幻創庭国イスタリカには、娯楽が少ない。
それは、俺がこの学院で日々を過ごすようになってから、ほどなくして抱いた感想のひとつだ。
もちろん、あれやこれやと娯楽を享受する目的で学生生活を送っているわけではない(望まずして無理やり編入させられたけど)。課せられた本分を遵守しつつ、遊ぶときには遊ぶ。それがスマートな学生というものだ。
ゆえに、もっぱら娯楽のタネは外の世界が頼りとなる。いなみ市へ行けば、なんでも揃っている。一日中、それこそ朝から晩まで遊びまくることだって可能だ。
しかしそのためには、外出許可を得なくてはならない。ほいほいと気が向いたら即出発!なんてことはできないのだ。
だから――こういうことが起こるのも、むしろ当然といえば当然といえるかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
「遊ぶものがないなら、自分で作ればいいじゃなーい!」
俺との天下分け目のトランプ合戦が行われた、その翌日。
食堂で遅めの昼食をパクついていると、瞳をキラキラと輝かせたオリエッタがやってくるなりそう言った。
「は? 作るって、何を?」
「決まってるじゃない。昨日アンタと遊んだゲームみたいなものを、よ」
ずずいっと身を乗り出しながら力説する姿を見れば、彼女が本気でそう思っているのは間違いなかった。
あんな中途半端なトランプだったにしても、オリエッタにとっては充分すぎるほど新鮮な体験だったんだろうなあ。
学院内でも携帯ゲーム機やらパソコンやらを使って、ゲームに興じることは可能だ。けれど昨日のような単純でアナログなゲームほど、意外と逆に触れる機会を見つけにくいのかもしれない。
ゲーム機はいくつも持ってるけど将棋盤は持っていない、なんてのと似てるかも。
「せっかく作るのなら、もっとすごいのを! って思って、ちょっと調べてみたんだけど……」
なるほど。そういや今朝から姿を見かけないと思ってたけど、そういった理由だったか。
「なんでもカードゲームって、刷れば刷るほどお金が儲かるみたいなのよね」
「……ちょ、お前どこでそんな誤情報を」
「もちろんネットに決まってるじゃない」
ふふん、と得意げに胸をそらせるオリエッタ。たっぷりとその手の怪しい情報をネット上で浴びてきたのだろう、自信満々といった様子だ。
……どんなサイトを飛び回ったのか、一歩めから間違った認識を植えつけられてしまっているな。
「カードゲームって、昨日のトランプよりも種類がたくさん必要なんでしょ? うんと考えなくちゃ」
とはいえ、ところどころでは正確な知識も仕入れているみたいだから、余計にタチが悪い。
「って、本気で作る気かよ。そんな簡単に作れるもんじゃないだろ?」
「それはそうかもだけど……でも、やってみなくちゃ分からないじゃない!」
うーむ。
まあ、自前で遊べるモノを作ってみるというアイデアは、けっこう面白そうだ。
その結果、みんなが喜んでくれるモノが本当に作れたとしたら、明らかに今後の俺の学園ライフにとってプラスになるのは間違いない。
そして万が一……オリエッタの言うように、大人気御礼で売れまくっちゃったりなんかしたら。
なあ、アレだよ。アレったらアレなことになって、アレしちゃうんじゃなかろうか。
「……よし、やってみるか」
のちに爆発的なヒットとなる商品も、元をたどれば他愛ない会話がきっかけ――なんてのは、わりとよく耳にする話だ。
それに学生起業家なんて言葉も珍しくないこのご時勢、オリエッタとともにそういった未来を歩むのも悪くないかもしれない。
千里の道も、まずは一歩めから。どうせ夢を持つなら、でっかくいこうぜ兄弟!
