電話が来たのは、彼女がナックルジムに来なくなって5日後のことだった。
ジムチャレ期間中であり、ネズを突破したチャレンジャーが出ていることからも、オレの業務は専らナックルジム内でできることに限られている。
今も書類仕事の最中だ。
スマホロトムに名前が表示されて心臓が飛び出しそうになったが、深呼吸してから通話に切り替える。
「ユウリ? どうしたの?」
自分の気持ちを自覚してからユウリと話すのは初めてだ。
「えっと。なんとなく。キバナさんどうしてるかなって」
「そっか! オレもユウリどうしてるかなって思ってたんだ!」
なんとなく、だって。なんとなくオレを気にしてくれたのか。
嬉しすぎて舞い上がってしまう。
声が大きくなりすぎていないだろうか。
そんな風に歓喜しながら、自分にちょっと恥ずかしくなる。いい大人が、何を浮かれているんだ。
……第一、恋愛というのは、だ。
友達が飲みの席に呼んだ女たちの中でなんとなく合いそうな奴と連絡先を交換したりして、何度か飲みに行った後そういうかんじになる、みたいな。
そういうやつじゃなかったのか。
こんなタイプの恋心は記憶にはない。
「そういえば、うちに上着忘れて行ったんじゃないか? 置いて行ったなら別にいいんだけど」
「あ、そうそう、それも取りに行こうと思ってたんでした。出かけるとき暖かかったからリュックに入れておこうと思って、そのまま忘れて置いて行っちゃったんですよね。どうしよう」
ユウリは少し考えてから続けた。
「……今ワイルドエリアのナックルシティ近くにいるので、今から取りにお邪魔しようかな」
「まじで!? じゃあさ、丁度良いからランチでも食べに行かね? もう食べた?」
言いながら、自分でも何が丁度良いんだかわからない。
仕事は終わってない。
「お昼はまだですけど、お仕事とかは大丈夫ですか?」
「大丈夫! 余裕余裕! むしろ午後は休みにしようかと思ってたんだ! 丁度良かったぜ!」
いつから思ってたのかと言えば、数秒前からだけどな。
仕事の残りは明日やろう。
「ユウリは? 今日の午後はどう?」
「そうですね……うん。キバナさんがお休みなら、私も今日はお休みってことにしようかな!」
「よし! ランチしてどこか遊びに行ってから、うちに上着取りに行くことにしようぜ!」
通話を終えると、早速個室のあるレストランで、ランチの予約を取る。
デザートもどこか、高級なアフタヌーンティーを出すホテルラウンジにでも行こうか。
一階で受付業務をしているジムユニフォーム。
通用口を出る前に、リョウタを発見して声をかけた。
「リョウタお疲れ。今日はチャレンジャー来ないみたいだし、オレ先に上がるわ」
「お疲れ様です。……楽しそうですね。デートにでも行くんですか?」
「んっ!? いっ、や、そういうわけじゃねえけど」
いや、そういうわけなのか?
「はは、冗談ですよ。今ナックルジムに挑戦できるチャレンジャーはユウリさんだけですからね。彼女が来ないとわかっているのは、今からユウリさんと遊びに行くからでしょう」
「まじかよ大当たりだ。リョウタ、名推理じゃん」
褒めると、リョウタは得意げに眼鏡をあげた。
「ふふん。しかし、お二人は本当に仲良しですね」
周りにもそう見えているならば、ちょっと満更でもない気分だ。
「まあな」
「すっかり仲良し兄妹で、微笑ましいです」
「ん」
上手く返せなくて、言葉に詰まる。
少しできてしまった間を埋めようと、スマホロトムで時間を確認した。
「じゃ、あとはよろしく」
そうして、努めていつも通りの笑顔で、通用口を足早に抜けた。
あー。
そっか、そうだよな。
仲良し兄妹、な。
「キバナさん!」
「おー、ユウリ!」
待ち合わせ場所で、かなり遠くから小走りに寄ってくる、かわいい生き物。
オレはデカくて目立つから、遠くからでもわかるのだろう。
「今日はちょっといいレストラン予約したぜ」
「ええ! そういう場所に行ったことがないので、なんだか緊張しますね」
「個室だから安心しろって。美味しいもの食べることだけ考えてて大丈夫」
連れ立って歩きながら、彼女をまじまじと見た。
ユウリはなんてちいさいんだろう。
細い手足に薄っぺらい身体。痩せているとか背が低いとかそういうことではなく、彼女はまだ完成していない、成長途中の段階にある。
どう考えても恋愛関係になれるような年齢差じゃない。
しかも、ユウリが大人になるまで待ったところで、どうせ差は縮まらない。
ユウリが20代にやっとなった頃、オレは30代。ユウリが30代ならオレは40代だ。それって、恋愛対象になるか?
