水は昇り日と共に   作:Ryan2020

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第二話

 その男が生まれたのはごく普通の一家であった。

 優しい父がいて愛情に溢れた母がいたごく普通の一家、そこで幸せに成長していくはずだった。

 だが突然にその幸せな日々は終わりを告げる。

 父と母が死んだ。

 まだ幼かった男は詳しいことは聞かされることなく、ただ死んだとだけ告げられた。

 その後、男は以前から付き合いもあり、仲の良かった二つ年上の従兄がいる親戚の家に引き取られることとなった。

 その従兄は母の姉の息子にあたり、共に剣を学んでいる仲であり容姿もどちらかというと似ていたことから周りの人間からも実の兄弟にように見られることとなった。

 元々は剣の腕で鳴らした姉妹であり、その筋では有名であったため、その子である男も従兄も同様にその剣を修めるべく共に鍛錬に励んでいたのだ。

 実際に引き取られた後も、従兄とも実の兄弟と何一つ違わず仲良く過ごしていた。

 そうして年月が流れていく内に二つのものと出会った。

 一つは人を喰らう鬼。

 そしてもう一つは継国縁壱という天才である。

 従兄は才を見出されたこととその縁壱の強さに惚れ込んだこと、そしてその正義感から縁壱に付いて行くことを選んだ。

 男もまたその縁壱の才に惹かれ、兄と慕う従兄と共に並び立ち戦うことを選んだ。

 そうしていくうちに男はあることに気付いた。

 それは縁壱という天才に認められるだけの才が従兄にはあり、そして自分にはそれがなかったということだ。

 男も剣の腕には自信があった。

 敬愛する従兄に遅れを取るまいと修行を重ね、その腕は決して引けを取ることはないはずだとの自負があったし、実際に周りからの評価もそれに相応しいものだった。

 だが、それは逆だった。

 従兄と同じだけの剣の腕を持っていたのではなく、剣の腕だけしか従兄に及んでいなかったのだ。

 縁壱の指導に従って水の呼吸を修めた従兄とは裏腹に、男は水の呼吸のほとんどの型を使うことができなかった。

 呼吸は人によって合う呼吸や合わない呼吸があり、従兄には水の呼吸が適していたが、男の場合はそうではなく、他に適したものがあるというわけでもなく水の呼吸以上に合う呼吸はなかったというだけだ。

 同じように水の呼吸を極められるほどに男と従兄は似てはいなかったが、別の呼吸を使うには似すぎていた。

 必死で努力を繰り返していくうちにやがて男の心の内を絶望が覆うこととなった。

 それは自分の才能のなさではなく、これ以上従兄に付いて行くことができない、共に並び立つことが叶わないという絶望であった。

 その事実を受け入れたとき突如敬愛し兄と慕っていた従兄からお前は所詮他人であると告げられたような気分になった。

 それではいけない。そんな現実だけは認められない。

 ではどうすればいいか、どうすれば以前のように従兄と並び立つことができるのか。

 おそらくどれだけ頑張ろうが従兄と同じように水の呼吸を極めることはできない。

 ふと周りを見回すと男のように劣等感に苛まれている人間は少なくはなかった。

 それは縁壱という才能がもたらした弊害でもあった。

 ある者はその才能に絶望し剣を捨て、ある者は才能に絶望し頭を垂れ、ある者はその才能に絶望し自分の分を弁えた。

 そして、―――ある者は絶望し鬼となった。

 

 そして、男は―――。

 

 

 

 

 

  第二話 鬼を滅する刃

 

 

 

 

 

 めまいはとある藤の花の家紋の家を訪れていた。

 それはよくあることではあるが、どうやらそこには鬼との戦いを終え傷ついた若い隊士が療養しているらしい。

 その体が鈍っているであろう隊士たちに簡単な機能回復訓練とともに少しでもいいから剣の稽古をつけてやってほしいとの産屋敷から依頼があったからだ。

 普段ならば道場にそういった隊士が訪れることはあっても、めまい自身がわざわざ出向くことはそう多くないため、おそらくこれは何か特殊な事情でもあるのだろうかという疑問はある。

 とはいえ今までの経験として、なかったことではないのでそういうこともあるかと簡単に納得してしまった。

 