「うんうん、そうこなくっちゃ♪」
がしっ。
「やると決めたからには、とことんいくわよ!」
「おうっ!」
不敵な笑みを浮かべ、互いの手を力強く握りあう。
「未来の勝者は、私たちよっ! 打倒ブ○ロードっ!」
「おいおい、さすがにそれは相手が強すぎだろオリエッタさんよ。ここはせいぜいポ○モンカードゲーム程度にしとこうぜ」
「それでもいいわ。ふふん、その意気よ!」
なんの意気やらさっぱり分からないが、盛り上がっている俺たちにとってはそんなことはどうでもいいのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「――さて。まずはテーマというか、題材をどこから持ってくるか考えないとな」
多くのカードゲームは漫画やアニメ、ゲームといった作品から素材を得ているらしい。
「それと……キャッチーな要素も大事だよな。初見の段階で、ぐっと惹きつけるような魅力を持たせないと」
それにはやはり、可愛いキャラクターの存在が不可欠だ。
別に人間でなくても構わない。動物や植物をメインに据えてもいいし、生物ですらない事物や概念などをあたかも人間のように模してみてもいい。
いずれにせよ根幹的中軸となる題材選びは、初手にしてきわめて重要な部分だ。
「大丈夫よ。それにはちゃんとアテがあるから」
「……へ?」
「見せてあげるわ。ついてきて」
けれどもオリエッタはわずかの迷いすらなさそうに、自信たっぷりにそう宣言するのだった。
で。
「……なるほど。この素材ならいけるかもしれん……」
「でしょでしょ!? ひと目見ただけで、その人のハートをわしづかみにできちゃう逸材よ」
「……なんですか2人とも。いきなりアルパカさんをジロジロと見て……」
不審者に向ける視線そのもので俺たちに対峙してくる我が妹の存在も、なんのその。2人で勝手に確信のうなずきを交わしあう、俺とオリエッタ。
アルパカさんこそ、まさに今回の企画の正式キャラクターとなるべくして生まれてきたに違いない。いやもう実際に俺たちの間でもマスコット的地位を確立しているわけで、すでに立派な実績を持っておられる、おそるべき存在なのだった。
アルパカさんなら、既存の他のキャラクター連中に勝るとも劣らない。肩を並べるに、充分すぎるくらいだ。
「意義なく決定だな。よかったな諷歌」
「……2人のたくらみは知りませんけど、やめてください」
「なんだよー。アルパカさんがこれ以上人気者になったら困っちゃうー、って早くも警戒してるのか?」
「違います! とにかくアルパカさんを汚さないでくださいっ」
言いながら、ぎゅっとアルパカさんを抱きしめる諷歌。
あくまで態度は拒絶モード全開で、それを変えるつもりは毛頭ないらしい。
だが、計画を推し進める人間は、俺ひとりではないわけで。
「まあ、ふーこのそういう反応は、読めていたわ」
俺と入れ替わって、今回の総監督がずずいっと前面に出てくる。
「……でもね、それは過保護というものよ。アルパカさんも、いつか親元を離れなくちゃいけないときが……」
「……アルパカさん、私の使い魔なんですけど。それにおりんちゃんだって、シャロン先生から過保護にされすぎです」
「うっ!」
……弱いな、この総監督。
「そ、それならっ。言葉で分かってもらえないなら、もはや実力行使あるのみっ!」
「あーっ!?」
パシャパシャパシャ!
どこに隠し持っていたのか、小型の携帯カメラを使って正面からアルパカさんの写真を撮りまくるオリエッタ。
――こうして。
すったもんだの末に、記念すべき一枚目となるカードが完成した。
《カードNO.001【アルパカさんとたわわなおっぱい】(P1)》
アルパカさんとそれを胸元に抱いた諷歌が写真に収められた一枚だ。
「……うーん。でもアルパカさんを抱いてる諷歌があからさまにふくれっ面だぞ、これ?」
「別にいいんじゃない? ツンデレってやつよ、ツンデレ」
「デレてる部分なんてどこにもないんだけど!?」
とはいえ、制作はまだまだ始まったばかり。
これから何十種類と考えなくちゃならないんだ。こんな一枚も、少しくらいあっていいかもな。
「そうね……。それじゃこれは、一番簡単に入手しやすいカードに分類しときましょ」
「レアリティまであるのかよ!?」
さすがオリエッタ。ますます本格的だぜ……。
