モフモフしたいドクター   作:影元冬華

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我ら理性によって人となり、理性によって人を超え、また理性によって人を失う


もぐもぐしたいドクター

 オリジムシ。それは大体出撃すると出現する敵であり、例外なくオペレーターたちによって瞬殺、あるいは粉砕される。

 その体には鉱石があり、一体ではそこまでの脅威ではないが数で攻められれば、たちまち危険な存在となる。そうなる前に大体ラヴァかスカイフレアによって焼かれているが。

 

 

 理性無きドクターはふと思う。

 

 

 

「…オリジムシは食べられるのだろうか?」

 

 

 

 と。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 ふと思い出したのは朝食の時にマトイマルと話をしていた時の事。彼女の出身は極東であり、そこの食は胃に優しいものが多くて助かるという事をドクターは覚えている。

 その日、マトイマルが食べていた朝食の品の中に一つ気になるものがあったのだ。マトイマルが朝に食べるものは大体決まっているのだが、この日はいつもより小鉢が一つ多かった。

 小鉢の中にあるのは黒い食べ物。だが漬物とは違うし、昆布系の物かと思ったが昆布はこんな形をしていない。どちらかと言うときんぴらごぼうが近いだろうか。表面は艶があるのでそういったほうが正しい気がする。

 

 見たことの無い食べ物だったためにドクターがじーっと見ていると、その視線に気が付いたマトイマルが声をかけてきた。

 

 

「む?ドクターもこれを食べてみるか?」

「いいのか?というか、これは何なんだ?」

「まあ答え合わせは食べた後にしよう。珍しく商人から譲ってもらえたものでな!ヤトウ達もあとで食べるんじゃないか?」

「そうか、じゃあ一つ頂こう。」

 

 

 マトイマルの向かい側に座り、気になっているその食べ物を一つ頂く。

 口に含み、最初に感じたのはあまじょっぱい味。これは前にも食べたことがある、がそれは味だけ。食感は…小エビが一番近いだろうか。少しパリッとした硬いものをかじった感触に近い。

 変わった食感ではあるがそれなりにうまい。あとは少しお茶っぽい味もするのが気になるところである。

 

 

「んっ、これは前にも食べていた佃煮…だったか。それのちょっと違う物か?」

「お、いい線つくねぇドクター。確かにこれは佃煮だよ!」

 

 

 ふっふーん、と言わんばかりにどや顔で箸を空中カチカチするマトイマル。行儀が悪いからやめなさい。

 

 

「でも聞いて驚けよー!この佃煮はなぁ!」

 

 

 身を乗り出してドクターの耳元に顔を寄せるマトイマル。そして耳元で告げられた佃煮の正体を聞いたドクターは大層驚いたのであった。

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 

 

 後日。戦闘終了後の後処理の現場を確認するドクターとオペレーターたちがいた。

 足元にある黒い物体───倒されたオリジムシをじーっと見つめるドクターに気が付いたアーミヤが声をかける。

 

 

「ドクター?オリジムシの死体を見つめてどうかしましたか?」

「いや…少し気になる事があってな。アーミヤ、ここら辺にあるオリジムシをいくつか回収できるか?」

「鉱石病対策をしてから持ち出すので少し時間をいただきますが、可能です。」

「そうか、では頼む。回収後はケルシーと共同で使っている研究室の方に置いておいてくれ。」

「分かりました。」

 

 

 このとき、嫌な予感がしていたアーミヤの勘は正しかった。同時に、オリジムシを処理していたリスカムも何となく嫌な予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究室、そこに設置してあるテーブルの上に置かれたオリジムシの死骸を前に、ドクターは────複数の包丁といくつかの調味料を持って構えていた。予め運び入れる前に鉱石病の原因となる部分、源石に侵された羅患部は切除している。今目の前にあるオリジムシは汚染されていない部分だけを残したものである。

 

 例えるのならば、内臓を取り除いたフグだろう。

 

 無論、ありとあらゆる機器を使って検査したため、このオリジムシ(死骸)に触って鉱石病を発症することはないと言える。

 

 

