水は昇り日と共に   作:Ryan2020

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第九話

 煉獄の家から帰ってきためまいはやはり怠惰に剣を振る日々を過ごしていた。

 未だ産屋敷からの連絡もなく自由にやりたいことがなんでもできる状態にあるにもかかわらず、めまいのやりたいことは何もなかった。

 時折、竈門炭治郎のことが頭をよぎる。

 日の呼吸を使うかもしれない剣士、だけれども煉獄の家にその情報を求めてきたということはそれほどの知識を持っているとも思えない。

 などと思索をめぐらせては考えても詮無きことだと思いなおしては首を振る。

 自分が何を考えようと何をしようと何にもなりはしないのだから。

 ―――でも。

 

「―――もういいんじゃない?」

 

 そう掛けられた声にはっと振り返る。

 思索に夢中になり気が付かなかったが、めまいの背後にははるが優しい目を向けながら静かに佇んでいた。

 口調が違う。

 その優しい目と語りかけには覚えがある。

 

「はる、おねえちゃん……?」

 

 使用人ではないはる。

 それはまだめまいが幼かった頃、父の道場に剣を学びに通いながら時折優しく遊んでくれた『はるおねえちゃん』そのままであった。

 

「ずっとめまいちゃんに言ってあげたかった。そんなに苦しむなら、傷つくなら、もう全部やめてしまっていいんじゃないか、って。でも……それはできなかった。私が生きているのはそうやって苦しみながら戦い続けたあの人に救われたからだから……」

 

 はるが道場に通うのをやめたのは十八歳のときだった。

 そしてそれから少し経ち、十九歳になったころには父の勧めに従って使用人としてこの家で働くこととなった。

 それ以来、もう十年ものときをこうして使用人としてめまいと共に過ごしてきた。

 

「命を……?」

 

 そう言われたならば思い当たることはある。

 当時のめまいは幼くてまだよくわからなかった。

 ただ、はるが嫁に行くと聞いたときは寂しくて泣き、その後めまいの家で暮らすことになったと聞いたときは安堵した。

 なぜそうなったか。

 父はめまいにはるの家族は事故で亡くなったとだけ伝えた。

 ある程度の年齢に差し掛かった頃にはそれについて疑問に思ったこともあったが、無理をして聞き出そうとも思わなかった。

 だが、事ここに至ってそのような話が出てくるということは、その答えは一つしかない。

 詳細についてまで話すつもりはないけど、とはるは話し始めた。

 

「ある日、親族の集まったところを不幸にも鬼に襲われたのよ。夫の家族も商人の家系だったから剣を使えたのはその中でも私一人だった……」

 

 そこではるは鬼と対面し、刀を手に取った。

 そして感じたのはただ恐怖だけだった。

 剣の腕には自信があったはずだが、実際にそのときが来てみれば足は震え体は竦み、とても戦うことなど考えられなかった。

 できたことはせいぜい自分の命を守ることだけだった。

 傷つきながらも自分を守るためだけに剣を振るい、次々と血に沈んでいく家族の姿を見ながら最後は自分の番だと全てを諦めた頃、そこに鬼狩りとともにやってきたのがめまいの父だった。

 ちょうど年齢的にも二十五歳間近となり、最後の仕事として鬼殺隊の新人にたまたま同行していためまいの父がはるの命を救ったのだ。

 

「私一人だけが生き残った。そうして絶望に暮れて過ごしていた私を見かねて旦那様がここで暮らせるようにと私に仕事を与えてくださったのよ」

 

 ああ、とめまいにも納得がいった。

 はるがここで働くと聞いたときはめまいもとても喜んだものだったが、最初はその他人行儀さに戸惑わされたのを覚えている。

 それはきっと今までのはるのままでは耐えられなかったからなのだろう。

 使用人である自分としての仕事をこなすことで、過去の自分を切り離し平静を保っていたのだ。

 

「あの頃、あの人も自分の使命に苦しんでいたわ」

「……え?」

 

 思わず聞き返す。

 そういえば、話の最初ではるは確かにそう言っていたが、あまりにも父に抱く印象とかけ離れてしまっていたからだ。

 めまいにとっての父はとても強く優れた人で何でも出来た。

 自分が修練の果てになんとか会得した技にふらふらの体で簡単に見本を示されたときは愕然としたものだ。

 

「あの人はとても強い。私の知る限りでもあれほど剣が強い人は見たことがない。でもあの人は言っていたわ。自分はただ強いだけだと」

「父さんが……?」

「ええ。だってあの人が本当にそんなにすごい人なら使命なんかとっくに終わらせて、めまいちゃんがこんなに苦しむことなんてなかったもの」

 

