アオイには断られたが、無理を言って片づけを手伝った後、めまいはある部屋に向かう。
扉を開ければそこには以前に会ったときよりも打ち解けた様子の二人がくつろいでいるのが目に入る。
「あ! めまいさん!」
「テメェ! 弱強女!」
「……よわ……? んん、お久しぶりです。重傷だったとは聞いていましたが、もう十分良くなったようですね。安心しました?」
二人の少年、善逸は鬼の毒で一時は半ばまで蜘蛛化しており、しのぶの治療がなければ相当に危なかったらしい。
伊之助については重傷のうえ喉が潰されていたらしいが、今の声を聞く限りは順調に回復しているようだ。
後遺症などもないようでその二人の様子を見ると、めまいは素直に安心したと声に出す。
「めまいさんもここに来てたんですか? ……もしかして怪我ですか?」
「いえいえ、私はちょっとここの主に用があっただけです。心配してくださってありがとうございます」
「そうですか。良かったです。俺なんか……俺ほんと死に掛けちゃったんですよぉおおお!」
「話は少しだけ聞きました。山には十二鬼月がいたそうですね。……よく生きて帰ってくれました」
―――十二鬼月、下弦の伍。
それは鬼舞辻無惨の血をより濃くより強く受け継いだ強力な鬼。
下位の隊士では文字通り『刃が立たない』強さであり、おそらく今の善逸や伊之助では敵わないはずだ。
幸運にもめまいは今のところ十二鬼月とは遭遇していないが、出会っていたならばやはり命はないだろう。
「……ところで訓練についてなのですが」
そう切り出すとにこやかだった善逸の表情が固まり、伊之助はさりげなく視線を外す。
もちろん今さら説教などされなくてもその重要性はわかっているだろうし、その努力がどうしても出来ないというだけなのだ。
その気持ちはめまいにもわかる。
「まぁわたしは部外者ですし、あまり説教のようなことは言いたくないので、一言だけ助言をさせてください」
「……今さら部外者とは思いませんけど。なんでしょう」
「炭治郎くんのことをよく見ていなさい」
「炭治郎を、ですか?」
「ええ、彼の背を見ていればきっとあなたたちにも思うところがあるはずです」
「それは……」
「わたしにも似たような経験はあります。お兄さん、のような人の背中を見てわたしも頑張ろうと思えたことが」
「はい……俺にもそうできればいいんですけどねぇ……」
「きっとできます。善逸くん、あなたはあなたが思うよりもずっと強い人ですから。……もちろん伊之助くんも」
その言葉に善逸は露骨に顔を顰め、伊之助はぴくりとだけ反応する。
どうもここに来てから伊之助の反応に違和感を覚える。
敵意があるというわけではなさそうだが、どこかよそよそしいというか警戒されているような気配がある。
「……伊之助くんはどうかしたのですか?」
少し考えてみるもそのような対応をされる心当たりはないので、それを善逸に尋ねる。
「……どうにもめまいさんがよくわからなくて不安みたいです。なんていうかめまいさんにはあまり強い気配がないのに強いっていうのが感覚的にちょっと」
「ああ、なるほど。そういう肌に感じるものを重要視する子ですからね」
「不気味なんだよ! 弱強女! お前はなんなのかよくわかんねぇ!」
「おまっお前! ちょっと! そういうの駄目だって! 炭治郎に怒られるぞ!」
「うるせえ!」
「……まぁいいですよ。言いたいことはわかりました。そういえば炭治郎くんは? ここに帰っていると思っていたんですが」
「炭治郎なら禰豆子ちゃんのところだと思いますよ?」
「あぁ、そっか……。じゃあちょっと顔を見にいこうかな。禰豆子ちゃんのことも気になってたし」
第五話 呼吸
その後、禰豆子の様子を見に行き、帰ってきたしのぶに一通り愚痴をこぼすと、一同の勧めに従いここで一泊することとなった。
翌日、今のところ特に予定はなかったが、任務に出るというしのぶとともに屋敷を後にする。
途中までしのぶに同道しようと思ったのは少しばかり他人には聞かれないように尋ねたいことがあったからでもある。
「しのぶちゃん、だいじょうぶ?」
「えっ、と……何がでしょうか?」
「うん、自分から言い出したことだってのは聞いたから折り合いは付けられてるんだろうと思うけど、鬼である禰豆子ちゃんと一緒に過ごしているのが少し気になって」
「あなたがそんなことを言うなんて珍しいですね。基本的に鬼のことをどうこう話しているのを聞いた記憶はあまりありませんが」
