水は昇り日と共に   作:Ryan2020

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第一話

「先生さようならー」

「はい、さようなら。気をつけて帰るのよ」

 

 駆け出すようにして道場を後にする子供たちを見送り手を振る。

 彼女―――天泣めまいは普段、こうして時間を作っては道場で子供たちに剣を教えて過ごしている。

 一族きっての天才と謳われた父親と比べて見れば、いささか見劣りするところではあるが、その剣の腕は一流と呼ばれても差し支えないものであった。

 幼い頃、物心つく前には母を亡くし、一人娘であることに家庭の事情をよく知る人からは時折哀れむような視線を向けられたこともあったが、それを気にすることもなく自身としては家族にも愛された幸せな人間であるとして育ってきた。

 

「お嬢様、子供たちはみなもう帰りましたか?」

「ああ、はる。こっちに来るのはめずらしいね。子供たちはもう……あれ? その鴉は……」

 

 はるはめまいがまだ幼いころからこの家に仕えている使用人ではあるが、子供たちが来ているときにこの道場の方へ顔を出すことはあまりない。

 本人が言うには、お嬢様と共に子供の相手をするにはいささか歳をとりすぎている、とのことであるが、それが本当かどうかは定かではない。

 父が現役であった折にはこの道場に通って剣も学んでいたので、それなりには剣が振るえるのは間違いないが、父が引退したころに同じくして剣を手放したらしく、その辺りで何か思うところでもあったのかもしれない。

 

「……どうやらあの御方からのようです」

「そっか。ちょっと見せて」

 

 めまいははるの肩に留まっていた鴉を受け取ると、口に咥えていた書面を手に取りそれを読む。

 なぜ体にくくりつけたりせずにわざわざ咥えているのだろうかという疑問はあるが、まぁいつものことではあるのでそこにはそっと目を瞑る。

 

「鬼が出たのかぁ……。単独任務だね」

「やはりそうでしたか……行かれるのですか?」

「そりゃあね、ほっとけないでしょ。わたしが行かないせいで誰かが死んだなんてことになったら寝覚めも悪いし」

「……お嬢様ももう十八になったのに……」

 

 あんまり歳のことは言わないでくれ、とは思ったが心配してくれていることはわかっているのでそれは口に出すことはなかった。

 そもそもはるはこうしてめまいが依頼を受けては鬼退治に出向くことをよく思っていない。

 当たり前と言えば当たり前のことではあるが、付き合いの長いはるからしてみればめまいよりもはるかに腕が立つ父親ですら怪我をして帰ってくることがあったことを知っているためいつも気が気ではないのであろう。

 そんな危ないことはやめて欲しい―――鬼を倒さなければ一般の人達にも被害が出ることはわかっているためかそれを口に出すことはしないが、そういう目を向けては雄弁に語ってくる。

 早くに母を亡くしているめまいの母代わりでもあろうというはるからすれば、正義感から来るとは言え楽天的とも言えるそのめまいの思考は頭が痛いものである。

 

「……じゃあいい加減お嬢様はやめてよ」

「そうは言いますが、御当主様と御呼びするのはなんとなく……」

 

 わかるけどね、威厳とかないし。

 でももう子供扱いはちょっとな、などと考えながら家を出る準備をこなす。

 こういった事態にすぐに軽い旅に出られる程度の基本的な装備などはこの道場にも常備してある。

 

「じゃあ行って来るね。ああ、場所なんかを考えると早くても一週間くらいはかかると思うから子供たちへの連絡はお願いね」

「はぁ……本当にお気をつけてくださいね」

 

 これみよがしな大きなため息を無視してめまいは家を出る。

 ―――人に害為す鬼を狩るために。

 

 

 

 

 

  第一話 めまい

 

 

 

 

 

 鬼が出ると情報のあった町に辿り着いてみると確かに幾分かその雰囲気は暗いように

思われた。

 とはいえ軽く辺りの人に話を聞いてみたことろ、鬼が猛威を振るっているというわけでもなく、気が付けば何人か人がいなくなっているということのようだ。

 だから町人からすれば人攫いが出たらしい、夜盗が出たらしい、辻斬り犯が出たらしい、だからなるべく外出は控えたほうがいい、などとちょっとした事件が起こったが気をつけていれば自分は大丈夫だろうという程度にしか捉えられていないらしい。

 これをいいと思うか悪いと思うかは難しいところだ。

 日々を普通に過ごしている人々の大半は鬼の存在など知りはしない。だが、仮に知っていたとしても出来ることはそうあるわけではないのだ。

 この付近に鬼が潜んでいて夜な夜な人を攫って食べているなどという事実を知ったとして恐慌状態に陥っておかしな行動をとってしまうか、この町から逃げ出すくらいしかできることはない。

 だから―――。

 

「だからみんなが気付く前に殺す」

 

 そうして夜になるまでに一通りの情報を集めて見たところ、どうやらこの鬼は慎重な動きをしているらしいということが見てとれた。

 その理由は犯行現場が荒れていないということだ。

 人が寝静まった頃にひっそりと家に侵入してなんらかの方法でその場ではなくどこかへ連れ去っているのだろう。

 