 それはめまいが考えもしないことだった。

 父にも無念があることはわかっていたし、父の代わりにその無念を果たしたいとも思っていた。

 だが、それだけではなかったのだ。

 父とてめまいと同じように迷い、もがき、苦しみ、その果てに使命を果たすことを諦めてめまいに繋いだのだ。

 

「ただ、あの人はめまいちゃんよりもまともな性格をしてたから、目先のことに気をとられて、使命というものに対する執着心はそこまでじゃなかったわ」

 

 それでも常人からすると異常に見えるくらいだったけど、とはるは苦笑を浮かべる。

 

「え? わたしまともだと思うんだけど……」

「だからあの人はきっとここでめまいちゃんが諦めちゃっても仕方ないって許してくれるわ。だってこれ以上は……」

「でも……」

「ねえめまいちゃん。めまいちゃんは……死ぬの怖い?」

「え? なんでそんなこと? ……そりゃ怖いに決まってるけど」

「どうして死ぬのが怖いの?」

 

 どうしてってそれは―――。

 

「―――だって使命が果たせなくなるじゃない?」

「やっぱり……」

 

 その言葉にはるは顔を悲しそうに歪めて頭を押さえる。

 きっとこれはもうどうにもならないのだろうということは、はるにもはっきり伝わった。

 だとしたら、行く道を変えられないならせめて少しでも気を楽にしてあげたい。

 

「やっぱり、諦められないのね。そうやって悩んだってどうやったってそこからは逃げられない。だったら……だったら諦めることを諦めるしかないんじゃない?」

「諦める? え? どういうこと?」

「だってもうあなたには使命を諦めるのはどうやったって無理。だったらもう無茶でもなんでもやってみることにした方が気は楽でしょ?」

 

 本当はそんなことは言いたくはなかった。

 出来ることならめまいにはただの一人の女の子としての幸せを掴んで欲しかった。

 危険なことからは少しでも遠ざかって欲しかった。

 でもめまいにはそれは無理なのだろうということははるにもはっきりとわかった。

 きっと、めまいは死ぬまで使命のために戦い続ける。

 

「ねぇ、今まではっきりと聞いたことはなかったけど、結局めまいちゃんたちの使命ってなんなの?」

 

 そういえば、とめまいも頷く。

 やっていることから推測してなんとなくはわかっているのだろうが、それについてはっきりと語ったことはなかった。

 言葉として言ってしまえばそれは簡単なことである。

 

「―――日の呼吸に辿り着くこと。そして、鬼舞辻無惨の首を取ること」

 

 

 

 

 

  第九話 諦め

 

 

 

 

 

 それからめまいはほんの少しだけ前を向き始めた。

 諦められないならばやるしかないのだからと少しだけ開き直って日々を過ごしていた。

 はるがあの口調だったのはあの瞬間だけのものであり、以降は常に使用人としての態度を保っていた。

 そしてその日、めまいの家を訪れたのは想像だにしていない人物だった。

 初め、その来客をはるに告げられたときにめまいは思わず何を言っているんだと聞き返してしまった。

 部屋に通すように伝えると、その少しの時間を使って動揺した心の平静を保つ。

 

「突然どうしたんですか? ……本当に驚きましたよ、冨岡さん」

「……ああ」

 

 正面に座っているのは冨岡義勇―――九名しかいない鬼殺隊の最高戦力である柱の一人、現水柱にして鱗滝に指導を受けためまいにとっては一応の兄弟子にもあたる人物だ。

 鱗滝からの話で、めまいと義勇はそれなりの交友はあったが、特に友人というわけではなく、普段から付き合いがあるというというほどではない。

 義勇に至っては普段から口数も極めて少なく、何か用事でもなければ自分から他人と接触を持とうとする人間でもないため、彼を理解している人はほとんどいない。

 好んで付き合っていたわけではないが、特段嫌っていたということもない。

 そんな人物が突然に訪れた理由について、めまいに思い当たることは何一つなかった。

 

「ああ、ではなくてですね? ……単刀直入に伺いますが、何の御用でしょう?」

 

 それでもわざわざ遊びに来るような人でもあるまいし、何らかの用事があることは想像がつく。

 だからまずは何を話すにせよそれを聞いてからであろうと考えた。

 

「お前は……柱になるつもりはないのか?」

「……は?」

「柱になるつもりはないのか?」

「いや、聞こえてますけど……。なんていうか、正気ですか冨岡さん?」

 

