ダンジョンに神殺しの魔王がいるのは間違っているだろうか   作:dukemon

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第6話

1、

 

一柱の神を送還させたミハイル一行は、人造迷宮の中で駆け回っている。

これで、相手の戦力が大幅に低下している。

リドも、敵が突然に弱くなっていると報告した。

 

「次の神の眷族はどこでしょう?」

『タナトスから他の神の名前を聞き出せなかったのは痛手だな』

 

「仕方ない。あの神は交渉できる相手ではない」

 

タナトスの望みはウラノスが知っている。

人が死にすぎた過去の世界に気に入った神だ。

そんな相手に、交渉なんて無理だ。

 

「気を取り直して、前に進もう」

 

「前には誰かがいる」

 

アステリオスは敵の姿を見つめる。

 

真紅の長槍と闇派閥のローブ

目には煙水晶のゴーグルをかけた。

 

「【迷い込め、果て無き悪夢(げんそう)】ッうが!」

 

だが、呪文が詠え終わる前に、アステリオスは疾風のようにその男に接近し、喉を潰した。

 

叫び声も上げずに床で苦しいそうに足掻いている姿に、ミカエルは何の感慨を抱かずに告げた。

 

『俺たちが最初にアステリオスに教えたのは呪文潰しだ。詠唱スピードが足りないぞ』

 

「これは流石にひどい」

 

フェルズはこの敵の詠唱は超短文詠唱ということを察知している。

そんな詠唱も潰せるアステリオスは異常すぎるだけだ。

 

『よし……なるほど、イケロスか』

 

開錠薬(ステータス・シーフ)で恩恵を判明すると、ミハイルは名も知らぬ男を気絶させ、手足を縛り通路に放置している。

モンスターに殺されるかどうかは、彼の運次第だ。

 

その時、近い通路で何かの叫び声が聞こえた。

 

「団長、しっかりして!もうすぐだ!」

 

『アステリオス、済まんがここで待機してくれ。フェルズ、行くぞ』

 

アステリオスが頷いたのを見ると、ミカエルはフェルズと共に人声がした場所に急いだ。

 

『やはり、フィンが重傷か』

 

「ミ…カエル…か……」

 

出血多量で、意識が朦朧としているフィンが団員に背負われて、モンスターの大群に襲われている。

 

『スコル、ハティ。行くがいい』

 

瞬きの間、暴虐の狼たちはフィンの後ろにいるモンスターを皆殺した。

血肉を貪る獣に慄いたロキ・ファミリアたちだが、スコルとハティは彼らに優しげの目線を投げると消え去った。

 

『心配はいらねえよ。後、これをフィンに飲ませろ。傷とか、呪いとかを全部治せる薬だ。俺を信じねえなら、それを捨てるがいい』

 

フィンを背負っている男は少し躊躇ってから、フィンの同意を得ると服用させた。

たちまち、フィンの傷は全快した。

 

その奇跡を目にした団員たちは、ミカエルに疑惑の視線を投げた。

 

『あんたたちを理解できるように説明すれば、『神の力(アルカナム)』で作った薬だ。もちろん副作用はねえ』

 

「なんだと!」

 

アーサーの癒しの鞘に注げた水は、傷や呪いなどを治せる霊薬になる。

異端児の訓練と遠征で発見した使い方で、かなり便利だ。

 

アーサーの原型はラーマだから、これはアムリタなのかな、とミハイルは思っていた。

 

『それより、《千の妖精》は単独でこの先にいるぞ。さき会っていた。神威が放たれたところに向かえば合流できる』

 

「ラウル、行くぞ!」

 

レフィーヤのような後衛は一人でこんなところで迷子になるのは、明らかに危険すぎる。

流石のフィンでも、仲間の危機を前にミカエルをこれ以上問い詰めるのを諦めればならない。

フィンはすぐに送還で開いた大穴のところに向った。

彼を見えなくなると、アステリオスを呼んで、イケロスに追跡する。

 

人造迷宮は完全に沈黙している。

操作していたのはタナトスの眷族だろ。

逃げ場を失ったイケロスは、断念したようにミカエルに見つめた。

彼の後ろには一つの祭壇がある。

 

『……降伏か、送還か?』

 

「エニュオはさっき、面白いことを教えてくれた……ダイダロスの執念はこんな形で終わるのが残念だが」

 

ミカエルはイケロスを祭壇の傍から引き離れようだが、彼はもうナイフを自分の心臓に突き立った。

 

『仕方ねえ、地上に退避しろ!』

 

神の生贄で発動し始めた儀式が、人造迷宮全体に影響を及ぼす。

これではロキ・ファミリアも異端児も逃げられない。

 

ゆえに、ミハイルは権能と移動術を発動した。

 

 

2、

 

オラリオのダイダロス通りは騒がしくなった。

二柱の神が送還されると、街中の人々は光の柱を見て理解している。

 

そして、異変が起こった。

 

