空色少女は働きたい   作:とはるみな

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プロローグ

 コンコンコンとドアを三回ノックする。

 

 「どうぞ」と声が聞こえたら「失礼します」と言ってドアを開ける。

 

 部屋に入ったら、ドアの方を向いてドアを閉める。

 

 閉めたら面接官を向いて三十度の角度でお辞儀を………しようとして、俺はまたこのパターンかと数秒後の未来を予測した。

 

 予想通り、俺を見て口元をヒクヒクさせていた面接官は、唾が飛ぶような大声で言う。

 

「なんだその髪色は舐めてるのか! 冷やかしに来たなら帰れ!」

「いえ…これは地毛で…」

「そんな色の地毛があってたまるか! 信じられる訳ないだろ! もういい、時間の無駄だ。帰れ! 二度と来るな!」

「あ、はい。失礼しました」

 

 素早く頭を下げて、来た道を戻る。

 あまりにも速い退室に他の就活生達が何事かとコッチを見てくるが、視線が頭に映った瞬間納得したような顔になった。

 

 まぁ、そりゃそうだろうな。

 なんて考えつつ、俺は出来る限り人と顔を合わせないようにして押し扉を押し社外へ出る。

 

 押し扉のガラスに反射する俺の髪の色は空と同じ色をしていた。

 

 

 

 

 

 異世界転生。ネット小説で人気を誇るジャンルであり、同時に非日常を表した、一般人にとっては憧憬なようなものであった。

 

 しかし、あくまで物語は物語。第三者の視点から眺めるのが一番いい。

 そんな確信を抱いたのは実際に異世界転生を果たして第一者となってからだった。

 

 異世界には俺以外にも転生者は計二十人と多くいた。金髪のエルフだったり、赤髪の吸血鬼だったり。

 皆等しく姿形が変わってしまっていた。

 

 俺もその一人で、気がつけば空色の髪の毛をした少女になっていた。

 

 俺と同じ境遇の人は数人いた。女から男になった人もいた。皆変わってしまった性別に困惑し、絶望していた。

 

 しかし、それでも心が折れなかったのは、魔王。俗称ラスボスを倒せば元の世界に帰れる、という天の声があったからに他ならない。

 

 それからはただひたすらに頑張った。魔法を覚えて剣を振って燃やして切って。

 そして転生から二年。ようやく転生仲間の一人が、魔王を討ち取った。それで全てが元通りになる、はずだった。

 

 だが、待っていたのは非情な現実。

 

 俺は空色の髪の毛を指で弄りながら、ため息を吐いた。

 

 そう、異世界での容姿を維持したまま俺たちは送り返されたのだ。現代に。

 しかも容姿の不変とかいう謎のおまけ付きで。そのせいで髪は染められなくなったし、切れなくなった。

 その結果が今日の面接だ。ため息を吐きたくもなる。

 

 せっかく身分証明書がなくても出来そうな仕事だったのに。と一人愚痴る。

 

 現代社会において身分証明書とは絶大な効力を誇る。しかし、異世界の容姿を持ったままこの世界に帰ってきた俺たちにはそんなものは存在しない。

 つまり何が言いたいかと言うと、お金を稼ごうにも働けないと言うことだった。

 

 結果として、身分証明書の必要ない仕事を探さなければならず、且つ容姿に寛大な所を探さなければならないので、現在俺たち転生仲間の中でも働けているものは両手の指に収まっている程度しかいない。

 

 亜人系は等しく全滅だ。赤髪の吸血鬼や白髪の龍人は背中から出る羽や頭から伸びる角が隠し切れないから、と働きどころを見つけることに成功した金髪エルフの借家に泊まり込んで一日中ゴロゴロしている。圧倒的金欠のため、ゲームもテレビも携帯もないから暇を持て余しているそうだ。

 

 かくいう俺も人のことを悪くは言えない立場にあり、現状は異世界で魔法使い同士として仲が良かった緑髪の少女と、銀髪の小人、黒髪の剣士とぼろアパートで生活を共にしている。

 

 黒髪の剣士が唯一働けている存在だった。

 銀髪の小人はどう見ても子供にしか見えないので働くことが出来ず。俺と緑髪は髪色で落とされる始末。

 黒髪の剣士本人は俺は男だから大丈夫と言っているが、言葉に甘えるわけにもいかないので、どうにか働こうと日々奮闘しているものの、ままならない現状。世知辛い。

 

 ちなみに剣士以外は皆姿格好は女の子だが、元男。故に、養ってもらうことに敗北感を覚えていた。

 

 ーーあぁ。早く働きたい。

 

 働いてお金を稼いで、携帯とかテレビとか買いたい…。

 

 異世界に行く前までは働きたくないとほざいていた、働けている有り難さに気づけていなかった愚かな自分を殴り飛ばしたい。

 

 そんなことを考えているうちにぼろアパートが見えてきた。

 今日こそは! と意気込んで出て行った手前帰りにくい、と再度ため息を吐いて、建て付けが悪いドアを開ける。

 途端鼻に突き刺さるカビ臭い匂いで一瞬ウッとなるがいつものことだ。

 

「ただいま…」

「あっ、ソラさん。おかえりなさい。どうでしたー?」

 

 ソラ…というのはこの髪の色からとった俺の偽名だ。元の世界に帰った後もコイツらと関わるつもりはなかったので偽名を使ったのだが、今では本名よりも慣れ親しんだ名前になっていた。人間の慣れとは恐ろしいとつくづく思う。

 

 間延びした声で聞いてくる緑髪に無言で首を振って答えると、緑髪はにへーと嬉しそうな顔をして「聞いてくださいよ!」と声を上げた。

 

「私、来週から働きます!」

「…は? なんて?」

「来週から働くんですよ! ニート脱出です! ついに私の努力が実ったんです!」

 

 一瞬聞き間違いかと思って聞き返したが、同じ言葉が返ってきた。緑髪は馬鹿だが嘘はつかない。つまり…

 

「騙されてるのか…かわいそうに。よしよし、俺が慰めてあげるからこっちにおいで」

「その目やめてください。なんか嫌です。それに騙されてなんかいませんよ! 私が騙されるはずがありません」

「騙された被害者は皆そう言うんだよ!」

「ソラちゃん。リーフちゃんの話は本当っぽいよ」

 

 緑髪に心底哀れみの目を向けてやっていると、居間の奥から銀髪小人が欠伸をしながら出てきて、ほら、と紙を突きつけてきた。

 

「なになに…雇用通知書……だと…。ず、随分洒落た悪戯だな…」

「声震えてるよ」

「だから騙されてないんですってば。これからは私も養ってあげますからね。ニートさん…って何処行くんですか」

「………もう一社行ってくる」

「……まぁ気持ちは分かりますので、頑張ってください。あ、なるべく早めに帰ってきてくださいね。今夜はレンさんがお祝いに外食に連れてってくれるみたいなので」

 

 そんな慰めの言葉を背に受けながら、俺は外へ飛び出した。

 働きたい。そんな切実な思いを胸に抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

「ウィッグは外してください」

「いや、あのこれ地毛なんですけど…」

「え……その髪色の人を雇うのはちょっと無理があると言うか…」

「そんな…」

 

 


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