空色少女は働きたい   作:とはるみな

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日常のようなもの 4

 人とは醜い生き物だ。

 

 表面上は良き友と語っていながら、裏では平然と悪口を零し嘲笑する。

 思えば、男が人との関わりをあまり持たなくなったのも、友人だと思い込んでいた者達から陰口を言われていることを目撃したのが原因だった。

 

 陰口なんて誰でもするようなこと。

 当時男は、そう理解しようとして、結局理解することができなかった。

 

 以来、男は特定の誰かと親しくすることはなくなった。

 距離を近づけすぎないために、親しくならないために、信頼している者でさえ名前で呼ぶことは決してなくなり、身体的特徴で呼ぶようになった。

 

 また裏切られるのが怖かった。

 失うくらいなら初めから繋がりを作らなければいい。そう思って。

 

 そしてそれは今も変わらない。

 

 異世界転生という常人では体験し得ない出来事を越えても、男は情け無く臆病だった。

 

 

 

 

 ぼろアパートの一室。

 静かな空間の中、空色の少女の凛とした声が空気を揺らした。

 

『私は……そうね、ソラとでも呼んで。それ以上語る気はない』

 

 ……。

 ギリッ。何かを噛み締める音。

 しかし、空色の少女の声は止まることなく、楽しげにその美声を震わせる。

 

『別に貴方達と深く関わるつもりはないわ。現代に戻ったら二度と会うこともないだろうし。私は一人が好きなの』

 

 ………。

 ギリギリギリッ…。

 噛み締める音が段々と強くなる一方、空色の少女の声も大きく高らかになっていく。

 

『これ以上私に関わらないで。次触れたらただじゃおかないわよ』

 

 …………ッ…!

 

「えと…あとは確か……。『あなた…もしかして私を舐めてるの? 本気で殺すわよ…』」

 

 ……………ッ…!!!?

 

 もう限界だった。

 

「他には、あ…『私のーー』」

「もういい! やめろ、やめてくれやめてください…」

「えー、あの頃の言動を思い出したいからってソラちゃんが頼んできたんじゃんか。まだまだあるのに」

 

 全力で懇願する俺に、先程まで俺とソックリな声を作っていた銀髪小人が不服そうに口を尖らせた。

 

 確かに銀髪小人に頼んだのは俺の方だ。ある程度のダメージを負うことは覚悟していた。

 

 しかし、まさかここまでのダメージを負うとは思ってもいなかった。

 

 手には自身の爪の跡が食い込み、目には羞恥から溢れた涙が、唇からは血の味がする。

 

「ホントやめてください…これ以上は死ぬ。本当に…」

「えーどうしよっかな……お、おう? …えと、思ったより重症だね……」

 

 そこで初めて俺の惨状を見た銀髪小人は、ニヤニヤ笑いを引きつった笑いに変化させた。

 

「いや……これ演技できるの?」

「死にたくなるほど辛いけど、やらないと死ぬんだ。だったらやるしかないでしょ…。もう今日は無理だけど」

 

 ドン引きしながら尋ねてくる銀髪小人に、俺は小さく頷いて返す。

 もはや退路は残されていない。どれだけ血反吐を吐きたくなるような喉を掻き毟りたくなるような黒歴史でも、目を逸らすことなく受け止め演じるしかないのだ。

 

 ただーー今日はもう限界だった。

 今まで目を背けてきた分を一日で受け止め切ることは不可能だった。

 

「そ…そう。ま、まぁ、まだ時間はあるしね……あ、そういえば昔話と言ったらだけどリーフちゃん。あの子だいぶ変わったよね」

 

 力強く語る俺に気圧された銀髪小人は、唐突に話題を変えた。

 大方俺を気遣ってのことだろう。

 

 そう理解して、俺も話に乗った。

 

「あー、確かに初対面の時と今じゃ何もかも違うよな」

「敬語使うなんて昔のあの子じゃ想像出来ないよね。今度の集会で皆驚くんじゃないかな」

 

 現代に戻ってきたばかりの時は、まともに話し合う時間も作ることができず即解散した。

 故に、緑髪の変化を知るものは少ない。

 

 知っているのは異世界で交流があった俺、銀髪小人、黒髪剣士、紫髪と。現代に戻ってから交流がある金髪エルフ、赤髪吸血鬼、白髪龍人くらいだろうと思っている。

 

 俺と違い、初めから元男だと打ち明けていた緑髪に変化を隠す理由はない。

 

 集会では緑髪の変わり具合に度肝を抜かす人が多く出るだろうな。

 なんて銀髪小人と顔を見合わせ二人してククと笑う。

 

「…どうだい?」

「ん?」

 

 質問の意味が分からず聞き返す俺に、銀髪小人は今にも舌を出しそうな悪戯な笑みを浮かべた。

 

「辛いことだけじゃなくて、少しは楽しめそうなこともあるでしょ?」

「……」

「辛いことだけ考えてても嫌になるだけだよ。大体ソラちゃんは重く受け止めすぎ、気楽にいこうぜ。一発芸見せてやる的な感じでさ」

「……まぁ、善処してあげるわ。見てなさい、銀髪(レーテ)

「おっ?」

 

 これから俺が何をしようとしているのか予測したのかニヤッと口角を上げる銀髪小人に苦笑を零し、俺はスッと立ち上がり腕を組みながら言った。

 

「私はソラ。魔法使いのソラよ。私に触れる奴らは皆氷像にしてあげるわ」

「ヒューヒュー! いいぞー! もっとやれー!」

 

 恥ずかしい。が、見てるのは銀髪小人だけと考えると、何故か耐え切れないほどではなかった。勿論顔は赤いだろうけど。

 

 一人囃立てる銀髪小人に向かって、手を上げ応え、続く言葉を紡ごうと…。

 

「いいわ。あなたにも魔導の深淵を見せてあげーー」

 

 ……ドサッ。

 

 

 何かが落ちる音。

 音のする方向を見れば、玄関で緑髪が固まっていた。足元にはビジネスバッグが。

 

 先程の音の正体はコレか…。

 いやそんなことはどうでもいい。いつからココにいた? 

 

 

 

 マサカ、ミラレタ?

 

 

 予想だにしてなかった乱入に、かぁーと顔が熱くなり、頭がだんだんと冷静になっていく。

 

「あはは……今日は随分と早いお帰りで……」

 

 銀髪小人が何か言ってるが頭に入ってこない。

 しかし、

 

「そ、ソラさんがソラちゃんになっちゃいました……」

 

 緑髪のそんな意味不明な言葉だけは俺の耳へとしっかり届いた。

 

 

 

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