「話は伺っております。ようこそいらっしゃいました先生」

「先生だなんて……以前も言いましたがわたしは鬼殺隊の人間でもありませんし、そこまで畏まることはありませんよ?」

「そんなことはありません。あなたが剣の先生であることは間違いありませんし、鬼狩りの方々とともに鬼と戦っておられることも存じております。ですのでそれはなんら変わることはありません」

「そう、ですか……」

 

 家の前で家の主である老婆に深々と頭を下げられた上でされた挨拶に思わず鼻白む。

 藤の花の家紋の家の中には鬼殺隊の隊士に対して本当に深い感謝と愛情をもって丁寧に迎えてくれる人間がいるのは確かではあるが、言ったように自分は鬼殺隊の隊士でもない小娘に過ぎないので、そこまでの対応をされると少しばかり気後れしてしまう。

 だがあまりにも強く言ってしまえば押しつけにもなってしまい、そこまでして改めろとも言うほどのことでもない。

 であるので仕方ないかとめまいは渋々とその礼に応じる。

 

「それほど長く滞在する予定はありませんがご迷惑をお掛けします」

「いえいえ、それではご案内します。まずは部屋でお休みになられますか?」

「いえ、隊士の方々の準備が出来ているのであればすぐに稽古に入りたいと思いますが」

「わかりました。申し訳ありませんが家には稽古場のようなものはありませんので裏庭をお使いください。広さは十分にあるかと思います」

「ありがとうございます」

 

 思っていたよりも広かった裏庭に案内されたあと、老婆が隊士を呼んでくるというのでその時間を使って簡単に装備について確認や整備を行う。

 場合によっては持ってきた木刀などを使ってもらわねばならないということもある。

 そうしているとすぐに三人の隊士が姿を現した。

 

「初めまして、わたしの名前は天泣めまい。普段は道場で子供達に剣を教えています」

「初め―――」

「初めましてぇ!! 俺は我妻善逸と言います!! どうぞお見知りおきを!」

 

 三人に挨拶をしたところ一番前に立っていた少年がそれに応えようとしようというのを遮り一風変わった金の髪を持つ少年がぐいっと接近してきた。

 こちらがその反応にぎょっとしていると少年は一瞬で間合いに入り込み、満面の笑みを浮かべながらさりげなくこちらの手を取ろうとしてきたのでさすがにそれはやんわりとかわす。

 今までに見たことのない対応だったが、まぁ鬼殺隊だし変わった人もいるのだろうとめまいは納得した。

 

「善逸くんですね。短い間ですがよろしくお願いします」

「うえへへへ。今後ともよろしくお願いしますぅ」

 

 その様子をなんとも言えない表情で眺めていた少年に顔を向けると、はっと気が付いたように自己紹介を始める。

 

「俺は竈門炭治郎といいます。剣の先生と聞きました。よろしくお願いします」

「炭治郎くんですね。……ええと、そちらは?」

 

 こちらに対して興味なさそうに嫌々付いて来ただけといった雰囲気の猪の被り物をした少年に尋ねる。

 これもまた変わった装いではあるが先ほどと同様にまぁ鬼殺隊だし変わった人も、ということで再び納得した。

 

「俺は山の王だ!!」

「ええとこっちは伊之助です。嘴平伊之助といいます」

「おいテメェ。何を勝手に俺様の名を教えてんじゃねぇ」

「駄目だぞ伊之助。相手が名乗ったんだからこっちもちゃんと名乗らないと」

「うるせぇ!!」

 

 子供達は賑やかだなぁと微笑ましいものを見るように二人のやりとりを眺める。

 金髪の少年、善逸はなぜだか自分のすぐ隣に並んでこちらの顔をみてにやにやしていた。

 

「さて、では始めますね。まずは素振りでも見せてもらいましょうか」

 

 そのやりとりが一段落ついた後、めまいが刀を抜いてそう切り出すと炭治郎という少年と善逸という少年はおずおずと刀を抜く。

 一方、伊之助という猪の少年はこちらの指示には従うつもりはないらしく敵愾心むき出しといった風だ。

 

「ふん! おいテメェ! てめぇみてぇな弱っちいやつの言うことなんざ聞くことはねぇよ! ふん!」

 

 ああ、なるほど。とめまいは納得する。

 伊之助だけではなく二人の反応もいまいち芳しくないのはこんな弱そうな小娘に教わることなどあるのだろうかという疑問からだろう。

 確かに同年代と比べても体はやや小さめなこともあって、父からも友人からもお前は本当に強そうに見えないななどと言われたことは何度もある。

 ある意味では冗談として、ではあるが。

 知っている人であれば体が小さかろうが年が若かろうが強い者は強いのだと知っているからだ。

 今までもこういうことはよくあったのでめまいに特段の動揺はない。

 

