天龍を、提督は手で制した。

 

「こ、これのどこを喜べって言うんだ!?」

「あら~。私は嬉しいわ~」

「私も。着任が楽しみねえ」

 

 腐る天龍とは対照的に、龍田と夕張は楽しそうだった。

 

「ねえ、提督。その子の教育って、当然、私達が担当するのよね?」

「そうなるな。鎮守府に教育に割ける人手は無いからな」

 

 夕張の質問に、提督は頷いた。

 

「教育は、戦隊主力である貴女達3隻に行ってもらうことになります」

「あら~。それは楽しみね~」

 

 加賀が告げると、龍田は手を合わせて嬉しそうに目を細めた。

 

「何も知らない少年を、私達好みに調教できるわけね~。素晴らしいわぁ~」

「写真を見ると可愛い子みたいだし。是非とも私達の司令官になって欲しいわね」

 

 勝手に盛り上がる妹と僚艦を、天龍は冷めた目で眺めていた。

 

「まあ、そういうわけだから。天龍もそのつもりで居てくれ」

「マジかよ……」

 

 天龍は天を仰ぐように天井を見上げ、盛大な溜息を吐いた。

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