水は昇り日と共に   作:Ryan2020

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第六話

 男は家に戻った後、両親の勧めもあり、妻を娶ることとなった。

 家族を作ることに殊更興味はなかったが、自分を引き取り育ててくれた両親への義理もあったため、素直にそれに従った。

 幸いにも、妻となった女性は男の事情にも理解があり、その意を汲んでくれた。

 やがて子供も産まれ、男も剣の道に進みながらも妻と子にその愛情を注ぎ暖かと言える家庭を築いていた。

 男の鍛錬も少しずつではあるが順調に進み、水の呼吸はやはり使いこなすことは出来なかったが、研究を重ね、新たな呼吸への足掛かりを掴めそうであった。

 はっきりとしたものではなかったが、何かがうまくいきそうな手応えがあった。

 そしてその報せが届いたのは男が二十三になる頃だった。

 ―――従兄がその命を落としたというのだ。

 男は気付き絶望した。従兄が必死になって鬼と戦っていたというのに自分は一体何をやっていたのだろうと。

 従兄の死因は鬼との戦闘ではなかった。

 それは痣と呼ばれるものだった。

 始まりの呼吸の剣士たちとも呼ばれる一流の鬼狩り達、彼らにはまるで鬼の紋様のような痣が浮かび上がっていた。

 それが出た剣士達の力量は男から見ても常識を超えたものとなっていた。

 だが男は知らないことだったが、その常人を超えた力を引き出す痣にはまた欠陥もあった。

 その力と引き換え二十五まで生きられなくなるという。

 だから、男の二つ上だった従兄がそうなってしまったのは至って当然のことというほかない。

 それの報せを受け取った男は自らの浅慮を恥じ、自らはどれほどの努力を重ねても痣が出なかったことを思い出し、安心してしまいそれを悲しんだ。

 なぜ自分には痣が出なかったのか。

 その理由で男には思い当たることは一つしかなかった。

 おそらくは呼吸が使いこなせない半端者だからだ。

 結局はそこ、呼吸こそが全てであり、行き着くところは同じなのだ。

 であるならば自分のすべきことは変わらない。たとえ自分に痣が出なかったとしてもひたすらに呼吸を極めるための努力を重ねるだけだ。

 だが、男の予想は外れた。

 男がもうすぐ二十五を迎えようというころ、突然に体が変調を来たしだした。

 疑問はある。間違いなく自分には痣は出ていなかったはずだ。

 であるが何かの間違いで自分の体にも同じような負担がかかっており、痣者と同じように二十五で命を落とすのかもしれない。

 それをとても恐ろしく思い、そしてその死をとても待ち焦がれた。

 自分の中のどこか自暴自棄な部分が、いまだに敬愛する従兄と同じように死にたいと声を上げている。

 だが、その結末は予想だにしていないものだった。

 そうして二十五を迎えたときに男はほとんど剣を振ることはできなくなっていた。

 体は日に日に衰弱していき、もはや呼吸を使うことは命に係わるほどとなってきていた。

 だが、そこまでだった。

 剣も振るえず呼吸も使えず、だけれども一向に死は訪れなかった。

 なるほど、と。

 あるいは中途半端な自分のような者にはそのような結末こそがふさわしいのではないかと逆に納得すら出来た。

 それでも従兄と同じ道を目指したいという思いは捨てられなかった。

 長く見てない太陽は自分の中でいまでも輝き続けている。

 もはや執念にも似た思いが胸の中に渦巻き続けている。

 だが、それを成す為の才も力も自分にはなく、今となっては時間すらなくなってしまった。

 それでもその可能性を諦められない。

 だから、その夢を子へと繋ぐしかない。

 二人いる子のうち、息子は両親と従兄の家を継ぐためこの家に残すこととし、娘には自分の意思を継いでもらうこととした。

 重い体を引き摺り剣の稽古をし、苦しむ体を押して呼吸を伝え、鬼狩りや日の呼吸の知識を残した。

 そして男は娘に使命とともにかつての自分のものである天泣という姓と、いまだ未完成である虹の呼吸を残した。

 

 

 

