8月中旬。
まだまだ汗の止まらない暑い夏が続いているが、朝の方は昼に比べて涼しく感じるようになって来た。
そんなある日の事、俺達は始発の船に揺らされていた。
「風が気持ち良い〜!」
「千歌ちゃん、すっごく楽しそうだね♪」
「3日ぶりに勉強から解放されたんだし、テンション上がってるんだろ」
俺と曜はここ3日、十千万のお世話になっている。理由は千歌の宿題を進める為だ。
松月での勉強会では溜め込んでいた夏休みの宿題が全然進まず、このままでは去年と同じ末路を辿る事になるかも知れないと言う危険を感じ、泊まり込みで千歌に勉強を教えていた。
去年と同じ末路とは何かって?
…去年は俺も曜も、千歌の事を甘やかしちまったんだよ。そのせいで宿題が全然終わってなくって、美渡ねぇや志満ねぇじゃ中学校の勉強を教えてやれないって事で、何故か俺と曜を巻き込んで始業式寸前まで寝ないでほぼ手の付けられていないの宿題を手伝う羽目になったんだよなぁ…。
少なくとも2日は完徹だったせいで始業式の途中、俺達は立ったまま寝ちまって、先生達にこっ酷く叱られてさ…。とにかく色々と散々だったんだよ…。
基本的に11時前には寝てる俺達からすれば完徹なんて拷問みたいな物だ。更にはそれが5日以上…何度か気絶しかけたしな…。
もうあんな悲劇を迎える事になるのは嫌なので、俺達は心を鬼にして宿題をさせていた。
そんな、千歌にとっては地獄の様な日々(と言っても3日)が続く中、一通のメールが届いた。
送り主は俺達の幼馴染であり、姉の様な存在…皆さまご存知、松浦果南からだった。内容は至ってシンプル。
『久しぶりにみんなで遊ばない?』
…これを見た瞬間、千歌は俺のスマホを奪い取ってすぐにOKの返事を勝手に出していた。
千歌にしては3日も頑張れたのは凄い方かと思い、今日は特別に勉強会は休みに。
と言うか、俺と曜も身体を動かせなくって退屈してたしな。それに随分と果南に会っていなかったし、俺を見た時の反応が楽しみだったりする。
「…楽しみ、なんだけどなぁ……」
船の淵を肘置きの代わりにして、俺は遠くの方に見えて来た目的地…淡島をぼんやりと眺めていた。
出来る事なら、もう少しだけ淡島には近付きたく無いと思っていた。
「せーくん? どうかしたの?」
「えっ…?」
ハッと意識を戻すと、心配そうに俺の顔を覗き込む千歌が。
「大丈夫? もしかして気分悪い…?」
「…いや、平気だ。少しボーッとしてただけ」
「そっか…」
…遅かれ早かれ、いつかは行く事になっていたんだ。それが今日だったってだけ。
それにもう船に乗ってしまったんだし、千歌達に変な迷惑を掛ける訳にもいかない。…だから、覚悟を決めろ。
そう自分に言い聞かせて俺は、淡島を眺める。なんでそんなに淡島を怖がってるのかって?
だって、淡島は…──
───淡島は、俺が自殺した場所だからだ。
▽▼ ▽▼ ▽▼
「よっ、着いた!」
船からぴょんと飛び降りて、元気よくポーズを取る千歌。
そんな千歌に続いて曜が降りて、俺もゆっくりと、恐る恐る船から降りた。
…もう、気持ち悪さは感じない。不思議だな…、さっきまで頭が痛くなるくらい気持ち悪かったのに…。
「2人とも! はやく行こっ!」
「はしゃぐと転ぶぞ?」
「なんか千兎くん、お父さんみたいだね」
…いや、夫だからな? そこ間違えるのは、流石に曜でも容赦無く……って、今は夫婦どころか恋人ですら無かったな……。
「あれ? なんか泣きたくなって来た…」
「千歌のお父さんになるのがそんなに嫌なの!?」
「同い年の娘で、更にはもの凄く手が掛かる娘だぞ? 嫌に決まってんじゃん」
…そう言えば、子供を欲しいって思った事は無かったな。多分千歌も、特に欲しいとは思ってなかったと思うし…。
子供、子供かぁ……。男でも女でも落ち着きが無くって、元気な子が産まれるだろうなぁ…。
こんな事考えてるが、俺と千歌はまだ恋人ですら無い。(2回目) …虚しくなって来たし、話を逸らそう。
「と言うか、果南待ってんじゃねぇの?」
「あっ! そうだった!」
船着き場から続く、海岸沿いの道を歩き出す。
日が出てくるとやっぱり暑い。それに、さっきまでは船に乗って強い風を浴びていた。それが無くなったせいで更には暑く感じる。
「暑っ…、団扇とか持ってくるべきだったな…」
「早く水着に着替えたいね〜。涼しくなるし、新しく買って貰ったやつだから楽しみだんだ〜♪」