まずは、ダイダロス通りで住んでいる人々は全員謎の力でオラリオ中に分散した。

 

――これで、空間が確保した。

 

次は、ロキ・ファミリア、異端児、そして人造迷宮にいるすべての人間とモンスターが人がいなくなったダイダロス通りに出現した。

 

最初に動いたのは異端児だ。

 

《………ミハイルっち》

 

「これはひどい」

 

異端児とフェルズはこの謎の現象を何度も体験したから、一瞬でミハイルの仕業だと理解した。

 

彼らは吼え声で連絡を取り合って、近くにいるモンスターたちを蹴散らし、この場から脱出しようとする。

 

《殿をする》

 

ロキ・ファミリアは異端児の動きを見てから、行動した。

モンスターを野放してはいけないという使命感と共に。

アステリオスは単独で、異端児の逃走のために時間を稼ぐと決めた。

 

《むちゃだ!オレっちも!》

 

アステリオスは金色の髪を持つ剣士の猛攻を捌きながら咆哮でリドに答えた。

 

《早く行け!リドがいなければ、誰が同胞達を守れる!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

アイズは風を纏い直した。

これで、十回目だ。

このミノタウロスの強化種の強さは常軌を逸した。

攻撃は少し掠っただけで、風の鎧は破られる。

直撃を受けると、風の鎧を貫通して、体が重傷を受けるだろ。

 

フィンが全快し、指揮を取れるようにならなければ、この相手に負けていたと、全員は確信した。

それでも、勝機は5割しかない。

 

黒き猛牛は左手で大剣を振るい、ベートの飛び蹴りを叩き落した。

周りの敵をなぎ払おうとする左手の両刃斧が盾と激突して、それを持っているガレスの体が大きく後ろに飛ばされた。

 

ティオネとティオナが後ろに下げられたガレスと代わって、黒き猛牛に肉薄しようとする。

だが、彼女たちの行動を見抜いた相手は一瞬で対応した。

 

左から切り込まれた大双刀(ウルガ)の軌跡に合わせて、大剣はピタリとその刀身を寄り添った。

側面から余分の勢いを与えられた大双刀(ウルガ)が空を切って、黒き猛牛はそのままがら空きになったティオナの腹に蹴った。

 

右から、ティオネはククリナイフのゾルアスを逆手を取って、両刃斧の隙をくぐり抜き、超接近戦を持ち込もうとするが、縦横無尽の斬撃に前後を封じられた。

進む道も退る道も塞がれ、ティオネは特大の一撃を見舞われた。

 

吹っ飛ばされたティオナとティオネは廃屋に衝突して、口から血を吐いた。

 

「ベート、ガレス、アイズ、あいつを牽制しろ!」

 

フィンは素早く次の指示を放って、魔法の準備に入った。

 

しかし、黒き猛牛は一直線に、リヴェリアのところに疾駆する。

 

――これも見破られた!

 

さっき、フィンの指示は誘導だった。

敵に調教師で、命令が聞かれたことを想定しているものだ。

リヴェリアの魔法こそ本命、フィンの魔法準備はただの陽動でしかない。

 

ベート、ガレス、アイズとフィンが必死に黒き猛牛の侵攻を止めようとした。

しかし、できなかった。

そこで、リヴェリアは砲撃魔法の詠唱を中止し、補助魔法に切り替えたから、戦線の崩壊が免れた。

 

このように、ロキ・ファミリアの戦術が何度か看破された。

アイズが中核となった電撃戦術も。

ベート、ティオネ、ティオナの中衛三人による一撃離脱戦法も。

地利に生かせる遊撃戦術も。

フィンが次々と生み出した戦術は悉く相手の戦闘勘と判断力に破られた。

 

「みんなはまだ回復してないのか!」

 

あの黒き猛牛の咆哮で、ロキ・ファミリアの団員が半分気絶した。

幹部陣以外の構成員が仲間の治療に尽力している。

幸い、黒き猛牛と逃げたモンスター以外の怪物はほとんど大剣と両刃斧の

余波で死滅した。

敵でありながら、驚嘆すべき実力だ。

 

 

 

だけど、相手は一つ見落としたことがある。

 

「っっ!!!」

 

左手で持っている大剣はアイズの攻撃を受けると、バギッと折られた。

握っているのは柄だけになった愛剣だ。

 

同時に、右手の両刃斧はガレスのハンマーに殴られて、粉砕された。

 

このミノタウロスが持っている武器は上質だが、所詮ダンジョンで逃げた冒険者たちから拾ったものだ。

 

フィンは最初から武器の耐久を想定して、戦術を組んできた。

もっとも、このミノタウロスの技の冴えが想像の域を遥かに超えたから、危険な状況はいくつもあった。

 

今、優勢に立つのは自分たちだ、とフィンは思っている。

それでも、敵の目から諦めの色が見えない。

 

「全員、自分たちの武器を注意しろ!あいつは奪いに来る!」

 

