激しい砂嵐が、走る地上車に吹き付け、フロントガラスが茶色く染まって前方を見るのが困難になっていた。
地上車は、クリュセ平原を抜け、アラビア大陸に入ったところだった。果てしなく続く大陸は、どこまでも土と岩だらけの荒れ地が続いた。かつてテラフォーミングが行われたこの地は、住むものがいなくなってから、既にその効果は薄れ、宇宙服が必要となっていた。その影響で気候が変動して激しい風が吹き荒れる場所も多かった。
地上車はがたがたと揺れており、とても快適とは言えなかった。ハンドルを握る女の腕は、力強く揺れに対抗しようとしていたが、数時間もそうしていると、疲れて限界を迎えていた。
地上車を停車させた女は、疲れた腕を大きく動かして回復させようとしていた。
そうしている間にも、風は吹き荒び、地上車がどんどん砂に埋もれていった。彼女は、砂に埋もれる前に、再び車を走らせるしかなかった。
もう、数時間走らせれば、最初の巡礼地につくはずだったが、太陽がだんだんと地面に近付いてきており、到着する頃は夜になっているかも知れなかった。
女は時折、センサーの表示を確認して、車両の気密性が保たれているか確認をした。気密性が喪われれば、途端にこの旅の継続は困難になるからだ。彼女が少し後ろを振り返ると、後部の居住区画では、ベッドを占領するもう一人の女が眠りについていた。この激しい揺れの中でよく眠れるな、と女はため息をついた。
その女――。
山本玲は、かれこれ二十年ぶりぐらいで、この火星を訪れていた。
もともとは、彼女の両親のそのまた祖父母の更に前の時代に、移民として火星に移り住んだ。彼女が幼少を過ごしたアルカディア市は、地球との間で勃発した内惑星戦争によって既に喪われ、現在は、瓦礫しか残っていなかった。この旅は、太陽系一とも呼ばれるオリンポス山の麓に存在した、かつてアルカディア市と呼ばれた場所を目指していた。
自らのルーツを辿ることにより、これまでの人生に決別し、新たな人生に向かう決意だった。
この決意のきっかけは、ちょうど半月前に執り行われた、古代と雪の結婚式によるものだった。その半年前には、当然のように招待状が届き、その日は飲み慣れない酒を飲み、最悪な朝を迎えた。それに付き合わせた篠原には、大いに迷惑をかけたが、彼からの付き合っちゃう? という誘いだけは頑なに断っていたようである。正直、彼女はほとんど覚えていなかったのだが。
結婚式には、ヤマトの乗組員はもちろん、藤堂や土方ら地球防衛軍の人々や、地球連邦政府、そしてガミラス大使館、遠いイスカンダルやガミラスからも賓客が訪れて、盛大に執り行われた。
当初、式に参加するのを躊躇していた彼女だったが、行かないという選択は、何だか負けを認めたような気持ちになり、プライドが許さず意地で参加を決めた。
しかし、行ってすぐに後悔することになった。式の最後に二人が交わした口づけを、彼女は冷静に見ることが出来なかったのだ。足元から地面が崩れていくような感覚を味わった彼女は、その後に行われた日本の伝統的な披露宴の食事も、最初は喉に通らなかった。
彼女の座席は、ガミラスとイスカンダルからわざわざやって来たメルダ・ディッツと、ユリーシャ・イスカンダルに囲まれており、次第に気持ちを持ち直した彼女は、披露宴の後も三人で街に繰り出した。実際には、ユリーシャの護衛部隊が着いてきていたが、それを無視して三人で楽しく過ごした。
ユリーシャの誘いで後からその宴にやって来たガミラス大使とその秘書を、女三人で徹底的におもちゃにしてからかった。大使によれば、古典的な披露宴などという催しを画策したのは、その彼だった。宇宙規模の客人が来るからには、伝統的な儀式をするべきだとしつこく古代に迫って無理やり決めさせたようである。
彼らと別れた後も、そのまま三人でユリーシャが宿泊していた迎賓館に無理やり泊まった。翌朝、何故か元気なユリーシャを除き、メルダと二人で最悪の朝を迎えたのだった。前日の夜の記憶が薄かった彼女だが、どうやら皆に火星に行くと宣言をしていたらしい。
ユリーシャは、しきりに、いつ行くの? と聞いてきてしつこかったので、何となく日程を決めてしまって、今日に至っている。
決意を決めてからは早かった。地球防衛軍のつてを辿って宇宙船を借りて、かつての宇宙探検に使われた、古ぼけた地上走行車両を調達した。これを宇宙船に吊り下げて、火星までやって来ていた。ユリーシャはというと、こっそりと護衛を巻いて抜け出して、ここまで一人でやって来ていた。今頃地球では、イスカンダルの特使が行方不明だと騒ぎになっているかも知れなかったが、山本は知ったことじゃないと思って特に気にしていなかった。
ユリーシャは、どうして車を使うのか、不思議そうに何度も聞いてきた。航宙機でひとっ飛びで行くのは、今回のかつての火星の都市の跡を辿る巡礼の旅の目的に合ってない。それを説明しても、どうもユリーシャには理解出来ないようだった。