「チカも志満ねぇが東京で買ってきてくれたやつを持ってきたよ!」
「ふぅ〜ん。千歌はともかく、曜は何時ものスク水かと思ってた」
「…なんか、千兎くんの中で私ってどんなイメージ持たれてるのか気になって来たよ…」
「制服フェチの変人」
「流石に酷くない!?」
「なら、変態」
「更に酷くなったよねぇ!?」
そんな話をしながら歩き始めて少しして、遠くの方に白いパラソルの建てられたウッドデッキが見えて来た。
そこに居る彼女を見つけた千歌は、表情をぱーっと明るくして走り出した。俺と曜もそれを早足で追い掛ける。
「果南ちゃーんっ!」
「おっ、いらっしゃい。久しぶりだね。千歌に曜に……?」
青くて艶やかなポニーテールを揺らしながら、ウェットスーツ姿の果南がこちらに振り向く。
そして、何故か俺の方を見て首を傾げた。
「…もしかして、千兎?」
「せーかい。久しぶりだな、果南」
「久しぶり! 随分とサッパリしたね? そっちの方が格好良くって似合ってるよ♪」
運んでいた酸素ボンベを置いて、ウッドデッキからぴょんと俺の前に飛び降りた果南。
優しく微笑みながら褒められ、少しだけ顔に熱が集まる。
「な、なんか果南に褒められるとむず痒いな…」
「あれ、話し方も変えたの?」
「まぁな。似合わねぇか?」
「ううん、男の子って感じがして良いと思う♪」
敵わねぇなぁ…、なんだかんだで俺は果南に頭が上がらなかったし…。
…船に乗っていた時。淡島の事と一緒に、あの頃の果南を思い出していた。
手が届いたかも知れないのに助けられなかったと、自分の事を責め続けて、ずっと涙を流していた果南の事を。
重ねない様にしようと考えて居たけれど、そんな心配は必要無かったみたいだ。笑ってる果南に、泣き顔なんて重ねようがねぇしな。
「それじゃあ、久しぶりにハグしよっ♪」
「うぉっ!?」
いきなり抱き締められて、思わず驚いてしまった。
果南、さっきまで海に潜ってたな?
少し濡れてるし、服に海水が染み込んで来た…。でも、別に嫌とは思わなかった。むしろ、ずっとこうして居たいと思っている。
「せーくんだけズルいよ! こうなったらチカも…!」
「あははっ! 果南ちゃん、千兎くん!」
「ちょっと千歌! それに曜も、飛び付いて来ないの!」
…こうやって幼馴染が全員集まるなんて事は、もう二度と無いと思ってた。
「…っ!」
「わわっ!? ちょっ、千兎? 急にどうしたの…?」
「せーくん?」
「…ごめん。もう少し、このままで……」
やっぱり俺、相当涙脆くなってるみたいだな。
こんな情け無い所を見られたく無くって、顔を埋める様にして3人を強く抱き締める。
…もう絶対に、離したりしないから。
▽▼ ▽▼ ▽▼
「ひゃぁ! 千歌ちゃんっ! 冷たいよぉー!」
「えへへ〜♪」
「もぅ! 仕返しだよっ!」
「あははっ! 冷た〜い♪」
浜辺で水を掛け合ってはしゃぐ2人。それはそんな光景を眺めながら、片手に持つスマホで2人を写真に収めていた。
「ごめんね? 千兎達が来る少し前に急にお客さんが来ちゃって、船出せなくなっちゃって…」
「果南が謝る事じゃねぇだろ。それに、俺達は果南と遊ぶ為に来たんだぜ? ダイビング目的だったら予約するっての」
「そう言ってくれると助かるよ」
隣に腰を下ろして、俺と同じように千歌と曜を眺める果南。
「混ざらなくて良いのか?」
「そう言う千兎だって、さっきから2人の写真撮ってばっかりじゃん」
「果南のも撮ったぞ?」
「そう言う事じゃ無いんだけど。それに綺麗に撮れてるし…」
「日香里さんから新しい水着姿の曜を撮って来てって頼まれてんだよ」
眩しいくらいの笑顔を浮かべて千歌と戯れている曜は、白のフリルが付いたライトブルーの水着を着ている。
出るところ出た目を引く体形をしていて、その上容姿端麗…そんな彼女がそんな可愛らしい水着を着ているのだ、似合わない訳がない。
…あっ。べっ、別に俺はロリコンって訳じゃ無いからな!? 通報とかマジでやめろよ!?(中身アラサー)
「ふぅ〜ん。その割には、千歌の写真の方が多くない?」
「…場所がコロコロ変わるからな」
「ピント、しっかり合ってるよね?」
「このスマホ、母さんが改造してるから」
「あぁ…」
少し前に俺の母さんは研究所の所長をしていると言う話をしたのを覚えてるだろうか?