「血鬼術かな……」

 

 血鬼術とは鬼の中でも異能の鬼と呼ばれるそれなりに強い鬼が持つ特殊な現象を起こす力であり、その力は鬼によって異なる。

 ここに居る鬼の持つ力はおそらく戦闘に用いるような種類ではなく、どこかに閉じ込めたり、あるいはどこかへ移動したりするような空間に作用するような術なのであろう。

 だからこそ一家がまるごと消え去っていてもその原因について誰もはっきりとしたことがわからなかったのだ。

 鬼の目論見どおりと言うべきか、今のところ町の人は襲われたということにすら気づいていない。

 まずは簡単な狩りを兼ねてこの町の内情を把握しつつ、それが終わり次第もっと自由に人を喰らおうというつもりなのだろう。

 すでに犠牲になった人達のためにできることなどありはしないが、これ以上の被害が出る前にここで絶対に仕留めておかなければならない。

 単独任務ではこの情報収集が難しい。

 めまいが任されるような任務では基本的にそれほど強い鬼と戦うことはない。

 その理由はめまいに回される任務は鬼殺隊の手が足りない時にそれを埋めるというのが大半だからだ。

 共同任務の場合であってもそれは実力や経験に不安のある新人隊士のお目付け役として任されるというのが基本だ。

 単独任務の方が気楽ではあるが、情報を集めるという部分においては共同任務の方が楽であるというのもまた難しいところだ。

 

「慎重なやつならこの辺り、だと思うんだけどなぁ……」

 

 町で集めた情報と地図、そして自身の勘から判断して森の奥のある一帯、その中で特に日当たりの悪そうなところに目星をつけて探索しているが、一向に鬼が居る気配はなかった。

 最初はその推測にも勘にも自信があったのだが、あまりにもその痕跡が見当たらなくて徐々に不安になってきたところであった。

 そうしたものをごまかすために一人でぶつぶつと呟いていた。

 突如森の奥から声が掛けられたのはそんな時であり、その瞬間にめまいは刀を構える。

 

「小娘がこんなところにわざわざこんなところに何の用だ? 餌になりに来たんだな。そうなんだな?」

「鬼、か。ようやく見つけた。……攫った町の人たちはどうした?」

「町のやつら? ああ、そいつらを探してたのか。もう俺様の腹ん中だから返してはやれないなぁ」

 

 めまいはその状況に眉を顰める。

 攫われた人たちを助け出すことが叶わないというのは残念なことではあるが、それについては覚悟していた事態であり動揺するようなことでもない。

 問題はこの鬼だ。

 声がすぐそこから聞こえてきているということはすぐ近くに鬼が潜んでいるはずなのに気配が薄い。

 

「戸惑っているのか? そうなんだな? 俺様はどうやら気配を隠すのがうまくてな、以前も鬼殺隊とかいうやつらが近くまで来たことがあったが気付かなかったなぁ」

「へぇ、じゃあなんで今は隠れもせずのこのこ出てきたの?」

「そりゃあお前が弱いからに決まってる。以前に見た鬼殺隊のやつらは複数だったしもうちょっと強そうだったぞ。それにお前鬼殺隊じゃないんだろ? そうなんだな?」

「はぁ……」

 

 その鬼の言い様にめまいは思わずため息を吐く。

 それがあまりにも正しく、そして的外れだからだ。

 これまでもこうしてめまいと対峙した鬼たちはこぞってそう言う。

 ―――お前は弱そうだ、と。

 

「……まぁそうだね。わたしは鬼殺隊じゃないし弱いのも確かかな」

「くっくっく、ときどきいるんだよなそういうやつ。正義感だかなんだか知らないが弱いくせに勘違いして出しゃばってくる馬鹿が」

「うーん、勘違いはしてないはずだけど」

「―――じゃあ死ね」

 

 今まではどこから響いてくるのか判然としなかった声が、突如背後から聞こえてきた。

 それと同時にドン、と大地を蹴る音がして鬼が突撃しながら右手を振りかぶる。

 めまいはその一瞬で振り返り刀を抜く。

 互いにすれ違った後、一拍遅れてどさりと音がする。

 それは鬼の右腕が切り落とされたことを意味する。

 

「お、お前!? なぜだ。なぜ俺様の右腕がぁ!!」

「移動系の血気術を使うかもってのは予測していたからね。あなたみたいなのは背後からの攻撃が常套だし」

「そうじゃない!! そもそもお前如きに俺様が切られるはずがない!!」

「そんなこと言われてもね……。わたしは弱いけどあなたの方が弱いから」

 