 言うに事欠いて何を言うのだろうか。

 どうしてそういう思考になったのかが全くもって理解できない。

 今、この時期に言い出すということは、まさか煉獄杏寿郎の代わりをやれとでも言っているのだろうか。

 そんなことを言われてもめまいにはどうすることもできない。

 そもそも炎の呼吸はほとんど使えないし、まず何よりも柱をやれるほどの実力がない。

 

「……すみませんが、何を言っているのか全く理解できないので最初から説明してもらってかまいませんか?」

 

 義勇は頷くと少し待てという風に目を閉じる。

 いつも言葉が足りない義勇なりにきちんと説明しないといけないということは理解しているのだろうと考え、めまいもそれをじっと待つ。

 

「俺の弟弟子に水の呼吸を使う竈門炭治郎という少年がいる」

「ああ、炭治郎くんですね」

「知っているのか?」

「ええ、以前に少しだけ剣の指導をしたことがあります」

「……俺はあいつが水の呼吸を極めて次の水柱になるものだと思っていた」

 

 なるほど、とそれについては納得する。

 あの剣を指導したときはいかにもまだまだ駆け出しといった具合であったが、その後蝶屋敷で出会ったときには著しく成長していた。

 今現在どの程度まで育っているかは定かではないが、あの成長速度を考えればきっとこれからもどんどん強くなっていくであろうことはめまいにも確信がある。

 いずれ柱に届くかどうか、尋ねられればわからないとしか答えようがないが、それに準ずるくらいにはなるだろうとは思える。

 

「だが……」

 

 そうして思考に耽っているめまいに義勇が言葉を繋げる。

 その義勇の表情はほとんど変わらないがそれはいつものことであり、そこからめまいはたいしたことは読み取れない。

 

「だが、なんです……?」

 

 そう尋ねると義勇は再び考え込むように目を瞑る。

 義勇にとってはどう言葉にすればいいか悩んでいるだけの何気ない仕草であったが、めまいにはそうは映らなかった。

 その脳裏に杏寿郎の姿がよぎる。

 背中になにか冷たいものが這うのを感じる。

 

「炭治郎くんに何があったんですか!!」

 

 その剣幕に義勇は少し驚いたように目を開ける。

 そして少しだけ間を空けて口を開き始める。

 

「あいつは少し前に任務に出た。そしてそこで上弦の陸と遭遇し、戦闘になった」

「―――上弦? ……うそ……」

 

 めまいの知る限りにおいても十二鬼月の強さは並の鬼を遥かに凌駕する。

 実際に戦闘になったならばめまいの力では歯が立たないであろうことは自分でも承知している。

 そして、上弦と下弦にも超えられない壁が存在する。

 めまいの見立てでは柱が一人いれば十分に下弦の鬼を相手にすることはできると思っている。

 だが上弦の鬼は別だ。

 記録に残っている限りでもここ百年の間、一人たりとも上弦の鬼を打倒する事は叶っていないのだ。

 柱であっても―――煉獄杏寿郎であってもそうなのだ。

 そんなものと遭遇して無事で済む筈がない。

 ―――それはつまり。

 

「そ、それじゃあ……炭治郎くんは……」

「ああ、そうだ。あいつは今怪我を負って蝶屋敷で療養している」

「やっぱり……え? え、え? どういうこと? なんで? 死ん……え?」

「落ち着け、どうした?」

「は? どうしたじゃないよ!」

 

 なぜいきなり怒鳴るんだ、と困惑の表情を浮かべる義勇に信じられないといった表情でめまいも応酬する。

 

「じゃあ炭治郎くんは無事、なの……?」

「そうだが……。やはり知らなかったのか。あいつは……音柱とともに五人で任務に向かい、上弦の陸と遭遇し、それを倒した」

「え? たお、上弦を倒したの!?」

「ああ」

「すごい!!」

 

 それは心から驚嘆すべき事態だ。

 上弦を倒す―――百年誰も成し得なかったことであり、めまいも心のどこかではそんなことは不可能だと思っていた。

 だからこそ、その事実にここまで動揺しているのだ。

 五人というのは誰だろうか。

 宇髄を含めて、炭治郎、善逸、伊之助、もう一人はめまいには思いつかない。

 ひょっとすると鬼である禰豆子を含めての五人だろうか。

 もしかするとカナヲかもしれない。

 興奮するめまいを見ながら話を続けていいかと義勇は目で訴える。

 その様子にはっと気付き、めまいは恥ずかしそうに顔を伏せるが、少し考えるとその原因は義勇にあると判断し自分に責任はないと顔を上げる。

 

