水は昇り日と共に   作:Ryan2020

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第十話

「はると少し話をしたんだ」

「そうか……」

 

 決心をしためまいは父の元を訪れていた。

 父は何をしに来たのかうすうす感づいていたかのように言葉少なにめまいの言葉に耳を傾ける。

 その父のわずかな緊張感を感じ取りながらもめまいは敢えてなんでもないことのように伝える。

 

「だからわたしは諦めることを諦めることにしたよ」

「ああ、お前ならそうするかもしれないということはわかっていた」

 

 父もその意味は理解していた。

 その決断はとても過酷な道である。

 数百年続いてきた使命、受け継がれたものを他の誰でもなくめまい自身が果たそうというのだ。

 数百年誰も果たすことができなかったそれを。

 

「……止めないの?」

「止めたいさ」

 

 当然のことだ。

 それがどれほど危険なことかというのは父にさえ痛いほどにわかっている。

 めまいがどうやってその使命を果たそうというのか、その方法については父もわからないし、めまいですらまだどうすればいいかわかっていない。

 しかし、どんなやり方をとるにせよきっとそれには命の危険があるに違いないことはわかっていた。

 父としてはもちろん止めたい。

 だが、それをわかっていて進むというものを無理矢理止めることはできない。

 だから―――。

 

「付いて来い」

「……えっ?」

 

 立ち上がり、刀を手に取ると父は部屋を出て行く。

 その意味に戸惑いながらもめまいもまた刀を取り後に続く。

 庭に出ると刀を腰に携えたまま瞑目してじっと静かに佇む父の姿が目に入る。

 何をするのか、それはわかるがその行動の意味が理解できずに恐る恐るといった感じでめまいもまた向かい合って立つ。

 

「どういうつもり?」

「ただの確認だ」

 

 そう言うと父は刀を抜く。

 父の体はもう相当に弱っており、碌に刀を振るうことは出来ない。

 そのはずだ。

 だが、めまいの前に立つ男の気配は剣士のそれである。

 

「……戦えるの?」

「十秒ならな。―――五秒なら柱とも渡り合える」

 

 その鋭い視線にぞっとする。

 一瞬、ただのはったりなのではないかという淡い期待が脳裏をよぎる。

 その父の言葉が本当なのかどうかはめまいにはわからないが、本当なのだろうという説得力がそこにはあった。

 自分の勘には自信がある。

 ぴりぴりと背中に奔る緊張感が、それは正しいはずだと教えてくれる。

 

「構えろ」

 

 短く言い切られた言葉。

 その言葉に渋々とめまいもまた刀を抜く。

 そしてめまいが構えることを見届けると、父も大きく息を吐き構える。

 その構えにめまいははっと気付く。

 同じ剣を使うもの同士、構えればどんな技がくるのは当然のことではあるが、同じ剣であってもそれは同じ威力ではない。

 先ほどの父の言がただのはったりではないとしたならば、たとえそれがたったの五秒だとしても今のめまいの力量では捌ききることは出来ないだろう。

 だからその父の技を凌ぐために何をさせようとしているのかはわかっている。

 

「……わたし、陸は使えないんだけど」

「いいや、使える」

「どういうこと?」

「お前は覚えていないようだが、お前が虹の呼吸で一番最初に使えるようになったのは陸だったんだぞ」

「嘘!?」

「本当だ。ただその後、体が耐えられなかったお前は倒れてしまい記憶も飛んでいたようだが」

「……それ使えてないってことじゃ?」

「まぁそんなことはどうでもいい。使えないというのなら今この瞬間に使えるようになってみせろ」

「ちょっと待っ―――」

 

 ―――虹の呼吸漆ノ紫、入相乱れ藤。

 止める間もなく父のその刀が紫に染まる。

 来るのは連撃。

 それは間違いなくめまいの想像を超える威力と速さを持っている。

 そしてそれを耐え抜く技は一つしかない。

 そのわずかの思考の間に反射にも似た速度で咄嗟に大きく息を吸う。

 次の瞬間には父はめまいの間合いの内に入り込み体を回転させると共に強烈な剣を振るう。

 

「―――っ!」

 

