―――初めまして、あなたがめまいさんかな?
「初めまして、天泣めまいと申します。よろしくお願いします」
―――今日はあと三人ほどの隊士と合同任務になるから。あ、でも見つけるのは大変そうだけどそれほど強い鬼じゃないらしいから安心して。
「はい、話には聞いていますので頼りにしています。胡蝶さん」
―――うん! 任せて!
―――あ、めまいちゃん。久しぶり。
「お久しぶりです、胡蝶さん」
―――今日は、任務の帰りみたいだね。怪我はなさそうね。
「はい、お蔭様で。色々とご指導頂いたこと感謝しています、ありがとうございます」
―――うーん、そんなにたいしたことは教えてないと思うけど。
―――めまいちゃん、お館様のところに来てたんだね。
「はい、産屋敷様とは以前からお付き合いさせて頂いていますので」
―――そうなの? 知らなかったわ。あ、前に言ってた一族でご先祖様からのって話なのかな?
「そうですね。昔からお互いに協力してきたらしいです」
―――めまいちゃん、前に言ってた話はどうかな?
「前に言ってた話? ……なんだっけ?」
―――もう! 覚えてないの? 遊びにおいでって言ってたでしょ?
「あ、ああ。その話? カナエさんの家にって話だったかな。もちろん覚えてるよ。近くに寄ったらって思ってたけどなかなか機会がなくて」
―――そんなものなくてもいつでも来てくれていいのよ?
―――めまいちゃん、妹もめまいちゃんに会いたいって言ってたわよ?
「う、うーん、それはちょっと嘘っぽいな」
―――どうしてそんなに頑なに嫌がるの?
「別に嫌がってるわけじゃないんだけど、わたしも最近ちょっと家を継いだりで忙しくて……」
―――え? もうめまいちゃんが継いでるの? すごい!
「いや、すごくはないよ。前からそう決まってたことだし……むしろ先伸ばにしてたくらい」
―――それでもすごいわよ、うちの妹と同い年なんだよね。
「カナエちゃんのほうこそ、もう柱になるんじゃないかって聞いたよ?」
―――そうなのよね。それはちょっとびっくりしてる。
―――めまいちゃん、柱になってお屋敷を頂いたからお祝いに来てちょうだい。
「いやカナエちゃん、その理屈はちょっとおかしいんじゃ……」
―――いいの! 大きな屋敷みたいだし、ちょっと寂しいわ。
「はぁ……わかったよ。今はちょっと忙しいから来週ね」
―――うん、待ってる!
「すみませーん」
「はい、どなたでしょうか?」
「あ、初めまして、天泣めまいと申します」
「あ、これはどうもご丁寧に。私は胡蝶しのぶです」
「はい」
「それで本日はどのような御用でしょうか?」
「え? あれ? ……カナエ、さんはいらっしゃいますか?」
「ええ、姉はいますが。鬼殺隊の方、ではないですよね?」
「ええと……はい、隊士ではないのですが、あの―――」
―――あ、めまいちゃん来てくれたの?
「いや、カナエちゃん……。妹さんに全然話通ってないじゃない……」
―――ごめんねー。そういえばしのぶに伝えるの忘れてたわ。
「すみませーん」
「めまいさん。……最近よく来ますね」
「あ、しのぶさん。どうもカナエさんが会う度に来いと言うので……。最初は人付き合いの少ないわたしに気を遣ってくれてるだけなのかと思っていたのですが、どうも……」
「ああ……、まぁ姉はああいう人ですから」
―――また来てくれたの? 嬉しいわ!
「ごめんね。こんなにお邪魔しちゃって」
―――いいのよ。いつでも気軽に来てくれれば。
「姉さん……あまり無理強いするのは迷惑よ」
―――そんなことないわ。めまいちゃんも喜んでくれてるもの。
―――ごめんね、無理に頼んじゃって。
「ううん、むしろどちらかというとこっちの方が仕事の範囲だから」
―――こっちよ。……ほら、この子がカナヲよ。どう? 可愛いでしょ!
「う、うん。まぁとても可愛いとは思うよ」
―――でしょ? それでね、この子に剣を教えてほしいの。
「いいの? 剣を教えるつもりはないって言ってなかった?」
―――そうなんだけどね。興味を持ってるみたいだから無理に遠ざけるのも……。だめ、かな?
