カミナガレ   作:桜鬼 歌夜

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第十三話 分かり合えない願い

「ふーん、春音さんの孫は藤光さん。桜貴さんの娘は魅桜さん、ね」

 

 照彰が環を見つける少し前のこと。照彰は団子屋のお爺さんに、神印を盗んだという二人の名前を聞いた。

 

「藤光様はちぃーと気弱だがお優しい方でなぁ。たまに手伝いをしてもらっておる。魅桜様は、桜貴様にそっくりのお美しいお嬢さんじゃ」

「そっかー。ちなみに、今はどこにいると思う?」

「あの二人は、めったに人がいる所で会わないよ?」

 

 照彰とお爺さんの会話に、買い物をしていた女性が入ってきた。

 

「二人っきりで過ごしたいんだろうねぇ。静かな場所で。でもたまに、大きな声で話してるから、どこにいるのか分かりやすいのよねぇ。で、それを聞いてあたしは楽しんでるのよ〜!」

「そっすかぁ〜…」

 

 あまりにも熱く語る女性に、照彰は苦笑した。藤光と魅桜は会話が聞かれていることに気づいているのだろうか。気づいていないのであれば、教えてやりたいと思う照彰だった。

 

「ありがとうございました」

 

 照彰は礼を言い、如月が頭をぺこりと下げて店を出た。

 

「静かな場所かぁ…なぁ、どこだと思う?」

「とりあえず人がいない所を探すしかありませんね。お二人も簡単に見つかるような場所にいるはずがないでしょうし」

「だよな」

 

 照彰と如月は、人の多いこの場所にはいないだろうと移動を始める。ここは店が並んでいるため人の目もある。おそらく藤光と魅桜はここではなく、人がおらず静かな場所にいる。そして隠れられる所。

 

「なんかあっちの方で妖霊退治の環様が藤光様と一緒にいたんだが」

「え!?環様が来てるなんて…この都でまさか暴れる気なんじゃ…」

「そんなまさか…」

 

 道中、若者が話しているのを耳にし、照彰は足を止めた。如月は「あらあら」という声を漏らした。

 

「ねぇ、如月。今さ、環が藤光って人と一緒にいたって…」

「聞こえましたね。少し話を聞いてみましょう」

 

 如月がその話をしている若者達に近づき、話を詳しく教えて欲しいと頼む。

 若者達の話によれば、ここより少し歩いた所に畑が並ぶ所があり、そこで環を藤光が引っ張っていたのを見たようだ。

 

「では、そこに行くしかありませんね。行きますよ、照彰殿」

「ああ、うん。でも、何で環が二人といるんだ?」

「さぁ…もしかすると、二人に守って欲しいとお願いされたのかもしれませんね」

「……え?」

 

 若者の目撃情報を頼りに歩いていると、照彰は疑問に思ったことを如月に尋ねた。何故環が藤光といたのか。ただ出会っただけかもしれないが、藤光の様子から環に用があったのは確実だろう。

 

「何で環なんだ?それに、頼まれて環は引き受けるのか?妖霊嫌いなら、人間と妖霊の婚約の手伝いなんて…」

「まぁ、そうですね。では、こう考えればどうです?あなたへの嫌がらせ」

「嫌がらせぇ?」

 

 照彰は怪訝な表情で首を傾げる。何故二人の婚約の手伝いが照彰への嫌がらせになるのか。

 照彰は冷静になってよく考えてみる。

 自分が今ここにいる理由。そのために必要な物。それは今、藤光と魅桜の所にある。つまり、このままでは照彰の目的は果たせない。

 そこで理解した照彰は顔を顰めた。

 

「うっわ、性格わっる」

「流星様は彼のそういうところを気に入っているらしいです」

「流星さんも大概だな」

 

 環の目的に気づいた照彰は頭を抱える。正直環が二人に力を貸しているならば、おそらく照彰に勝ち目がない。何故なら、環はいかにも強そうだし何よりも刀という武器を持っている。あれで斬られたらお終いだ。

 

「うーーーんどうしよう…これは予想してなかったぞ…」

「どうします?照彰殿が望むなら、私が環の相手をしますけど」

「え!?如月って環と喧嘩できるの!?」

「まぁ、環も流星様の弟子なのでそれほど戦力に差はありませんよ」

「すげーー」

 

