水は昇り日と共に   作:Ryan2020

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第四話

 男は敬愛する従兄と袂を別つことにした。

 このままいくら水の呼吸を習得すべく力を尽くそうとも従兄に追いつくことは叶わない。

 だから別の道を行かねば従兄と共に歩むことは出来ない。

 だから、と別れを告げたとき、従兄は少しだけ残念そうな顔をした後に、すぐに安心した表情を浮かべた。

 その気持ちは男にも分かっていた。

 優しい従兄は口に出すことはなかったが、自分に付き合わせて男までもが命の危機にさらされることをずっと嘆いていた。

 だがそれこそが男には悲しかった。

 叶うならば敬愛する従兄と共に過ごし、共に戦い、共に死にたかった。

 だが今のままでは無理についていったとしても自分だけが死ぬ。

 そんな未来だけは受け入れられない。

 だから、いずれ従兄の横に並び立つためにと別の何かを得るための道を歩き出した。

 まず男が考えたのは別の呼吸を会得すること。

 水の呼吸を極められないのならば自分に適した呼吸を身に付けることこそが力を得る近道だと考えたからだ。

 だがそれはうまくいかない。

 今までに何度も試みてきたことだからだ。

 日の呼吸より派生した五つの呼吸、風の呼吸も岩の呼吸も試しはすれど使い物にはならなかった。

 より体に合わないと感じられた炎の呼吸、雷の呼吸に至っては拒絶反応に近い苦痛すら伴った。

 で、あるならば水の呼吸を派生させるしか道はない。

 比較的体に馴染む水の呼吸をより自分の体に最適化させ、無理なく使えるものへと組み上げる。

 そうして男は新たなる呼吸を生み出すべく修行に励み、一つの道を生み出すことに成功した。

 まだその道の始まりでしかないが、水の呼吸よりも無理なく使うことが出来、その威力自体も引けをとらないように感じられた。

 それを極め磨き抜けばいつか従兄に追いつける。並び立つことができる。

 

 ―――本当にそうだろうか?

 

 違う。

 そんなことで追いつけるはずもない。

 始まりの呼吸である日の呼吸、そこから派生した水の呼吸をさらに派生させて水の呼吸を上回ることが出来るだろうか。

 出来ない。

 考えれば考えるほどに従兄の背中は遠く遠くへと離れていくのを感じる。

 そうしてずっと従兄の背のみを追い求めているうちに男の中にふとした疑問が生まれた。

 男はずっと従兄の背を見てきたが、では従兄の前には何があるのだろうか、と。

 その答えは簡単だった。

 継国縁壱。

 ああ、と男は気付いた。

 並びたいならば簡単だ。

 同じように目指せばいい。

 

 ―――太陽を。

 

 地に落ちた水が低きから高きに流れるように。

 

 

 

 

 

  第四話 蝶屋敷

 

 

 

 

 

「こんにちはー」

「どなたで……めまい様!? どうされましたか?」

 

 ある屋敷を訪れると見慣れた顔―――神崎アオイに出迎えられる。

 最近ではあまり頻繁にというわけではなかったが、ここには以前から何度も訪れているうえ、ここの主である胡蝶しのぶとは友人であるためアオイともすっかり顔馴染みだ。

 

「うん、近くまで来たからちょっとね。しのぶちゃんいる?」

「えっと、しのぶ様は今は出ていますが、任務に出ているというわけでもないのですぐに戻られると思います。あっ、お父様のお薬の件でしょうか? でしたら先日ご本人様が直接取りに来られていましたが」

「ああ、それは父さんから聞いてる。……どうやらそのときにわたしのことを父さんに報告されちゃったみたいでしのぶちゃんに文句を言いにきたの」

「……ひょっとして旦那様探しの件でしょうか?」

「あれ? アオイちゃんも知ってたんだっけ?」

「いえ、少し話に聞いた程度で詳しくは何も……」

 

 夫を探していることは知られて困るような話ではないが、知られているとそれはそれで

なんとなく気恥ずかしい。

 まかり間違っても男漁りをしていると勘違いされるようなことはさすがにないだろうが、

どう思われているのかは少し気になるところだ。

 

「しのぶ様からはなにやら使命があるらしいとは伺ってますが、それだけですね。……詳しくお聞きしても良いことなんでしょうか?」

「話すのはいいんだけど……うーん、使命とは少し違うかな。使命を果たすために必要なことの一つって感じかなぁ」

「なるほど、その……使命というのはしのぶ様もご存知なのでしょうか?」

「ううん、うちの一族以外で正確なことを知ってる人はたぶんいないと思う。知っているのは……煉獄の家もそれなりに詳しいとは思うけど全部は知らないはず」

「それは、家の秘密ということでしょうか?」

「秘密ってほどじゃないんだけどね。あまり知られたくはないかな。―――頭おかしいと思われちゃうのも嫌だし」

 