 ドクターはまず最初にオリジムシの殻を割るところから始める。オリジムシの殻は硬い、がそれなりの力を与えれば割れる。正確に言うと衝撃荷重に弱い。なので、ドクターは持ってきていた小型の金づちで殻にひびを入れる。一気に割ると殻が身の部分に刺さって抜くのが面倒なのだ。これはエビとカニで学んだ。

 

 殻にひびを入れたら一部を剥ぎ、そこに指を入れる。そのまま一気に身と殻を引きはがす。そうすると一気に殻が取れて楽なのだ。オリジムシ、体の構造だけでも研究しておいて損はなかった。

 そうして出てきたオリジムシ(肉)を包丁で一口サイズに切り分けていく。体の大きさはそこまで無いし、羅患部が6割を占める為、とりあえず大丈夫そうな部分は全体の1割あるかないかといったところだろう。と言うか、ムシと言っておきながらちゃっかり肉があるので実際はムシではない可能性が浮上している。見た目的には鶏肉が近い。

 

 

 焼くか、煮るか、あるいは禁断の生食か───

 

 

 

「…まあ食っても死にはしないだろ。」

 

 

 

 ドクターはとりあえず生から挑んでいった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

「………最近食堂で騒いでいる酒飲み組、ですか。」

「ああ。なんでも『これはいいつまみだー!』という声がかなりの確率で聞こえてくるらしいのだが…。」

「変ですね…つまみとして出せる食材等はそこまでの物ではないでしょうし。幾らクーリエさんが作ったとしてもあの極東酒豪組を納得させるものは中々作れないと思います。」

「そう、そこなんだ。あとは最近やけにドクターがオリジムシを回収するように、という指示を出してきては研究室に籠っている。オリジムシに関する研究はだいぶ進んでいるからそこまで重要ではないと思うのだが…。」

 

 

 リスカムとアーミヤは廊下を歩きながらここ最近の酒豪組の様子について話をしていた。

 酒豪組、主に極東と龍門(ロンメン)出身の者が当たるのだが、その中でもマトイマルに関しては相当なものである。マトイマルを納得させるほどのつまみは早々に出ない。出るとすれば護衛任務で雇い主からいいものがもらえた時くらいである。

 だがしかし、ここ連日マトイマルを納得させるほどのつまみが出続けているらしい。話の出どころは同じ極東組のヤトウなのだが、その本人もまた「うまい」と言っているのだ。

 

 

「誰かが自費で何かを買い込んだが、あるいは盗んだか。」

「流石に盗めばバレます。と言うかメンツ的にやばいので処します。」

「…お前も大概だな、アーミヤ。」

「ドクターの凶行を対処しているうちにどうでもよくなりますから…。」

「あぁ…うん。」

 

 

 どこか遠い目をするリスカムとアーミヤ。つい先日に5回目のMOFUMOFU(NADENADE)被害を受けたのだ。

 逃避するように思考を空白にして歩いていた2人だったが、耳に入ってきた言葉で一気に覚醒することとなる。

 

 

 

『────おおー!これが刺身の方か!ドクターは何で食べていたのだ?』

『ああ、とりあえず最初は醤油で行ったな。それでも行けるっちゃあいけるが…おすすめはこいつの肝…要は【オリジムシの肝】とポン酢を合わせた奴がいいだろうな。』

 

 

「………ん?」

「リスカムさん?どうかしまし──」

「アーミヤ、静かに。」

 

 

『ほう!肝とポン酢と来たか!では吾輩もそれでいただくとしよう!』

『何種類か試してみるといいぞ。醤油・肝ポン酢・塩・レモン…といった感じでな。とりあえずストックのオリジムシはまだいくらかあるから全部回ってみても───』

 

 

「オリジ、ムシ…?」

「ドクター…?」

 

 

 

『しかし大丈夫なのか?これが万が一アーミヤやリスカムに知れればただでは済まないどころか…。』

『まあ真っ先にシバかれるな。だからマトイマル、お前も今から共犯d』

 

 

 

 その言葉が最後まで続くことはなかった。扉を蹴り破る轟音とリスカムから発せられるアーツの電撃が周囲を騒がしくしたからだ。

 

 