「ただ、音柱は片目と片腕を失い引退することになった」

「そう、なんだ……。それは残念だけど命が無事でよかった」

「ああ、だがその戦いで少し俺にとっての問題が生じた」

「……なるほど、それが本題?」

「音柱の報告でわかったのだが、炭治郎は水の呼吸ではない呼吸を使ったということだ」

「水の呼吸じゃない呼吸?」

 

 ああ、そうだった、と煉獄の家で聞いた話を思い出す。

 あのときの話では日の呼吸というものについては知らず、呼吸の方法くらいしかわかっていないということだったが、実戦に投入できるほどには昇華させたのだろうか。

 

「そうだ。詳細については聞いていないが、他の誰かから伝授されたか、あるいは自身で派生させ新たな呼吸を生み出したか。どちらにせよあいつは水の呼吸を極め、水柱とはならないだろう」

 

 その言葉にやっと少し話の繋がりがわかったとめまいは頷く。

 そうして義勇は炭治郎が水柱になるという未来がなくなったと判断したため、次の候補としてめまいのところに来たのだろう。

 だが、それでもわからないところも多い。

 自分のような弱い人間のところにその話を持ってくるもはおかしなことであるし、そもそも自分では水の呼吸は極められない。

 

「話はわかりましたがなぜわたしに? なんにせよわたしでは無理だと思いますよ?」

「俺が見た中で一番綺麗な剣を持つ水の呼吸の使い手だからだ。実力は十分だと判断した」

「いやいや、それはどう考えても無理です。……もしかして知らないのですか?」

「何をだ?」

「わたし、水の呼吸は伍ノ型までしか使えませんよ?」

「……なんだと?」

 

 そこで初めて義勇の顔に動揺が見えた。

 めまいからすれば何を焦っているのだろうかと不思議に思う。

 

「いや、それを抜きにしてもよく考えれば意味がわからないんですが、なぜ現に水柱のあなたがいる中で次の水柱どうこうの話が必要なのですか?」

「俺は水柱じゃない」

「……は?」

 

 さてさてまた意味のわからないことを言い出したぞ、とめまいは頭を抱える。

 水柱じゃないというのはどういう意味だろうか。

 そんな話は聞いたことはないが、産屋敷から正式に認められていないという意味だろうか、あるいは他の柱たちから認められていないということだろうか。

 めまいの知る限りの周りの反応から考えてそれはないだろうと思えるが、だとするならばよくわからない概念的な話だろうか。

 

「……まぁあなたが何かしらめんど……複雑なことを考えていることはわかりましたが、何にせよわたしでは実力不足で無理です」

 

 そうめまいが言い切ると、それについてやはり義勇は不満そうな表情を浮かべる。

 言っていることは理解できたが半信半疑とも言うべきか、どうにも納得ができないといったところだ。

 

「……わかった」

「ご理解頂けてなによりです。お力になれず申し訳ありません」

「付いて来い」

「はい。……え? どこに?」

「任務に出る」

「いや、ちょっと何を……意味がわかりません」

「俺が見極める」

「見き……嘘でしょ?」

 

 言うべきことは言い終えたと言わんばかりに立ち上がると付いて来いと視線で語り部屋を後にする。

 めまいもそれに乗せられてしまっているのか慌てて立ち上がり刀を取ると義勇の後を追う。

 そうしてなし崩し的に義勇の任務に同道し、鬼を狩ることとなった。

 実戦で陸ノ型から十壱ノ型までを見せられてこれを再現しろなどと無理を言われたが結局一つとしてそれを再現することはできず、鬼の首を取った後、義勇は落胆しながらとぼとぼと一人帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 




大正コソコソ補足話

めまいが使命として言った言葉は、開祖である男が言ったこととは少し違っています。
元々は男が目指したのは従兄に追いつくためにどうすればいいかと考えて日の呼吸を習得する、もしくは似たものを作り出してそこまで辿り着くというものです。
ですが、長い年月を経るに従って、鬼殺隊などとも関わりが深くなっていき、それに伴い鬼とも戦う機会が多くなっていきました。それゆえに呼吸を極めることの目標が少しずれていき、鬼を倒すこと、延いては鬼の祖である鬼舞辻無惨を倒すことへと変わっていきました。
ですが、そこまで辿り着き鬼舞辻無惨を討つことが達成出来たのならば、当初の目的も十分に果たせていると考えられるため、結果としては間違っていません。


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