「ねぇ、せーくん!」
「んー? どうかしたか、千歌?」
聞き慣れた声で名前を呼ばれた俺は、まるちゃんに借りていた小説に詩織を挟んで、肩に顎を乗せる妻の方を向く。
あと1センチでも近付けば唇が触れ合いそうな距離だが、今更恥ずかしがる様な事でも無い。
昔は…それこそ高校生だった頃は手を繋ぐだけで互いに真っ赤になってたっけ。懐かしいな…
「せっかくのお休みなんだし、何処か遊び行こ! デートだよ、デート!」
「別に良いけど…行きたい所でもあるのか?」
「ううん! ただデートがしたいだけだよ♪」
「そっか。なら、何処に行こうかねぇ…」
「う〜ん、そうだねぇ〜…」
千歌はだらんと俺に凭れ掛かって来て、ズルズルと体勢が崩れて行き、俺の膝に頭を乗せる形で落ち着いた。持っていた小説を隣に置いて頭を撫でてやると、「えへへ〜♡」と幸せそうに笑ってくれる。
そんな千歌を見ていると、仕事や人間関係とかの疲れがどこかへ消えて行く。ほんと、千歌には助けられてばっかりだ…。
「せーくんと遊べるなら、どこでも良いかな♪」
「お前なぁ…。まぁ、俺もそうなんだけどさ」
「そっか〜? 嬉しいなぁ〜♡」
…こんな生活が、ずっと続くって思ってたのにな。
なんだか身体が急に重くなって来た…。それに、周りから色が抜けて……。
『────ッ!!!』
あぁ、この感覚は…───
「──…」
甘くて懐かしい香りと、謎の窮屈感に俺は目を覚ました。
…覚ましたのは良いんだが、視界が真っ黒で何も見えない…。それに何故か身動きが取れない。
「…?」
取り敢えずジタバタとしてみる。
少しづつ意識がしっかりとして来て気付いたのだが、顔が柔らかい何かに埋れているっぽい。…だから息苦しかったのか…。
……いや、ちょっと待て。なんで目が覚めたら柔らかい何かに顔が埋れているんだ?
それに……
「ッ!」
ここで漸く意識が戻り、俺は少し強引に身体を何かから引き剥がす。
「…ぇへへ〜…、みきゃん〜……♡」
「ぁ…」
口端から少し涎を垂らして、幸せそうに寝言を呟く千歌の姿が目の入る。どうやら身動きが取れなかったのは千歌に抱き締められて居たからだった様だ。
…そっか、俺…時間を逆行してて……
「……今、夢から醒めたんだよな? なら、これが現実だよな…?」
動かせるようになった腕で千歌のことを強く抱き寄せる。この暖かさは夢なんかじゃ無い、ちゃんと千歌は生きてる…!
そう思うとまたもや涙が溢れて来た。自殺する前まではずっと泣けていなかった分、涙脆くなっているのかも知れない。
「良かった…、本当に……」
▽▼ ▽▼ ▽▼
「…で、昨日はお泊まりしたんだー? それに添い寝ねぇ? ふぅーん?」
場所が変わって現在、東京へ向かう電車に揺られている最中、俺は対面に座る曜にジト目を向けられている。
ついでに千歌は俺の肩に凭れ掛かって眠っている。昨日はあまり眠れなかったらしく、今のうちに寝ておきたいらしい。眠れなかったのって俺のせいだよな…、今度みかんどら焼きでも買ってやろう。
「なんでそんな怒ってんだよ…」
「別にぃ? 昨日は一緒に夜ご飯を食べようって約束してたのに忘れられてて? 1人で寂しく2人分のご飯を食べた事を根に持ったりなんて? して無いけど?」
そう言えば、一旦家に帰る際にそんな約束をした様な気がする…。
「その、ごめんなさい…」
「ちゃんと反省してる?」
「あぁ…」
「後でコスプレ衣装が売ってるお店に付き合ってくれる?」
「…まぁ、それで許してくれんなら…」
「やった♪」
さっきまで不貞腐れた様に頬杖を突いていたのに、急に元気になって嬉しそうにスマホでコスプレ衣装を売っている店を探し始める曜。
こうやってコスプレの話をするのも随分懐かしい。昔は曜に付き合わされて衣装を造ったり、着せ替え人形にされた事もあったな…。
「ねぇねぇ! ここなんてどうかなぁ?」
「制服系コスプレ専門店…?」
…そう言えば、曜は制服フェチで結構危ない分類に入るんだった…。
匂いで制服かどうかを当てたり、目の前に制服があったら飛び付いたり…それのせいで高い所から落ち掛けた事も何度かあったっけ…。
「ほらこれっ! ショーウィンドウに飾られてる婦警さんのコスプレ! 再現度高いし、スカートの部分とか拘って造られてるみたい!」
「写真だけでそんなに解んのかよ…」
「うんっ! このお店、衣装は全部手造りなんだって! 凄いよねぇ〜! このワッペンとかも手造りなのかなぁ!?」
「ちょっと落ち着け。千歌が起きちまうだろ…」
と言うか少し離れて欲しい。