 ―――虹の呼吸陸ノ青、天穹。

 嵐のように降り注ぐ連撃を、相手の気配を読み、攻撃の全て見極める。

 脳裏をよぎるのはついこの間見せてもらった絶技、とある剣士が編み出した拾の次。

 よく似たその技をなぞるようにその一瞬でその連撃の全てを飲み込んで逆らわずに受け流す。

 虹の呼吸の中で唯一の完全なる守りの型。

 永遠とも刹那とも言えるその五秒間、柱に匹敵すると語ったその剣技をそれをもってめまいは無傷でやり過ごす。

 

「ほうら、出来るじゃ、ないか……ごほっごほっ」

「む、無茶しない、でよ……げほっ」

 

 本当に出来た、という驚きよりも先に苦痛が奔る。

 両者無傷であるはずなのに、共に口元から零れ落ちる血がそれが一瞬であったとも死闘であったことを物語っていた。

 慣れない技を使い肺は痛むし、その衝撃に腕は震えているし、集中しすぎたせいで目も痺れている。

 どちらが、というならば父の方がより重傷ではあるのだが、めまいの方が精神的な疲労は大きい。

 

「父さん……。だいじょうぶ、なの?」

「心配するな。この感じならば経験上二、三日寝込む程度だろう。……悪いが、後ではるに世話をかけると伝えておいてくれ」

「わかったけど……」

 

 それはだいじょうぶと言えるのだろうか。

 こう父が言うからには本当に二、三日は寝込むのだろう。

 刀を鞘に納めながらぽつりと、そしてはっきりと父は呟く。

 

「―――水は低きから高きに流れる」

「それは……」

 

 その言葉はめまいも当然知っている。

 使命とともに伝えられているというご先祖様の言葉だ。

 一度は地に落ちた水が空へと昇り、やがては太陽へ届くという意味をもつ。

 だが今その言葉がどういう意味を持つというのだろう。

 父の顔が一瞬悲しみに歪み、大きく息をつくと覚悟を決めたように言葉を続ける。

 

「お前は道を決めた。であるならばどれほど苦しくあろうとも前へと進むしかない」

「うん」

「そしてその先には死が待っている」

「……うん」

「それでは何も果たせない。ならばこそ発想を変えろ。道の先が死なのではなく、まず死んで、その死の後に道が始まるのだと」

「……うん?」

「その程度のことが出来ないならば水は空へは昇らない」

 

 わかるようなわからないようなその言葉に、めまいは頷くことしかできない。

 そう言われてみればそれが正しいような気がしてきた。

 

「……俺と違ってお前には才がある」

「…………は?」

 

 そんなはずはない。

 あらゆる能力において父の方が上であることをめまいは知っている。

 だからこそめまいはずっとそんな優秀な父に劣等感を持っていたし、常に心の奥に焦りを燻ぶらせていた。

 だが、父はそんなめまいの想いを苦笑いで否定する。

 

「俺はただ教わったことをうまくこなせただけに過ぎない。そこから先へ進む道を見つけることも作ることもできなかった」

「……わたしにそれができるって?」

「できる」

「その根拠は?」

「俺では死まで辿り着けなかった」

 

 それは事実だった。

 水が低きから高きに昇り、昇れば昇るほど天へ近づけば近づくほど死に近くなる。

 ことあるごとにめまいは言われ続けてきた。無茶をすればお前は死ぬ、と。

 それは逆に言うならば、少しばかりの無茶をすればいつでも死ねるということでもある。

 それとは反対に、なんでもこなせてしまう父は無茶のやり方がわからなかった。

 どうすれば死ぬかわかっているめまいと異なり、父は苦しくともそこまでの危機感を抱くことはなかった。

 それはつまり、進むべき方向がわからなかったということである。

 どこへ進めばいいかわかるということ、それこそがめまいの才能であると。

 

「ゆくがいい。お前の望むままに」

「……はい!」

 

 

 

 

 

  第十話 友

 

 

 

 

 

 父の元を訪れた後、体を幾日か休めた後、めまいはとある人物を訪ねようとしていた。

 

「ごめんくださーい」

 

 そう言って玄関先でめまいが来訪を知らせると、それを出迎えるために出てきたのは意外な人物だった。

 

「まさか貴女が訪ねて来るとは思ってもいませんでした。驚きましたよめまいさん」

「わたしもしのぶちゃんが出てくると思わなかったから驚いてるよ」

 