「うーん、そんなに弱そうに見えますか?」

 

 自身がどう見られているのかおおよそとしてわかってはいるが、伊之助ではなく残りの二人に顔を向けてみるとそちらもなんとも微妙な表情を浮かべる。

 

「俺は……強い人ってのはなんとなく匂いでわかるので……」

「俺も音で……」

 

 申し訳なさそうに言う二人の言葉にめまいは頷く。

 自分にはそういったいわゆる強者の気配というものはない。

 なぜなら弱いからだ。

 特に身体能力が高いわけでもないし、類稀なる戦闘勘があるわけでもない。

 だからそう感じてしまうのも無理はない。無理はないのだが、だからといってここではいさようならとするわけにもいかない。

 産屋敷からの依頼でもあるし、もちろん自分にだってほんのわずかくらいの矜持はある。

 

「わかりました。では……そうですね、伊之助くんで構いません。掛かって来て下さい」

 

 めまいは刀を抜くと笑顔で構える。

 その返答が意外だったのか二人の少年は目を丸くし、一方の伊之助は鼻息を荒げる。

 

「あぁん!? 俺様は手加減なんかしねぇ! 怪我しても知らねぇぞ」

「ああ……怪我したくないならけっこうですよ」

「上等だぁ!!」

「ちょっと待て伊之―――」

「うるせぇ!!」

 

 止めようとした炭治郎が上げた声を遮ると気勢を上げると伊之助は二本の刀を抜く。

 

「猪突猛進!!」

 

 大地を蹴る。

 その言葉通りに正面から突撃してくるとその二刀を大上段に振りかぶり思い切り振り下ろす。

 めまいはその斬撃をぎりぎりまでひきつけるとくるりと回転するように横にかわす。

 

「おっせぇ!!!」

 

 その回避を追いかけるように伊之助は地面に叩きつけた右手の刀をすぐさま横に薙ぎ払おうとする。

 めまいはその一撃に合わせてその剣の出掛りに刀を振り下ろす。

 

「なんだとぉ!!」

 

 伊之助の刀が手から離れて地に落ちた瞬間にはめまいはさらにそこから剣筋を横に曲げ薙ぐと伊之助のもう片腕に持っていた刀も弾き飛ばす。

 がしゃんと少し離れて刀が地に落ちる音がした後、伊之助の様子を見ると呆然としたように立ちつくしている様が見えた。

 残りの二人からしてもその景色は驚きだったのか呆気にとられている様が見て取れた。

 

「とまぁ、わたしそれなりに剣は使えるんですよ」

 

 最初はどういうことか理解が及ばなかった炭治郎だが冷静になるうちにその仕組みが少しずつ理解できてきた。

 その剣は炭治郎が知る中でも特別に強い剣閃ではなかった。

 それほどに力強さは感じられなかったし、速度に優れていたわけでもなかった。

 ただ、無駄が無いなと感じた。

 それは洗練されたとても綺麗な剣筋で、速いというよりも早い剣だった。

 後は、伊之助にも油断と手加減があったことも間違いではないが、それを抜きにしたとしてもその力を見誤っていたことは伊之助の反応からもわかる。

 

「そうですね。わたしの剣は修練を重ねただけの的確で無駄の無い剣。ただそれだけのものです」

 

 無駄が無い。

 だからこそ自分の持っている速さの限りを、力の限りを、余すことなく剣に伝えることができる。

 炭治郎はかつて鱗滝に言われた言葉、刀を振る時込める力の方向を同じにしなければならない、と言われたことを思い出す。

 おそらくはこういうことなのだ、と。

 百の力をそのまま百で振るえたならば、それは百二十の力を持った剣士の力を上回ることも不可能ではない。

 とにかく自分の力を高めることに重点を置いた鬼殺隊の中ではなかなか根付きにくい強さの考え方ではある。

 そして答えはもう一つある。

 鬼殺の剣とは文字通り鬼を殺すための剣であるため、隊士は基本的に人と戦うことを考慮してないのだ。

 もちろん鬼の中でも爪などの武器として使ったりするものや、剣を使うものがいないわけではないため、それに対抗するための剣技は存在する。

 だがそれは剣士対剣士の剣の戦いとは別物である。

 

