束の間のドラゴネット   作:あさ子

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3.恋愛対象

 昼過ぎに、ユウリからのメッセージが届いた。

『勝ちました! 6つ目のバッジです』

 スマホロトムにはメッセージと、手の平に乗せたいわバッジの画像。

 だから、特訓に訪れる夕方にはまた元気に駆け寄りながら報告してくれるのだろうと思って、楽しみに待っていたのだが。

 

 ナックルジムに来たユウリは、見慣れないパーカーを着てフードを深々と被っていた。

 どう見たって不審だ。

「どしたの?」

「顔を隠したくて……」

「顔?」

「最近ちょっと、私のことを知ってる人が多くなってて……」

「ああ、なるほど。お前ももう有名人だもんな」

「そうなんですかね」

「そうだよ。チャレンジャーの中でバッジの取得数、現在トップだもんな……。どこのジムの所属でもないのに」

 雑誌で特集されているのもいくつか見た。

 チャンピオンダンデの秘蔵っ子、と書かれているものが多いが、なーにが秘蔵っ子だ。チャンピオン推薦なのは誰もが知っていることだが、聞けばあいつが教えたのはポケモンの捕まえ方くらいらしいじゃないか。エントリー時はともかく、今現在ユウリはすっかりうちの子ですけど、と訂正して回りたいところだ。

「ファンに声かけられるのやだ?」

 オレは気にならないが、もちろん誰もがそうではないこともわかる。

「声をかけられることもありますけど、勝手に写真を撮られることの方が多いです」

「ん……。それはちょっと、むかつくな」

 なるほど。握手やサインを求められるのはともかく、それはウンザリする。オレは幸い、そういったことは殆どないが。

 ユウリはオレみたいなでかい男と違って、ちいさな女の子だ。

 ナメられているのだろう。

 無礼なことをしてキレられたところで、怖くないから。

「はあ。きっついな。無断で写真撮られたら破壊光線撃っていいってことにならねえかな」

「そこまではしないですけど! 瓦割りくらいですよ」

 結構強いの行くじゃん。

「どうしたら構わないでいてくれるんでしょう」

「そうだなあ」

 ファンに節度ある行動を求めることはある程度できるだろうが、メディアにユウリのことを書くなというのは、無理だろう。

 こんなに世間の注目を集めていては。

「隠れるより、出す情報をコントロールした方が良い」

 情報がないから好き勝手な推察を書かれる。出して差し障りのない情報で雑誌のページを埋められるなら、むやみにデマを書かれたりもしないだろう。

「アカウントを作れ。ジムチャレンジャー・ユウリの」

「アカウント……。キバナさんがやってるみたいなSNSっていうやつですか」

 その言い方。

 もしかして、現時点で利用したことがないのだろうか。

 現代っ子なのに、そんなことある?

「SNSアカウント持ってるのは普通のことだと思うけど、プライベートなアカウントも持ってないのか?」

「ないです……あんまり、不便だと思ったこともないので」

 まあ確かに、あると楽しいけど無くても不便ではないかな。

 家族や友達とは通話なりメールなりで連絡が取れるし。

「そっか。じゃあオレさまが教えてやろう」

「ごめんなさい」

 ユウリは申し訳なさそうに眉を寄せる。

 SNSの使い方なんて、知らなくったって謝るようなことではないだろうに。

「んん? 何で謝るんだ。こういうときはごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言うんだぜ」

「そうですね……。キバナさん、ありがとうございます」

 ユウリは納得したのか、そう言い直して微笑むと、スマホロトムを取り出した。

「よし。今日はカリキュラムを変更して、キバナさまのSNS使い方講座を開講するぜ!」

 

 