「そうだね。わたしも禰豆子ちゃんに出会うまではたいして興味もなかった。ただ人に害を為す敵だから退治しなきゃいけないなぁ、くらいにしか」
そのめまいの言葉にはほんの少しだけ嘘が混じっていた。
鬼をどう思っているのか。
それについて今までそれほど他人と語り合うようなことはなかったし、深く考えることもあまりなかった。
倒すべき鬼について特に考えることに意味があるとは思えなかったし、鬼についての考え方も人それぞれだというのはわかっていたからだ。
ただ、例外はある。
鬼というくくりでどうこうということはあまりなかったが、その個について思うことがなかったわけではない。
例えば、そのうちの一匹が鬼の祖である鬼舞辻無惨。
もちろん、それについて他人に自身の想いなどを語ったことはない。
それに、鬼殺隊の人間の中には鬼に家族や友人、大切な人を殺されてそれを深く恨み、憎んでいるという人も少なくはない。
そういう人達にとって迂闊な話を振ることは不快な思いをさせてしまうこともあるし、逆鱗にさえ触れかねない。
そして、ここにいる胡蝶しのぶもそういった人間の一人だ。
だからこれがそういう行為であり、余計なお世話だということはめまいにも分かっていた。
「でも禰豆子ちゃんという鬼に出会って、他の人は禰豆子ちゃんを見たらどう思うんだろうってのは少し気になった。……裁判でも揉めたんでしょ?」
「どうでしょうね。結果として私が預かることにはなりましたが、大半の方はすぐに殺せと言っていました」
「そうらしいね。柱の方々はそう言いそうだし、それを悪いと言うつもりはないよ。でもそうだったらなおさらしのぶちゃんは平気なのかなって……」
「もちろんですよ。人を喰った鬼ならともかく、そうでない鬼ならきっと仲良くすることができます」
―――それは本当にあなたの言葉?
いつもと同じ笑顔を貼り付けてさらりというしのぶにそう問いかけたくなるが、さすがにそれは踏み込みすぎだと口を噤む。
しのぶの事情、そしてしのぶが抱えている想いについては一応わかっているつもりだ。
「わたしは……わたしは鬼殺隊の人間じゃないから、わたしで力になれそうなことがあればいつでも言ってね」
「ありがとうございます。それなりには頼りにしていますよ」
しのぶのその言葉は完全な社交辞令というわけでもない。
鬼殺隊で九人しかいない柱の一人として、日々を忙しく飛び回っているしのぶにとっては家人と仲良くしてくれる人はありがたいものだ。
特にまだ小さいきよとすみとなほもよく懐いているのでたまに家を訪れて面倒を見てくれているのはとても助かっている。
個人的にも友人としてそれなりに親しい関係が築けていると思っている。
だが、逆に言うと『その程度』の関係であるとも言える。
自分の心の裡を曝け出してまで助けを求める程の信頼関係があるかと言えばそんなこともない。
もちろん頼れる範囲では頼ろうとは思っているが。
そうして並んでいると突然しのぶの歩みが止まり、それから一拍遅れてめまいもその気配に気付いて足を止める。
「……なにか御用でしょうか、不死川さん?」
「ああ……」
しのぶのその問いに答え、物陰から一人の男が姿を現す。
―――不死川実弥。胡蝶しのぶと同じ九名しかいない柱の一人である。
しのぶとしては彼の用について心当たりがないわけではない。
まずはあの兄妹、隊士の竈戸炭治郎と鬼の竈戸禰豆子の兄妹についてである。
一応あの裁判の場では産屋敷の手前、納得したような様子は見せていたが、その心の裡は裁判が始まる前の苛烈さが語っているように決して鬼に対する情けを持っているわけではないだろう。
下手をすれば勝手な行動として鬼の禰豆子を処分しにきた可能性がないとは言えない。
とはいえしのぶとしてはその可能性は低いと考えているが。
であるならばもう一つ考えられるのは彼の弟である不死川玄弥のことである。
実弥は公には弟などいないと言って憚らないが、知っている人は当然に知っているような話でもある。
現在は兄の実弥ではなく、こちらもまた柱の一人である悲鳴嶼行冥が面倒を見ているという話であり、そこからしのぶにも玄弥の体を看てやってほしいと依頼されているのだ。
とりあえずしのぶにとっての心当たりはこの二つくらいであろう。
「……用があんのはそっちの女だ」
「は?」
その以外な返答にしのぶは間の抜けた声を漏らす。
めまいとしても自分には関係のない柱同士の話だろうと静観していたので突如話を向けられたことでぽかんと口を開く。
「えっと……わたしに何か御用でしょうか? 初めまして、ですよね?」
「ああ、会うのは初めてだァ」