 そう苦笑いするめまいの表情に、アオイの背に思わずぞっとしたものが奔る。

 その使命というものが『一族』のものだと言うからには何かしらの深い背景のある話なのだろうとはアオイにもある程度には推察できる。

 だいたいそういった話は他者から見ればある種の異常性を孕んでいるのも確かだろう。

 

「その使命を果たすには旦那様が必要ということなのですか」

「うーん、まぁそうなるね。わたしがその使命を為し遂げられたならそういう面倒なこともする必要はなくなるんだろうけどね……」

「……めまい様が為すことはできないのでしょうか?」

「それは無理だね」

「……っ!」

 

 あっさりとそう言い切られてしまったことでアオイは思わず息を飲む。

 アオイにとってのめまいとはいつも前向きで楽天的、自分とは正反対のその性格に憧れとわずかの嫉妬をもっていたが、だからこそその彼女がこのような言葉が出ることに驚き、それを悲しく思った。

 その様子にめまいも気が付いたのかわずかに気まずそうな表情を浮かべる。

 

「申し分け―――」

「ごめん」

 

 咄嗟に謝ろうとしたアオイの言葉にめまいは謝罪の言葉を重ねる。

 少しだけ目を閉じ、ふぅと一つ大きく息を吐くと、戸惑うアオイに目を向ける。

 

「今無理って言ったのは取り消すよ」

「それは……」

「うん。そういえば杏寿郎くんに言われたばっかりだったの忘れてた。使命を果たせるよう頑張ろうって。うん。だから難しいかもしれないけどできるだけやってみる」

「そうですか!」

「そうすれば旦那様探しの方はまぁ、うん……こっちもなかなかうまくいきそうにないしね」

 

 そういって笑顔を見せるとアオイも安心したのかつられたように笑顔をこぼす。

 そこで思い出したのか、アオイは頭を下げる。

 

「申し訳ありません。私はこれからここで預かっている隊士の機能回復訓練があるのでこれで失礼しますがめまい様はどうなさいますか? しのぶ様がお戻りになるまで客間でお待ちになりますか?」

「そうなんだ……。手伝おうか?」

「いいえ、お手を煩わせるようなことは。カナヲもいますし問題はありません」

「そっか。……見せてもらっても?」

「それは、構いませんが面白いものでもありませんよ?」

「うん」

 

 では、とアオイの案内に従って後ろをついていき、訓練場に入るとすでに準備が整っていたのか布団が敷かれており、机の上にはいくつもの湯飲みが置かれていた。

 布団のところにはきよとすみとなほが、机の前にはカナヲが座って待っていた。

 そこに入ってきためまいの姿はさすがに意外だったのか、三人は一瞬だけ驚いた顔をするとすぐに嬉しそうな表情に変わる。

 カナヲにも驚きはあっただろうが表情は少しも変わることはなく、軽くだけ頭を下げて会釈をしたにとどまった。

 

「みんな久しぶりだね。元気にしてた?」

「はい!」

「めまい様もお元気そうでなによりです」

「今日は何かご用事ですか?」

「ううん、ちょっとしのぶちゃんに会いに来ただけだよ。ああ、迷惑じゃなかったら訓練見せてもらってもいいかな?」

「はい、構いません!」

「ぜひ!」

「参加はどうしますか?」

「ああ、それはあなたたちのやり方があるだろうし、手出しはしないでおくよ。今日は見てるだけ。……カナヲちゃんもいいかな?」

 

 その質問にカナヲは間を十分に取ると首肯することで答える。

 カナヲからすればそれはどうでもいいことである。

 アオイがいいと言っていることについてどうこう言うつもりもないので、アオイが連れて来た時点でそれでいいものとして考えていた。

 そのカナヲの反応はめまいにとっても相変わらずといえるものであったので思うところはなくはなかったが、それについて特に言及することはなかった。

 やがて扉が開かれると一人の少年が申し訳なさそうに入ってくる。

 

「申し訳ないです……。今日も二人は連れてこられませんでした……」

「別にいいです。来たくないなら来なくていいと言いました」

「はい……申し訳ありません。……あっ!」

 

 少年はぺこぺこと何度もアオイに対して頭を下げて謝罪していたが、やがて顔を上げると見慣れない姿があることに気が付く。

 めまいもまた思いがけないその姿に驚きの表情を浮かべる。

 

「先生!」

「久しぶりですね、炭治郎くん。まさか君がここにいるとは思っていなかったので驚きました」

「……お知り合いだったのですか?」

「うん、ちょっとね。産屋敷様の依頼で少しだけ剣の指導をしたことがあって」

 