 この家―――蝶屋敷の主は当然ながら胡蝶しのぶであるが、来客をわざわざ自身で出迎えるようなことはあまりない。

 いつものようにアオイが迎えてくれると思っていためまいには予想外だった。

 しのぶにとってもまた、めまいがここを訪れることは予想外であった。

 不死川実弥との揉め事を経て、さらには煉獄杏寿郎のこともありめまいの心は完全に折れたのではないかと思っていた。

 おそらく、もう戦うことなどなく家に引き篭もるものだろうとあたりをつけていた。

 だからこそ、どういう心境の変化があったのかは知らないが、また立ち上がり前へ―――死へ進んでいることは驚嘆すべき事実だった。

 

「しのぶちゃんとはあれきりだったし、きっとそう思ってるだろうからちょっと挨拶にね」

「ああ、それはわざわざありがとうございます。……本題は別でしょうが、それも嘘ではなさそうですし」

「うん、色々お世話になったし迷惑も掛けちゃったしね。……礼儀というかなんというか」

「まぁなんでも構いませんよ。アオイたちも気を揉んでましたし、安心するでしょう。カナヲも喜びますよ」

「……カナヲちゃん、も?」

「ええ、カナヲもです」

 

 それはどうにも想像がつかない。

 もちろんカナヲは感情がないわけではなく、それについて鈍くなってしまっているだけだというのはめまいにもわかっている。

 昔、少しばかり剣を教えた仲でもあるし、心配してくれていたということはありえないことなどではない。

 だが、それを顕にするカナヲには想像がつかない。

 もちろんそれが本当であるならそれはめまいにとっても喜ばしいことであるが。

 話もそこそこにとりあえず上がるようにと勧められ、屋敷に入るとまずアオイにあいさつをする。

 

「めまい様! お元気そうでなによりです」

「心配掛けちゃったみたいで。でも、ありがとう」

 

 嬉しそうに駆け寄って来てくれたアオイに笑顔でめまいは礼を言う。

 その様子からよほどの想いがあったのだろうと嬉しさとともに申し訳なさが込み上げて来る。

 それを証するようにアオイの笑顔がわずかに歪む。

 

「本当に……良かったです。しのぶ様からはきっとめまい様はもう戦えないだろうと聞いていたので、その……」

「ああ、そっか……。アオイちゃんにも思い出させちゃったんだね。ごめん……」

「い、いえ。私のことなどいいのです。ただ、私のようには……あっ、でも……」

 

 アオイは最終選別で生き残ったものの、その後は恐怖から鬼と戦うことができなくなってしまったという過去を持つ。

 その負い目があるため真面目なアオイはときおり卑屈になってしまうことすらあった。

 だからこそ、めまいがそんな自分のようになってしまうかもしれないことをとても悲しく思っていた。

 ただ、それを口に出しかけて、それ―――戦いを続けるということはめまいに命の危険をもたらすものであると思い出して慌てて口を噤む。

 それを本当に良かったと言ってもいいものか。

 その様子にめまいもまた少し申し訳ない気分になり、アオイを安心させるように優しく微笑む。

 

「うん、どうなるかはわからないけど、とりあえず覚悟は決まったから……。だいじょうぶだよ」

「……っ。はい!」

 

 めまいの想いを受け取り、目の端にわずかに涙を浮かべながらアオイも笑顔を作る。

 やはりアオイにはこうであってほしいな、とめまいも一つ頷く。

 ただ、なんとなくだがアオイの様子が以前とは少し変わったのでは、という違和感を覚えた。

 その笑顔に前向きさのようなものを感じ取ることができた。

 部屋の奥へ進むと、きよとすみとなほにも同じように歓迎の声を上げられた。

 さすがにアオイとは違ってめまいの事情などについては一切承知していなかったため、単純に歓迎という意味のものだった。

 その後、しのぶに連れられてカナヲの元へと顔を見せる。

 カナヲはめまいが訪れたことの気配はすでに察知していたのか、特段驚いた顔を見せはしなかったが、その表情が僅かに変わったことにはめまいも気が付いた。

 その意味が、しのぶが訪れたことによるものなのかめまいが訪れたものによるものなのかは判別がつかないが、その嬉しそうな顔はめまいにとっては驚きだった。

 ちらりと横に立つしのぶの表情を窺うとどうだと言わんばかりにいつも以上の笑顔を浮かべる。

 もう一度カナヲの方に目を向けると不思議そうにこちらの様子を窺っていた。

 その様子は全てがどうでもいいとぽつんと語っていた以前とはまるで別人にすら見える。

 もちろん、それは本来のカナヲにより近づいているということなのだろうが。

 

