ウィズレー魔法学院・ディアンシフォリア寮。
現在の俺の日常生活の大半を占める、大舞台の名前がそれだ。
あまりに突発的すぎる我が身の流転ぶりは、想像のナナメ上を余裕で突き抜けまくっている。
悪いことなんか何ひとつしてない(寝てただけ)のに、身柄をごっそり拉致され。そのうえ使ったこともないのに、魔力を持っているなどと断言され――
あれよあれよという間に、本人の意思とは100%無関係なまま……現在の俺はできあがっております。
笑えない。笑えないぜちくしょう。
――でも、少しずつ。ゆっくりと、日々を重ねていくうち。
気がつけば、俺もずいぶんと飼い慣らされた……もとい、心境が変化したものだ。
ここでの生活も、悪いものではないと思いはじめている。まあ、たとえ不満を抱えて「ニンゲン界」への脱出をくわだてたところで、俺自身の問題を解決せねば意味がないらしいし。
ここで彼女を作る。うん、それも悪くない。いやいや、悪くないどころかめっちゃイイ。
一部のかわいい妹を除いて、幸いみんな、俺の存在目的に理解を示してくれているという状況もありがたいところだ。
「しかし、だ……」
かといって。どのような状況下にあっても、やっぱり出てくるのが不平不満という反乱分子。
ここに滞在をはじめて、それなりに経つ。最初は戸惑いもした環境にもすっかり順応して慣れきってしまえば、なおさらのことだろう。
「……あ~、ヒマすぎる~」
何ひとつ予定のない、ぽっかりと口を広げた時間の空洞。うららかな昼下がり、俺はいいかげん退屈をもてあましていた。
同室の葉山は、用事があるとかで不在。俺がロンリーウルフ化したひとつの要因になっている。
ぼっちだ。途方もなく、ぼっちである。そりゃ時と場合によっては孤高のイケメンに変身することもあるけど、今はそんな気分じゃない。
このままではいけない。現状を打破せねばならない。
「――で」
かくして、果敢にも行動した結果。
「要はヒマつぶし、ってことでしょ。そしてそのためだけに、私のとこに来たってわけね?」
あからさまに、ジト目をこちらに向けてくるオリエッタ。だが、そんな冷遇に引き下がるような俺ではない。負けじとばかりに、勢いよくうなずいてみせる。
――豪奢と形容するには違和感を覚えるにしても、整然と並んだ家具類に女の子らしい装飾の数々。それでも寮住まいの生徒たちはふたりでワンセットが基本なはずの自室をひとりで独占しているだけに、学院内での彼女に対する評価が分かろうというものだ。
「……まあ、私も今は特に用事はないけど。それよりアンタ、ヒマしてるくらいなら彼女作りを進めなさいよ」
「いや、それもそうだけどさ。たまにはいいじゃん、のんびりするのも」
「むー」
唇を尖らせるこの部屋の主だけど、外見ほど機嫌を損ねていないのはその雰囲気が示している。
そんな彼女に、俺は手のなかの物体を差し出してみせた。
「せっかくヒマを潰そうとするのに、手ぶらで来たわけでもないしさ」
「なにこれ? クロノカードじゃないし……トランプ?」
「ああ。ここへ来る途中で、ジャネット先生とばったり会ってさ」
「……だったら、そっちで暇つぶしすればよかったんじゃないかしら」
「で、事情を話したらこいつをくれた」
「都合の悪いとこはスルーするんじゃないわよ。……でも、まあ、あの先生がね……」
変わったこともあるものね、などと相槌を打ちながら。俺の手からトランプの箱を受け取ると、どことなく興味深そうに、しげしげと眺めるオリエッタ。
「あれ? ひょっとして見るの初めてか、トランプ?」
「そんなわけないでしょ。見たり触ったりしたことくらい、普通にあるわよ」
