水は昇り日と共に   作:Ryan2020

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第七話

 それからしばらく療養し十分に体が動かせるようになると、めまいは一同に礼を言い、蝶屋敷を後にした。

 これ以上ここにいても世話をかけるだけで、できることはなにもないとわかっていたからだ。

 アオイたちや炭治郎たちもそんなことはないと擁護してくれていたが、しのぶはこちらの気持ちを理解しているのか何も言う事はなかった。

 本当に久しぶりに家に帰るとはるに険しい顔で出迎えられた。

 どうやらめまいが大怪我を負ってしまったことをどこからか聞いていたようで、それについては長い説教を覚悟していたのだが、想定していたよりもそれは短かった。

 体の怪我よりも精神的な消耗の方が大きいということを見抜かれてしまっていたようだ。

 きっと、いつの日にかこんな日が来ることはわかっていたのであろう。

 それから幾日かが経ち、やがて剣を振るうことが出来るまでに体が回復すると、今まで過ごしてきた日々と同じようにめまいは己の鍛錬を続けた。

 こんなことを続けてなんになるのだろうという迷いを抱えたままに。

 本当は、みながそれをわかっていたことなのだ。

 めまいは今まで鬼殺隊―――産屋敷の依頼を受けながら時折鬼を狩ってきたし、柱を含めそれなりに知っている隊士もいた。

 それは誰にとっても迷惑となるものではなく、責められるようなものでもなかった。

 だが、それが逃避にも似た代償行動のようなものであると気付いている人間もいた。

 産屋敷耀哉はめまいのその思いを知っていたし、親しくしている柱たち―――煉獄杏寿郎や胡蝶しのぶもそれに気付いていた。

 踏み込んで口に出すことはなかったが、はるも当然めまいのその行動の意味はわかっていた。

 なぜ誰もめまいに何も言わなかったのか、その答えは簡単であり、それが一番いいと思っていたからだ。

 もしも、めまいにそれを伝えてしまったのならば、めまいがやるべきことは三つしかない。

 全てを諦めて婚姻をし子育てをし子供にその使命を伝えていくために生涯を費やすか、一族の使命を捨てて鬼殺隊となり剣士としての寿命がなくなるまで戦うかだ。

 そして、もう一つは使命の為に全てを費やしそこで無駄に死ぬか。

 そうなった場合に使命というものに強い執着心を抱くめまいであればおそらくは一つ目の選択肢を選ぶであろう事はわかっていたが、めまいの精神的構造を鑑みるに、捨て鉢気味になり三つ目の選択肢を選ぶ可能性もあるとも思っていた。

 そんなことは誰も望んでいない、故に誰もが口を噤んでいた。

 めまいがいつか自分で決断するそのとき、そう遠くないその日まで鬼を狩りながら人を助け過ごしていけばいいと思っていた。

 だからみながそれに気付いていることにめまいは気付いていながらそうした猶予を過ごしていた。

 その選択の期日が目前まで迫っていることも理解し、それからは目を逸らしながら。

 だが、風柱である不死川実弥はそれを許さず、この現状を破壊した。

 それによってめまいが一つ死に近づいたということがしのぶが実弥に対して怒りを顕にした原因の一つだった。

 幸いにも、というべきかめまいがすぐに死を選ぶことはなかったが、その天秤は未だにゆらゆらと揺蕩っていた。

 ―――そして。

 何も決断できず、どこへも進めず、ただ惰性の如く剣を振る日々に一つの報せが届いた。

 それは幼き頃からの友であり兄でもある、敬愛していた煉獄杏寿郎が死んだという報せだった。

 

 

 

 

 

  第七話 使命

 

 

 

 

 

 その時を境にめまいの時間は止まった。

 そのまま何も考えることなく過ごし、何をするでもなく同じようにいつも決まった時間にただ意味もなく目的もなく剣を振る日々だった。

 自分で思っていたよりもめまいは器用だったようで、子供達に剣を教えているときには何の感情も浮かべずとも笑顔を作ることができた。

 その危うい状態ははるにもわかっていたが、それをどうしていいかもわからずできたことは精々こうして子供たちを集めて剣道場を開くことでめまいを人と関わらせることくらいだった。