「まぁこれでも剣の先生をやってますので、言うことを聞いてもらえると助かります」

 

 二人は頷く。

 伊之助は頷きはしなかったが一応めまいのことは認めているのか反抗する様子はなくなった。

 三人に基本的な振り方で剣を振らせるとその剣筋の乱れや歪み、ぶれを修正していく。

 最初は手を取って丁寧に教えていたのだが、どうやらそのやり方だと善逸がいくらやっても前に進まないことに気付いたので口頭で指導するだけにとどめた。

 

「さて、それではどなたからやりましょうか」

 

 ある程度の振込みを終えた後、それを実際に実践できるようにめまいが手合わせをすることとなった。

 一度戦った伊之助はあまりやる気がないのか積極的に戦おうとはしなかった。

 そこで手を挙げたのは善逸だった。

 

「ふっ、では俺がやりましょう」

 

 なぜか変な表情を浮かべているがやる気になってくれるのはありがたいことだとめまいも頷く。

 お互いに刀を構えると、まずは決まった形で打ち合っていく。

 少しずつ速度や威力を上げていき、それが一通り終わると次は普通の打ち合いへと移る。

 善逸は能力は高いのだが斑が大きいというのがめまいの印象だ。

 どうにも鬼殺隊にありがちな能力頼みというやつだろうか。

 強くなるためには強さを上げればいい、強い剣とは強く速ければいいという単純で優れた結論ではあるのだがそれだけではどうしても行き詰まる。

 飲み込みは良さそうなので少しの指導でもあとは自身の努力でより強くなれるだろう。

 

「では次は呼吸と型を使ってきてもらいましょうか」

「え?」

 

 その言葉に善逸は驚愕の声を漏らす。

 いろんな意味で善逸の頭の中にその発想がなかったからだ。

 まず危ない。

 特に善逸の使う雷の呼吸、しかも壱ノ型は殺傷力が高すぎる。

 それにそもそもの問題として剣の先生をやっているとは言っていたが、呼吸についてどの程度知っているのかもわからない。

 

「もしかして……」

 

 善逸が戸惑っているとそれを見ていた炭治郎がぼそりと呟く。

 

「……先生も呼吸が使えるんですか?」

 

 そうです、と肯定する。

 

「なので安心して撃って来て構いませんよ」

「えっとそれでは、やります。……ほんとにやりますよ? いいんですか?」

「ええ、大丈夫です」

 

 それでもやはり不安感はあるのか善逸はなにかを口にしようとする。が、言葉が浮かばずそれを飲み込んで刀を鞘に納め前傾に構える。

 

 ―――全集中、雷の呼吸壱ノ型、霹靂一閃。

 ―――全集中、水の呼吸参ノ型、流流舞い。

 

 ドン、と善逸の地を蹴る音がした次の瞬間には刀と刀が打ち合う硬い音が響き渡る。

 想定していたとは言え、その速さと衝撃に完全にいなしきることはできずにめまいの体がふらつく。

 

「だいじょうぶですか?」

「え、ええ。だいじょうぶです。想定の威力を上回りはしませんでしたから。ですが……うん、いい剣ですね」

 

 それにしてはだいぶ体が揺らいでいるような匂いを感じて不安になる炭治郎だが、めまいは笑顔で問題ないと返す。

 

「善逸くん。体捌きはいいですがやはり剣先に少しぶれがありますね。もっときれいに刀を振るえれば単純に威力も速度も上がると思います」

「やっぱりそうですか……わかっちゃいるんですけどねぇ」

「刀を振る時にグッと踏み込んでグワァと斬る感じではなく、グッ、シュバという感じ振るといいと思いますよ」

「え?」

「え?」

「いやいやいや、今までふっつうに教えてましてよね!? なんで突然そんな炭治郎みたいな感じに!? どうしてぇ!?」

「うーん、なんていうか呼吸を使った型は感覚的なものが大きいからこういう感じでしか伝えにくいんですよねぇ。……じゃあやってみせましょうか」

「え? ……やってみる。え?」

「こんな感じですね。よく見ててくださいね」

 

 ―――全集中、雷の呼吸壱ノ型、霹靂一閃。

 

 先ほどの善逸と同じ構えからほぼ同じような動きで刀を横に一閃する。

 それを見ていた三人には剣の出る瞬間や筋が微妙に違うことに気づくことができたが、それよりも驚きが勝った。

 