 

 

  第六話 呼吸

 

 

 

 

 

 めまいが目を覚ましたとき、すでに一週間以上の日が過ぎ去っていた。

 

「……めまい様? 目が覚めましたか! めまい様!」

「ア、オイ、ちゃん? こ、こは?」

「ここは蝶屋敷です。体の方はだいじょうぶですか?」

「だ、い、じょうぶ? うん、だいじょうぶ……」

「駄目です! 起き上がらないでください」

「う、うん。……ごめん。……駄目だ、もう少し寝させて……」

「わかりました。ゆっくりおやすみください」

 

 アオイの優しい声をおぼろげに耳に入れながら、そうして再びめまいは眠りに就いた。

 めまいが目を覚ましたのはそれからさらに数日後、まともに起き上がれるようになるにはさらなる日数を要した。

 ベッドの上に上体を起こしためまいに簡単な食べ物を運びながらアオイは事の顛末について尋ねる。

 

「なにがあったんですか? めまい様、こんなにぼろぼろになっているあなたを見るのは初めてですが……よほど強い鬼と戦ったのでしょうか?」

「鬼じゃないよ。ちょっと柱の方ともめちゃってね……」

「は? ……柱、ですか? え? どういうことです?」

 

 言っている意味がわからないというような混乱したような表情をするアオイに対して、めまいもまた苦笑いを返すことしかできない。

 なぜならめまいもいくら考えてみてもあれの意味がなんだったのか理解できていないのだから。

 

「うん、わたしにもよくわからないんだけど……突然に刀を突きつけられちゃって」

「そんなのおかしいです! 隊士同士の戦闘は禁止されてるはずです!」

「そうなんだけどね。わたしは、隊士じゃないから」

「……あ」

 

 そのことは当然知っていたはずだが、頭の中から完全に抜けていたのか呆けたような声を漏らす。

 

「で、でもそれはそれで問題ですよ! だって一般人ってことですよね? それをあんな……」

「あー、アオイちゃん。たぶん勘違いしてる」

「勘違い、ですか?」

「うん。戦った、のは本当だし、こんなになっちゃったのは間違いないんだけど……別に直接痛めつけられてこうなっちゃったわけじゃないの? なんていうか……うーん……」

「ええっと……つまり、どういうことです?」

「うーんうーん」

 

 煮え切らない態度のめまいにアオイは訝しげな表情を浮かべる。

 アオイにとってめまいは普段から基本的になんでも隠し立てしようとすることなく聞かれたことにはあけすけに答えてくれる人であったため、このような口ごもるような態度は見たことがなかった。

 もちろんめまいにとっても秘密とすべきことがあるのはわかっているし、だからそういうことまでを聞き出そうとも思っていない。

 だけど今回のこれがそれに当たるとも思えない。

 しばし逡巡を続けた後、恐る恐る目を伏せながらアオイに尋ねる。

 

「……怒らない?」

「話によっては怒ります」

 

 即座にそう返されたことによってめまいは二の句が継げなくなる。

 そうしてまた少しの沈黙を続けた後、諦めたようにため息を吐く。

 

「……あのね。別にわたしは柱の方にぼこぼこにされちゃったわけじゃなくてね。……されそうにはなってたけど……。実は、自分でちょっと無茶な呼吸を使って死に掛けちゃっただけなの」

「何をやっているんです!」

「……ごめんなさい」

 

 あの場で他にどうすれば良かったのは今でもわからない。

 それは前提としての向こうの目的がなんなのかわからないから当然とも言えるのだが、他に打てる手が思いつかない。

 もし、間違った対応をしていたとしたら本当に腕を斬り落とされたのではないかとすら思っている。

 アオイはきっと心のそこから心配してくれている、というのはめまいにもわかっている。

 だからこそここはただ頭を下げて謝ることしかできない。

 

「―――まぁまぁ、そのくらいで許してあげてください」

「しのぶ様! あ、お帰りなさい」

「はい、ただいま帰りました」

 