母さんは研究や改造が三度の飯より好きで、勝手に俺の身の回りの物を片っ端から超高機能に改造するのだ。
スマホなら完全防水に手ブレ防止、ピント補正etc.。勝手にとは言え、便利過ぎて怒るに怒れないし…。
ついでに母さんがこのスマホを改造した時、中に小型GPSと盗聴器が仕掛けられていたが、それは取って壊しておいた。
頼むから俺の私生活を監視しないで欲しい…。
「せーくん! 果南ちゃーん! 一緒に遊ぼうよーっ!」
そう叫びながらこちらに手を振る千歌。
ちなみに千歌は黄色をベースにオレンジの花柄が入った水着に着替えている。
…久しぶりに千歌の水着姿を見たが、正直ヤバい。
水着姿を見せびらかせて来た時は思わず飛び掛かりそうだったのを堪えるので精一杯で、未だに抓っていた二の腕が真っ赤でパーカーを脱げないし…。
と言うか千歌ってなんで普段は可愛さオンリーなのに変な所で色気出してくる訳? 誘ってんの? だったら喜んでその誘いに乗るんですけど? なんなら今からホテルにでも……
「千兎? なんか変な事考えて無い?」
「べっ、べべっ、別にぃ゛!?」
「なんでそんな動揺してる訳?」
「ほらっ、早く行くぞっ!」
「逃げた…」
果南は嫌な所で察しが良い。ここは無理やりにでも話を逸らすべきだ。
隣にいた果南の腕を掴んで、千歌達の方へ走る。
足裏が火傷してしまいそうな熱い砂浜から、急に冷たい海水に浸って、温度差に思わず身体が震えた。…慣れると冷たくって凄く気持ち良いな。
「…そう言えば俺、ちゃんと泳げるかな……?」
最後に海に来たのは自殺した時。その前はもう覚えていないくらい前の事だ。要するにもう十数年は泳いでいない。今の俺に出来るのは精々犬かきくらいだろう…。
最悪、溺れても果南が居るから何とかなるとは思うが…、出来れば海で溺れたくねぇなぁ…。
「ほらっ千兎っ!」
「うぃっ!?」
「あははっ! せーくん変な声〜!」
「せっかくの海なんだからぼーっとして無いで遊ぼっ♪」
「あのなぁ…!」
こちとら海水ぶっ掛けられて、更には口と鼻に入って変なとこが痛いってのに騒ぎやがって…!
「OK。取り敢えず曜、まずはお前からだ…!」
海に腕を突っ込んで、曜目掛けて力強く振り上げる。俺が立てた波は予想以上に大きく、そのまま曜を飲み込んだ。
「よっ、曜ちゃんがやられたっ!?」
「仇は取るからね、曜…っ!」
「果南ちゃん…私、まだ死んで無いからね……?」
どうやら三体一になりそうだ。
…せめて1人くらい味方が欲しかったが、まぁ良い。不利な状況ほど燃えるしな。
「確か水鉄砲が4丁あったよな? それで対決と行こうぜ?」
「へぇ? 千兎から勝負を仕掛けてくるなんて珍しいね。何か策でもあるの?」
「…ちょっと試したい事があってな」
ちょうど良い機会だ。前々から気になっていた事を、ここで試させてもらおう。
「ならさ、何か賭けて戦おうよ。そっちの方が盛り上がるでしょ?」
「それって面白そう!」
「でも、何を賭けるの?」
「そうだな…相手に一つ命令出来るとか?」
そう言うと、何故か曜と果南にジト目を向けられる。何かと思い首を傾げると、千歌を守る様にして抱きしめて曜が口を開いた。
「…なんか、えっちな視線を感じたんだけど?」
「ちげぇよ…」
確かに千歌に対してそう言う事を考えたりしてたぜ? これでも男だからな。でも、別に今は考えてねぇから。…ほっ、本当だからな!?
「それなら、先に命令内容を伝えとくってのは?」
「それが良いかもな」
「ならチカは明日も遊びたいっ!」
「待てやこら…」
「私はみんなでコスプレパーティーがしたいであります♪」
「流石は制服フェチだな」
「なら私は…、今度みんなでダイビングに行こうよ。それが命令って事で」
「それって別に命令じゃ無くても良くね?」
取り敢えず千歌、お前のは却下だ。そう伝えると千歌は頬を餅の様に膨らませて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
…今回に関しては約束を守らなかった千歌が悪いんだ。だからそんな不満気な顔しないでくれ…。
「それで千兎は?」
「俺か? そうだな……」
特に命令については考えていなかった。…さて、どうしようか…?
「…あっ、そう言えば果南。お前は夏休みの宿題をどれくらい終わらせてるんだ?」
「えっ? あっ、えーっと……」
「…OK。なら俺の命令は、宿題が半分終わるまで俺達と十千万に泊まりな?」
「千歌! 曜! 絶対に勝つよっ!」
「うん! 宿題なんてしたく無いもんねっ!」
「やっぱり私、千兎くん側に着こうかな…」
気合十分な千歌と果南。遠い目をする曜。そして、そんな3人を尻目に水鉄砲を構える俺。
「…さてと、少しボルテージ上げてくかな」
毎日投稿出来る人って、凄いなぁ〜…(マグロ目)
ちょっと用事が立て込んでて、書く時間がありませんでした…。すみません…。
はぁ…、せめて週に一本くらい投稿出来るようになりたいなぁ…。