「え!? めまいさん使えんの? 雷の呼吸使えんの?」

「いえ、基本的にはわたしの一族は水の呼吸の使い手です。あくまで見た目だけの真似事の範囲ですし、それでも雷は壱ノ型しか使えませんね」

 

 威力も速度も善逸のそれと比べて及ぶべくもなかったが、それは善逸の目からしても確かに霹靂一閃に違いなかった。

 この出来で雷の呼吸の使い手を名乗ったならばそれは問題ではあろうが、並みの人間に出来ることではないはずだ。

 驚きの目でめまいの方を見やると、苦笑いを浮かべためまいはぐらりと大きく体を揺らがせる。

 

「え? え? 大丈夫ですか!?」

 

 少しばかり大げさとも思えるそのうろたえたような反応にめまいはさらに笑みを深くする。

 ああ、優しい子なんだな。それがめまいにもよく伝わってきた。

 

「ええ、雷の呼吸は特に体に合わないので少しばかりこうなってしまいます。まぁいつものことですから」

「そんな無茶までして……俺のために……」

「構いませんよ。これで少しでも善逸くんの足しになってくれればそれで十分です」

「めまいさん……ありがとうございます! 結婚しますか?」

「しませんね」

 

 突然何を言い出すんだ、と表情が固まりそうになりながらも笑顔で受け流す。

 鬼殺隊の隊士にはちょっと変わった人間が多いのでこうした突拍子もない言動にいちいち動揺していてはいけない。

 

「あ、一つ大事なことですが、今わたしが教えたことは必ずしもいつも正しいというわけではありません。綺麗な剣というのはその分見切られやすくもあります。ですので何事も使いようということです」

 

 なるほどと頷く炭治郎と善逸。

 そうして少し体を休めた後、炭治郎と伊之助にも同様に指導、稽古をこなしていく。

 炭治郎には水の呼吸を見せながら助言をすることができたが、さすがに伊之助の呼吸にはそれができず、基本的な動作を教えることと、言葉での助言にとどまった。

 めまいから見て伊之助の動きは一見野生的に見えるがその奥底にはどこか理論的な部分があると見えてそれで理解してもらえるのではという期待もあった。

 実際、こちらの言う事は嫌々ではあるがきちんと聞いていたようだし内容もわかっているようではあった。

 一通り指導を終えた後、少し休憩を取ることにすると、善逸と伊之助は別々に屋敷の中へ戻っていき、炭治郎はその場に残った。

 

「それにしても先生はいろんな呼吸が使えてすごいですね。俺は水の呼吸だけで精一杯なのに」

「そんなことはないですよ。どれも中途半端どころか出来損ないですし。水の呼吸にいたってもわたしは伍ノ型までしか使えないませんしね」

「え? そうなんですか?」

「ええ、剣の天才と言われていた父は漆ノ型まで使えていましたがその程度。……向いてないんですよね基本的に。わたしの一族は」

 

 それは事実だ。

 めまいのように伍ノ型まで使えるようになる者もそう多くはなかったらしく、父のように漆ノ型まで使えた者はほんの数人らしい。

 そして一族の中で捌ノ型滝壷まで使えるようになった者は記録に残っている限りは一人もいない。

 

「だから、なんですか?」

「ん?」

「先生が鬼殺隊に入らないのはそういう……なんていうか自分の未熟さ、というか力のなさを認めているからなのでしょうか?」

「それは……違いますね。きっとわたしは、善人じゃないから……」

 

 なぜ鬼殺隊に入らないのか、その理由はきっといくつもある。

 自分を未熟だと思うかと問われればその通りである、がそれはおそらく理由にはならない。

 確かに柱などという人間離れした連中に比べれば自分などは圧倒的弱者でしかないが、いわゆる一般的な隊士と比べればけっして戦闘力が低いとは思っていない。

 鬼と戦うことが怖いかと問われればそれも違う。

 鬼と対峙する恐怖はあれどそれは足を縛り付けるほどでもない。

 もちろんそれは今まで真に強い鬼と出会っていないだけの楽観思考かもしれないが、どちらにせよ現状ではそうだ。

 

「……きっとわたしはあなた達ほどには鬼に執着していないんです」

「だとしたら先生はなんのためにそれだけの剣の腕を磨いて、呼吸まで習得しているのですか?」

「それが一族の使命だから、かな。うん……きっとそれが鬼殺隊に入らない理由ですね。一族の使命を果たすため」

「使命?」

「うーん、説明すると長くなるんですけど……そうだ。ちょっとだけみせてあげますね」

 