 その現状をわかっていたのか、あるいは予測が出来たのか、それともたまたまだったのか、そのどれかはわからないが鬼殺隊から依頼どころか連絡すら来る事はなかった。

 そんな塞ぎこんだ状況の屋敷に姿を現したのはめまいの父であった。

 

「元気、はないようだな」

「……父さん、何か用?」

 

 あるわけないだろう、とは思っていても口には出せなかった。

 用向きは言うまでもなく決まっている。

 こうして何もせずに無駄に時間を浪費し燻っているならば、さっさと夫を探して家庭を築けというのだろう。

 そんなことは言われなくても分かっている。

 

「勘違いしているようだが、別に用があってきたわけではない」

「じゃあ……なに?」

「何もない。ただ娘が心配で様子を見に来ただけだ」

 

 その言葉に思わず絶句する。

 父はどちらかというと堅い種類の人間であり、そのようなことで冗談を言う男ではなく言っていることはおそらく真実なのであろう。

 ちらりと視線を巡らすと目が合ったはるに目を逸らされる。

 そこからこうして自分を心配してはるが父を呼び出したのだろうと当たりをつける。

 

「はるのせいにするな。俺だって独自の情報は入れてある。お前が今どのような状態にあるかはわかっているつもりだ」

「……どうだか」

 

 その分かったような発言にめまいの心が苛立つのを感じる。

 めまいの状況のおおよそを父が掴んでいるというのも本当だろう。

 だが、どのような状態にあるのかまではわかるはずもない。

 もちろん、今のめまいの精神状態に煉獄杏寿郎の死が大きく関わっているのは間違いないが、根本的な問題はそこではない。

 元々の問題は風柱の不死川実弥に自分の甘さをつきつけられたこと、延いては自身の無力さに打ちのめされたことにある。

 煉獄杏寿郎の件はそれによって沈んだ心をさらに奥底まで引きずりこんだ要因にすぎない。

 父の様子を窺うと、その全てを悟ったような目にめまいの心はさらに掻き立てられる。

 そのめまいの気配を察したのだろう、間を外すように一つ息を吐く。

 

「お前がずっと悩んでいたことも分かっている。揉め事があったことも実弥から聞いている」

「…………は?」

「いや、今となっては風柱様と呼ばなければまずいか」

 

 その発言には今度こそ度肝を抜かれた。

 そもそもそれを知っているとは思っていなかったところ、不死川実弥から直接話を聞いていたなど想像だに出来ていなかった。

 それどころか、今の親しげな発言を聞くに、以前から知り合いだったかのようにも聞こえる。

 

「……どういうこと? 知り合いだったの?」

「ああ、お前には言ったことがなかったな。お前と同じだよ。俺も昔からお館様からの依頼で時折鬼殺隊の隊士に剣を教えていただろう? 風柱様もその一人だ」

 

 不死川実弥は元々いわゆる喧嘩殺法のような戦い方が基本であり、綺麗な剣を使う種類の隊士ではなかった。

 だが、風の呼吸を習得するに当たって、型の技を修めるにはそれだけでは限界があり、一度正統派な剣技というのを学んでおくべきだという産屋敷の考えがあった。

 そのときに実弥に紹介されたのがめまいの父であった。

 それ以来の付き合いで体の弱い父を心配する意図もあったのか、あるいはそれを産屋敷と重ね合わせて同情したのか、時折めまいの父の元に顔を見せることがあった。

 その話を聞きめまいははっと気付く。

 あのとき対峙した実弥が異常なほどにこちらの内情に詳しかった原因はそこだったのだ。

 

「だったらなんで! なんであんなことを!」

「ん?」

「突然喧嘩をふっかけて、斬りかかってきて! 意味がわからない!」

 

 自分のことを知らないならあの言い分はおかしいし、知っているのなら知っていてあの言い分も意味がわからない。

 めまいのことが何か気に入らないというのはわかったがなぜあそこで剣を向けられたのかが本当に理解できない。

 

「……わからないのか?」

「わかるわけないよ!」

「お前が心配だったからだろう」

「…………は?」

 

 ―――何だ、何を言っている。

 心配したから斬りかかるという異常さが全く理解できない。

 あるいは父が勘違いしている、あるいは何か騙されているのではないかと心配になってくるほどだ。

 