「それはもちろん構わないんだけど、だったらカナエちゃんが教えた方がいいんじゃ……?」
―――カナヲはとっても目がいいの。だからね、めまいちゃんの綺麗な剣を教えておきたいの。
「うーん、言いたいことはわかるけど。……カナヲ、ちゃんはそれでいいの?」
「……」
―――カナヲもいいって言ってるわ。
「なんだかなぁ……」
「あ、カナエちゃん、しのぶちゃんはいる?」
―――え? 私に会いに来てくれたんじゃないの?
「え、うん。父さんの薬を貰いに来たんだけど」
―――じゃあ、いない。
「姉さん!」
「あ、しのぶちゃん。いつもごめんね」
「別にいいわよ。でもいいの? ちゃんとしたお医者様に薬もらったほうがいいんじゃ?」
「……まぁ、薬で治るようなものでもないし、だったら事情を知っていてくれてる人の方がいいかな、って」
「それでいいんなら……私としても自分の薬を見てもらえるのは助かるけど」
―――話は後でいいから、とりあえず上がってゆっくりしていったら?
「うーん……じゃあお邪魔させてもらおうかな」
「すみませーん」
「あ、めまい様、何か御用でしょうか?」
「アオイちゃん、元気にしてた? あの三人の子も?」
「はい、お蔭様でみんな元気に過ごさせていただいています」
「うん、それはよかった。今日はちょっと近くまで来たから遊びに来ただけなんだけど、カナエちゃんいるかな?」
「はい、カナエ様は―――」
―――いらっしゃい、めまいちゃん! 待ってたわ。
「うーん、まぁ行けるかも、とは言ったけど。絶対じゃないんだからそんなに心待ちにされても困るよ」
―――いいのよ。その方が楽しいし。
「まぁ、いいんだけど……しのぶちゃんとカナヲちゃんもいる?」
―――もちろんいるわよ。どうしたの?
「ちょっと剣を見ておきたくて。特にカナヲちゃんの方」
―――私のは?
「いや、カナエちゃんのはちょっと……」
―――えー。
「……遅れてしまってごめんなさい。やっぱり家族の中に入っていくのはちょっとだけ気後れしちゃって……。カナエちゃんはきっとそんなことないよって言うだろうけど」
「―――ええ、姉ならきっと貴女にも一緒に来て欲しいと言ったでしょうね」
「……しのぶちゃん」
「別にそんな顔をする必要はありませんよ。貴女がどう考えていたのかもわかってますから。だからこうしてこっそりとお墓参りに来たのでしょう」
「そう、だけど……。どうしても、ね。こうすべきだと思ったけどそれでもなんとなくみんなに悪い気がして」
「言いたいことはわかります。ですが、まぁアオイたちは貴女に居て欲しいと思ったでしょうけどね」
「だよね、ごめん……」
「いいですよ、お気になさらず」
「ねぇ、しのぶちゃん……? それ、何してるの?」
「それ? なんのことでしょう?」
「それ、止めなよ。……カナエちゃんにでもなったつもり?」
「私は姉の意志を受け継ぐことに決めました。それだけです」
「駄目だよ、そんなの……。カナエちゃんが好きだって言ってたしのぶちゃんの笑顔ってそんなのじゃないでしょ? それじゃあしのぶちゃんが苦しいだけじゃない……」
「苦しくなんてありませんよ。姉の想いを叶えることは私の夢でもあります」
「しのぶちゃん……」
「そんなに泣きそうな顔をしないでください。私が悪いことしてるみたいじゃないですか」
「カナエちゃんはそんなこと願ってないよ。むしろ……」
「ええ、もちろんわかっています。でも私はこうすることに決めました。―――たとえ姉さんが反対するとしても」
「だけど! カナエちゃんはしのぶちゃんに―――」
「こんなことをされて普通になんて生きられるわけないでしょ! じゃあ、貴女はそう言われて剣を捨てられるの?」
「…………」
「……でしたら私のことも放っておいてください」
第十三話 生還
「……ここは?」
目を覚ましためまいは呟くとすぐに自分の居場所を把握した。
ここは蝶屋敷だろう。
あんなにも懐かしい夢を見ていたのはそのせいだろうか。
意識を失った自分を炭治郎、あるいは応援に駆けつけてきた誰かが運んでくれたのだろう。
その辺りのことには想像がつくのだが、むしろめまいとしては自分がいまだ生きていることに驚きを覚えた。
ぼやけた頭で浮かぶのはなぜ、ということだけだ。
もしかしたら自分はまた失敗してしまったのだろうか。
でも、あの時は確かにやりきったという手応えを感じたはずである。
それから、問題はないはずではあるが、あの後炭治郎がどうなったのかということも気にかかる。