「……ちょっと興味が湧いたかな」

「どういう意味ですか?」

「カナヲちゃん、ちょっとだけ剣を合わせてみない?」

「……?」

 

 カナヲはどうしたらいいかと尋ねるようにしのぶに視線を向ける。

 しのぶはそれについて答えるつもりはないというようにいつもと同じ笑顔で返す。

 何がなんだかわからないといったように視線をさまよわせると、いつもと同じく銅貨を取り出そうとして手を止める。

 

「……わかりました」

 

 その返答に今度こそめまいは驚愕する。

 これまでのカナヲであればこの場面、間違いなく銅貨を投げて表裏で意志を決めていたはずである。

 あくまでもめまいの提案に頷いただけではあるが、それをせず自身の意志を示すということは以前のカナヲには出来なかった。

 

「道場……は汚しちゃうとあれだから庭をちょっと借りていい?」

「庭を汚されるのも困りますけど。……汚すということは使うんですか?」

 

 何の話だろうかときょとんとした瞳を向けるカナヲになんでもないよと言うように笑顔を向ける。

 だがカナヲにはその意図はわからなかったのか小首を傾げるにとどまる。

 

「あ、木刀借りてもいい?」

「構いませんが、珍しいですね。貴女が木刀を使うのは」

「うん、ちょっとね」

 

 そう言ってめまいはカナヲにちらりと目をやる。

 しのぶはどういう意味だろうかと考えるが、その答えはわからなかった。

 しのぶの言ったとおり、稽古のときであってもめまいが木刀を使うことは珍しい。

 もちろん普段行っている子供たちへの剣の指導などではさすがに真剣でなく木刀を用いているが、隊士相手の指導では可能な限り真剣で相手をする。

 それは特にこだわりがあるというわけではなく、単にそちらの方がやりやすいという感覚的なものが理由ではあるが。

 

「たぶんカナヲちゃんが本気出せないと思うから」

「……ああ、なるほど」

 

 その答えには納得がいった。

 昔、めまいが剣を教えていたころとは違い、現在のカナヲは格段に強くなっている。

 まともに戦ったならばどちらが勝つかは明らかである。

 そして当然のことながらそれをカナヲもわかっている。

 だから、カナヲがめまいに向けて本気で真剣を振るうことは難しいであろうと思ってのことなのだ。

 

「この辺りでどうぞ」

「うん、ありがとう」

 

 しのぶに案内された庭でめまいとカナヲは向かい合い木刀を構える。

 

「本気で行かせてもらうから気をつけてね。―――行くよ」

「……っ」

 

 その勝負は一瞬。

 ―――虹の呼吸肆ノ緑、東南風・襲。

 ―――花の呼吸弐ノ型、御影梅。

 めまいは高速でカナヲの周囲を駆ける。

 そして突進からの連撃、一瞬で繰り出された同時とも思える速度の剣、それをカナヲはその場で迎え撃つ。

 それはカナヲの知るめまいの速度と比べれば桁外れのものであったが、その緑色の閃光のような剣の全てを受け止める。

 だがそれまで。

 多少の油断はあったもののそれを受けきることはできた、が受けきることに精一杯で反撃をする余裕はカナヲにはなかった。

 終わってみればどちらも無傷。

 だが跳び下がって膝をついためまいは咄嗟に口元を押さえて大きく息を吸う。

 一瞬だけそのままの体勢で固まると、何事もなかったかのように立ち上がり剣を下げる。

 それを終わりの合図と受け取ったカナヲもまた緊張を解き剣を降ろす。

 

「やっぱり強いね、強くなってるのはわかってたけど思ってたよりもさらに強くなってる」

「……ありがとうございます」

 

 それはカナヲも同様に思っていた。

 確かにカナヲはめまいに剣を教わったこともあるが、そのとき教えられたのは剣の基本的な振り方だけであり、そのとき見せられたのも水の呼吸の型であった。

 それとは違う呼吸であったというだけでなく、その速度も威力もカナヲの想像を遥かに超えていた。

 それを見届けたしのぶがぱんと一つ手を叩く。

 