さっきから息が掛かるくらい顔が近いし、腕には高校一年にしては良く育った胸が押し付けられていて…何時もより心臓が煩い。ここまで鼓動が速まったのは、梨子との浮気を疑われた時以来だ…。
「あっ、そっか」
「あと熱い。ちょっと離れろ…」
「えぇ〜? 千歌ちゃんは良いのに?」
「千歌は寝てるからだっての…」
呆れた様にため息を吐くと、曜は不思議そうに首を傾げた。どうかしたのかと聞くと…
「やっぱり千兎くん、急に大人っぽくなったよね」
中身は紛れも無く大人だからな。…なんて言える訳が無く、取り敢えず惚けておく。
「そうか? 話し方を変えただけなんだけどな…」
「格好良いって思ったから変えたんでしょ? でも、それだけで変わるかな?」
「さぁ? 俺の雰囲気なんて自分じゃ解んねぇからな」
欠伸を噛み殺しながらそう答える。千歌の寝顔を見ていたら、俺まで眠くなって来た…。
「千兎くんも眠いの?」
「今朝は夢見が悪くてな…。中途半端な時間に一回起きちまったんだよ…」
「あらら…でも、寝てる時間は無いと思うよ?」
窓から外を見渡すと、もうすぐ目的地。…確かにこりゃ寝れないな…。
「千歌、そろそろ降りるぞ。起きろ」
「ぇぅ…あとちょっとぉ……」
…あと少しくらいなら大丈夫か…? …なんか俺、千歌に甘くなってる気がする…。
▽▼ ▽▼ ▽▼
「「うわぁ〜っ!!」」
駅を出てすぐに、千歌と曜は辺りを見渡して歓喜の声を漏らした。
「秋葉なんて久々だな…」
そんな2人の後ろで俺は、懐かしい風景を眺めていた。
大人の頃はバンドとか撮影が忙しくって、あまりこう言う所へ遊びに来るなんて事も無かったからな。十数年も経てば変わってしまった所も多いが、あまり変わっていない様に見える所もあって…なんとなく落ち着く。
「ねぇせーくん!」
「ん?」
「せーくんはよく東京に来てるんだし、案内とか出来る!?」
…あぁ、そう言えば…母さんの頼みでよく飯を作りに東京まで来てたっけ…。
ちなみに俺の母さんは大きな研究所の所長をしている。所長なだけあって多忙で、家に帰って来るのは月に1〜2回程度。そのくせイオカステーコンプレックスと言うか……悪い人では無いんだが、少し難がある人だ。
「案内くらいは出来るけどさ…、なんでそんな興奮してんだ?」
「だって東京だよ!? 色んな所に行きたいじゃん!」
「あっ! あっちに虹色のわたあめがあるよ!」
「なにそれスゴいっ!」
「一旦落ち着けっての」
「「はぅっ!?」」
2人の額にチョップを繰り出す。2人は痛そうに額を抑えて、涙目で俺を睨んでくる。
「なんで叩くの!?」
「暴力はダメなんだよ! そう言うのがDVとかに繋がるってテレビでやってたし!」
「人が多い場所で騒いでるお前らが悪いんだろうが…。取り敢えず行きたい場所は何処なんだ? わかる場所なら案内するし、わかんないなら調べるなりするから早く決めろよ?」
「チカは遊べるとこが良い! 3人でいっぱい遊べるところ!」
「さっき言ってた制服系コスプレ専門店! 絶対行きたい!」
「っそ。3人で遊べる場所なら……」
軽く調べてみると近くに室内遊園地が出来たらしい。そこなら3人でも楽しめそうだ。
「よし、ここに行くか。千歌、曜……って、ん?」
行き先を決めたは良いが、目の前にいた筈の2人が居ない。
「・・・いや、アイツら何処行った!?」
一瞬思考が停止しかけたが、それどころじゃ無い。
千歌と曜は此処ら一帯の地形に詳しくない。迷子になられると困るので別れて行動はしないと約束をしていたのに、僅か数分で破られるとは思っていなかった…。
取り敢えず周囲を見渡して、2人が行きそうな方へ走る。
「んな事になるんなら、しいたけのリードでも持って来て2人に着けとくべきだった…!」
さっき話していたわたあめ屋の前には居ない。
電話を掛けたら出てくれるか? いや、2人の事だ。気付いてくれないだろう。
「そう言えば…」
こんな事、前にもあった様な気が……?
そう思っていると、突然強い風が吹いた。そして、背中に何かが貼り付いてきた。
何かと思えばメイド喫茶の広告チラシだった。さっきの風で飛んで来たのだろう。
「…あぁ、そうだ…」
横を見ると、UTXの巨大モニターが目に入る。
ここは──
「すごい…、キラキラしてる…!」
──千歌が、初めてスクールアイドルに魅せられた所だ。
…それは良いとして…
「勝手にどっか行くなって言ったよなぁ!?」
「「ごめんなさぁーい!!」」
やっと時間が出来た…。
そう言えば昨日、エマちゃんの誕生日でしたね〜。…作者も誕生日でした。誕生日が一緒って、なんか凄い偶然ですよね〜。