「───チャージ!チャァァァジ!!」

「全員今すぐ両手を上げて降参すれば『痛い』で済ませてあげますよ?」

「リスカム殿!?アーミヤ殿まっ──うぐげぁっ!?」

「マトイマル確保!アーミヤ、ドクターは!?」

「…逃げられました。」

「相変わらず変なところで逃げ足と謎の技術が高いドクターだな…!」

 

 

 リスカムによって地に組み伏せられたマトイマル。流石のマトイマルでも電撃を不意打ちで食らえば痺れる。何より蹴っ飛ばされた扉をもろに顔面に食らったのだ。痛い。ついでに怒っているのが一目で分かるくらいに角からバッチバチと電撃が走っている。

 アーミヤもアーミヤで体からアーツを発動するとき特有の黒いオーラのようなものが昇っている。泣く子も黙る、いや、この場合は戦闘狂ラップランドも黙って正座するといったほうがいいだろう。そんな状態である。

 

 

「少々『おいた』が過ぎたようだな…ドクター…!」

「リスカムさん、BSWのメンバー全員にドクターを見つけ次第捕らえるように通達を。多少痛めつけるくらいは許す、とも伝えるように。」

「了解。───フランカ諸共撫でられた屈辱、ここで晴らさせてもらう。」

「いだだだだっっ!!!リスカム殿、リスカム殿!かっ関節はそれいじょううごかンヒッ!?」

「マトイマルさん、少々取調室の方に来てもらいます。詳しく教えてくださいね?」

「はっ、はい…。」

 

 

 いい笑顔なのに背筋どころか心臓が止まるんじゃないかと思うくらいに怖かった、とマトイマルはのちに語った。そしてもう一つ、リスカムを激怒させるくらいのおさわりとはいったい何をしたんだドクター、とマトイマルは自分の角を押さえて話したという。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

「危なかった…あそこにマトイマルがいなければ今頃処されていたころか…。」

 

『ドクターを探し出して括りつけるわよ!!!!!そのまま私の炎でじっくりしっかり焼いてやる!!!』

『お、落ち着いてフランカさん!?それだとドクターが死んじゃいますよ!?』

『ジェシカ、ドクターは私とフランカの逆鱗に触れたんだ。───電撃で内側からも焼いてやる。』

『あああああああ駄目ですってえええええ!!!』

『ジェシカ、諦めよう。どっちかと言うと私たちは飛び火しないように抑えるしかないよ。』

『…………。』

 

 

「………やりすぎたか。」

 

 

 廊下の天井版の上に隠れているドクターは真下から聞こえてきた物騒な会話に怯えながら通り過ぎるのを待つ。フランカは炎を、リスカムは電撃をオーラのごとく纏いながら殺気を放っている。その後ろをビクビクしながら説得するジェシカと諦めの境地に入っているバニラが付いてきている、という状況だ。

 

 ドクターも少し反省している。流石に触る頻度が高すぎたかと。しかし理性を失ってストレスマッハのドクターを人のままでいさせるには魅惑のMOFUMOFUを堪能しなければならない。これは必要な犠牲だ、と言い訳を考えておく。既に意味を為していないが、それを教えられるオペレーターは誰一人としていないのである。

 

 

『それにしても見つからないわねぇ…ねえリスカム、ちょっとくらいロドスの施設を焼いてもいいのかしら?』

『流石にそれだと……いえ、それくらいでちょうどいいかもしれませんね。手始めに執務室にあるドクターの外付けハードディスクでも焼きましょう、ええ。』

 

「(!!???!?!??!)」

 

『あら、いいわね。確か隠してる場所は…。』

『執務室、黒のキャビネットの下から2段目、神経系の医療本と遺伝子疾患の論文をまとめたフォルダの間にある電子パネルで鍵を解錠。パスワードは810で仕舞っているのは机の下にある隠し収納の中です。』

『なんでそんなことを知っているんですか…。』

『ジェシカ、もう突っ込んだら負けだよ。諦めたほうがいいよ…。』

 

「(ジェシカ、今の私も同じ気分だ。なぜリスカムとフランカがそれらの情報を握っているのだ!?)」

 

 

 