「申し訳ありませんが柱の方からわざわざ出向かれるような覚えはありません。よろしければ説明願えますか」
「簡単だ。テメェみてぇなやつはいい加減目障りなんだよ」
「……は?」
「消えろって言ってんだよォ」
突然に向けられる悪意に鼻白む。
さきほど実弥が言ったようにお互いに初対面なのは間違いないであろう。
特に迷惑をかけた記憶はめまいにはないし、そもそも鬼殺隊に協力こそしており邪魔になるようなこともしていないはずである。
「……すみません。もう少しご説明願えますか」
「ふらふらふらふらしやがって、中途半端で目障りだっつってんだよォ。てめェは一体何がしてえんだァ?」
「それは……」
それはなんだろうか。
鬼を倒したい、鬼に襲われている人を救いたい、剣を極めたい、呼吸を研究したい、そして使命を果たしたい。
だけど、何がやりたいのか改めて問われた時に即座に返せる一言をめまいは持っていなかった。
「ねェんなら家に帰れ。テメェみてえな雑魚は旦那をもらって家に篭ってじっとしてやがれ」
―――なぜそれを。
思わず口に出しそうになった言葉をぎりぎりで飲み込む。
自分の使命について、自分が夫探しをしなければならないというのを知っているのはここにいるしのぶを含めてもごく少数しかいない。
アオイは知っていたようだが、自分が伝えた話でもなく、たまたま知っていたに過ぎず、知られて困るとは言わないが本来教えるつもりもないものであった。
他に知っているのは、と考えちらりとしのぶに目を向けるも表情は少しも揺らがない。
そこから読み取ることはできないが、隠す必要があるとも思えないので変わらないということはしのぶに思い当たることは何もないということなのだろう。
なぜ実弥がそれを知っているのかは定かではないが、それをここで考えても答えは出ないだろうと、動揺した心を静めるために一つ息をつく。
「……ひょっとして、わたし求婚されているのでしょうか?」
「殺す」
その軽口に乗ったというわけではないだろうが、実弥はその刀を抜く。
怒りに任せて殴られたりするくらいはあるかもしれないとはめまいも思っていたが、刀を抜くとは想像だにしていなかった。
同様に、そこまでするとは考えていなかったので、それにはさすがのしのぶもぎょっと目を剥く。
「いけませんよ、不死川さん! 隊士同士での―――」
「こいつは隊士じゃねェ」
「……っ、だとしたらなおさらです! 一般人ってことですよ?」
「それがどうした」
これはだめだ。
しのぶは半ば諦めた気持ちでどうすべきか考える。
実弥の思考回路には元々よくわからないところが多いし、だけれどもこうなれば自分が何を言おうとも聞き入れはしないことはわかる。
ここは自分もまた抜くべきだろうかと一瞬逡巡するが、手を動かそうとする前に実弥に視線で邪魔をするなと制される。
「テメェも抜けよ」
「何を……わたしにはあなたと戦う理由が―――」
「じゃあここで死ね」
その言葉をきっかけに実弥はめまいの目前まで一気に踏み込むとその刀を一閃する。
めまいは咄嗟にも刀を抜くことが出来ず、慌てて飛び退りそれをかわす。
それは実弥が風柱であることを考えれば加減されたあまりにもゆっくりとした動きであり、明らかにただの威嚇ではあったが、それでも避けなければ間違いなく当たっていた斬撃であった。
「……本気、なんですか?」
「どう思おうが好きにしろォ」
言葉では止まりそうにない、それを察して渋々ではあるがめまいもまたその刀を抜き構える。
それを見た実弥は再び斬りかかる。
その明らかに手を抜いた重い斬撃をかろうじて捌く。
だが、そこからすかさず繋がれた連撃に手が追いつかなくなり、ついには強烈な一撃を受け止め吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
当然のことではあるが、柱である実弥とめまいにはとてつもなく大きな実力差がある。
めまいではまるで歯が立たない。
それでも、吹き飛び地を転がりながらもめまいは冷静に違和感を覚えていた。
なんとなくではあるが、そこには実力差以外にも何かがあるような気がしていた。
―――水の呼吸参ノ型、流流舞い。
このままではどうしようもないと悟っためまいは、その転がる勢いのまま起き上がると即座に全集中の呼吸から技を繰り出す。
「ふんっ、おっせぇなァ」
その技を実弥は鼻唄交じりとも言えるほど軽く弾き返す。
めまいは当然そうなることも織り込み済みであり、軋む体に耐えながらそこから技を繋げる。
―――水の呼吸肆ノ型、打ち潮。