「なかなか見ごたえがありましたね。……それにしても今日は血を吐かないんですか?」

「成長したでしょ? ……と言いたいところだけど半分はたまたまかな。できちゃったって感じ」

「……ちなみにどうやったのですか?」

「そうだなぁ……。今までは呼吸のときぐわって感じだったんだけど、ぐってしてぐわぁーって感じで体にぐぐぐってするようにしたの」

「あぁ、なるほどなるほど……。貴女はそういう感じの人でしたね」

 

 そういえばとしのぶは思い出す。

 めまいは基本的な剣の指導であればとても理論的で丁寧なものなのだが、呼吸を使ったこととなると途端にこう感覚的なものになるのだ。

 なぜそうなるのかは理解不能ではあるが。

 

「……まぁいいでしょう。それで、確認したいことはわかりましたか?」

「あぁ、わかってたのね。うん、とりあえずだいじょうぶかな。カナヲちゃんもありがとうね」

「……」

 

 その言葉にカナヲは頷くことで答える。

 その表情には多少の驚きと満足感のようなものが感じられた。

 めまいの懸念はそこであった。

 カナヲが多少とは言え感情を取り戻した。

 それ自体はめまいにとっても喜ぶべきことではあったが、それは全てにおいて手放しで喜べるものではない。

 例えば、今まででは何の苦もなく冷静に対処できていたことが、感情に揺さぶられることで咄嗟には対処できなくなるということもあり得るだろう。

 急な自身の変化に感情を制御できなくなってはしないかということが少しばかり心配だったのだ。

 だが、今の手合わせを見る限り、想定外の事態に多少の油断や慌てることはあったが難なく対処できていたように見える。

 

「ただ、一つだけ」

 

 そうしてめまいが声をかけるとカナヲはわずかにだけ首を傾げる。

 

「きっとあなたはまだ感情の制御に慣れていないだろうから、いつかその時が来ると思う。激情に振り回されそうになる時が」

「……」

「そんなときは頭ではなくて心を燃やしなさい。そして心を燃やして頭で考えなさい。……と、まぁ偉そうに言ったけどなかなか難しいんだよね、しのぶちゃん」

「はぁ、まぁ難しくはありますね。カナヲ、参考程度で構いません」

 

 めまいの言葉を噛み締めるように聞いた後、しのぶの言葉に軽く頷く。

 そして、舞い上がって服についた埃を払うと三人は再び部屋へと戻る。

 

「それで、本題は何でしょうか?」

「本題? それって……ああ、今日来た理由だっけ? 炭治郎くんに会いに来たんだ。ちょっと聞きたいことがあってね。ここでまた療養してるって聞いたんだけど」

 

 その言葉にぴくりとカナヲが反応する。

 それにめまいは気付くもその理由はわからない。

 なんだろうか、と軽く疑問には思うが、差し迫った問題があるわけでもなさそうなので気にしないこととする。

 

「残念ですが炭治郎くんはもうここにはいないですね。刀鍛冶の里に刀をもらいに行ってますよ」

「え? どういうこと? わざわざ?」

 

 刀鍛冶の里の場所は基本的に秘匿されている。

 少なくとも一般の隊士には知らされることはなく、めまいもその場所については知らされていない。

 行くことが禁止されているわけではないが、そのためには目隠しをしたり、案内を乗り継いだりなど複雑な規則がある。

 日輪刀はそこにいる鍛冶師が打つが、届けに来るのが大抵の場合であり、わざわざ自分から取りに行くということはあまりない。

 

「詳しくは聞いていませんが、どうも鍛冶師の方がどうも気難しい方らしく……。ですのでしばらく掛かるかもしれませんね」

「そっかぁ……。うーん……」

「炭治郎くん、ということは……ああ、ひょっとして『日の呼吸』ですか?」

「あれ? しのぶちゃんも知ってるの?」

「以前に炭治郎くんに尋ねられたことがありまして。……実は、炭治郎くんもあなたの元にそれを尋ねに行こうとしていたんですよ」

「えっ? そうなの?」

「ええ、どうも煉獄さんから呼吸のことであれば貴女が詳しいと聞いていたらしく」

「杏寿郎くんが? そっか……」

 