 めまい自身も先ほど言ったように自分のことを強いなどとは思っていない。

 筋力、腕力、瞬発力、その他のいろいろな面においても鬼殺隊のそれなりの隊士と比べてみても見劣りするだろう。

 だが、めまいには幼い頃から磨き抜いた剣の腕がある。

 さすがに天才と謳われた父には及ぶべくもないが、それでも父からはすでに免許皆伝だと認められている。

 そこまでの技術は鬼を殺すための鬼殺隊隊士の大半が習得していないものであり、見た目からではわからない強さであった。

 そして、それだけではない。

 なぜだかわからないが、それ以上にめまいは強さの気配が薄いらしい。

 そういう意味で言うならば、極めて気配の薄いこの鬼とは同類のようなものなのかもしれない。

 今起こっている事態を想像すらしていなかったのか、異常なほどにうろたえている鬼に対して冷静になる暇を与えないように一気に踏み込む。

 この鬼はおそらく自分の不利を悟ったならば一目散に逃げることが想定されるからだ。

 

「判断が遅い……」

 

 ―――全集中、水の呼吸壱ノ型、水面斬り。

 

「あん? 何が……」

 

 めまいは鬼の目前まで一気に踏み込むと交差した腕から水平に刀を振るい正確に鬼の首を刎ねる。

 だが鬼はそれを嗤う。

 それも当然だ。鬼にとって腕を切り落とされようが首を落とされようが死ぬことはない。

 さすがに上級の鬼でもなければ再生することに時間はかかるものの、それで命の危険があるわけでもない。

 嗤っていたはずの鬼が、少し遅れてある事実に気付き顔を引き攣らせる。

 ありえないことにその体が、首が、ぼろぼろと崩れ始めているのだ。

 だからこそ鬼はその事実、めまいが特殊な刀を持っていることに気付く。

 

「なん、なんでだ!! お前、お前鬼殺隊じゃないだろそうなんだろ!? じゃあなんでそんな刀もってやがるっ!!」

「なんでって鬼殺隊じゃないけど繋がりはあるからね。先祖代々」

 

 鬼を殺す方法は『二つ』しか見つかっていない。

 一つは太陽の光に当てること。

 もう一つは日輪刀という特殊な鉱石で作られた鬼殺隊が用いる特別な刀で鬼の首を斬ることだ。

 めまいが強そうには見えなかったこと、それに加えて鬼殺隊でないということがわかったため、鬼からすれば自分には何の危険もない、ましてや殺されることなどありえないと高をくくっていたのだがそれは間違いであった。

 めまいは鬼殺隊ではない。

 だが、先祖代々からの付き合いもあるし、現在の当主である産屋敷耀哉とも『顔見知り』であり何度も顔を合わせているし屋敷にも幾度も訪れたことがある。

 さらには現在の柱―――鬼殺隊の頂点である九人のうち幾人かとも友誼を結んでいる。

 ただ鬼殺隊の隊員とはなっていない。

 それは偏にそれよりも一族の悲願を達成することを優先しているためである。

 

「くそ……。こんなところで、こんなところで俺様は死ぬのかそうなんだな?」

「うん、そうだね」

「ああ……逃げれば良かった。……昔、ああ、あのときも、逃げ……」

 

 首と体を切り離された鬼は灰となるようにぼろぼろと崩れ落ちていく。

 それに違わずこの鬼も塵に還っていった。

 

「終わったかぁ……ふう、っとと……」

 

 鬼に止めを刺したことで少し安心して気が緩んだのか、その体が微かに揺らぐ。

 軽くではあるが疲労感と目眩から頭を押さえる。

 これがめまいが自身を弱いという理由の一つでもある。

 先ほど鬼が言ったように、そして自分でもわかっているとおりめまいは弱い。

 ただ、そのあたりにいる一般的な鬼に負ける程弱くはないというだけだ。

 

「……さて、依頼はこれで完了だし帰ろうか。思いの外早く終わって良かった」

 

 気持ちを切り替えるためにそうわざと声に出して自分に言い聞かせる。

 はるはどんな顔で待っているのだろうか。

 心の奥底にある不安が出てこぬよう笑顔を纏い、いつもどおりに軽く愚痴でも言いながら暖かく迎えてくれればいいなぁ、などと考えながらめまいは足を我が家へと向ける。

 




大正コソコソ補足話

はるはこの道場のとても近所に住んでいて、めまいの父のことをお兄ちゃんと慕っていました。子供の頃からずっと道場に通い、才能もあったためめきめきと腕を上げて、めまいの父を除いては道場でも一番強いと言われていました。めまいが生まれた後も道場に通いながらめまいの面倒をよく見てきました。めまいの母が亡くなった後は特にめまいに気を遣って、母親代わりになろうと務めていました。
その後、十八歳になって結婚したことを期に道場に通うことをやめました。それからおよそ一年後に、めまいの父と話をしてこの家で使用人として働くこととなりました。はるは自分としては母親代わりを自認していたため、結婚してこの道場から去ったことについてめまいに罪悪感を抱いています。しかし、めまいははるのことをむしろ年の離れた優しいお姉ちゃんだと思っています。
ちなみにはるという名前は春ではなく「晴」です。

はるは最初は女中としていましたが、なぜかどうもしっくりこないので使用人としました。
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