「―――めまい様! 目を覚まされましたか?」
「ああ、アオイちゃん。……また迷惑かけちゃったね」
「いえ、そんなことはいいんです。良かった……。炭治郎さんからとても強い鬼と戦ったと伺いました」
「炭治郎くん、は?」
「炭治郎さんは怪我も軽かったので、もう全快して今は柱稽古に参加しています」
「そう、良かった……。それさえ聞けれ、ば……」
その言葉を最後にめまいは再び眠りに就く。
今のめまいからすれば最も優先すべきは炭治郎であり、その無事こそが気にかかるところであったのだ。
だからこそそれを聞くことができ安心して眠りに就くことができたのだ。
だが、めまいの体の傷は大きく、その後もしばらく目を覚ますことはなかった。
とはいえ、一先ず峠は越えた状態であり、よほどのことがなければその内に目を覚ますであろうことはみながわかっていた。
そして、そのときは唐突に訪れた。
めまいは跳ね起きると服を着替えて刀を手に取る。
「ど、どうしたんですか!」
その物音に気付いたアオイが大慌てで部屋に飛び込んでくる。
目に飛び込んできた想定外の様子に目を剥く。
何が起こっているのか理解できないとでも言わんばかりに口を開こうとするも言葉が出てこない。
「ごめんね」
「―――っ! 何をしているんですか! まだ起き上がれるような状態じゃないはずです!」
「うん、そうかもね……。でも今行かなきゃ」
「どうしてです? 今は何も起こってません! みんな柱の皆様とともに稽古しているところですよ?」
「なんでだろうね。だけど、なんとなくわかるんだ」
鬼の動きが少なくなってきたことはアオイも聞いていた。
その発端が太陽を克服した禰豆子であり、次にくる大きな戦いに備えているのだろうこともわかっていた。
だからこそ、柱を中心に皆を鍛えてこちらもそれに備えているのだ。
だというのならば、そのめまいの言葉が意味するものは一つしかない。
それに気付いてアオイも思わず息を飲む。
「―――アオイ」
その鋭い言葉にアオイはびくりと身を竦める。
一瞬、顔を伏せた後、覗き込むようにおずおずとめまいに視線を向ける。
今まで聞いたことのないような冷たい言葉にこれは本当にあの人なのだろうかと若干の恐怖すら覚える。
「あなたがすべきことはわかってる……?」
「私が、すべきこと?」
「そう、あなたがすべきこと。それはあの三人を守ること」
―――守る。
「……それは」
―――それは一体何から?
口を出そうになったその言葉をぎりぎりで飲み込む。
その理由は単純に恐ろしいから。
もしも口に出してしまったならばその状況を想像させられてしまい、きっと恐怖に囚われ何も出来なくなってしまうだろうから。
「アオイ」
もう一度発せられた短い言葉。
再び体を震わせる。
言わないで欲しい。
そこから先の言葉は絶対に聞きたくないから。
「ここから先、戦いはどうなるかわからない。何が起こるかわからない。だから―――ここに鬼が来ることもあるかもしれない」
「……やめて」
「そうなったときにあなたはあの三人、きよとすみとなほを死んでも守りなさい」
「―――やめてくださいっ!」
アオイの足ががくがくと震える。
頭の中は茹だってしまったように意識が朦朧としてふわふわとし、その目から涙がこぼれる。
「想像してみなさい。そうしないと……戦わないとあなたは死ぬよりも苦しむことになる」
その言葉にかつて見た鬼の姿が浮かぶ。
その鬼があの子たちを襲うのだ。
それを自分は助けることもできずただ喰われる様を眺めている。
「―――いやっ!」
もう聞きたくないと悲鳴を上げて耳を押さえて顔を伏せる。
めまいはそんなアオイのことをそっと抱きしめる。
「……ごめんね。アオイちゃんには辛いことを言ってるのはわかってる。でも、きっとわたしはもうここに帰って来られないから……。だから」
そう言って抱きしめていた体をそっと離すと、アオイは泣きながら顔を上げる。
目の前にいるこの人が意地悪や嫌がらせでそんなことを言っているのではないことは当然わかっている。
言っている通り、この先どうなるのか本当にわからないのだ。
「無理です。私は……私は恐ろしくて戦いに行けなくなった腰抜けです。鬼と戦うなんてとても……」
「できるよ。アオイちゃんなら。人には出来ることと出来ないことがあるだけ。アオイちゃんは強い子だから、守るためならきっと戦える。あの子たちのためなら」
「そんなこと……」
「だいじょうぶだよ」
