「…なぁ、ここは海が綺麗に見えるよ」
近くの岩に腰を下ろして、夜の海を見下ろす。遠くで煌びやかに輝くのは街明かりと漂う船の洋燈。目を閉じると誰かの楽しそうな話し声が聞こえて来そうだ。
「そっちは如何だ? 海、ちゃんと見えてるか?」
空になったペットボトルを潰しながら、誰も居ない暗闇に話を続ける。
「曜も果南も、もう落ち着いたからさ。そろそろ良いかなって思ってな…」
靴を脱ぎながらポケットのスマホを取り出して、連絡履歴の一番上をタップする。2、3コールで彼女は出てくれた。
「もしもーし、聞こえますかー?」
『聞こえるずらよ〜。君からの電話だなんて珍しいね?』
「そうだっけ? …いや、確かにそうかも。俺から携帯鳴らしたのって、随分久しぶりかも知れないな」
『そっか…。それで、こんな時間にどうかしたずら?』
「……なぁ、まるちゃん。ありがとな」
『えっ?』
「ほら、色々とお世話になったじゃん? 仕事をやめてまで支えてくれてさ」
『待って、急に何を…』
「俺が壊れずに済んだのって、きっとまるちゃんのお陰だから。ちゃんとお礼を言えてなかったなーって」
『ねぇ、今どこに居るの? まさか、変なこと考えてないよね…?』
「さぁ? どーだろ…」
『ま、待って! ほんとに、やめて…』
「……ごめん、それは無理かな。俺も…ずっと我慢してたんだ…」
『ねぇ! ねぇってば! マルの話を聞いてって! 今どこに居るの!? 答えてよ!』
「…俺の事なんて忘れてさ、もっと良い奴を見付けなよ? それじゃ」
『まっt───…
ちゃんと伝えたかった事は伝えた。靴下を脱いだ靴に詰め込んで、座っていた岩の隣に並べる。
…さて、もう行こうかな。
「千歌さ、海が綺麗に見える場所で死にたいって言ってただろ? 俺が代わりに叶えるよ」
助からない様に、持って来た包丁で手首を斬り裂いて…覚束無い足取りで崖の先に立つ。
「また、どっかで会えたら良いなぁー……」
その小さな独言は、誰にも聞かれる事なく、真っ黒な潮に飲み込まれて消えていった。
▽▼ ▽▼ ▽▼
「──ん! ─くん! おーい! ねぇってばー!」
「…ぇぅ…?」
誰かに身体を揺さぶられてる…? 聞き覚えがある声だけど…なんか、水の中みたいで…上手く聞こえない…。あと、眠い……
「もーっ! いい加減に…!
起きてってばぁー!!!」
「うわあぁあぁぁ!?」
耳元で突然叫ばれて、思わず俺は被っていたタオルケットごと跳ね起きた。って言うか何!? こんな起こされ方って高校生の時以来なんだけど!?
「あっ、やっと起きた?」
「っ…?」
「まったく…君は起こしに来なきゃお昼まで寝てるからなぁ〜。ちゃんと一人で起きれる様になってよね!」
「ょ、曜…?」
「えっ…? ぁ、そっ、そうそう! 君の可愛い幼なじみの曜ちゃんだよ〜♪」
な、なんで曜が家に…? それに、ここって…
「…実家?」
「えーっと、まだ寝惚けてるのかな?」
「曜、お前…もう大丈夫なのか…?」
「ん? 大丈夫って、何が?」
「だって……」
ここで漸く意識がしっかりして来た俺は、幾つかのおかしな点に気付く。
まずは曜についてだ。
曜は親友だった千歌を失って、精神的に危ない状況になっていた。何時もの眩しい笑顔は完全に消えて、虚な瞳で譫言の様に千歌の名前を呟いていた。腕には無数の自傷の痕が残ってて、目を離したら何を仕出かすか解らないくらい。
それなのに彼女の腕には痛々しい傷痕も巻いていた包帯も無く、昔と同じで愛らしい笑みを浮かべている。そして視界がハッキリして気付いたが、身長が少し縮んで居る。いや、若返って見えると言うべきか。
「その…そんなに見詰められると恥ずかしいんだけど……//」
「…」
「ちょ、ちょっと…聞いてる…?///」
次に、なんで実家の自室に居るのか。
高校を卒業した俺は上京して、そっちの大学に通っていた。大学を卒業した後も実家には帰らないで東京で暮らして、結婚式も東京で挙げた。正月や親の誕生日には帰って来ていたが、少し疎遠になってるなーとも感じていて、今度顔を出しに行こって話してた程。
なのに、なんで実家で目が覚めたのだろう? 遊びに来ていたとか? 有り得ない。
だって、俺は……
「って! もうこんな時間!?」
「えっ?」
「あと5分でバスが来ちゃうじゃん! ほらっ! 早く起きて着替えてよ!」
「曜? ちょっと待って…って、もう行っちゃったか…」
手を伸ばすも届かず、曜はパタンと扉を閉めて階段を下りて行った。未だに何が何だかわからないが、取り敢えず着替えた方が良さそうだ。