驚いたことに、すでに彼女は各レアリティの名称や区分基準までをも、しっかりと決めているという。
「遊びなんかじゃないのよ、これは!」
「いやまあ、作ろうとしているのは遊びの道具だけどな」
――以下、オリエッタ発案による、各レアの区分はこんな感じ。
【P1】(たくさん出てくるよ。※いわゆるコモン)
【P2】(まあまあってところね。※いわゆるアンコモン)
【P3】(やったわね、いいカードじゃない!※いわゆるレア)
【P4】(激レアるんるん丸♪※いわゆるスーパーレア)
「一番低価値なのがP1で、最高レアがP4なのか。それにしてもこれ、『ぴーわん』とか『ぴーふぉー』って読めばいいのか?」
「アルパカさんの一部からとったのよ。だったら『ぱかわん』、『ぱかふぉー』って読むべきじゃない?」
「……なんというか、一気にユルくなったな」
まあでも、高レアカードをめぐってトラブルや事件の元になるのもアレだし、せめて読み方くらいはユルい程度が逆にいいのかもしれない。
「それに、外の世界で人気とかいう黄色い野ネズミっぽい響きも感じられるんじゃないかしら? それと間違えて買っちゃう人も出てくるでしょ」
「って、思いっきりパチもん商法かよ!」
黒い、黒すぎるぜ。
いや、すでに世はカードゲーム戦国時代(推測)。これくらい図太くないと、勝ち残ってはいけないのかもしれない。
「さあ! この調子で、どんどん作っていくわよ!」
オリエッタ総監督の意欲はいささかも衰えない。
俺があの手この手を使って、諷歌の注意を引きつけておく。その間にオリエッタがこっそり撮影するという、実に姑息かつ
こうして勢いづいたオリエッタは、諷歌の一瞬のスキを見事に突いては、次から次へと写真の撮影に成功していき――
《NO.004 【おさんぽアルパカさん】(P2)》
『おさんぽるんるん、おそとはいい天気だな~♪』
「……なんですか、この頭の悪そうな一文は?」
「フレーバーテキストってやつさ。ってか、頭の悪そうなってなんだよ。これ考えたの俺なんだぞ?」
そんな俺に見せつけるように深いため息をつくと、人差し指を額に当てながら頭を左右に振る諷歌。心なしか胸に抱いたアルパカさんもしょんぼりしてるような。
オリエッタがあらかたカードに使用する候補となる写真を撮り終えたころ。
おかげでずいぶんと当たり障りのない、平凡な画像のカードも増えてしまった。こういうのは多少インパクトのあるほうが人気出そうなんだけどなー。
《NO.013 【アルパカさんin飛行艇】(P2)》
『飛べないアルパカさんは、ただのアルパカさんだ』
「……これ、思いっきり他の作品の
「気にするな、オリエッタはすでにパチもん商法上等の覚悟だ」
《NO.027 【アルパカさんinトイレなう】(P2)》
『そんな顔しても、お前にはなにも出さんぞ。俺が出すのは便器にだけだ』
「アルパカさんのイメージが台無しじゃないですかー!」
「純情とか清純だけが、すべてじゃないわ。それと真逆なイメージというのも、ときには斬新でアリなのよ」
「オリエッタの言うとおりさ。ワイルドでダンディなアルパカさんの一面があるから、より愛くるしいアルパカさんの面が引き立つんだぞ、諷歌」
「そもそも、これのどこにワイルドさとかダンディさがあるんですか……」
「ワイルドなアルパカさん、略してワルパカさんね。外の世界でもワ○オなんてキャラがいるみたいだし、その兄弟分よ」
「詳しいな、オリエッタ。そんな知識、どこで手に入れたんだ?」
「もちろんネットに決まってるじゃない」
そして、いよいよレア以上のクラスだ。
こっちに選んだ写真は、撮影するのに苦労したものも多い。それだけあって、どれもがなかなかの自信作だ。
《NO.552 【リトルでバスタるアルパカさん】(P3)》
『世界の秘密、知りたいか? ミッションスタートだ』
「……やばいな、この一枚は。著作権的にギリギリを攻めてるだけあって、我ながら人気が出る予感しかしないぜ」
「というか、一気にカード番号が飛んだわね。いったいどれだけ量産しまくったのよ、アンタ」
「案ずるなオリエッタよ。ネットを漁ればこの手のネタは豊富に転がってるからな。種類を増やすなどちょろいもんさ」
「みなさん、著作権を侵害してるのはアルパカさんじゃないですからね? この兄ですからねっ?」