 そうして、ジム内カフェからテイクアウトでドリンクを買って来て、トレーニングルームのマットに座ってだべりつつ。

 ほとんどオレが操作してユウリのアカウントを作ってやって、初投稿までこぎ着けた。

「新アカ記念だ。ツーショ撮ろうぜ」

 後ろ盾がないことも一つの要因だ。

 マリィはスパイクジムの所属だし、ホップがダンデの弟であることも広く知られている。所属関係に目を付けられないように、強引な取材や横柄な態度は控えられるだろう。

 早速撮った写真をSNSにアップ。

『かわいいオレさまの妹分がアカウント作ったぜ!』

 というコメント付きで、リンクを投稿しておいた。

「この前食事行ったときの、ダンデとネズも写ってる画像があるから、お前のスマホロトムに送る。これも一緒に上げとけ」

 知らぬファンにはただの微笑ましい仲良し写真。

 しつこく集ってくる厄介なマスコミからは、ホップやマリィと同じ、強い“派閥”に所属してまーすってアピールに見えるだろう。

「数日に一回くらい更新すればいいかな。たくさんコメントが付くと思うけど返信しなくていい。オレさま以外にはな」

「更新する内容は、どんなこと書けばいいんですか?」

「色々だけど、自撮りは特に喜ばれるかな。あ、画像上げるときには他の人の映り込みに注意な。後ろにいる人の顔がはっきりわかるようなやつは加工して……」

「加工?」

 スマホロトムの加工アプリを呼び出して、画面を見せる。

「こうやってだな……」

「ええ、難しそう」

「あ、あと現在地がわかるようなツイートは控えた方がいい。安全性のためにな」

 ユウリは頷きつつ、不思議そうな顔をした。

「なんでみんな、私がどこに居るかなんて知りたがるんでしょう」

「ユウリは好きな芸能人いねえの? それでどこで何してるか知りたいってこと、ない?」

「歌手の人とかタレントさんですか? あんまり興味がなくて……。あ!」

 言った後でユウリは少し考えて、はっとしたような顔をした。

 お。

 思い当たる奴がいるのか。

 キバナさまよりかっこいい奴か?

 いるか? そんな奴。

「レアなポケモンの居場所なら知りたいです! そういうかんじですか?」

「んー。違うな!」

 標的のない敵対心がどこかにすっ飛んでいった。

 そろそろ異性に興味も出てくる年頃じゃあないかと思うんだが、そんなにポケモン一筋で大丈夫なのか? と思いつつ、その幼さにちょっと安心もしてしまう。

「そっかー。そういうのはユウリにはまだ早いか」

「子供だからじゃないですよ! 大人の人だってみんな芸能人とか詳しいわけじゃないし!」

「そうだけどさ」

 しかし、芸能界への興味は別としても、ユウリは人気者になったっていうのにそれを喜ぶ素振りもない。

 ファンが付いて浮かれたりしないんだろうか。

 オレは最初、結構浮かれていた。

 元々流行やファッションには敏感だったが、それまで以上に見た目を気にするようになったし、よりウケの良い画像を載せようと熱中していた。全力でモテを追求していたと言っても過言ではない。

 まあ、ユウリは女の子だし、ちょっと勝手が違うかもしれないけど。

 人気になれば厄介なファンも付くし。

 昔、知らない女が飛び出して来て抱きつかれそうになったが、仮に変な男がユウリに同じようなことをしたら。きっとオレの何倍も怖い思いをするだろう。そう考えれば、まずは防御本能が働くというのも納得だ。

「いや……ていうか、考えただけで許せねえわ」

「キバナさん?」

「ああ、別に、なんでも」

 オレの心配を余所にユウリはきょとんとした顔をしている。

 ちょっと心配になってきた。

 ユウリは世間知らずなところがある。そういうのを清純派として好む輩には厄介が多いし……そもそもこんなちいさい女の子をガチで追っかけてる奴、絶対やばいだろ。

「いいか。変な奴がいたり危ない目に遭ったら、いつでもオレを呼ぶんだぞ」

「……? ありがとうございます?」

 ユウリには絶対たくさんのファンがつく。こんなにかわいいんだから当然だ。オレが護ってやらねば。

 決意を新たにしつつ、SNS使い方講座を閉講した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、オレも同じようなタイミングで名が売れ出した。

 最初は数十人もいるジムチャレンジャーだが、バッジ5つや6つとなれば、顔と名前が一致する数にまで絞り込まれてくる。

 中でもバッジ獲得数トップを走っている奴は、もちろん注目の的だ。

 