ならないことはない、だろうが、分の悪い勝負だ。
ましてや可愛いユウリには言い寄る男だってたくさんいるだろう。その頃のオレは、ユウリから見ればおじさんって判定かもしれない。
……結局、今が一番ユウリにとって身近な存在でいられる可能性が高いのだ。
お兄ちゃんでいられる今が。
その数日後。
ユウリがナックルジムにバッジを取りに来てからは、あっという間だった。
最後のジムリーダーであるオレの元まで辿り着くチャレンジャーは10人に満たない。そして、そこを通過できるチャレンジャーはその半分以下だ。
ナックルバッジを手にしたユウリはホップと連れだって、大はしゃぎでシュートシティに向かった。
今期初のナックルジム通過者だ。もう少しゆっくりしていっても遅れやしないだろうに。
「ユウリ、ジムチャレンジ突破おめでとう! 次はチャンピオンカップでお前の強さを示すんだ!」
激励して、彼女がシュートシティ行きの列車に乗るのを見送る。
オレがバッジを渡した、少数のチャレンジャーだけで行われるのがセミファイナルだ。
チャレンジャーの中でのナンバーワンが、そこで決まる。
1位になることができれば、本気を出したジムリーダーたちとの戦いに参加することができるのだ。もちろん、そこにはオレも参加する。
ユウリはそこまで来るだろうか。
セミファイナルの翌日にはファイナルトーナメントだ。
トーナメントという性質上、手持ちのポケモンを誰に合わせて仕上げる、ということがほとんどできない。
誰が勝ち上がってくるか大体のアタリは付けて来るが、アテが外れることなど日常茶飯事。加えて、チャレンジャー枠を獲得した者といきなり対戦するかもしれない。彼らの前情報は、ジムリーダーに比べれば圧倒的に少ない。
偵察のために、前日からシュートシティ入りして観戦するジムリーダーは多かった。
かく言うオレも、その一人だ。
「しかし……残ってんの身内ばっかだな。オレとネズが贔屓したとか思われねえかな」
関係者席で組み合わせ表を見ながら、隣のネズに向かってぼやく。
「ランキング上位のやつの身内が強いのは当たり前じゃねえですか」
マリィが出るのだから当然とばかりに、ネズは応援に来ている。
「まあな。ジムチャレ出る時点で普通はどっかのジム所属選手だよな」
「たしかにな!」
ダンデがオレの後ろの席から相づちを打つ。
「いや、オマエはなんも教えてないだろ」
そうこう言っているうちに選手が入場してくる。初戦はユウリ対マリィだ。それまでへらへらしていたオレたちは、一斉に試合に集中した。
初戦を制したのはユウリ。オレはユウリが勝った瞬間にガッツポーズをしてネズに睨まれた。二戦目ではホップが勝ち、こちらもまあ、ダンデが盛大に喜びを表現してノイジーがられていた。
そして決勝は、ユウリ対ホップ。
ダンデが初めて推薦した二人が決勝を戦っているのだから、その目に狂いはなかった、と言わざるを得ない。ポケモンの捕まえ方しか教えてなくてもな。
決勝でホップにユウリが勝ったときには、ダンデに睨まれないよう小さいガッツポーズにしておいた。
「明日来るのはユウリか。そっか-、手持ちはどれくらい替えて来るのかねえ」
「オレはマリィとお疲れ様会やるんで、これで失礼しますよ」
ネズが答えず足早に席を立つ。ちょっと試合談義くらいさせろよ。
「オレもだ!」
後ろでダンデも立ち上がった。ネズに比べてただ立つだけなのに動作がうるさい。
「ホップもユウリもがんばったからな! 豪華なディナーをおごってくるぜ!」
「え」
「じゃあ明日な!」
ユウリも誘うの?
