「よしっ、これで良いか」
鏡に映る自分の姿を眺めながら、俺は持っていたすきバサミを棚に置いた。
「やっぱり何時もの髪型って落ち着くな」
右側のもみ上げを残したウルフカット。
昔、曜に連れていかれた美容院でこの髪型にして以来、ずっとこの髪型にしている。…ほんと、色々とあったもんな…。
「…っと、思い出に浸ってる暇はねぇんだったな」
切った髪を新聞紙に包んで捨てて、東京で買っておいた服を着る。
今日は曜の家で朝飯を食べる約束をしていて、遅刻したら着せ替え人形にするとまで言われているので早めに準備をしておかないと…
肩掛け鞄にスマホと鍵、それから財布を放り込んで家を出る。で、隣の家のインターホンを鳴らす。
すると曜とは別の女性の声が聞こえた。
『えっと…何方さまで?』
「お宅の娘さんの幼馴染ですが?」
『…えっ、もしかして千兎くん!?』
「ですよー」
『玄関開いてるから、入って来ちゃって良いわよ』
鍵を掛けないって無用心だな…。そう思いながら曜の家に上がる。
「お邪魔しまーす」
「本当に千兎くんだったのね…、久しぶり! 1週間ぶりくらいかしら?」
おたまを持ったまま出迎えてくれたのは曜の母さん、日香里さんだ。
俺の母さんと幼馴染らしく、死んだ父さんの事も知ってて、昔の事を色々と教えて貰った事もある。…俺の演奏を初めて聴いてくれて、素敵だと言ってくれたのもこの人だったりする。
「そーっすね、お久しぶりっす」
「曜が言ってたのは本当だったのね…。それに髪も…」
「さっき切ったんすよ。似合わないっすか?」
前髪を少し弄りながら首を傾げてみる。
「ううん、とってもカッコ良くって素敵だわ♪」
「そりゃ良かった。ところで曜は?」
「あの子、まだ寝てるみたいでね…。起こして来てくれないかしら?」
「りょーかいっす」
階段を上って『YOUの部屋!』と書かれた札が掛けられた部屋の扉をノックする。…返事は無い。
「曜? 入んぞー?」
扉を開けると、まだ模様替えする前の曜の部屋が広がっていた。…って、そりゃ当たり前か。なんせ過去の世界なんだから。
そして、この部屋の主はと言うと…
「すぅ…すぅ……」
「ったく…。お前から約束して来たってのに、何で寝てんのかねぇ?」
ベットでうちっちーのクッションを抱きしめて寝ている曜の頬を突く。一瞬嫌な顔をしたが、起きる素振りも見せない。
「うちっちーの顔が可哀想な事になってんだが…」
ちなみにうちっちーとは、三津シーパラダイス…要するに水族館のマスコットキャラで、名前から判ると思うがセイウチのゆるキャラだ。
曜は幼い頃からうちっちーが好きで、クッションやストラップ等を集めている。…集めるのは良いんだが、俺に部屋にまでうちっちーグッズを飾らないで欲しい。いつの間にか俺の枕がうちっちーのクッションに変わっていた時は流石に驚いたし…。
「さてと、どうやって起こそうかな…」
普通に起こすだけじゃ面白く無い。
昨日は東京で迷子になるわ、コスプレさせられるわ、帰りに爆睡して二人を負ぶる羽目になるわで…少しムカついている。今ここで発散してやろう。
「…よっし、やるか」
俺はバックを置いて、指の関節を鳴らす。
そして俺は───
▽▼ ▽▼ ▽▼
「千兎くんのバカッ! エッチ!! ど変態ッ!!!//」
──頬に紅葉みたいな痕を付けられましたとさ。ちゃんちゃん。
…じゃねぇよ。何でこうなった…? 対面の椅子に座って、俺を睨み付ける曜を尻目に溜息を吐く。
「…なら、最初から起きとけってんだ。あー、マジ頬痛ぇ…」
「自業自得でしょ!?///」
涙目で顔が真っ赤な曜は、自分の身体を守る様にして抱きしめる。首元が緩いパジャマなので、谷間が…なんて言ったら今度はビンタじゃ済まないだろう。
「えっと…もしかして千兎くん、曜に手を出しちゃった?」
「ぶっ!?」
日香里さんの言葉に曜は飲んでいたお茶を豪快に噴き出した。…ちょっと掛かったんですけど…。
「曜が慌てるって事はそうなのね!? やったわ! これで千兎くんを息子に出来るわ〜♪」
「ちがっ、違うからねっ!? そんなんじゃ無いからっ!///」
…日香里さんが母親に…? それはそれで楽しそうだが、生憎俺は千歌一筋なので、そう言う関係になる事は無いだろう。
「なんか盛り上がってる所悪いんすけど、俺はただ曜を擽っただけっすよ」
「あら、そうなの? なら何で曜は真っ赤になってるのかしら?」
「…擽ってる途中に曜が暴れて、間違って胸をもn「わぁあぁーーーぁあぁぁ!?///」…曜、うっさい」
「誰のせいさだと思ってるの!?//」
「俺?」
「そーだよっ!///」
耐えきれなくなったのか曜は机に突っ伏して奇声を上げ始めた。無理矢理文字にするなら、「ぅ゙に゙ゃ゙ー!」と言った所か?
そんな曜を見て楽しそうに笑う日香里さん。
「千兎くん、良い性格になって来たわね♪」
「当たり前じゃないっすか。なんせ俺は、あの母さんと父さんの息子なんすから」
「それもそうね〜♪」
クスクスと笑っていると、懐かしい通知音がキッチンの方から聞こえて来た。
「やっとご飯が炊けたみたいだし、お茶碗に装って来るから待っててね〜」
「はーい、曜を揶揄いながら待ってまーす」
「千兎くん!?」
こんな感じで、騒がしくも楽しい朝を過ごす事ができた。
ちなみに朝飯はチーズハンバーグとコーンスープ、サラダに白米と言う豪華な献立だった。俺が来るからと言う事で張り切って作ってくれたらしい。
やっぱ日香里さんの作ったハンバーグは店に出しても良いレベルだと思うんだ。
朝飯を食べながら書きました。…俺もチーズハンバーグ食べたいぜ…。