 如月の意外な一面を見て、照彰は驚きを隠せなかった。如月が弓をできることは知っていたが、まさか環と同等だとは思いもしなかったのだ。人は見かけによらないとはこういうことなのだろうと、照彰は思った。

 

「なぁ…あの二人は?」

「さぁ…見たことない顔だなぁ。ここに余所者がいるなんてあり得ないから、知らない顔はないはずなんだが…」

 

 背後からそんな会話が聞こえてきて、照彰は自分達が来ていることを知らない人もいるんだったと今更ながらに理解した。

 しかし、すぐにその「二人」とは自分達のことではないと気づく。

 

「すみません。少し仕事で来ていて…用が済めばすぐに出て行くので」

「え?あ、ああ、そうだったのか」

「では、失礼します。ほら、行きますよ」

「ふわぁ…」

 

 コソコソと話していた男達に、緑髪の短髪に薄緑の狩衣姿の少年が謝っていた。少年の後ろには、腰まである長いうねりのある黒髪を流し、黒い着物に青地に骸骨の模様の羽織りという異色な格好の人物。少年はまだ幼く見えるが落ち着いており大人っぽい印象。対して骸骨の羽織りの人物は眠そうに欠伸をしていて、やる気がなさそうに見える。どういう二人組なのか一切見当がつかない。

 

「何だろ、あの二人。弟とお姉さんかな?」

「さぁ…仕事と言っていましたけど、何の仕事でしょう?」

  

 その二人を見ながら照彰は進むが、如月は特に気にせず後ろを振り返らなかった。

 ここで照彰はある違和感を抱いていた。

 

「なぁんか骸骨の羽織りの人…見たことあるような…」

「そうなんですか?現世でのお知り合いにそっくりな方が?」

「いやぁ、あんな美人な知り合いはいなかった、かな?まぁ良いや。今は環を探そう」

 

 照彰に神流で知り合いがいるはずはない。だが、何故か知っているような気がするこの奇妙な感覚。

 しかし、気のせいだろうと考えることを止め、照彰は前に視線を戻して歩く。

 背後で、その二人組が照彰を冷たい視線で見ていることに気づかず、目的の場所を探してただ歩いた。

 

「あ、ここら辺かな?」

 

 しばらく歩いていると、人通りの少ない民家が集まる場所に辿り着いた。今は昼間なため、大人は仕事や買い出しで、ほとんどの人間が家にはいないらしい。子どもも、家の中ではなく、外で遊ぶのが普通だそうで、遠くから子どもの笑い声が聞こえてくる。

 

「人もいないみたいだし、かなり怪しいな」

「そうですね。では、ここをよく調べてみましょう」

 

 照彰と如月は辺りをキョロキョロと視線を巡らせ、先ずは環を探してみる。

 本当は声を出して探したいが、もし来たことがバレたら逃げられるかもしれない。なるべく音も立てないように静かに探す。

 

「それでね、藤光ったら私のために桜茶を淹れてくださってね!」

「聖桜の桜を使ったお茶は絶品だしね。疲労回復にも役立つし、何より美味しい!!」

「あー、そうかよ」

 

 すると、どこからか声が聞こえた。気のせいか「藤光」とも聞こえたし、環の声もしたような気がする。

 照彰と如月は顔を見合わせ、一つ頷くと声がした方へと静かに近づく。

 

「ここか…?」

 

 照彰は民家の壁から頭をひょこりと覗かせ、様子を見てみる。

 するとそこには、固まった表情の環と、楽しそうに手を握り合い会話をしている男女の姿があった。

 

「あ、いた」

 

 照彰は指を指してそう声に出した。絶対にあの二人が藤光と魅桜だろうと確信した照彰。後ろから如月も姿を現し、三人の姿を見つける。

 だが、驚いたことに突然環が鬼の形相で照彰に斬りかかり追い回すため、如月が背負い投げで場を治める。

 

「何やってんですか」

「うるせぇ!こいつを斬らなきゃ気がすまねぇんだ!」

「いったぁ…」

 

 地面に倒れたままの照彰と環を、如月が腰に手を当てて見下ろす。如月に刀を取り上げられた環は叫ぶ。照彰は「俺が投げられる必要あった?」と泣きそうである。

 

「予想はしていましたが、本当に照彰殿の…流星様の邪魔をするのですね」

「当たり前だ。妖霊と共存のための計画に手なんか貸すかっての」

「たからってマジで斬りかかる奴があるか!殺す気かよ!」

 