 ポケモンバトルを始めて数年。

 ジムチャレンジに挑戦した。十代半ばの頃だ。

 かなり自信があったし、実際、ジムバッジも順調に集まった。

 それが最初に躓いたのは、キルクスタウン。ジムリーダー・メロンさんへの挑戦だった。それまではストレートで勝ってきて、少なからず慢心していたのかもしれない。彼女の戦術に関する下調べも碌にしていなかった。

 ジムチャレンジ初の敗戦後。控え室でスマホロトムをぼーっと眺めていると、自分の情けない顔が映っていた。

 なんて顔してんだ。

 オレは自慢じゃないが、切り替えは早いタイプだ。

 良くも悪くも。

 明日にはケロッとしてるんだろう。

 だが、この悔しさは忘れてはならないような気がした。

 まだダメージがあるうちに、スマホロトムに写真を撮ってもらおう。

『負けました。くやしい。次は勝ちます』

 そう書いて自撮りを上げた。

 公式アカウントがないとプライベートなアカウントを探られるし、作っておいた方が良いと言われて、格闘技の頃から使ってたアカウントだ。フォロワー数百人程度の。試合の告知と相手へのお礼リプくらいしか稼働していないが、日記代わりにはなるだろう。

 それくらいのつもりだった。

 

“かっこいいジムチャレンジャーがいる”

 

 数日に渡って拡散され、通知を切っておかないとスマホロトムがパンクしてしまうというほどになっていた。

 正直、複雑な気分だ。

 カッコイイと言われるのは満更でもないが、拡散されているのは負けて悔しがっている顔なのだから。

 決まってる、と感じてアップした写真ではないことも不本意だが、何より、常日頃こういうテンションのキャラだと思われたなら、それは誤解だし。

 影のある男かっこいいー! って需要だったなら完全に発注ミスで、オレは普段めっちゃ明るいタイプだと自覚している。このままダウナー系な男で定着させては、後々面倒になる気がする。

 そんな思惑付きで、世間の誤解を解くためにもう二度、三度と明るい自撮りをアップした。

『オレさま大人気じゃん! いえーい』

 フライゴンとの2ショット。

『キルクスタウンのステーキハウス、めちゃうま!』

 大きなステーキに噛み付く写真。

 方向修正のためにそんな、前回の負け顔写真とはギャップのある投稿を連投したのだが、世のお姉様方はそれも受け入れたようだ。

 誤発注ではなく普通にオレさまの顔面が大人気ってわけか。やべえなモテモテか。なんてちょっと得意になりつつ、本来の明るい自分にがっかりされなかったことには安堵した。

 そんなこんなで。

 オレはSNS負け顔アップを起点として一躍有名になり、注目選手となった。

 その騒動からキルクスジムにリベンジに行くまでは実に数週間という短期間だったのだが、その頃には両脇に多くの女性が花道を作って、オレに声援を送っていた。

 おいおい、なんだこれ!?

 女性から告白を受けたこともお付き合いしたこともあるが、これはもう、モテるとかモテないとかそういう次元の話じゃない。

 フォロワーが爆発的に増えたことはSNS上でわかってはいたが、実際にこうやって集まっている、数字ではない人間の数を見るのは衝撃だった。

 がんばってー、と口々に声をかけられ、微笑み会釈をしながら通る。

「ありがとう! がんばるよ」

 ジムの扉に入る前に振り返り、そう応えて手を振ると、歓声が沸き起こった。

 まじかよ。

 オレさまアイドルじゃん。

 二戦目で無事にバッジを取ることにも成功し、その後もオレはジムバッジ最速獲得で認知度を上げていった。

 

 

「キバナ選手ですよね! サインとかって大丈夫ですか」

「もちろん大丈夫だ! ありがとうな!」

 そうしてバッジを集め終わる頃には、有名人としての振る舞いにも徐々に慣れてきた。

「あの、チャンピオンカップ進出おめでとうございます。応援してます」

「おお! 絶対勝つから見ててくれよな」

 8つのバッジを一番乗りで集め、チャレンジャーで行われるチャンピオンカップへの進出が決まっていた。期日までにバッジを集めた者で行われるトーナメント戦であるため、今のオレはポケモンを鍛えて他の通過者が確定するのを待つ状態にある。