「おい、オレも」
扉から颯爽と出て行って、声をかけたダンデの姿はすでにない。
あーあ。完全に出遅れた。
「……明日にむけて早く寝よ」
まあ、オレは明日、ダンデとの11戦目を控えているわけだし。
ホテルの部屋でジュラルドンたちと軽く決起集会めいたことをやって、オレはその晩は休養に費やしたのだった。
一夜明けてのファイナルトーナメント。
その対戦結果が更新されるにつれて、観客のどよめきも強くなる。
控え室で結果を見るオレも、同じく動揺していた。
オレが勝ち抜くのは、例年当たり前のこととなっているわけだが。
もちろん何の努力もなしに得られる結果ではなく、各ジムリの対策は練ってあった。だから己が一回戦、二回戦と勝ち抜いてきていることについて、うれしくない筈はない。
だが、その喜びに驚きが上塗りされていた。
「決勝戦の相手はユウリ……?」
こんなことは普通起こらない。
チャレンジャーがファイナルトーナメントの一枠を与えられるとは言っても、そんなのは大穴枠。番狂わせは総当たりではない一戦限りのトーナメントではお約束だが、それでも初戦を勝ち抜けるかというところだ。奇跡は2度起こらない。勝ち上がって準決勝でオレと戦うのは、どこかのジムリーダーであることが通常だ。
短期間で、本当にすごいトレーナーに成長したものだ。
まさか決勝の舞台で、ユウリと向き合うことになるとは。
フィールドに入場し、向かい合う。
ユウリは確かに大切な相手であるが、今、この瞬間は、好敵手としての期待と高揚の方が大きい。
彼女の顔に緊張の色はない。
純粋にバトルを楽しんでいるのだろう。それでいい。
オレが楽しいバトルをさせてくれる相手として期待されていることが、熱意のこもった眼差しからわかる。
光栄なことだ。
開始の合図と共に、一斉にボールを投げた。
「モスノウ!」
白く透き通る羽が美しい、氷、虫タイプのポケモンだ。
そうだよなあ。ドラゴン系にはフェアリー、氷だ。そのどちらかで来るのは基本。
ちゃんとオレ用の対策をしてきてくれて、ウレシイぜ。
「コータス!」
だが、残念ながらハズレだ。
フィールドに出たコータスは石炭を貯め込んだ鉛色の甲羅から、大きく煙を上げていた。
オレの先鋒はドラゴンタイプではない。
コータスの持つひでりの特性からスタジアム内が強い光に照らされる。この炎天下では、氷ワザで相手を氷漬けの状態にすることもできない。
それを見てユウリの眉がぴくりと動く。
「コータス、噴煙だ!」
こういう奇をてらうような先方はスピードが大事だ。
真っ赤な炎がそこら中に広がる。狙いを定める必要のない無差別攻撃で先手を取って、まき散らされた炎でモスノウを襲った。
逃げようにもこの範囲攻撃を避けるのは至難の業だ。
ユウリのモスノウはあっという間に炎と煙に包まれた。
「モスノウ! 戻って!」
一撃で戦闘不能に追いやられたモスノウをボールに戻し、ユウリが少し眉を寄せた。
2対2の戦いでは味方を巻き込んでしまうため、こうはできない。シングルバトルの技選び、面子選びはジムバトルでのものとは違う。
「ペリッパー!」
続いて繰り出されたのは、大きな袋状になったクチバシが特徴的な鳥ポケモンだ。
奴は雨を降らせることができる。コータスの作り出した青空は、たちまち黒い雨雲に覆われた。ジムチャレンジでオレが見せた、砂嵐を警戒して組み込んだのだろう。
「ハイドロポンプ!」
雨が降っている中で威力の上がったハイドロポンプに、石炭を燃やして動いているコータスはひとたまりもない。一撃で倒れ、オレのボールへ戻った。
「ヌメルゴン」