 照彰と環は起き上がる。どうやら本当に環は藤光と魅桜に協力し、照彰の邪魔をしているらしい。

 

「あの…あなた方が刺客ですか?」

「あ、初めまして、藤光様と魅桜様。私は如月で、彼は照彰殿です。私達は神印を求めて来ました」

 

 遠慮がちに近づいて来た藤光と魅桜。二人は不安そうで、互いの腕にしがみついている。

 

「ぜ、絶対に神印は渡しません!僕と魅桜の幸せのために!!」

「そうよ!誰にも邪魔はさせないから!!」

 

 二人は怯えながらも照彰と如月を睨みつける。照彰は立ち上がると、ズボンについた土を払う。

 そして二人の様子を見て、照彰は本当に婚約しようとしていることを認識し、急に暗い気持ちになった。

 照彰は、自分の目的の為に二人の幸せを奪おうとしているのだから。

 

「俺は別にこいつらの結婚を応援するつもりはない。だか、こいつらの神印をお前に渡さなければお前の目的は達成されない。悪いな」

「悪いなんて少しも思ってないでしょう」

「うん」

 

 環も立ち上がり、藤光と魅桜の前に立って二人を守るように刀の鞘を手に持って構える。

 

「お前なんか刀じゃなく鞘で充分だ。かかってこい」

「マジかよ…」

 

 照彰は表情が引き攣るのを感じる。自分は人間と妖霊が共存できるなら何でもするしできると思っていた。しかし、ここで藤光と魅桜の神印を奪えば、自分がしようとしていることに矛盾が生まれる。互いに婚約という形で協力して生きていこうとしている二人の邪魔をすることは照彰はできない、したくない。

 だが、ここで神印を手に入れられなければ、照彰の目標を達成することができない。ここで終わってしまうことになる。

 

「ねぇ如月。二人の結婚を認めてもらってからもらうってのはダメかな?」

「無理でしょう。わざわざ私達が来るこの日を狙って春音様と桜貴様は二人に試練を課した…これはおそらく、照彰殿が試されているということなのでしょうね。どちらかを諦めろ、ということを」

「そんな…」

 

 あんなに優しかった二人が、そんなに厳しい試練を己に課していたということに驚きを隠せない。あの二人も照彰のような願いを持っていると思っていたが、どうやら違ったようだ。他の地とは関わり合いたくないのだろう。

 

「お二人は神印を預かる方々…この都を守る使命があります。そう簡単には認められないのでしょうね」

「それは…そうだろうけど…じゃあどうすれば…」

「諦めるしかないだろ」

 

 頭を抱える照彰に、環の冷たい声が投げかけられる。環は続けた。

 

「妖霊はいつだって人を傷つける。俺はそんな場面を今までに何度も見てきた。妖霊は敵なんだ。たとえこの都で共存をしていても、いずれ妖霊は人に牙を剥くだろう。こいつらだって、命の長さの違いから結婚しても続かない。妖霊が存在する限り、この世界に平和はない」

「お前っ…!」

 

 環は冷静に、静かに淡々と語った。環はすぐ側に、妖霊の魅桜がいることを分かってて言っているのだろうか。魅桜は両の拳を握り締め、悲しそうな、悔しそうな表情で環を後ろから見つめている。

 

「環っ!お前…!お前が妖霊を憎んでいるのは分かってる!だけど…決めつけなくたって良いだろう!」

「決めつけじゃねぇ、分かりきってることだ」

「先のことなんて分かんねぇよ!お前が決めつけて良いもんじゃねぇんだ!!」

「もう良い加減にしてよ!!」

 

 照彰と環の間に、魅桜が割って入る。彼女の目からは桃色の涙が流れている。

 

「何で何も知らないあなたにそんなこと言われなきゃならないの!?あなたが神印を守ってくれるって言うから信じたのに…あなたって本当に最低っ!!刺客なんかよりも、私達の幸せを邪魔する鬼よ!!嫌い!馬鹿ああっ!!!」

「魅桜!!?どこ行くんだ!!」

「あ!お待ちください藤光殿!」

 

 魅桜は環に思いっきり自分の気持ちをぶつけると、最後に頭をポコッと叩き、どこかに走り去って行ってしまった。

 それを如月と藤光が追いかける。如月はその際に環から取り上げた刀をその場に雑に落として行った。

 