 だからと言って鍛錬を欠かすことはしないが、多少は時間の余裕もある。ジムチャレンジがきっかけで初めて訪れた町もたくさんあって、行きたいところは尽きなかった。

 色んな街のブティックで、当然違う品揃えを見るのも面白い。

 その日はエンジンシティのブティックで、新作をチェックしていた。

「あれ、キバナ選手じゃない?」

「ほんとだ。絶対そう」

 有名人になったもんだなあ……と感慨深く思いながら、聞こえていないようなふりをしつつ、引き続き新作の棚をチェックしていたのだが。

「サインとか欲しいよね」

「……欲しいけど、声かけるのは怖いかな」

「なんか、もしかしたら今機嫌悪いかも」

 そんな風に囁き合う声が聞こえてきて、ぎょっとした。

 オレ、そんな仏頂面してたか?

 少し急ぎ足で、目に付くカットソーを引っ掴み、ブティックの試着室に入った。

 試着室には当然、全身鏡がある。

映る自分は、いつもと変わらない。

 ……自分から見れば。

「うーん……、とりあえず、笑顔?」

 どうしたら怖がられないだろう。

 オレくらい体格の良い男とあっては、対面しただけで萎縮する人もいるだろう。いつも笑顔でいよう。威圧的に感じさせないように、上機嫌に振る舞おう。

 自分の持っている力を、決して振りかざさない大人になろう。

 攻撃的になって良いのは、バトルのときだけだ。

 

 

 お茶目に振る舞い、親しみやすい部分をアピールすることで、オレのフォロワーはどんどん増えていった。ポケモンバトルの布教にもなるし、仕事の依頼にも繋がる。ファッション誌の仕事や宣伝広告の依頼などはバカにならない収入源で、最新のポケモン用品やトレーニンググッズを買うのにも役だった。

 そういった実益もあるし、元々向いていたのだろう。

 かっこよく撮れた写真をかっこいいと言われればうれしいし、思いついた面白映像を面白いと言われればうれしい。

 ポケモンバトルの腕を磨くのが中心のシーズンであったが、ファイナルトーナメントに進出する頃には、ガラルに知らぬ者はいないほど有名になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? キバナさん、お帰りなさい」

「あ、ユウリ。ただいま」

 ナックルジムでの仕事を午前で引き上げて、家に帰った。

 昨日の雷雨で、ユウリが泊まりに来ていた。午前中にはワイルドエリアに行ってしまうことが多かったから、まだ家に居たことにすこし驚いた。

 まあ、外は昨夜から続いてまだ雨だし、そういうこともあるだろう。見れば、女性向けのファッション誌を広げて読んでいたようだ。

 テント暮らしから自分の部屋を得て、持ち物も増えた。彼女の部屋のクローゼットには、この前一緒に買いに行った洋服が沢山入っている。

「午後はお休みですか?」

「そうだったらよかったんだけど、午後からスポンサー会社との打ち合わせなんだよなあ」

 大規模な商品プロモーション広告などは、少しスケジュールがきつくなることも多い。

 ただのイメージタレントとしてのCM撮影ならば一日で済むが、今回はスポンサーのプロテインメーカーが新しいサプリの商品ラインを作るということで、もう少し登場機会は多くなる。試供品を自ら試すことも必要だし、それなりに商品説明ができるようにしておくことも求められる。

 それらの会議や撮影で、ジムと契約会社、撮影スタジオを行ったり来たりしていた。

「忙しいですね……お昼ごはんはおうちで食べられますか?」

「昼食う時間はあるんだけど、何かあったっけか……」

 自炊などほとんどしないため、冷蔵庫の中もそんなに充実しているとは言い難い。手軽に食べられるシリアルなどの他、筋肉量を維持するためのタンパク質として、サラダチキンなんかは常備してあるが。