 アオイの厳しい視線を避けるように必死に目を逸らしていると、ちょうど任務から帰ってきたであろうしのぶが部屋を訪れる。

 助かった、と思いそちらに顔を向けるが、しのぶの顔はいつもと同じような微笑を湛えているが目の奥は笑っていないように見えた。

 めまいは慌ててそこからも目を逸らす。

 

「あらあら、話を聞きたくはないのですか? 不死川さんが何を考えてあんなことをしたのか。別に私としては説明しなければいけない義理はないのですが」

「……聞きたい。あれはなんだったのか教えて?」

「まぁ私としても多少その言い分に苛々させられてしまい喧嘩になってしまったので最後まで話をすることはできなかったんですけどね?」

「何してるの?」

「それをあなたが言うのですか?」

 

 そう言われてしまえば何も言い返せない。

 正直しのぶが苛々したという経緯もどう喧嘩になったのかも想像がつかないが、こうみえてしのぶが頑固者で激情家だということは知っているので、同じく頑固者で激情家であろう風柱とは相性が悪そうなのはめまいにもなんとなくわかる。

 

「ですがまぁ、あなたにどう伝えるのかは難しいところではありますね。もう気付いているでしょう? 彼の言動は確かに滅茶苦茶ですが、それに一理はあるということに」

「……」

 

 彼は言っていた。弱いと。

 何はともあれそれは正しい。そんなことは言われなくても誰よりも自分がわかっているのだから。そのはずだった。

 剣の腕では父に敵わない。

 水の呼吸は父は漆ノ型まで使えるが自分には伍ノ型までしか使えない。

 先祖代々受け継がれている虹の呼吸は父から厳しく仕込まれたが、いまだにその全てを使うことができない。

 何をやっても父に劣る出来損ないだった。

 父に出来たことは出来ず、それでいて父にすら果たせなかった使命など果たせるはずもない。

 そんなことは言われずともわかっている、はずだった。

 だけどそこから目を逸らさずにその事実を受け止めていたかと問われたならば頷くこともできないだろう。

 では、もしそれを受け止めていたならば今自分はどうしているだろうか。

 

「ええ、ですからなんであれあなたがどう考えてどうするのか。彼とのことはその後の話です」

「わたしは……」

「まぁこれは重要な選択ではありますから、今ここですぐに決めろというのも難しいというのもわかります。ですが気付いてしまったからには決めなければならない。もういつまでもふらふらとはしていられません」

「……」

「厳しいことを言っていると思われるかもしれませんが、これは私ではなくあの人のせいなので文句は受け付けませんよ」

「……わかってる。もうここまでだね……」

「―――あぁ、それと最後に一つ。わざわざ言われなくても自分でわかっているとは思いますが、あの『黒いやつ』は決して使ってはいけませんよ? 次に使ったら確実に死にますから」

 

 あっさりと言い放たれたその最後の一言に顔を険しくしつつ横で静かに話を聞いていたアオイの体がびくりと震える。

 めまいとしてもあの時のことは意識が朦朧としていたので正直あまり覚えていないのだが、しのぶの言ったように死ぬであろうことは自分でもわかっているからそもそもあれを使うつもりはなかったし、今後ももちろんない。

 でも今の言葉のせいでアオイにはさらに心配をかけてしまったんだろうな、と憂鬱な気分になる。

 安心して、と笑顔を向けるが逆にアオイは表情を強張らせたままたじろぐ。

 ひょっとすると、と思いしのぶに顔を向けるといつもよりいい笑顔で返されたので今のがわざとだということがわかる。

 今回のことについてはめまいと実弥のもめごとではあったが、しのぶとしてもめまいには思うところがあったため、その当て付けとまでは言わないが釘を刺しておきたかったのもまた事実である。

 めまいは優しい人間ではあるが、ここの住人達については特に甘いため、こうしておけばアオイたちに心配をかけないように無茶は控えるだろうという計算だ。

 

「何にせよしばらくは動けないでしょうからゆっくり休むことです」

 

 そう言い残してしのぶは部屋を出る。

 それから少し遅れてアオイは深く一礼するとしのぶの後に続いて部屋を出る。

 そうして一人ベッドに横たわりながら今後のことについて少し思考を巡らせていると、次の客人が訪れた。

 

