火星を走る地上車は、既に出発から四日目を迎えていた。
車は、アラビア大陸を抜け、大シルチス平原を越えて、エリシウム平原を目指して走っていた。
ここまで来る間に、幾つかの都市の跡を巡ってきた。どこも、風景は変わらず、虚しく都市の残骸が広がっているだけだった。かつて、火星人になった人々が住んでいた痕跡だけが僅かに残っていた。そこに住んでいた人々の営みは、どんなものだったのだろうか。
山本は、幼少の記憶がほとんど残っていなかったので、自らが持っている写真の画像の中だけに、その世界は存在していた。
山本は、気持ちが沈み込まないようにする為、時おり身の上話をして、自らを和ませることにしていた。普段は、火星への思いなど、誰にも話したことなどなかった。どうして、ユリーシャにこんな話をするんだろうか、と自問して見ると、彼女が地球人ではないからかもしれないと思っい当たった。
少女の頃に地球に移り住んでから、火星人と揶揄されいじめられたことも、彼女を頑なにした切っ掛けだった。そうして、傷付かないように生きてきて、身の上話を近しい人にする気も長年起きなかったのだ。
地上車の車窓には、凍りついた海か湖のような光景が広がっていた。行けども行けども風景は変わらず、果てしなく大地が続くかと思われた。
センサーを確認すると、車外の気温が極寒であることを示していた。
「マイナス百三十度か。車のエアコンが壊れたら、私たち死ぬかもね」
ユリーシャは、その温度があまりぴんときていないようだった。
「そしたら、乗ってきた宇宙船を呼べばいいんじゃない?」
山本は、困ったなぁと思いながら、返事をした。
「防衛軍でも長いこと使われていない、古い宇宙船を借りて来たんだ。そんな便利な機能はないよ。私たちが、自分で戻らないと。この旅、すごく危険だって、出発する前に言ったでしょ」
「そうだっけ?」
「言いました!」
出発前の会話で確かに伝えたはずなのに、人の話をちゃんと聞いているのだろうか、と山本は彼女を疑った。
一週間前――。
「防衛軍の知り合いに頼んで宇宙船と地上走行探検車両が調達出来た。一応、ユリーシャの分も食料と水、宇宙服などの装備も調達したけど、本気で一緒に行くの?」
月面基地の山本の居住区の部屋と、地球の迎賓館のユリーシャの部屋とで通信で会話していた。
「玲は、本気なんでしょ?」
「そうだけど」
「なら、私も本気だよ」
ユリーシャは、うきうきとしているようだった。
「これって、観光旅行じゃないんだよ? 人が住んでないし、宇宙服を着ないと居られないような場所なんだよ?」
「大丈夫、大丈夫」
あくまで、ちょっと旅行に行くような感覚でいるように見えるので、山本は心の底から心配になってきた。
「ねぇ。下手をしたら、死ぬかもしれないんだよ?」
「死ぬ気なの?」
ユリーシャは、惚けた顔をしている。
「そのつもりはないけど」
確かに、最悪死ぬようなことになったとしても、それもいいかな、と思うところはあった。
「それにしても、いったい何しに着いて来るの? もしかして、私が心配なの?」
「古代が結婚したもんね。ちょっと心配してるよ」
何てストレートに言うんだろう、と山本は思った。逆に気を使われるよりは、清々しいぐらいだったが。仕方なく、山本も、素直にそれを認めた。
「心配はいらない。死ぬなんて、プライドが許さない。私は、もうきっぱりと諦めなきゃいけないの。この旅は色んな意味があるけど、でもやっぱり、それが一番の目的」
ユリーシャは、不思議そうにしていた。
「他にいい人、いないの?」
そう言われて、頭に浮かぶ人がいない訳ではなかったが、頭を振って否定した。
「いません」
ふぅん、とユリーシャが言う。なんとなく腹が立った山本は、彼女にも同じ話題をふった。
「そっちこそどうなの。イスカンダルは、もう救済はやらないんでしょ? いい人と一緒になればいいんじゃないの?」
ユリーシャは、惚けた表情をしていたが、突然顔を真っ赤にさせた。
「いないよ! そんな人。全然いないから!」
何を慌てているのか、山本にはわからなかったが、もしかしたら、思い当たる人でもいるのだろうか、と考えた。ユリーシャは、ため息をついて少し寂しげな表情になった。
「ごめんなさい……私も同じ。諦めないといけないの」