「昨日の夜に余ったカレーかあります。上にヤドンのしっぽ乗せて食べようかなって」

「美味しそうじゃん。オレさまも食べたい」

「ちょっと待ってくださいね-」

 ソファに座ってスマホロトムで商品資料をチェックしていると、ユウリが昼食を運んできてくれた。

 温めたカレーに、ヤドンのしっぽの燻製をドーンと載せて。

 これは……中々SNS映えする容貌。

 撮っておこう。

「ありがとな。いただきまーす」

 撮影した後、早速いただこうとスプーンを手に取るが、ユウリはそんなオレの顔を覗き込んだ。

「キバナさん、随分疲れてますね」

「え」

 指摘されて、一瞬真顔になった。

「わりぃ……顔に出てたか?」

 無表情でいるだけで、怖がられることもある。

 ちゃんと笑顔を作って、そう聞いた。

「いいえ。でも疲れてるって思いました。全体的に……かな?」

「全体的にって」

 少し可笑しくなる。オーラでも出ていただろうか。

「ポケモンも、表情が変わらない子もいっぱいいるじゃないですか。それどころか、人間で言うような顔がない子も。でも弱ってるのわかるでしょう? ああいうかんじです」

 ああ、なるほど。

 言わんとすることはわかるが、それは誰もが自然に感じ取れるものではないと思う。ユウリのそういうところは天性の才能だが……そのポケモントレーナーとしての才能をオレにも発揮してくるとは。

「だから、笑わなくて大丈夫ですよ。元気になったら笑ってください」

「……そっか。そうだな。ありがとな」

 普段の明るい自分が演技だというわけではない。

 ただ人間、もちろん元気ではないときもある。

 そういうときの外面は、いくらか無理をしていたかもしれない。

「ちょっと仕事が忙しくてさ。スポンサー会社の新商品が出るからスタジアムの広告も貼り替えたりキャンペーン打ったりさあ……普段の仕事がその分減るわけでもないし」

 ユウリ相手に愚痴り始めるオレ。

 でも、ユウリはうんうんと相づちを打ちながら聞いてくれる。

 こんな話はつまらないだろうに。

 ……いや、実際どうなんだろ?

 話しながら観察していても、何故だか、表情に出やすいと思っていた彼女の感情が上手く読み取れない。

 きっと疲れているからだろう。

 ぼーっと眺めながらわかるのは、ユウリかわいいな、ってことくらいだ。

「新商品って、いっぱいキッチンに置いてあるあれですか?」

「そうそうあれ。ユウリもサプリ興味あったら自由に持ってっていいから」

「わあ。なんか面白そう。後で選びます」

 ユウリが選ぶなら何だろうな。女の子だし美容系の持ってくかな。いや、ユウリのことだから筋肉回復系のやつ普通に選びそうな気もする。

「そっか。キバナさん、がんばってるんですね」

 ユウリがオレの頭を触ったから、ちょっとどきっとした。

「よしよししてあげます」

「おお……? ありがとう?」

 頭を撫でるというのは、オレがユウリに普段、何気なくやっていることだ。

 それを真似したのだろう。

 彼女が勝ったときも負けたときもなんでもないときも、なんとなくそうしていたから。

「ユウリは優しいなー」

「ふふふ。キバナさん私のポケモンみたい」

 ポケモンで文句はない。

 むしろ、ユウリのポケモンに生まれるのも良かったかもしんない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベレー帽のぼんぼんが元気よく揺れている。

 それを見ただけで、彼女が良い知らせを持ってきたことがわかった。

 7つ目のジムチャレンジが成功したのだろう。

「ネズさんに勝ちました!」

「おお! やったなー!」

 詳しく聞きたいから、とカフェに誘って、詳細に経緯を聞く。

 スパイクタウンに入れなくて困ったこと。ネズに勝ってジムバッジを取ったけれど、その後野生ポケモンのダイマックス騒ぎがあってびっくりしたこと。それをダンデが収拾したという話。実はオレもそれ、関わってんだけどな。オレも駆けつけたんだけどな。ネットニュースにはダンデしか載ってないの? まじか。オレいましたけど。いや、自慢っぽくなるからいいや。言わないでおこう。

 ……しかし、本当にユウリは強くなったなあ。

 ジムチャレンジは試すためのものであって本気のバトルとは違うが、ネズにまでもこんなに早く認められるとは。

「今まで本当にありがとうございました。キバナさんのおかげです」

「ああ、どういたしまして」

 基本的なことは全て教えたし、この後は応用だろう。

 ユウリの手持ちに合わせたワザの出し方や、ピンポイントな弱点対策について。2対2のバトルにおける味方へのシナジーなんかも面白いはず……。

「明日からはしばらく、一人で特訓します」

「え」

 応用編の構想中、かわいい笑顔からとんでもない台詞が飛んできた。

 何だって?