俺の問いに、かぶりを振る。けれどもその直後に、オリエッタは別の一言をぽつりと漏らした。
「……魔法学で教材とか実践の道具のひとつとして扱ったことはあるけど、遊びに使ったことはなかったわね……」
「なるほど。それじゃトランプを使ってゲームをするのは初めてってわけか」
「そういう遊びがある、というのは知ってるわ。それに……」
「メアリー先生とか好きそうだよな、こういうゲーム。とはいえ、さすがに本気で生徒を賭け事に巻きこむようなことはしないか」
俺の言葉に、うんうんと彼女がうなずく。
どこか不自然に思えるようなことでも、オリエッタが関わると奇妙なほど納得してしまったりする。それはここがマホーツ界という特異な世界であり、オリエッタが長らくここの住人であるという事情ゆえかもしれない。
まあ、何はともあれ。
「せっかくだからさ。やってみようぜ、このトランプ」
「いいわよー。あ、もちろんちゃんとルールを教えてよね。ズルなんかせずに」
「しねーよ、そんなこと」
トランプを使ったゲームなんて、今さらすぎる。俺にとっては新鮮味も何もありはしない。
けれど、どうやら初めて触れるオリエッタの相手をするだけで。存分に、有意義なヒマつぶしができそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇
珍妙。
ただただ、この一言に尽きる。
「なんだこのトランプ……」
誰が手にしても、出てくる感想は変わらないはずだ。断言できる。
「っていうか、本当にトランプなのかこれ?」
「むー」
オリエッタも
あきらかに、普通のトランプじゃなかった。
――トランプのカードを使って遊ぶゲームといえば、種類は山ほどある。それらのなかから何を選択するかがまず第一の問題なわけだが、いわゆる「ババ抜き」や「神経衰弱」とかいったものでは、少々物足りない気がする。
オリエッタが初心者ということを考慮しても飲み込みの早い彼女のこと、きっと2、3回も遊べばコツをつかむだろう。そう思い、俺が選んだのは「大富豪」だった。
箱からカードの束を抜き取り、裏面を上にしながらシャッフル。そしてオリエッタと俺とで均等に配って、いざ我が手札を見てみれば――
自分の眼を疑うような光景に、ついさっきのような言葉が思わず漏れてしまうのだった。
……そこにはキングもクイーンもジャックも、またピエロさえいない。
いや、きちんと数字は振られているし、イラストもついているにはついてるのだ。
しかし、おなじみの絵柄の代わりに描かれているのは、ちょうど俺たちと同じ年代とおぼしき幾人かの少年少女の姿。まずもって、そこからがおかしい。
「なになに、近衛光莉……って、誰だろ?」
明るい色調の学生服とおぼしき衣装に身を包んだ、長い栗色の髪をした少女の姿が、カードの上半分に描かれている。でもって、下半分は……なにやらテキストが書いてあるな。
なるほど。つまりカードの下半分の文面は、おそらく上部に描かれた人物を紹介するなり補足説明するなりしたものなのだろう。
トランプというより、クロノカードの方に近いかもしれない。っていうかこれ、カードゲームっぽくないか?
「なんだよ、このカードの内容は。
……なになに、『J子謹製トランプ風・学☆王
ほらやっぱりトランプじゃなくてカードゲーだ!
オリエッタに見られるのも構わず手札からカードを一枚引き抜いて、裏表をじっくり見まわす。と、裏面のはじっこにこっそり隠れるかのごとく、まるでアヤしい契約書の特記事項のように小さな文字で記されていることにようやくにして気がついた。
どうしてシャッフルしてる時に気づかなかった俺!(あと秘伝書なんてどこにあるんだよ!)