「いやおかしいでしょ? 心配して何がどうなって斬りかかってくるの? そんなことをして何がわたしのためになるの?」

「だが、現にこうしてお前は引き篭っているだろう?」

 

 その言葉に頭を殴られたような強い衝撃を受ける。

 一瞬父の言葉が理解できなかった。というよりもそれはまるで脳がその理解を拒んでいるかのようだった。

 自分の現状、それは確かに自分の無力さに打ちひしがれ何をするでもなく無気力に引き篭もっている。

 確かにこんな生活をしていれば『危険』は一切ない。

 鬼と戦うこともなければ、無茶な呼吸を使って命の危機に陥ることもない。

 そうすればめまいは死なない。

 冗談のような話だが、この暮らしを作り出すことが実弥の目的だったというのだろうか。

 

「そんな……そんなこと! ……それはわたしが父さんの―――師の娘だから?」

「まぁそれもないとは思わないがな……。風柱様にとってのお前はそうじゃないらしい」

「じゃあなんなの?」

「煉獄杏寿郎の妹、だそうだ」

「なに、を……」

 

 めまいと杏寿郎は幼い頃からの親しき付き合いである。

 そして、めまいは杏寿郎をある意味では兄のように慕っていたし、杏寿郎もまためまいを妹のようなものだと可愛がっていた。

 だから、それ自体はあながち的外れとも言えないのではあるが。

 そんなことを理由になぜという疑問は晴れない。

 

「風柱様も兄弟の問題があってな、あの方は優しい人なのだが、まぁ、言動が少しばかり過激で誤解を招いたり、理解を得られないことが多い」

「……だろうね」

「それゆえに弟にも彼の意思がなかなか伝わらなくてな。あの方が言うには鬼殺隊などに入らず平和なところで幸せに過ごしてほしいといつも思っているのにそれがなかなかうまくいかないそうだ」

「言いたいことはわかるけど……だからってそれを、わたしにぶつけられても困るんだけど……」

 

 ふと、めまいに思い当たることがあった。

 蝶屋敷で不死川実弥と胡蝶しのぶの間での話を聞いたときに、しのぶがかなり苛立った様子を見せていたことを思い出したのだ。

 今の話を聞いてそれをなるほど、と納得した。

 おそらくはそういう目線―――兄が弟に言い聞かせるかのように、姉である胡蝶カナエの名を出したのだろう。

 自分と似たようなこと、たとえばきっと妹には幸せな暮らしを願っているはずだ、などといったように。

 そして、きっとそれは間違っていない。

 だが、それがわかっていてしのぶは戦い続けているのだからそんなことを言ったところで聞き入れられるはずもなく、ただしのぶを怒らせるだけでしかなかったのだろう。

 兄や姉に願いがあるように弟や妹にだってまた想いがあるのだから。

 

「風柱様は感じたそうだ。この時代において、何かが動き出そうとしているのではないかと。あるいはそれは柱の方々、延いてはお館様を含めての認識なのかもしれないが」

「……その流れにわたしも飲み込まれると?」

「そうだ。お前は死ぬと思ったのだろう。幸運にも、というべきか、お前はいまだそれほど強い鬼とは戦っていないと言っていたな。おそらくこれからはそうもいかないと思ったのだろう」

 

 それはめまい自身も常々思っていたことだった。

 それなりに手間取るようなやっかいな鬼は確かにいた。だが、例えば十二鬼月のような強い鬼とは未だ出くわすことはなく、そして出会ったならばおそらくは勝てないだろうこともわかっていた。

 聞いたところ煉獄杏寿郎が戦ったのは上弦の参だという。

 めまいがそれほどの相手ともしも会敵したならば手も足も出ないであろうことは想像に難くない。

 そして、以前に聞いた隊士の一人が鬼舞辻無惨と遭遇したという話もある。

 何かが動き出している、その気配はめまいも感じ取っていた。

 それは死闘の前触れである。

 

「……まぁ好きにするがいいさ。まだ少し時間はある」

 

 めまいが考え込んでいると、その沈黙をどうとったのか、父は今までとは異なりめまいに猶予を与える言葉を述べた。

 ことあるごとに時間がないと言ってきた父の今までと正反対のその言葉に戸惑う。

 