 ドクターは天井版の上でマナーモードで震えている。秘密の隠し場所とは何なのだろうか。寧ろそれを見つけてリークした人物を探したいくらいである。

 

 

「(しかしHDDを焼かれるのは…まずい…!)」

 

 

 仕舞っているハードディスク、その中身は宿舎でくつろいでいる面々の癒しMOFUMOFU画像の山、理性無きドクターに理性を戻すための最後の砦でもある以上、焼かれれば発狂不可避である。なんとしてでもあのHDDは守らねばならないのである。

 

 

 

「(ここから最短距離のルートは…このまま天井裏を通って直接執務室に入るしかない…!)」

 

 

 この思考に至るまで、焼く宣言を聞いてから僅か0.89秒の事である。ドクターは僅かな衣擦れ音も出さないよう、慎重に、しかし素早く天井裏を通って執務室へと直行したのであった。

 

 

 

 

 

「…?」

「どうしたのジェシカ?」

「いえ、今なんか天井から音がしたような…。多分、気のせいだと思います。」

「そう?…って先輩たちが先行してる!?まずいまずい!!!追いかけるよ!!」

「ふええぇぇ~~~~~!!!」

 

 

『『塵も残さず処分してやる』』

「「(お願いだからそれはやめてください!!!)」」

 

 

 暴走するBSWの前衛重装コンビは止まらない。

 

 

 

▽▽▽▽

 

 

 暴走BSW組より幾分か早く執務室へとたどり着いたドクター。しかしすぐに天井から降りるような真似はせず、あらかじめ天井裏に置いてある装置を使って周囲に人がいないことを確認してから慎重に降りていく。音を立てず、目的のものを回収したのちに再離脱できるように。

 足場となる金属フレームのキャビネットに足をかけ、素早く、音を立てず、そして床へと足を付ける。そのまま棚の中にある電子パネルに手早くパスワードを入力し、机へと直行。開いた収納から厳重に守られたHDDを取り出し、状態を確認。

 

 

「あの2人が到着するまであと2分か…その間にできる限り天井裏に隠した物も回収して移し替えておくべk───」

「なるほど、天井裏に潜んでいたんですか。通りで見つからないわけですよ。」

「ん“な”っ“!?」

 

「ドクター………ここ最近、やけにオリジムシに執着していたのはあんな凶行を行うためだったんですね?」

 

「いやまてアーミヤ!?実際にオリジムシを食して何ともなかった人物が調理手順とおすすめの調理方法をしていたから行けると思って試していただけであって決して食費を浮かせられるかどうかをここで試そうとしていたなんてことはな───ぐぇあっ!?」

「もしもし、ドーベルマンさん?ちょっとドクターが精神汚染を受けているので考える余裕もなくなるくらいにしごいていただけませんか?…あ、丁度新人の訓練相手が欲しかったところですか。分かりました、では今からドクター含め2名を連れていくのでお願いします。」

「ご、後生だアーミヤ!!!それにオリジムシも存外うまいものだったz───ヴェアアーーーっ!?」

 

 

 

 

 

 その後、ドクターとマトイマルはアーミヤの手によって8時間の訓練に突き出されたのであった。

 

 

 

 

▽▽▽▽

 

「で、これがぎりぎり残った物なんですね?」

「そうだ…痛い目に合ったが、まあ何とか隠し通せたのはこれだけだ。」

「ふむふむ、なるほど…。それで、ご要望は一体なんでございましょうドクター殿?」

 

 

「クロージャ、とりあえずオリジムシという事を隠してジャーキーを売ってみて欲しい。」

「懲りないですねドクター!?」

 

 

 

 後日、やっぱり捕まったドクターであった。

 なおHDDはリスカムとフランカの手によって塵も残らず消し去られたが、ドクターはそれに気づく前に苛烈すぎる訓練で悟りを開いてしまった。

 




食用オリジムシの元凶
→「うちのろどす・あいらんど」(黒井鹿 一様作)から。サリアが大体理性無きドクターによって尻尾と角を堪能されてる。読め(豹変)
https://syosetu.org/novel/213162/

佃煮の正体はイナゴです。案外おいしいよアイツ。

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