 確かに煉獄杏寿郎であればめまいの家のことをある程度わかっているため、呼吸についての研究が進んでいることを知っている。

 槇寿郎ですら日の呼吸についての知識はそれほどなかったことから考えるに杏寿郎もおそらくは日の呼吸のことをほとんど知らないだろう。

 だとすればめまいに聞くことを勧めるのは容易に想像ができた。

 

「ただ、貴女の精神状態を鑑みて今はやめておいた方がと止めてしまいました」

「……あー、確かにそうだったかも。優しいねしのぶちゃん」

「そうでしょうか?」

「うん、まぁしのぶちゃんの心配どおりその頃のわたしはちょっと、ね……うん。ありがとう」

 

 杏寿郎から聞いたということは、その頃というのはめまいが最も塞ぎこんでいた頃で間違いない。

 しのぶの懸念は的中していたと言って間違いない。

 そのとき炭治郎にあって日の呼吸について尋ねられたら自分はどうしただろうか、と少し考えてみるも碌な結果にはならなかっただろうな、ということしかわからない。

 

「それで、どうします? 炭治郎くんを追って里まで行きますか?」

「さすがにそこまでは……。またしばらくして帰って来た頃にここに寄らせてもらうね」

「そうですか、連絡しましょうか?」

「ううん、だいじょうぶだよ。……さて、それじゃあ帰ることにするね」

「そうですか、では玄関まで」

「カナヲちゃんも、頑張ってね!」

 

 ぺこりと一礼してカナヲはしのぶの後に続くめまいを見送る。

 玄関を出たところでめまいは口を開く。

 

「カナエちゃんはいつも言ってたもんね、大丈夫って」

 

 しのぶは一瞬だけ何のことだろうと考え、すぐにカナヲのことだと理解して頷く。

 

「……ええ、きっかけさえあれば人の心は花開くって。……それはあなたもですか?」

「まぁ……そうだね」

 

 きっかけが何かと問われれば難しい。

 元々心の奥で燻ぶらせていた想い、それを揺り動かされた事象は多い。

 不死川実弥や煉獄杏寿郎の件、そしてはるの言葉、父との対話だって原因の一つではあるはずだ。

 きっとそのどれかではなくどれもだ。

 

「まぁそれが貴女にとって良いことであるかどうは少しばかり疑問ですけどね」

「そうかな? わたしはそうは思わないけど」

「だって死にますよ?」

「うん、わかってるよ」

「頭大丈夫ですか?」

「それはしのぶちゃんでしょ?」

「…………」

 

 しのぶの表情から笑顔が消える。

 どんなときでもずっと笑顔を保っていたしのぶの真剣な顔を見るのは久しぶりだな、とめまいは懐かしい気分になる。

 こんな顔を見るのはいつぶりだろうか。

 これはきっと胡蝶カナエの遺志を継いだ柱の顔ではなく、ただの妹である胡蝶しのぶの顔なのであろう。

 姉から受け継いだ想いではなく、妹としての想いを叶えるための顔。

 

「もしかして気付いてないと思ってた?」

「はぁ……これが類は友を呼ぶと言うやつなのでしょうか。悲しい話ですね」

「わたしはしのぶちゃんには死んで欲しくないんだけど」

「私だって貴女には死んで欲しくありませんけど」

 

 ほんの少しだけの沈黙と、視線での会話。

 

「死なないでね」

「貴女の方こそ」

 

 最後に心からの笑顔を浮かべ手を振り、めまいは屋敷を後にした。

 

 

 

 




大正コソコソ補足話

虹の呼吸は日の呼吸に辿り着くために、あくまで水の呼吸を「派生」させたものなので型自体も水の呼吸と近いものになっています。
例えば壱の赤、唸り紅炎は水の呼吸陸ノ型、ねじれ渦に類似したものとなっています。もちろん、めまいは水の呼吸は伍ノ型までしか使えないため、陸ノ型は使えないはずなのですが、虹の呼吸としてならこれを使うことができます。これは使えないものを使えるようにするという意味で当初の理念にも適っている部分でもあります。
この虹の呼吸の型については一人が生み出したものではありません。開祖である男が未完成の壱ノ赤の形を作り、その娘が壱弐参を作り上げました。その後、子孫たちによって虹の呼吸は一応の完成を見ました。


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