空色少女は働きたい   作:とはるみな

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日常の裏話 2

 カタカタカタ。

 

 今時エアコンも付いていない設備不十分な室内の中。キーボードを打ち付ける音だけが静かに鳴り響く。

 

 

 そんな静寂が破られたのは、いつも通り定時が近づいてきた頃合いだった。

 スッと部屋の奥に座っていた男は席を立つと、書類の束を窓際の机に放り投げるようにして置いた。

 

(みどり)ちゃん、これもお願いできる?」

「はい! お任せください!」

「じゃあ後はよろしく」

 

 雑に机に置かれた大量の書類の束に、(みどり)と呼ばれた緑髪の少女は眉一つ顰めることなく、花が咲くような笑顔を向け、元気よく返事を返す。

 

 言わずもがな。『(みどり)』というのは『リーフ』の偽名だ。最も『リーフ』自体も本名とは程遠い偽名だが。

 偽名の偽名とは実に変な話である。

 

 

 

 

 少しして、男が完全に部屋から退室したあと、隣の席に座っていた同僚の女性がヒソヒソと緑髪(リーフ)に話しかけた。

 

「大丈夫、手伝おうか? その量じゃまた何時間も残業することになるでしょ。ったく、あのハゲ、すぐ人に仕事押し付けるんだから……」 

「大丈夫です! 心配は無用です! 働かせてもらってるだけ嬉しいですし。それにただエクセルに打ち込むだけの作業ですので」

「ほんとに健気で良い子ね、翠ちゃんは。けどダメよ。半分渡しなさい。あ、これ先輩命令ね」

「えぇ…昨日も手伝ってもらったのにそんなこと出来ませんよ。大丈夫です、私全然やれますから!」

「いいから貸しなさい。一人でやるより二人でやった方が早く終わるでしょ」

 

「…分かりました。ありがとうございます…」

 

 そう言いながらも納得してない様子で、やれますのに、と膨れる緑髪(リーフ)を見て、女性はやれやれと眉をひそめた。

 

 

 

 緑髪(リーフ)が職場にやってきたのはつい一ヶ月ほど前のこと。

 初めて見たときは、あまりに整いすぎた容姿と派手すぎる髪色からヤバい人が来たと思っていた。

 事実そう思ったのは自分一人ではなかったようで、数日間は彼女の話題で持ちきりだった。

 

 曰く社長の愛人だとか。

 曰く元暴走族の一員だとか。

 

 そんなマイナスのものばかりだったが。

 

 

 しかし、実際に一緒に仕事をしてみるとそんなイメージは一変した。

 

 確かに時折ヤバさを感じる言動をすることはあるものの、何事も卒なくこなすほど要領がよく、気遣いも上手で、何より話していて楽しいと感じるほどコミュニケーション能力が高かった。

 まさに理想の新人を具現化したかのような存在だった。

 

 その特徴的な髪色と仕事を抱え込みすぎるという欠点を除いて。

 

 人が良いというか、なんというか。緑髪(リーフ)は他人の仕事を何でも引き受けてしまう癖があった。

 

 それは別に悪いことではないのだが、配属一月目で他の従業員の三倍近く残業をしているのは流石に目に余る。しかも、それらの仕事を楽しそうに行うものだから、手に負えない。

 

「どういった環境で育ってきたらこんな子が出来るのかしら…」

 

 女性は小さな声で呟いた。

 

 仕事が嫌いな人間は多いがここまで仕事を楽しそうにやる人間は少ない。

 故に、緑髪(リーフ)の生い立ちに興味を持ったのだ。

 

「…ねぇ、翠ちゃん。翠ちゃんって何人家族なの?」

 

 悪い噂が重なり今まで誰も聞こうとしなかった緑髪(リーフ)のプライベート。

 すっかり距離が縮まったこともあり、女性は一瞬躊躇したものの、それに踏み込んで。

 

 後悔した。

 

「え、あぁ。私には家族はもう居ないですね。きっと今の私を家族と認めてはくれないでしょうから」

 

 途端曇出す緑髪(リーフ)の瞳。

 哀愁を帯びたその眼に、女性はすぐに頭を下げた。

 

「…そう。ごめんなさい、変なことを聞いて」

「いいんです。気にしないでください。確かに家族はもう居ませんけど、家族のような人はいますから」

「それは聞いても大丈夫な話?」

 

 先程の件もあってか、腫れ物を触るかのような問い掛けに、緑髪(リーフ)は苦笑を浮かべて頷いた。

 

「はい、大丈夫です」

「えっとじゃあ、それってもしかしてミドリちゃんのコレの人?」

 

 そう言って女性が立てるのは親指。

 

「いえ、そう言うのじゃなくて…友人ですよ」

「良い友人を持っているのね」

「はい。私には勿体ないくらい良い友人たちです。帰ったらご飯も作ってくれますし、お風呂も沸かしてくれるんですよ!」

 

 家族のことを聞いた時とは打って変わって、楽しげに語り出す緑髪(リーフ)の話を、微笑みながら聞いていた女性は、そこで「ん?」と声を漏らした。

 

「……え、ちょっと待って。一緒に暮らしてるの? しかも、友人たちってことは複数で?」

「? 私何か変なこと言いましたか?」

 

 不思議そうにキョトンと首を傾げる緑髪(リーフ)に、今時の子はシェアハウスするのが流行なのかもしれない、と女性は納得した。

 

「ちなみに何人で暮らしてるの?」

「えーと。ソラさん、レーテちゃん、レンさん。それに私合わせて四人ですね」

「………え、勿論全員女の子だよね?」

「いえ、レンさんは男ですけど」

 

 まさかの同棲である。

 いかに掛け替えのない友人同士だとしても、男女が一つ屋根の下で生活するのは如何なものか…。しかも割合3:1って…。

 

「ちなみに、家はどのくらいの大きさなの?」

 

 家が大きければまだ納得できないこともない。震える声で訊ねる女性に、緑髪(リーフ)は気まずそうに頬を掻いて告げた。

 

「ええっと、そのワンルームのアパートです」

「…………」

「レンさんが借りてきてくれたんですけど、暮らしてみると中々広くてですね…って先輩?」

「ーーなさい」

「え」

「その男と縁を切りなさい! 貴女騙されてるわ、絶対に。そんな爛れた生活を送っていたらダメになるわよ!」

「先輩は誤解してます! 私は爛れた生活なんて送ってません! レンさんは良い人ですよ!」

「騙された人は皆そう言うのよ!」

「本当に良い人なんです! 信じてください」

 

 結局、その日のうちに決着が着く事はなく。

 今度紹介しますからと言う緑髪(リーフ)の妥協案で蹴りがついた。

 

 尚、言うまでもなく、口論の最中は作業を中断していた為、残業時間は少し伸びた。

 

 

 

 

「……なんか嫌な予感がするんだけど…」

 

 一方その頃、街の工場では。

 大きなくしゃみをして身体を震わせる黒髪の元剣士の作業員がいたとか。

 

 

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