「外箱がまるきりトランプのそれだから中身もきっと同じに違いない」という思いこみが、我ながら恐ろしかった。
「……トランプじゃないわよね、これ?」
「ああ。見かけはトランプだが、その実態は巧妙なトラップと言ってもいい……」
えー、と残念がるオリエッタ。
「それじゃあ『ダイフゴー』っていうの、これじゃできないわけ?」
「うーん……いや、強引にやろうと思えば、できなくもないけど……」
カードゲームである。これはカードゲームだもう騙されないぞ俺!……なのではあるが。どっこいそれでいながら、各カードに記載されている数字はトランプと同じようだ。
手持ちのカードをすべて確認しても、百とか万とかいったふざけた数字は存在しない。つまり、キングだとかジョーカーだとかいったおなじみの絵柄が、別のキャラクターに差し代わっているだけのことで。一応はトランプとしても通用しなくもない……のかもしれない。
だからトランプかカードゲーかどっちなんだってばよ!(逆ギレ)
ちなみに。ゲームスタートをいったん中止して、それぞれのカードを検証してみたところ。
そこに描かれているキャラクターと数字との組み合わせは――
(※《数字》《人物名》《テキスト》の順)
13(K) Mr.キング……刺客を向かわせろ。構わん、潰せ。
12(Q) 天宮寺・アクアリウス・海月……勝負に余計な言葉はいらないってね。腹ごなしに、いっちょどうよ?
11(J) 近衛光莉……この学校は、私達が絶対に守るんだからっ!
10 穂仁原翔……俺のモットー。もっともっと、思うまま~♪
9 アンネマリー・ローエンシュタイン……布を綴じましょ仮縫いで~きれいにドレスを仕立てましょ~ふふ~ん♪
7 黛比奈夕……私が小さいんじゃない。世界が無駄に大きすぎるだけ。
3 エルケンバート・ローエンシュタイン……モザイクはね!男のロマンを守る為にあるんだよ!
JOKER 大陸……勉強なんて、楽しんだもん勝ちってね。
「……なんか途中がごっそり抜けてるし……」
ひどい。Aも2も8もなく、なぜか3があって4から6までが存在していない。
種類が足りない。圧倒的なまでに不足しまくっている。
ハートやスペードといった4種類のマークはトランプと同様なものの、数字を示すカードがジョーカーを含めて、全部で8種類。正規のトランプの半分程度のバリエーションだ。
特にひとケタの不遇っぷりは目を覆いたくなってしまう。
「でも、遊べないことはないんでしょ?」
「ま、まあ……できなくはないだろうけど……」
とはいえ、オリエッタは
「やるだけやってみましょ。どうせなんだし、それにこれでアンタも私と同じ初心者に少し近づけたんじゃない?」
うーむ。
せっかくだし、試してみるか。彼女の言うように、考えようによっては種類の少なさはオリエッタにはゲームに馴染みやすく、従来のルールに慣れた俺にとってはこれまでの戦法が通用するとは限らなくなるわけで、いいハンデとなるかもしれないし。
ちなみにカード総数は、7種類×各8枚ずつ(!)に加えてジョーカーの2枚の、計58枚。
「トランプに比べて種類が少ないぶん、同じ数字のカードの枚数を単純に2倍にしたというわけね」
「いや、まあ。そういうことなんだろうけどさ……」
しかし、その結果。
手札には同じカードばかりが、大量に集まるわけで。
「うりゃー。ここで9が6枚の革命よー!」
「くっ……早くも革命を使いこなすとは、さすがだなオリエッタ。ってか6枚同時出しで革命ってなんだよ!」
ちなみに大きなルール変更はしていないので、4枚以上を同時に場に出せれば『革命』成立です。
それにしても、革命か……。となると今度は一気に上下関係が逆転して、このエルケンバートとかいうぶっちぎりな最弱カードが、いきなり最強カードに化けたってことだな。
「ふっ、ならば7で革命返しだ。同じ数字のカードが最大8枚も配られる、わけ分からんこの仕様をなめんなよ!」
かくしてエルケンバート氏の天下、たったの1ターンであっけなく崩壊。
「ちょ、なんてことすんのよ。3のカード、まだ何枚も残ってるのにー」
「そんなのをまだ手元に残してる方が悪いんだって。やーい雑魚雑魚ー、ザコカード持ち~!」
こうして眺めていると、オリエッタという少女は本当に表情が豊かだった。見ていて少しも飽きない。
ところでエルケンバートって人、実在の人物じゃないよね?
「むきー! い、今に見てなさいよ~!」
その後も世界にはいとも簡単に革命の嵐が吹き荒れ、そのたびに人々はくりかえし何度も右往左往したという――