そういうと微笑みながらめまいは優しくアオイの頭を撫でる。
「覚えてる? 昔のこと」
「……昔、ですか」
「昔、あの頃にアオイちゃんにも少しだけ剣を教えてあげたこと覚えてる?」
「……はい」
「アオイちゃんは真面目な子だから、きっとわたしの言ったことを今でも練習してたりしてるんだろうね」
「……はい」
めまいは昔、仕事ではなく遊びにこの屋敷を訪れた際に、恐怖から任務にいけなくてひどく落ち込んでいるアオイを見かねて剣を教えたことがある。
正直なところそんなことは余計なおせっかいかもしれないとは思っていたが、アオイにとっては藁にもすがるような思いで剣を学んだ。
結局、アオイはその後も任務に出ることはなかったが、心の奥底にはその頃に学んだことや、めまいからもらった優しさも覚えていた。
だから―――。
「私には、自信がありません。きっとそのときになれば怖くてたまらないと思います。でも」
「……うん」
「私のことは信じられませんが、めまい様のことは信じています」
「アオイちゃん」
涙を流しながらじっと見つめるアオイの目に戻った光を嬉しく思い、めまいはもう一度微笑む。
きっともうだいじょうぶだ。
何が起ころうとも、どんな困難が立ちはだかろうともきっとアオイはそれに立ち向かい未来を切り開いてくれる。
これでいい。
アオイのためにめまいがやってあげられることはそう多くない。
「本当に……」
「ん?」
「本当に、もう帰って来ることはできないのですか……?」
寂しそうな表情を浮かべながらアオイはぽつりと呟く。
今まで世話をしてきたアオイにはめまいの負傷は癒えておらず、いまだ動くことすら容易ではないということはわかっている。
それは質問ではなくそれを否定してほしいという願いだった。
めまいにはそれに応えてあげることはできず、申し訳ないという思いはありながらも苦笑を浮かべることしかできなかった。
めまいは生きて帰り、それだけでなく他のみんなも誰一人欠けることなくここへ帰ってくる。
そんな大団円が迎えられるならばこれ以上のことはない。
めまいとてそんな幸せな結末を思い描かないではない。
胸に手を当てて一つ大きく息をつく、それだけで体中を激痛が駆け巡る。
先の戦いでの負傷もあるが、それよりも自らの技の反動で受けた傷の方が遥かに大きい。
とても戦闘に耐えられるような体ではないことは自分が一番わかっている。
それ以前に、そもそもの問題として、めまいにはなぜ自分がいまだ生きているのかすらわからない。
先の鬼との戦いで繰り出した始ノ白、それは死を覚悟して出したというよりも死を確信し納得して出したものだ。
その反動自体は体に深く刻まれており、その部分についてはめまいの予測はそれほど外れているとも思えない。
何がめまいの命を繋いだか、それがわからない以上次に同じことがあったとして生きていられる保証はない。
ここからの戦いは出てくる相手の一体一体が想像を絶するような強さを持っているはずであり、一つ一つがそれこそ命を掛けるだけの死闘となるだろう。
強い鬼に殺されるか、それともめまい自身の技に耐えられないか、どちらになるかはわからないが、生きて帰れる目は限りなく小さいだろう。
だからきっと、これが最後。
―――それでも。
「アオイちゃん、約束するよ。わたしは最後まで諦めない。それと―――しのぶちゃんは絶対にここに生きて還すから」
「めまい様……」
「あの子もきっともう諦めてる。もしかしたらそれは、いやそれこそが正しいのかもしれない。でも……こんなことを言うときっとしのぶちゃんは怒ると思うけど、あの子には幸せになって欲しいんだ」
「……ありがとうございます。それは私たちも同じ気持ちです」
「うん。じゃあ―――行ってくる」
「お帰り、お待ちしています」
アオイが深く頭を下げるとめまいは部屋を飛び出して夜を駆け抜ける。
―――最後の戦いの場へ。
大正コソコソ補足話
めまいが感じたものは戦いの気配というよりも自身の身の危険です。
めまいの性質として勘に優れているということもあり、なんらかの事情に巻き込まれ自分に危険が近づいているというこをなんとなく察しました。その上で自分から戦場に向かおうとしているのは蝶屋敷にいる人間を可能な限り危険から遠ざけるためです。
アオイにはかなり厳しめに言っていますが、これは鬼がここに襲ってくると思っているわけではなく、どちらかというならばここは比較的安全だとおもっています。敢えて強い言葉で言い切っているのはこれが遺言のつもりだからです。