「俺の部屋って事は、着替えのある場所も変わらないのか…?」
クローゼットを開けると、そこには服が整理整頓されていた。やっぱりここは俺の部屋で間違いない。
適当に取った服に着替えながら、どう言った状況なのかを確認出来る物は無いかと部屋を見渡す。そして、机の上に置いてあったカレンダーに目が留まった。
「2015年、8月…? それって──
──高校生になって、初めての夏休み…」
▽▼ ▽▼ ▽▼
「間に合って良かったぁ…。もうっ! このバスを逃したら次は30分後だってわかってるよね!?」
「ごめんってば…」
「遅刻したら怒られちゃうんだよー?」
「…」
混乱していたせいで固まっていたが、曜の声で正気に戻り、取り敢えず今はバスの中。バスの運転手さんが少しだけ待ってくれていたらしく、本当に申し訳ない。
「ねぇ、大丈夫? なんだか変だけど、調子でも悪いの?」
「大丈夫…。心配掛けてごめん」
「それなら良いんだけど…」
心配そうに顔を覗き込んでくる曜。…こんな感じの曜って、久々に見たな…。
…って、今はそんな事を考えてる場合じゃ無いだろ! バスの窓に映っている俺の顔は、間違い無く俺の物だ。だが、
一体これはどう言う事なのだろう? 俺は確か、海に飛び込んで自殺した筈だ。最後に見た押し寄せる黒い潮を鮮明に思い出せる。
「でも、だったら…」
なんで俺は生きて居るんだ? 相当な出血をした上で海に飛び込んだんだ、助かる筈が無い。でも…
「今、俺は生きてる。しかも、若返った姿で…」
もしかして、タイムリープ的な事が…? でも、まさかそんな事がある訳……
「…ねぇ、曜」
「ひゃいっ!?(やっ、やっぱり呼び捨て!? 何時も“ちゃん”付けなのに…な、なんだか恥ずかしいよぅ…//)」
「俺達、どこに向かってるんだっけ?」
「えっ? …もしかして、本気で聞いてるんじゃ無いよね?」
「本気…」
「もぅ! 本当にどうしちゃったのさ! 今日は千歌ちゃんと遊ぶ約束をしてたじゃん!」
「──えっ?」
「昨日した約束をもう忘れるなんて、やっぱり変だよ?」
そうだ、もしもタイムリープで高校時代まで遡っているのなら…──ッ!
『間も無く【十千万】前、【十千万】前駅で御座います。お降りの際はお足元、お忘れ物なさいませんようにご注意ください』
「あっ、もう直ぐだn『ガタッ!』わっ!?」
「お釣りは良いんで!」
「ちょっと!?」
隣に座っていた曜の事を押し除けて、運賃箱に千円札を叩き付けて開いた扉から飛び出す。
バス停の前に広がる海の次に目に入ったのは随分久しぶりな風景。木製の看板と白い暖簾、瓦屋根の大きな温泉旅館。玄関の前にはまだしいたけの犬小屋がある。
そして…
「あっ、やっと来た〜! 二人とも遅いよ〜!」
潮風で靡く蜜柑色の髪に、燃える夕日色の瞳。こちらに気付いて少し拗ねた様に頬っぺたを膨らませて、それから満面の笑みを浮かべる彼女。
「……ち、か…」
千歌だ。あの日、死んでしまった筈の千歌が、目の前に居る。
きっと、これは夢じゃ無い。頬を撫でる潮風が、掌に食い込んだ爪の痛みが、そして何より…胸の奥から込み上げてくるこの熱が、目の前の奇跡を現実だと教えてくれる。
「せーくん? どうかしたの?」
「──ッ! 千歌ッ!」
「わわっ!?」
もう我慢が出来なくって、俺は思わず千歌の胸に飛び込んでいた。彼女の背に腕を回して、力強く抱き締める。
「せっ、せーくん!? ちょっ、どっ、どうしたの!?///」
「千歌…、ちかぁ…!」
耳元で戸惑う声、懐かしい体温、ミルクの様な甘い匂い。もう二度と感じる事が出来ない筈だった彼女の全てが今、俺の腕の中にある。
そう考えるだけで、涙が溢れてくる。でも…仕方無いだろ? ずっと、泣かない様にって我慢してたんだからさ…。
「…もう、絶対に離さないから…」
「ふ、ふえぇ!?///」
どうして時間が巻き戻っているのかなんてわからない。俺が生きている理由も、千歌が生きている理由も。
…いや、理由なんてどうでも良いか。俺の腕の中に、消えた筈の最愛の人が居る。それさえ解っていれば充分だ。
まだ君は知らないだろうけど…俺達は将来、結婚するんだぜ? それで、砂浜で笑い合いながら約束をするんだ。
『君とチカがお爺ちゃんお婆ちゃんになっても、ずーーっと一緒に居ようね♪』
…ってさ。
「今度こそ、君との約束を──
──守って見せるよ。絶対に…」
これは俺、白咲千兎が亡った筈の妻、高海千歌との高校生活をやり直すだけの物語。
輝きに魅せられて、奇跡へと手を伸ばした…俺にとっては
タイトル、このままじゃ長いですよね〜。予告無しに変更するかもです。