「弱ェ!」
それもまた実弥には通じない。
力を込めて合わされた一撃にめまいは再び吹き飛ばされる。
「だからてめぇは駄目なんだよ! そんな合いもしねェ呼吸が通じるとでも思ってんのかァ? 全部を出せよ全部をよォ」
「……っ!」
―――なぜ。どうして。
めまいの頭を巡るのは困惑。
そんなことまで知っているというのか。
もちろんそれは隠さなければならないような秘伝ではない。
だからこれも知られて困るようなことではないのだが、めまいがあまり見せたくないのはそれに体が耐え切れないのがわかっているからだ。
それでも何も通じず、ここまで知られている以上それを使わざるを得ない。
「……腕を一本落としておくか」
ぼそりと呟かれた実弥のことばにめまいの体がわずかに震える。
今の言葉が威嚇でもなんでもなく、ただそうするという事実を伝えただけのものであるとわかったからだ。
理由はいまだに本当にわからない。
だけど、ここで何もせずに斬られて終わることだけは絶対にあってはならない。
「わかりました」
力と覚悟を溜めるために大きく息を吸う。
それに合わせて、実弥も初めて身構える。
―――虹の呼吸壱ノ赤、唸り紅炎。
―――風の呼吸参ノ型、晴嵐風樹。
「なっ―――!」
声を上げたのは両者のどちらでもなく、傍でそれを眺めていたしのぶだった。
理由は二つ、一つはめまいの放ったそれが聞いたことのない呼吸と型だったこと。
もう一つは、今までは普通の刀と見紛うようだっためまいの日輪刀が赫い色に染まっていたことだ。
その呼吸から繰り出される、捻りながら下から上に振り上げられるうねり狂う炎のような一撃、それはしのぶの目からしてもまるで煉獄の使う一撃と見紛うほどの威力だった。
お互いがぶつかり合い弾け飛ぶ。
実弥はほんの僅かにだけ踏鞴を踏んだが、めまいは吹き飛ばされ地を転げると、起き上がり即座に構えなおす。
しのぶにはその打ち合った瞬間、初めて実弥の顔色が変わったことに気が付いたか、幸か不幸か、余裕のないめまいがそれに気づくことはなかった。
「ぐっ、まだまだぁ!」
そうめまいが吼えるのを待つ時間もなく、実弥は畳み掛けるように技を放つ。
―――風の呼吸弐ノ型、爪々・科戸風。
―――虹の呼吸伍ノ水、水波能舞い。
実弥の放つその強烈な打ち下ろしをめまいは自身のその刀の色と同じように、緩やかに流れる水のような剣で受け流す。
それでも完全にはいなしきることはできず、さらには攻撃を加えることすらできず防戦一方となり、それでも掠めた斬撃がめまいに傷を作り、血が舞い散る。
「はぁ、はぁ……ぐっ。―――げほっげほっ」
震える脚をなんとか抑えつけても体は言う事を聞かない。
めまいの体は刀を正面に構えた状態から動かすことも出来ず、口から零れ落ちる血を拭うことすらできない。
もはやただ立っていることすらできず、それでも立っていられることがぎりぎりだった。
「で? そんだけか?」
「はぁ、はぁ……」
「弱ェ弱ェ弱ェ! 結局てめェなんかそんなもんだ。何も出来ず、何も成せねェ。すぐに死ぬ」
知っている。
めまいは弱い。
こうして戦い続ければ、少し強い相手と出会ってしまっただけで死んでしまうほどに弱い。
「―――しょうもない一族の使命とやらもここで終わりだ」
だけど、その言葉だけは聞き捨てならなかった。
「おおぉぉ―――ああああああああああああああああ!!」
全てを吐き出すような叫び声を上げる。
『両者』が動いたのはその瞬間だった。
不死川実弥と胡蝶しのぶ。
両者は同時に動き、その一瞬で一撃を加えめまいの意識を断った。
後に残ったのはがしゃんという黒曜石のように黒く染まった刃が地に落ちる音だけだった。
大正コソコソ補足話
めまいは子供の頃から煉獄の家と付き合いがあったので、身近にいる存在として杏寿郎と自分とを比べていました。
剣の腕はめまいもそれなりのものでしたが、年の差もあって身体能力や呼吸の習得、戦闘力という面で見るとどうしても埋められない差がありました。父はとても強い人であり、杏寿郎にも歯が立たず、何度も心が折れそうになりましたが、杏寿郎に励まされて修行を続けてきました。杏寿郎は剣の修業については基本的に厳しい人間でしたが、褒めるのはわりとうまいのでめまいもそれに乗せられることが多々ありました。
それに、他人にだけではなく自分にも厳しい人間なので、めまいもその姿を見て子供心に強い杏寿郎も頑張っているんだからせめて同じくらいには自分も頑張らないとと奮い立たせて共に修練に励んでいました。