 なるほど、とアオイは頷く。

 多くではないが鬼殺隊の人間の中にはめまいの元を訪れて剣の稽古を受ける者がいるということはアオイも知っていたので、その例の一つなのだと納得した。

 

「たまたまここに来ただけなのですが、迷惑じゃなければ見学させてもらおうと思いましてね」

 

 そう炭治郎に問いかけると、炭治郎はぐるりとそこにいる人達を見渡す。

 それに対して全員が頷いたことを見届けると、めまいの方に向かい直り頷く。

 

「構いません。……正直負け続けるところを見られるのは恥ずかしいですけど」

 

 炭治郎はそう自信なさそうに漏らす。

 その後の展開は炭治郎が言う通りになった。

 とにかく炭治郎は負け続けた。

 めまいも炭治郎の力量は知っていたのでおおよその予想はついていたが、やはり炭治郎ではカナヲには勝てない。

 めまいの見る限りにおいてもカナヲの力は一般隊士と比べても図抜けている。

 さすがにまだ柱には届かないだろうが、そのうち柱になるだろうことは想像できる程度にはすでに完成に近づいている。

 それに、炭治郎の体はまだ万全とも言えない。

 まぁこれは訓練ではあるが機能を回復することが第一であるので一先ずはそれでいいだろう。

 炭治郎は一通り負けを繰り返すとありがとうございましたと感謝の言葉を述べてとぼとぼと去っていった。

 

「ところで『二人は』と言ってたけど、もしかして善逸くんと伊之助くんもここにいるの?」

「ええ、彼らも最初は参加していましたがカナヲに負け続けると来なくなってしまいした」

「あー、なるほどねぇ……」

 

 二人の性格について熟知しているとはとても言えないが、炭治郎に比べればやはりこのような訓練を続ける忍耐強さというものが少し足りないだろう。

 訓練をしないのは自己責任といってしまえばそれまでではあるが、それで見放してしまうのは少しばかり据わりが悪い。

 

「……後でちょっと様子を見てこようかな」

「本当ですか? それは助かります。……私のようなものが偉そうに言っても仕方ありませんから」

「そんなことはないんだけどね……。わたしは部外者だから言えることもあるし」

 

 仕方のないことではあるがアオイは時折卑屈な発言をすることがある。

 めまいにもその気持ちはわからないでもない。

 きっと諦めてしまっているのだ。

 めまい自身も半ば諦め気味になってしまうことがあるため、そのような卑屈な思いを抱くことがある。

 特に優秀だった父を見てきているため、それと比較してしまうことも多い。

 

「あの……」

「ん?」

 

 掛けられた声に振り返ると、きよとすみとなほがもじもじと少し不安そうな顔でこちらを見上げていた。

 

「どうしたの?」

「炭治郎さんのことなんですけど……」

 

 三人がぽつぽつと語り始めたそれは炭治郎の訓練についてのことだった。

 行き詰まってきている炭治郎にどのように接すればいいのか。どのように助言をすればいいのか。

 ただでさえ二人が来なくなってしまい、それでも一生懸命頑張っている炭治郎に何を言ってあげれば、あるいは自分たちのようなものが余計なことを言っていいものなのか。

 

「だいじょうぶだよ。あなた達がやりたいようにやってあげればだいじょうぶ。それが炭治郎くんのことを考えてのことだったらあの子なら必ずわかってくれるから。ね?」

「はい!」

 

 そう勢いよく返事をすると、三人は手拭を手に取り炭治郎を追って部屋を飛び出して行った。

 微笑ましそうにその光景を見送るめまいにアオイは一礼すると部屋の片付けを始める。

 そしてカナヲはその一連の会話をただじっと見守っていた。

 

 

 

 




大正コソコソ補足話

めまいとしのぶは友人関係ですが、元々はカナエの友人であり、その縁でしのぶとも知り合いになり年も同じと言う事もあり友好を深めていきました。
カナエが亡くなったときに少しだけ言い争いになり、その後少しばかり心に壁を作るようになってしまいましたが、友人としてはそのまま仲がいいままです。さらに、体の弱った父のために薬を作ってもらうなどしのぶの世話になっています。
そうして出入りしているうちにアオイとも知り合いましたが、めまいは鬼殺隊ではなく、家の主人の友人という扱いであり、剣の先生であるという紹介も受けたので客人として「めまい様」呼ぶことになりました。めまいとしては様じゃなくていいよと伝えましたが、それで馴染んでしまったことや、しのぶのことも様と呼んでいることもあり、そのままアオイはめまい様と呼んでいます。


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