女性とは甘いものが好き、というのは昔からよく聞く話である。
一説では女性ホルモンのバランスが深く関係しているとされているが、その辺はよく分からないので割愛する。
さて、ここで一つ疑問を提唱しよう。
元々甘いものがそこまで好きじゃなかった男性が、ある日突然女性に変わってしまったら、果たして甘いものが好きになるのか、と。
結論から言うと、答えはYESだ。
他の人は知らないが、俺の味覚は確かに変わっていた。
「今日はここでスイーツバイキングがあるらしいからさ。皆で行かないか?」
「買い物は終わったんですか?」
「まぁ一応。で、どうかな?」
故に、ゲーセンまで俺たちを探しにやって来た黒髪剣士の言葉に、どう返答するべきか葛藤してしまった。
日頃の感謝を伝えるのは自分達の方だから、と申し訳なく思う気持ち。しかし甘いものを食べたい気持ちもあり。
断るべきか、素直に甘えるべきか。迫られる二択に頭を悩ませていると、隣の緑髪は悩む素振りも見せず満面の笑みで俺の手を取った。
「やった! ソラさん、ラッキーですね! ここはお言葉に甘えましょう!」
「えぇ、でも……ここまで至れり尽くせりだと申し訳ないっていうか…」
「ここまでしてもらって断るのも申し訳ないですよ。受けるにしろ断るにしろ申し訳ない気持ちにはなるんですから、だったら得した方がマシです! と言う事でレンさん! 今日はご馳走になりますね!」
俺の手を握ったままグングン歩いていく緑髪。
俺はその後ろを苦笑しながら付いていく黒髪剣士に軽く頭を下げると、緑髪に問いかけた。
「ところで場所分かってるのか?」
「全然わかりません」
「おい」
「まぁいつか着きますよ。全ての道はスイーツに通ず、ですから。それに適当に歩いていた方が楽しくないですか?」
「楽しくない」
「もう、連れないですね。ソラさんはもっと心にゆとりを持った方がいいと思いますよ」
「お前が持ち過ぎなんだ」
「じゃあ私の過剰分をソラさんに上げましょう。と言うことで、一緒に適当に歩きましょうか」
もう嫌だコイツ、話が通じない。
ーー助けて。
もう一度振り返り、アイコンタクトで黒髪剣士に助けを求める。
微笑ましいものを見る目で俺と緑髪を眺めていた黒髪剣士は、一瞬表情を硬直させた後、言葉を紡いだ。
「ちなみにスイーツバイキングの受付はあと三十分ほどで終わるらしいぞ」
「地図によると会場はこっち方面です。寄り道せず一直線に向かいましょう」
瞬時に現在地が書かれた地図のパネルの所に移動した緑髪は、真剣な顔で北を指差す。
「いや、さっきと言ってることが違うけど…」
「細かいことは気にしないで、早く行きますよ」
「……分かったよ」
これ以上、緑髪と話をしてもどうせ時間の無駄になることは分かっている。ここはさっさと先に折れるのが正しい選択だろう。
溜息を吐くと、俺は再び緑髪に引っ張られるようにして会場へと向かった。
「ところで黒髪。その紙袋の中身は何なんだ?」
「あ、それ私も気になってました。何を買ってきたんですか?」
「まぁ、家に帰ってからのお楽しみってことにしといてくれ」
◇
「うわー、見てみてください! ソラさん、スイーツがいっぱいありますよ! これ全部取っちゃっていいんですよ!? どうしましょう!」
「頼むから、声のボリュームを抑えてくれ。注目浴びてるってば」
「そんなこと言いながらソラさんだってニヤけてるじゃないですかー!」
「え、うそ……いやこれは違っーー」
大量のスイーツを前にキャーキャーと騒ぐ同居人の姿を見て、黒髪剣士は来て良かったと小さく呟いた。
今でこそ余裕があるが、以前までの貧しい生活の中ではスイーツなど買う機会が滅多になかった。彼女達が甘いもの好きなのは異世界の頃からの付き合いで知っていたが、我慢を強いざるを得なかったのだ。
だからこそ、黒髪剣士は決めていた。
いつか必ず彼女らに甘いものを沢山食べさせる、と。
銀髪小人が明日の集会の打ち合わせで来れなかったのは残念だが、彼女にはまた別に機会で埋め合わせすることとして。
黒髪剣士は言い争う二人の姿を眺めながら、目をゆっくりと閉じる。
目蓋の裏に映るのは、異世界にいた頃の記憶。そこには今と変わらず言い争っている空髪と緑髪の姿があった。
「本当全然変わらないな…」
クスッと笑いが溢れる。
現代社会で生活を送っていると、時折、異世界での記憶が夢だったんじゃないか、と思う時がある。自分は元々この容姿で、記憶違いを起こしているのではないか、と。
だが、そんな時に必ず思い浮かぶのが、空髪と緑髪の言い争いだった。異世界でも毎日のように行われていたそれは、黒髪剣士にとって異世界の記憶を掘り起こすトリガーとなっていた。
理由は分からないが、彼女達が言い争っている姿を見ると、異世界での思い出が微かに蘇るのだ。同時に懐かしい気分にもなった。
「ーーーレンさん。レンさん」
耳元で聞こえてきた声に黒髪剣士が隣を向くと、大皿にこれでもかというくらいスイーツを盛り乗せした緑髪が不思議そうな顔して立っていた。
「レンさんは食べないんですか?」
「いや俺も食べるよ」
甘いものは余り好きじゃない。
だが、スイーツバイキングの会場でそれをわざわざ口に出すのはお門違いだ。それに自分たちが食べていて、奢ってくれる人が全く食べないというのは、俺が奢ってもらう立場だったら間違いなく気が引けてしまう。
だから少量ではあるものの食べるつもりだった。
「そうですか! じゃあ、これあげますよ! 大丈夫です、私の分はまた取り直して来ますから!」
「え」
それは一瞬だった。
山盛りのスイーツが乗った大皿を渡され、狼狽えているうちに緑髪の姿は見えなくなってしまった。
黒髪剣士は、渡された大皿を見つめながら、冷や汗を流す。
「嘘だろ……?」
そんな呟きを拾う者は誰もおらず。
黒髪剣士のスイーツ大食いチャレンジが始まろうとしていた。