だが、日照りを雨に変えられるのもお見通し。全て計算通りの展開である。そうならなければ、あまごいで天候を変える予定だった。ヌメルゴンは覚えられる技の種類が豊富だが、オレのヌメルゴンは天候が雨になることを想定した技を鍛錬している。
「かみなりだ!」
雨と雷は相性が良い。技の命中精度が格段に上がる。
「っ!」
ペリッパーは電気には非常に弱い。雷を受け雨の中に伏したペリッパーを、ユウリがボールへ回収した。
「両者一歩も譲らない! どちらがチャンピオンへの挑戦権を手にするのか!」
実況が大声でまくし立てる。
観客たちががなるように声援を送っている。あまりの音量に何一つ聞き取れないが、そんな興奮の渦も心地良い。
ユウリとこんなバトルができる日が、こうも早く訪れるとは。
互いに譲らぬ攻防が続き、いよいよ両者最後の1匹。
ひりつく展開に胸が高鳴る。
オレはここで、こんなにも強くなったユウリに勝つ。そしてダンデへの挑戦権を手に入れるんだ。
最高のシナリオだ。
そのためにまず、この戦いを制してみせる。
「キバナよ、ダンデに勝つんだろ!? だったらここも勝つしかねえよな!」
そう叫ぶと、観客は一層大きく声援を送り、盛り上がった。
割れんばかりの声援の中、最後の一匹。
オレの相棒、ジュラルドンが満を持して場に姿を現した。
同時に、ユウリもボールを投げる。
「お願い、ニンフィア!」
「ニンフィア!?」
そのポケモンに驚く。
ここでニンフィア?
フェアリー系は大体のドラゴンの弱点であるが、ジュラルドンにはそうではない。ジュラルドンは本当に弱点が少ないのだ。
格闘ワザか地面ワザ。
硬いジュラルドンの装甲を破ることを考えれば、格闘での物理攻撃は不向きだ。地面だけが現実的と言っても良い。
奇をてらった作戦に、順番が乱されてこうなったのか?
それならばこっちの計画通りだ。
そう解釈して笑みが浮かんだ、そのとき。
「キバナさん!」
いきなりユウリがオレの名前を大声で呼んだ。
「こちらこそ、絶対負けません! 勝負です!」
ユウリが叫んだ。
それを受けてしなやかで可愛らしい印象の強いニンフィアが、威嚇するように体勢を低くし、威嚇のうなり声を上げる。
コンビが見せたその気迫に、思わずつばを飲んだ。
観客もユウリが口上を返したことにテンションを上げて、今度はユウリに大声援を送る。
なんだ、やる気じゃねえか。
ここでニンフィアを出したのはトラブルではなく計画通り? もしかして、策があるのか……?
ニンフィアが覚えられる地面系統の攻撃も確か、ひとつだけある。
それならば。
ユウリはダイアースを使ってくるはずだ。一方こちらも、ニンフィアを戦闘不能にできる鋼ワザ、ダイスチルを習得している。
どちらが先に攻撃できるかだ。
やるしかない。
「荒れ狂えよ! オレのパートナー! スタジアムごとやつを吹き飛ばす!」
相棒は振り向いて頷いた。
ボールとダイマックスバンドが赤く光る。
巨大化したジュラルドンを背後に、オレは命じた。
「ジュラルドン、ダイスチルだ!」
ビルのようなジュラルドンの足下から発生した鋼の柱が、ニンフィアに向かって鋭く地を這う。
「ニンフィア、まもる!」
「っ!?」
鋼の道ができるが、それはニンフィアの周りに円形に張り巡らされた不可視の壁に阻まれた。ごく僅かにそこを通過した鋼の柱がニンフィアの前足を襲うが、殆どははじき返される。
速さ勝負になるかと思いきや。
ダイマックスしていられる時間はあまり長くない。こうして防御しながら時間を稼ぐことで、こちらのダイマックスが解除されることを狙っている?