「……いいの?」

「良くはない。万全を期すならば今すぐにでも夫を見つけ子育てに専念して欲しいくらいだ。だが、最悪のことを考えるならば二十五を迎えるまでになんとか子を産みさえすればいい」

 

 それは呪いにも似たものだった。

 めまいの知る限り現在では確認されていないが、一族に残された記録を見れば痣者と呼ばれる鬼の紋様に似た痣を出した者たちは二十五を迎える前に死を迎えることになるという。

 実際にそれを見たものがいないこともあり、現在でも依然としてその仕組みについては判然としていないが、信頼できる書物ではあるのでそれが事実なのだろうとめまいも考えている。

 そして、その記録に残っている限り、一族の者にはどれほどの労を重ねても誰一人として痣が出ることはなかったという。

 めまいにもそうであるし、父もまたそうだった。

 だが、理由は誰にもわからなかったが、痣は一切出なかったにもかかわらずその影響は一族にも及んでいた。

 命に別状があるわけではない、それでも一族の者は二十五を迎える前に剣士としての死を迎える。

 体が極度に弱ってしまうことで剣がほとんど振るえなくなり、そして全集中の呼吸も同様である。

 それを押して無理を通しながらなんとか子に剣と呼吸を伝えてきたのだ。

 そうして一族の使命は受け継がれてきた。

 男であればそれでいい、が女であれば子を産まなければならない。

 実際にそれを試したものがいるのかどうかは一族の記録にも残されていないが、おそらくは弱った体ではもたないだろうとされており、現に父からもそうだろうと聞かされてきた。

 ゆえに、まだ体が健在であるうちに早く子を成すようにとめまいは急かされてきた。

 

「今は焦ってもいいようにはならないだろう。こうなってしまったからには少しばかりゆっくりとするがいい」

「それは―――」

 

 何もするなという意味なのか、そう口に出しそうになりなんとか言葉を飲み込む。

 やけになっていいことなど何もないことはわかっていたし、わかっていてもそうしてしまいそうな自分がいることもわかっていた。

 迷いを抱えながらもゆっくり頷くめまいを見届けると、父は同じように頷くと立ち上がり部屋を後にしようとし、少しだけ迷ったようにぽつりと呟く。

 

「……煉獄杏寿郎は使命を果たしたそうだな。守るべき者たちの命を守りきったと……」

 

 その言葉がどういう意図だったのかはめまいにはわからなかった。

 そうして父が部屋を出て行くと、はるもまた父を見送るためにその後ろに従う。

 

「はる、家まで送ってあげて」

 

 そこには少し一人になりたいという思いもあった。

 そう言われることがなんとなくわかっていたのか、はるは何も気にすることなくただこちらに向き直り、わかりましたと一言だけ返す。

 二人が部屋を出て行くと、めまいは刀を鞘から抜き、色の変わっていないそれをただぼんやりと眺めていた。

 そうしてしばらくの時間を眺め終えるとゆっくりと立ち上がり刀を構える。

 大きく息を整えると呼吸を集中させ、その刀を通常の色から燃え上がるような赫へと変化させる。

 

「……はぁ、はぁ」

 

 煉獄杏寿郎は使命を果たした。

 守るべきものを守りきった。

 それはめまいにとって素晴らしい事であり、偉業というほかなかった。

 それゆえにその背中は遥かに遠い。

 いなくなってしまった杏寿郎に届くことはもうないだろう。

 もはや並び立つことはできない。

 

 ―――共に使命を成し遂げられるよう努力しよう! そうだ! 俺と君ならきっと出来る!

 

「……嘘つき……」

 

 

 




大正コソコソ補足話

不死川実弥がめまいの父に剣を教わり出したのは産屋敷耀哉の紹介ですが、実弥はそのことを知りません。当時の実弥の性格を考慮に入れて産屋敷の提案を素直に受け入れるとは思っていなかったので、実弥が信頼しているであろう粂野匡近を介してそれとなく提案しました。
匡近も以前にめまいの父に剣を見てもらったことがあったということもあり、実弥の将来を考えても確実に有利に働くことになるだろうとそれに賛同しました。
ちなみに、めまいと匡近は一度会ったことはあるので顔自体は知ってはいますが、それだけなのでお互いにほとんど相手のことは知りません。


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