「なんで!?」

 思わずテーブルに手をついて前のめる。

 詰め寄ったと言える距離だ。

「えっ……? だって、次のジムリーダーはキバナさんですよ?」

 そうだけども。

「キバナさんにキバナさん対策してもらうのおかしくないですか?」

 ド正論。

「まあ、そうだな……」

 すごすごと姿勢を戻す。

 引き留めたいが、一緒に特訓を続けるための理由付けも、咄嗟に見つからない。

 いや、オレが寂しいからって理由だけで彼女の活動方針を変えちゃいけないだろうから、その判断であっているのだが。

「じゃあ今日は一緒に総復習だな」

「はい!」

 明日からは来ない。そう思うと、もうすでに寂しい。

 トレーニング中、メモを取る手を見て、ちっちぇえグローブだな……あんなミニチュアみたいの売ってるんだな。とか、ユウリの打撃フォーム、随分と様になってきてかっこいいな……とか。そういうところにばかり目が行く。

 その日はいつもの倍以上、写真を撮ってしまった。

 普段から、もっともっとたくさん撮っておくんだったな。

「強くなって、挑みに来ますから。待っててくださいね!」

「おー、早く来いよ」

 何回でも負けて良いルールなんだから、毎日来たっていいんだぞ。

 

 

 

 

 

一夜明けて。

 新規商品のプロモーションも一段落して、その日の業務は平常に戻っていた。

 事務仕事もあるが、ジムリーダーの一番の仕事はポケモンバトルにおいて上位を保つことだ。業務時間には自分やポケモンの鍛錬も含まれる。

 それが終わって、夕方からは更に自主トレ。

 ユウリが来ていたときと同じように、一人でトレーニングルームを訪れる。

 ユウリのいない部屋が広く感じる……などということはない。

 オレとオレのポケモンたちはデカい。むしろジュラルドンやバクガメスをボールから出していることによって、密度感は大幅アップしている。

 トレーニングルームは狭いくらいだ。

 でも何だか物足りない。

 あんなにちいさいのに、存在感ありすぎだろ。

 

 

 帰宅して、冷蔵庫の中は確認しなかった。ユウリが作ってくれたカレーを昨日食べきってしまって、何もないことはわかっている。今日の夕飯はスタジアムで出しているラップサンドと、常備しているサラダチキン。

 平常運転だ。

 何も悲しいことはないし、嬉しいこともない。

 昨日までのユウリだって、毎日ここに寝泊まりしているわけではなかった。ただ、最近は特訓後に一緒に食べることが多かったから、一人での夕飯はちょっと慣れない。

 そんなにオレは寂しがり屋だっただろうか。

 いつも誰かと一緒にいなければならない、そういう人間だっただろうか。

 夕飯を用意してリビングのソファに座るも、なんだか落ち着かない。

 一人の時間は必要なタイプだったはずなのに。

「あー、なんか、調子狂うな」

 本を読む気分にもなれないし、夕飯を食べ終わったら掃除でもするか。

 いや、家に居る時間が短いから、いつもそんなに散らかってはいないんだけど。

 なんて考えながら何の気なしに辺りを見渡すと、丸まっているグレーのふわふわに目が止まった。

 ソファの端の、クッションの上。

 ユウリが上着を忘れていったようだ。

「これ……」

 なんとなくそれを手に取る。

 特訓は一緒にしないとは言っても、雨が降れば、またここに来てくれるんだろうか。

 そう思ってスマホロトムで週間予報を確認したが……なんて事だろう。ずっと晴れか曇りだ。

 スマホロトムを置くと、グレーのニット上着をぎゅっと抱き締めた。

「……ユウリ」

 そのとき。

 いつからそうだったのかは、わからないが。

 これが妹に抱く感情ではないことに、オレは気がついた。  

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