それから暫く地上車を走らせていると、次第に風が収まり、危険な地域からは抜け出していた。更に数時間が経過し、すっかり日も落ちて、彼女はそれ以上進むのは困難と判断した。
山本はブレーキペダルを踏んで、ゆっくりと地上車を停車させた。地上車が照らすライトの明かりには、車が巻き上げた砂埃が宙を舞って光っていた。きらきらと光る砂は幻想的だったが、やがてそれも収まった。
山本は、ヘッドライトを消し、長く息を吐き出して、暫くハンドルにもたれ掛かった。今日はこの場でキャンプだな、と彼女は疲れた頭で思っていた。車両に搭載されているGPS受信機は、反応を示さず、現在位置が把握出来なかった。これは、火星軌道上のGPS衛星の数が足りない為だ。火星には、現在は誰も住んでいないので、わざわざGPS衛星を新たに飛ばす理由がなかったのだ。山本が受信しようとしていたGPS衛星は、内惑星戦争前から飛んでいるものだ。
太陽系内の鉱物資源の採掘は、大気の無い木星や土星などの衛星を中心に行われており、大気圏を往来するような惑星の資源採掘は積極的には行われていなかった。これには、大量のロケット燃料も必要で費用もかかる。波動エンジンの搭載は、まだ防衛軍の艦船への採用が優先的で、資源採掘船にまで使われるようになるには、もう少し時間が必要だった。
それだけでは無く、遊星爆弾によって多数の死者が出た地球は、土地が余っている状態だった。わざわざ火星に移り住もうという人間が現れるには、まだ何年もかかるに違いなかった。
山本は、携帯端末を取り出して、GPS衛星の明日の朝の予想宙域を確かめた。幸い、明日はかなり長い時間、電波が受信できる見込みだ。こうして、彼女は大人しくここに留まって過ごすことを決めた。
山本が後部の居住区画に移動すると、一つしかないベッドにユリーシャが気持ち良さそうに寝ていた。一体何時間眠る気だろうか、と彼女は不思議に思っていた。
もしかしたら、イスカンダル人の生態についての秘密を目の当たりにしているのだろうか。そういえば、披露宴の後の酒宴で、彼女だけが翌日もけろっとしていた。自分と同じようにメルダが二日酔いに悩まされていたので、ほとんど地球人とガミラス人の生態には違いが無さそうだ。
山本は、すやすやと眠る彼女に顔を近づけて、様子を窺った。しかし、見れば見るほど雪を思い出してしまい、どうして連れてきてしまったのかと後悔した。見つめていると殺意が湧きそうだったので、仕方なくベッドの脇にあるソファーに横になった。クッションの位置を動かして、寝心地を調整していたが、どうもうまくいかない。彼女はいらついて、クッションを眠るユリーシャに投げ込んだ。
突然ぱっちりと彼女は目を開き、辺りを見回し始めた。彼女は、山本と目を合わすと、にっこりと笑った。そして、一言「お休みなさい」と言うと、再び頭から毛布を被って寝ようとした。山本は、立ち上がってその毛布を掴み、思い切り剥ぎ取った。
「起きてよ! ベッドは一つしか無いんだから、せめて端に寄ってよ!」
しかし、剥ぎ取った毛布の下の彼女は、身に何もつけておらず、山本は慌てて毛布を元に戻した。
「何でそんな格好してるの!」
ユリーシャは、困ったような顔で言った。
「いつも、こうだよ。寝るときは。駄目だった?」
「一人っきりじゃないんだから、少しは気を使ってよ! あなたの裸なんか見たくないし!」
ユリーシャは、少し剥れていたが、しぶしぶと毛布の下でごそごそと服を着ていた。
「これでいい?」
ユリーシャが毛布をとって服を見せた。いつものイスカンダルの服だったので、山本は意外に思った。少し考えて見ると、答えに思い当たった。
「もしかして、寝るときの服って概念が無いの?」
ユリーシャは、惚けた表情で少し悩んでいるようだった。
「地球人は、寝るとき専用の服があるの?」
山本は、そう言われてはたと気がついた。確かに、自分もそんなものは持っておらず、下着姿でいつも寝ていた。
「普通の地球人は、そうなの。私は、違うけど」
山本は、最後の方は、声が小さくなっていた。
ユリーシャは、暫くいろいろと考えを巡らせているようだった。
「雪は、どんな専用の服を着てるの?」
山本は、呆れて言った。
「その人の話題、禁止って言ったよね」
「そうだっけ?」
「そう言った!」
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開しています。
注)但し、以前pixivに連載した小説の加筆修正版です。以前のpixiv連載版とは、一部内容が異なります。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。