「先生! 目が覚めたみたいで良かったです!」

「ごめんね、炭治郎くん。心配かけちゃったみたいで……」

「心配、はしましたけど、めまいさんが元気でいてくれて嬉しいです」

「そう、ありがとうね」

「善逸も、それから伊之助も言葉にはしていませんが先生のことを心配していました」

「うん、二人にもお礼の言葉を言っておいてくれる?」

 

 善逸はともかく、伊之助が心配をしているというのはめまいにはいまいち想像しづらいものであったが、炭治郎が言うからにはそうなのだろうと納得する。

 そう言われると二人の顔も見ておきたい気分になった。

 

「……でも、何か悩んでいますか?」

 

 めまいの顔には出ていなかったが、炭治郎はその匂いによってなんとなくめまいの状態が普通でないことはわかっていた。

 でもそれは少しだけ異なる。

 

「そうだね。いや、ううん。本当はずっと悩んでた。だけどそれが怖くて悩んでないふりをしていただけ」

「……俺では力になれませんか?」

「ごめんね。まだ何も考えもまとまらなくて自分が何をしたいのかもわからないの」

「そうですか。何かあれば俺のことも頼ってください。先生の力になりたいと思います!」

「ありがとう。そう言ってくれるだけでとても嬉しい。その時がきたらきっと君を頼るね」

「はい!」

 

 めまいがふぅと一息吐くのを見て、炭治郎ははっとする。

 病み上がりであるめまいに負担をかけてしまったことに気付き、すみませんと謝罪をし、部屋を後にしようとする。

 

「あ、これは言っておかないと……。先生、訓練について助言して頂いてありがとうございます」

「助言? ……覚えがありません、なんのことでしょう?」

 

 なんだろうかと少し考えるもそれに覚えはなく首を捻る。

 これはとぼけているというわけでもなく、めまいには本当に心当たりがなかった。

 

「全集中の常中についてです。あの三人が先生に迷っているところを助言を頂いたと言っていました」

「それは違います。わたしが言ったのはあの子たちに自分の思うままに行動するように、とだけです。それがあなたの役に立ったのならそれはあの子たちが考えあの子たちが為したことです」

 

 それはもまた心からのことだ。

 全集中の常中のことなどめまいは知らなかったし、あの子たちが結局どう動いたのかも知らなかった。

 もしも何か問題が起これば自分が手助けくらいはしようとは思っていたが、あの子たちならば任せられると思っていた。

 

「それでも先生が背中を押してくれたことは確かです。だから、ありがとうございました!」

「まぁあなたがそういうならそれでもいいですけど」

「迷っている誰かの背中を押してくれる。先生はきっとそういう人なんだと思います」

「……」

「それでは! ゆっくり休んでください」

 

 きっといつもならそれを素直に受け入れられたのだと思う。

 だけど今のめまいにはその言葉がまるでお前には未来を切り開いていく力はないと言われているように聞こえてそれを責められているようにすら感じられた。

 去っていく炭治郎の背中に、手は届きそうにはなかった。

 

 

 

 

 




大正コソコソ補足話

不死川実弥と戦ったあと倒れためまいはしのぶはそのまま任務に向かう必要があったので隠を呼んで運ばせました。そもそもはしのぶは自分でやったんだからと実弥に運ぶように言いましたがそこで実弥と軽く言い合いになったためそれはすぐに諦めました。
呼ばれた隠はめまいのことを知らなかったので何が起こっているのかは全くわかりませんでしたが、柱が二人いたことから何かしら強い鬼と戦ったんだろうと判断しました。蝶屋敷に運び込んだときにアオイに何が起こったのか問い詰められましたが、詳細はわからないのでとりあえず何かしらの戦闘があったらしいということを伝えて、昼間なのにおかしいなとは思いましたが、たぶん強い鬼かなにかではないかという推測は述べました。
めまいの容態のひどさにアオイは一時は恐慌状態に陥りましたが、隠に宥められると少しだけ平静を取り戻してすぐに治療に向かいました。


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