 そう言うと鞘に納めていた刀を引き抜く。

 炭治郎は先ほどから気になっていたことを尋ねる。

 

「それは日輪刀、ではないんですか?」

「いいえ、ちゃんと日輪刀ですよ。これで鬼を殺したこともあります」

 

 炭治郎の疑問も尤もだ。

 通常日輪刀はその持ち手―――初めて握った者に応じて色を変える。

 水の呼吸の使い手であれば必ずというわけではないがたいていは水色や青に染まることになる。

 そういう意味ではめまいは炭治郎の刀を見たときにそれが『黒』であることに驚いていた。

 そしてめまいの刀は色変わりをしていない。

 

「実はこれ、色変わってるんですね。正確に言うなら『変わるように変わってる』ってところですね」

「それはどういう……」

「見ててください」

 

 炭治郎から少し距離を取り刀を構える。

 

 ―――全集中、水の呼吸参ノ型、流流舞い。

 先ほど使ったのと同じように構える、が技は放たずそのままで留める。

 それを炭治郎が疑問を抱いた目で見ているが、そのまま見ているように目で制する。

 一つ大きく息を吸う。

 そしてそこから構えを少し変え、それと共に呼吸も変える。

 

「あ!」

 

 炭治郎は声を上げる。

 いつのまにかめまいの持つ刀の色が水色へと変化していることに気づいたからだ。

 めまいはそれを確認するとふぅと大きく息をつき構えを解き刀を再び鞘に納める。

 

「こんな感じですね。大雑把に言うならばこれの行き着く先を一族で極めようとしているんです」

「すごいですね! よくわかりませんがこんなのは聞いたことがありません。いえ、俺もこういうことにはあまり詳しくないんですが」

「これが完成すれば鬼殺隊の役にも立つ、と言われているんです……まぁそのあたりはわたしとしても少しばかり疑問ですが。とまぁこれが鬼殺隊に入らない理由ですかね。自分勝手と言われても仕方ありませんが」

「そんなことはありません! まだ少ししか話していませんが先生は色んなことを考えている人です。その刀はきっと鬼殺隊のため、人々のために振るわれているはずです!」

「そう……そう思ってくれるならわたしも少し気が晴れますね」

 

 めまいとしてはあくまでも自身のすべきこと―――使命を果たすことを優先すべきだと考えている。

 所詮自分一人が鬼殺隊に属したところでできることはたかが知れているし、きっと弱い自分では強い鬼には敵わない。

 そんなことよりも自分の行く道の先により多くの人を救う可能性が、この悲しい戦いを終わらせる可能性があるはずだと信じている。

 それでもそれは今現在危難に直面している人を見捨てる行為だとも言えるし、めまいにはその罪悪感もあった。

 ただ、それらのことも使命というものに執着して他を軽く見ていることへのただの言い訳かもしれない。

 そんな弱音は誰にも言ったことはなかったが、だからこそこうして言ってもらえたことは正直少し救われる思いであった。

 

「炭治郎くん」

「はい」

「これは勘ですが、きっとわたしの行く道とあなたの進む道はどこかで交わります。だから、そのときはきっとあなたに恥ずかしくない自分でありたいと思います」

「はい! 俺もそうなれるように頑張ります!」

「頑張りましょうね。……さて、それでは再開しますか」

「はい!」

 




大正コソコソ補足話

めまいは鬼殺隊の人間ではないため、そこに線を引いて産屋敷耀哉のことをお館様ではなく産屋敷様と呼んでいます。それは産屋敷がそう呼ぶように鬼殺隊のことを産屋敷を親として隊士を子とする家族のようなものと考えているからです。もちろん産屋敷耀哉からしてみればそんなことは気にしていないので他の隊士と同じようにお館様と呼んでも構わないと思っていますが、そもそもなんと呼んでも構わないと思っているのでどう呼ばれても気にしていません。
ただ、めまいがそう遠慮していることには多少気にかかっています。それは、めまいと隊士との間のことです。実際に、ごく一部でではありますが、隊士の中にはそう振る舞うめまいのことをよそよそしいやつだと感じている者もいます。
ちなみに、めまいの父は隊士たちと同じようにお館様と呼んでいます。

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