ジュラルドンがもう一度、ダイスチルで攻撃を試みる。
「ニンフィア、みがわり!」
ニンフィアは作り出した己の幻影によって攻撃を流すと、ここでようやくダイマックスした。だが、攻撃を仕掛けてはこない。
「ダイウォール!」
あの攻撃的な煽りから一転。防御ワザばかりを繰り出して、守りに徹する。
「くっ」
こちらは時間切れだ。
ビルのようだったジュラルドンの巨体が縮んで行く。時間差でダイマックスさせたユウリのニンフィアは、巨体を維持したままジュラルドンを見下ろしている。
ユウリにとっては、ジュラルドンを一撃で仕留める絶好のチャンスだ。
「ニンフィア」
来るか。
「ダイフェアリー!」
「へ」
ダイアースを打ってこない!?
ジュラルドンは巨大化したニンフィアのワザを受けたが、苦手属性ではないため一撃で倒れはしない。
ああ、そうか、なるほど。
……やられた。
あのニンフィアは地面ワザを持っていないんだ。
守って守ってジュラルドンのダイマックス切れを狙い、効果が高くなくてもダイマックス対素の状態に持って行き、押し切る作戦か。
オレが早まって初手でダイマックスをさせずに、じっくり様子を見ていたらどうだったか。スタミナ切れを狙って長期戦に持ち込み、こちらだけが持っている有利ワザで粘り勝つことができただろう。
完全にオレの采配ミスだ。
……いや。
してやられたんだ。
サイズ差が逆転した中、アイアンヘッドを繰り出して硬い頭で頭突き攻撃を仕掛ける。大きなダメージは与えられないが、ニンフィアにも蓄積された損傷がある状態だ。
ニンフィアはジュラルドンの攻撃を受けた前足を庇っている。あと一撃アイアンヘッドを食らえば、持ちこたえることはできないだろう。
だが、そのチャンスは巡ってこない。
「ニンフィア、ダイフェアリー! いけーーーー!」
ユウリが叫んだ。
渾身の力で、二発目のダイフェアリーが放たれる。
広域ワザと化したそれを、このスタジアムのフィールド内で避けることは不可能だ。弱点ではないとはいえ、力で押し切られてしまう。
重い衝撃派のような空間の揺らぎと、振動。
それを正面から受けて、ジュラルドンは地面に摺り跡を残し、押し込まれる。
ついには立っていられなくなり、後ろへよろめいて倒れた。
「……ジュラルドン、お疲れ様」
完全に地に伏し、地面に後頭部を打つより前に、ボールを掲げ、相棒を戻した。
「勝ったのは、ユウリ選手ーーーー!」
実況が高らかに宣言した。
ユウリに負けた。
信じられない。
ああ、でも、なんて楽しい戦いだっただろう。
高揚が収まらない。
「オレさまと、オレさまの愛しいポケモンたちが強くなるよりも遙かにとんでもなく強くなりやがって!」
ユウリは嬉しそうに、それでいてイタズラっ子のような顔で笑った。
「オレさまも若いのによ、もっと若いやつらの成長には驚くしかねえ! 未来しかねえな。勢いそのままにダンデをぶっとばせ!」
興奮冷めやらぬまま激励して、そんな風に発破をかけた。
ダンデとの試合までは少しインターバルがある。
着替えてから、ユウリの控え室を訪ねた。
「ユウリ、今大丈夫か?」
「あ、キバナさん! 大丈夫ですよ! お菓子いりますか?」
ダンデ戦に向けて手持ちの調整やポケモンたちとの作戦確認なんかをしていたら挨拶だけして早々に立ち去ろうと思っていたのだが。ベンチでスタンドで売っているカード付きチップスを食べてゆっくり休憩している様子。本当に大丈夫そうだ。