なんとでも言うがいい、諷歌よ。まだまだあるぞ。
《NO.774 【艦隊をこれくとするアルパカさん①】(P3)》
『ラビエル? いえ、知らない子ですね』
「……本当にさっきから、どれもこれも一度どこかで耳にしたことがあるようなフレーズばっかり……」
「オリジナリティの誇り、失うわけには……」
「いえもう最初からそんなのありませんし」
《NO.775 【艦隊をこれくとするアルパカさん②】(P3)》
『アズラエルなんかと一緒にしないで』
「これは、さっきのカードとペアのような関係になってるのがミソだな」
「……本当にメーカーさんからお叱りを受けても知りませんからね、私」
「と、このように妹から冷たくあしらわれても慣れている俺は、逆に気分が高揚します」
「しなくていいです!」
《NO.856 【ラッシュるアルパカさん】(P3)》
『お前は俺を怒らせた。パカパカパカパカアァァッッ!!』
「こ、これはさすがに大御所すぎです兄さん! 却下です却下!」
「だが断るッ!」
それにしても、パカパカパカって連呼しづらいよね。
……そんなこんなで。
いよいよ、最高級にレアなカードが――
《NO.1268 【湯けむりアルパカさん】(P4)》
『Fちゃん、ひょっとしてまた大きくなった?』
「な、なんですかこれーーーー!?」
「こ、これはさすがに俺も知らないぞ!? ってかテキストまですでに入ってるしっ!」
「ふふん。驚いた、2人とも? 浴場にセットしておいた隠しカメラがね、偶然にもこんな映像を残しちゃっててねー。ラッキー♪」
偶然って言い張るなら、せめて確信犯的にドヤった表情は隠しておきなさいオリエッタさんよ。
「しかもアルパカさんではなく私が正面から映ってるじゃないですか! これ絶対私を狙って撮ってますよねっ!?」
「大事な部分にはモザイクかけてあるから大丈夫よ。あ、それとあとでこのカードに直筆サインをもらえる? そういったのをごく少数だけ封入しておくと、一気に価値が跳ね上がるらしいのよ」
「……それよりも諷歌。ひとつ、大切なことを聞いてもいいか? その、また大きくなったって……ほ、本当なのか?」
「知ーりーまーせーんー! それにこれも却下です破棄ですーっ!」
「ダメよこれだけは! いくらふーこの要望とはいえ、この1枚だけはなんとしても死守してみせるわっ!」
かくして、抵抗勢力(その9割9分が諷歌)の厳格なる審査と抗議を受けつつも。
オリエッタの旺盛な意欲に引っぱられながら、強引に制作はつづいていき。
――唐突に、夢の終焉はやってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
「認められない、ってどういうことよー!?」
いよいよ完成が見えかけてきたところに突然の幕引きを告げられ、さすがにオリエッタは激昂していた。
「いやー、さすがにこれ以上は許可できないっすよ。これはあちしだけじゃなくて、他の先生方との総意でげす」
なおもオリエッタが食ってかかっているが、シャロンも学院側の見解として撤回するつもりはないようだった。
世間一般の学生とは異なる、平凡な生活とはいいがたい状況下で日々を送っている俺たち。アルパカさんというキャラクターを通じてこの学院のことを、ひいてはイスタリカ自体の存在を必要以上に外部に広めてしまう可能性をもつ行為はいかがなものか……というわけである。
この学院が完全なる閉鎖社会を志向しているわけではないにせよ、その理由は俺としても納得せざるをえない。
たっぷりと自由をエンジョイしつつも、守るべきところはちゃんと守らんとな、うん。
かくして俺は完全に戦意を喪失し、企画は暗礁に乗り上げることになった。
野望の幕切れとしては、実にあっけないものだったけれど。
「……まあ、商品だとか販売だとかいったのは置いといてさ。個人や身内でこっそり楽しむだけなら、ぎりぎりセーフなんじゃないか?」
どうしても収まりがつかないオリエッタをなだめすかしているうちに、ぽつりと漏らしたこの言葉が、まさかきっかけになったのだろうか。
こののち、いなみ市で市政に携わっている学院卒業生たちの間で、様々なアルパカさんが描かれたカードゲームで遊ぶのが水面下で流行ったとか流行らなかったとか……。