フィンの号令と共に、黒き猛牛は突進してきた。

狙いはフィン。

 

リヴェリアは詠唱を始めた。

ガレスは敵の背中に槌で猛撃を与えようとする。

ティオネは投げナイフで目、口、喉などの急所を狙う。

ティオナは大双刀(ウルガ)で足を攻撃する。

ベートは蹴りで頭を潰そうとする。

アイズは全力の風と共に、最大な一撃を見舞おうとする。

フィンは冷静に自分の槍で握って、相手の動きを見抜こうとする。

 

黒い猛牛もこの状況を打開する考えも持っている。

 

だが、全員の予想は破られた。

 

 

3

 

ダイダロス通りは崩壊を始める。

ちょうど、フィンとアステリオスの真下からはじめた。

それゆえ、この場にいるすべての戦士の攻撃が外された。

 

下に見ると、人造迷宮は崩壊してきた。

その真上にあるダイダロス通りが支えを失くして、墜落している。

 

その原因は炎だ。

遠く下方にいる巨大な劫火が人造迷宮を飲み込み、それを灰燼に化した。

 

一目見るだけで、それは終焉をもたらす物だと理解している。

この場にいる全員は全力でこの滅びから脱出しようとする。

 

問題は気絶して、身動きが取れないロキ・ファミリアの構成員だ。

 

 

 

アステリオスは素早く、近くにいるロキ・ファミリアの者たちを安全地帯に投げた。

少し傷を受けるかもしれぬが、死ぬよりマシだ。

空中で仲間をキャッチした金髪の剣士が信じられない物を見たようにこちらを見つめた。

 

その直後、驚愕に目を見張った。

 

その視線に沿うと、槍を持っている一団のリーダーが団員が魔法を受けて、墜落していく様子だ。

魔法を打ったのは、人造迷宮にいる人型のモンスター。

 

たしか、フェルスが精霊の分身(デミ・スピリット)と呼ばれている。

同胞に似ているが、全然違うものだった。

彼女は炎から逃れようとして、魔法を周囲に放った。

その一発は槍の戦士に命中した。

 

アステリオスは駆け出した。

本能的な行動だ。

この素晴らしい闘争はこんな形で、終わっていいものではない、と。

 

数回、落ちていく建物を足場にして、アステリオスは彼の手を掴んだ。

もう、帰る道はない。

 

帰る道はないけど、仲間がいる。

グロスは空からアステリオスの肩をつかみ、近くにいる地下水路の通路に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

「ムチャハシスギダ、アステリオス。オレガコナケレバドウスル!アトミカエルハナニヲヤッテイルンダ」

 

「すまん。師匠が何かをやらかすことを予想しているが、今回は流石に……」

 

意識を失った戦士を背中に抱えて、アステリオスは謝った。

答えた後、自分の失策に気づいた。

 

「………起きているだろ。さっさと降りろ」

 

背後から感じた息遣いは明らかに対話を聞いて動揺している。

フィンは弾けるように飛び降りて、通路に立った。

 

「………信じられないことだが、知性を持つ喋れるモンスターがいるのか」

 

「僅かしかない。自分以外の同胞は、人間との争いを望んではいない」

 

「アステリオス…」

 

明らかに仲間をかばうための発言だが、

自分と同胞と違うと言ったアステリオスに、グロスは顔をしかめた。

 

「今回地上に出る理由は?」

 

「緊急避難だ。さっき、イケロスという神が人造迷宮にいる何かの装置を作動した。だから、師匠はその場にいる全員を地上に転移した」

 

「ミカエルか……彼はただ者ではないのをとっくに知っていたが、それほどとは」

 

アステリオスは素直に、相手の問いを答えた。

フェルズが交渉すれば、フィンもそれなりの警戒を持って行動しているだろうが、アステリオスの態度が裏がないと気づいた。

 

「もう一つ聞きたい、あの炎もミカエルの魔法なのか?」

 

「マホウカナ?」

 

「一度見たことがある。あれは師匠の技に違いない。確か、レーヴァテインと呼ばれている」

 

「………レーヴァテインか。偶然にしては出来すぎだな」

 

何か心当たりが得たように、フィンはぶつぶつと何かを言った。

 

「…………ちなみに、同胞達のことは」

 

「命を救った恩人に仇を返すほど、恩知らずではない」

 

「感謝する……リドが聞かれたら、泣け出すかも知れぬ」

 

アステリオスは蜥蜴人(リザードマン)の顔を思い出して、笑った

 

「リドトイウノハオレタチゼノスノリーダーダ」

 

「強いけど、優しい。人間と手を取り合いたい立派なリーダーだ。自分の剣技は彼に真似しただけにすぎない。縁があったらまた会おう。自分としては戦いの続きをしたいが、同胞たちは君たちと良い関係を築くと願うだろ」

 

そういうと、アステリオスとグロスは通路の闇に消えていく。

 

 




もうすぐ完結だと思います。

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