進められるまま隣に座って、チップスをつまんだ。
「ん、ありがと。それと、ファイナルトーナメント優勝おめでとう」
「ありがとうございます! 最初のコータスで作戦が崩れちゃったので、焦りながら残りの子でできることを考えてました」
「いや、めっちゃ悔しいわ。最後、まんまと騙されたぜ」
化かし合い、読み合いはバトルの醍醐味だが。
「えへへ」
まさか顔に出やすいと思っていたユウリに、あんなに大胆に騙されるとは。
「ところで」
ふと思い出した、という風な顔で、ユウリがお菓子から顔を上げる。
「ニンフィアってジュラルドンの弱点ワザ覚えられるんですか?」
信じられない質問に、絶句した。
「覚えるよ!? 知らないでひっかけたのか!?」
「え? はい、自信満々なかんじでやれば深読みしてひっかかってくれるかなって」
「はあ!?」
「顔でバレそうって思ったから目を合わせられなかったんですよ! あ~どきどきした!」
あの大一番でそんなハッタリをかませるなんて。
大物だなコイツ。
「オマエ、悪い女だな……」
んふふ、みたいな、得意げな含み笑い。
なんだそれ。
今の顔はかわいかったぞ。撮っておけばよかった。
「まじかよーオレさま完全にひっかかったわー」
「最初のやつ、雨にしたら利用されちゃったんですけど、あれって変えない方が正解でした? そういうひっかけ?」
いや、変えなければ変えないでオレが有利になっていた。変えた方が良いが、雨ではない天候に変えるべき、が正解かな。だが、それを素直に教えはしない。
「どうかなー? 次やるとき確かめてみてくれよ」
「ええー。気になる! 今気になるのにー!」
首をかしげるとユウリの肩まである焦げ茶色の髪が揺れる。その動きを目で追った。
不満げにわめいているユウリもかわいい。
ああ、楽しいな。
「なあ、ユウリ」
ずっとユウリとバトルして、カレー食って、こうやって騒いでいられたら。
それでいい。
恋人同士になんてなれなくても。
「来年はナックルジムに来ないか」
ユウリは目を丸くした。
「キバナさんったら、なに言ってるんですか! 私はジムトレじゃなくてチャンピオンになるんですよ!」
「いや、万が一。ダンデに勝つ確率は100パーセントじゃないだろ。もしかしたらのとき!」
尚も食い下がると、ユウリは考えるように視線を泳がせた。
「まあ……そうですけど。ダンデさんに勝つつもりで頑張ってきましたけど、ダンデさんはもちろんとっても強いですからね」
「だろ?」
「でもそうしたら、来年もジムチャレンジ参加しますし……」
「オレが推薦してやるから。だからナックルジム所属で出ろ」
「あ、そういうことなら。いいですよ!」
ジムトレとしてチャレンジャーを試す側になるのではなく、出場できるなら。しかも推薦確約なら。とばかりに、ユウリは即決で良い返事をした。
「やったー! ユウリー!」
思わず抱きつく。
我ながら積極的だが、あまりのうれしさに感情表現が大胆になるのは仕方ない。
「喜ばないでください! 私が勝ってチャンピオンになったらなくなる話ですからね!」
「おう。次の試合、いよいよダンデだな。応援してるぜ!」
振り払われないのをいいことに、そうしてしばらくユウリにくっついていた。
ユウリと付き合いたいとか恋愛感情を持ってもらおうとか、そんなことは考えるべきじゃない。
だが、側にいることくらいは望んでもいいんじゃないか?