「何かも知らない、か。そっちだって」

「環、お前だってそうだろ。あの子の気持ち、分かってやったのか?互いに分かり合わないと駄目なんだよ」

「無理」

「ったく…お前なぁ…!」

 

 俺は悪くない、と腕を組んだ環に、照彰は彼の胸ぐらを掴む。殴りかかりそうな照彰に、環はどうでも良いという風に黙って見つめている。

 その時だった。どこからかポーンという何かが弾む音がした。環もそれに気づいたようで、辺りを見渡している。

 更にもう一度、照彰の後ろからポーンと音がした。二人がそちらに顔を向けると、一人の童子の姿があった。その童子の手には白と紅の金魚が描かれた鞠を持っている。

 

「あれ?君は…確かあそこで…」

 

 目の前の童子は、照彰があの「暗い空間」で出会った童子だった。姿はかなり変わっているが、あの特徴的な"虹色"の髪を間違えようがない。

 

「あ?知り合いか?」

「知り合いってか…よく分かんねぇ」

「はぁ?」

「あの時とはかなり綺麗になったなぁ…おかっぱだし、着物もなんか豪華」

「あ?もしかしてこいつ…式霊か?」

 

 初めて聞く単語に、照彰は首を傾げた。

 

「式霊は現人から生まれ、現人の心が育てる分身みたいなもの…って、流星が言ってたな」

「へぇー、じゃあ俺の分身…?そんなのがいたのか…」

「"影"が来た」

「ん?」

 

 童子は口を開いてそう告げた。その声は男女の区別がつかないが、あの時のような機械的なノイズが混じる声ではなかった。

 

「影って…何それ」

「夢幻屋か」

「え?何で分かんだよ」

「何故か式霊は夢幻屋をそう呼ぶんだよ」

 

 環が童子を見つめながらそう言う。

 

「影は二人。既に出会っている。急げ」

「え、既に出会ってる?それって…」

 

 その言葉の意味を聞こうとする照彰だったが、突如横から勢いよく飛んできた刀が童子の頭を貫き、壁に刺さったことでできなかった。

 

「何だ!?」

「チッ!」

「おいっ!大丈夫か!?って、え!?」

 

 童子を心配した照彰だったが、童子の体は水となり地面を濡らした。そこに童子の姿は無くなっている。

 

「どういうことだよ…」

「安心しろ。あの式霊は本体であるお前が死なない限り大丈夫だ。だが、今はそれよりも…」

 

 環が警戒を強め、どこに敵がいるのか探す。すると、建物の間から人影が現れる。

 青地に骸骨の模様が描かれた悪趣味とも言える羽織り姿の青年は、ゆっくりと壁に刺さった刀に向かって歩く。

 

「現人だったんだ、君。ま、どーでも良いけどさ」

 

 青年は刀を壁から抜き取ると、刀を二人に向かって構えた。

 

「あいつ…!」

「あれは…殺し専門の刀の達人、六深弥じゃねぇか。まさか遭遇するとはな」

 

 環が思わぬ遭遇にニヤリと笑う。照彰としてはこの状況は一切笑えるようなものではない。何故なら、相手は熊神の事件の時に会ったことがある人物だ。刀の腕はよく知らないが、只者でないことは分かっている。あの日、自分の腕を撃ったニ哉の仲間。普通に怖いのだ。

 

「あんなに綺麗な顔しといて…着てる物もしてることもこえぇ…」

「まぁ、悪趣味な羽織りだよなぁ。だが安心しろ。お前は運が良いぞ」

「はあぁ?」

 

 環は不適な笑みを浮かべると、鞘を手に握り締めて構える。

 

「俺も刀の達人だ」

 

 自信満々といった表情でそう言う環に、照彰は目を見開いて見つめた。

 

「君とは初めて戦うね。早く寝たいから、しっかりと足止めさせてもらう」

 

 そう言うと、青年は「ふわぁ」と大きな欠伸をして、目に涙を浮かべた。

 

「余裕ぶりやがって。一体何が目的なんだ?」

「……」

「…だんまり。そりゃそうか。なら、俺が勝ったら教えてもらうぜ」

 

 照彰は緊張に包まれた雰囲気の中、環の勝利を願いながら、見守っている。

 

「さて、始めるか」

 

 環の言葉を合図に、二人は互いに駆け出し、勝負が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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