山本は、少しだけ親近感が沸いたので、自然と笑みがこぼれた。
「ふうん。私も知っている人? 言いたく無ければ、詳しくは聞かない。そんな女の二人旅も悪くないかもね」
そんな会話をしたはずだったが、思いの外、ユリーシャは、悩んでいる様子もなく、気を許せば寝てばかりいるような生活を続けていた。もともと、運転は無理と最初から言われていたので、交代を期待する気もなかったが、あまりにも堕落した生活ぶりのような気がして、呆れることもしばしばだった。
そんな時、ユリーシャは、車窓に何か光るものを見つけた。何だろうと目を凝らすと、目の前に広がる氷原に何かが突き刺さっているのが見えた。
「玲。ちょっとだけ、車を止めてもらってもいい?」
山本は、ユリーシャをちらっと見てから、ブレーキペダルを踏み、地上車は、ゆっくりと停車した。
ユリーシャは、ちょっと見てくると言うので、山本も一緒に、後部の居住区画に移動した。そして、再び宇宙服を着ると、二人はゆっくりと車外へと出ていった。
山本は、前を歩くユリーシャの後から着いて行った。先程の突き刺さったものは、氷原の奥深くに実体があるのか、本当に何かの先端だけが顔を覗かせていた。
山本は、それを確かめたが、その物体が何かはわからなかった。そこには、かつての火星の都市はなかったので、何かが置き去りになったのか、宇宙から落ちて来たのかも知れないと山本は思っていた。
「ガミラスか地球の宇宙艦の落下物かも知れないな」
ユリーシャは、うーん、と考えていた。
「わからないし、ここにいても他に何もない。戻ろうか」
ユリーシャは、無言でそれにそっと触れていた。少ししてから、彼女は振り返って、山本に言った。
「そうだね。戻ろっか」
地上車に戻って宇宙服を二人で脱いでいる時に、ユリーシャは、山本の首もとをじっと見つめてきた。
「何?」
「そのペンダントって、いつもしてるよね。大切なものなの?」
山本は、そう言われて、首からぶら下がるペンダントに触れた。
「これは、兄さんの形見なんだ」
ユリーシャは、首もとを覗き込んだ。
「綺麗な赤い色だね」
山本は、ペンダントを寂しそうに見つめた。
「私も、兄も、火星移民団の三世代目の子孫だった。火星で生まれた子は、髪の毛の色がグレーになり、瞳の色が赤くなる。ここの風土がそうさせるのか、私は、詳しくは知らないけど。この瞳の赤い色に似た色の鉱石が、火星では採取出来たらしい。これは、火星から両親が持ってきたもの。両親も、兄も、ガミラスとの戦争で亡くなった。兄が亡くなった時に、これだけが戻ってきた。だから、大切な形見なの」
ユリーシャは、続けて聞いた。
「お兄さんのこと、好きだったの?」
山本は、素直に頷いた。何だか調子が狂う。何で、こんなに正直に答えているんだろう、と思っていた。
「時々、今でも思い出す。夢にも出てきたりする。古代さんは、優しいところが、兄に似ていたのかな。もう二人とも遠くへ行っちゃったから、比べることも出来ないけど」
そう言うと、途端に悔しさが込み上げて来て、自然と涙がこぼれてきた。
「どうして、私の大切なものを、皆、奪って行くのかな? 古代さんも、兄さんも、お母さん、お父さんも。故郷だったはずの火星も。何もかも、私には残ってない。あまりにも、不公平じゃない。酷すぎるよ」
彼女は、堰を切ったように、声をあげて泣き始めた。これまで、誰にも本音を悟られないように、ずっと強がって生きてきた。それが、素直に気持ちを吐露した途端に、隠してきたものを思わずさらけ出してしまった。
「何で私は、こんな目に合わなきゃいけないの? もう一度、兄さんに会いたい。出来ることなら、古代さんの傍にいたい。私の大好きな人たちと、ずっと一緒にいたいよ。全部、何もかも取り戻したい」
ユリーシャは、泣き続ける彼女をそっと抱き締めた。そして、彼女は涙が枯れるまで泣き続けた。
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開しています。
注)但し、以前pixivに連載した小説の加筆修正版です。以前のpixiv連載版とは、一部内容が異なります。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。