早紀は、ムサシ艦内の食堂を、一人で訪れていた。オムシスで温かい紅茶を出して、テーブル席でそれを飲んでいた。
彼女は沈痛な面持ちで、紅茶のカップを指でなぞっていた。そして、時おりため息をついては、紅茶を口にして、沈んだ気持ちを回復させようと努力していた。
あれから、医療室の病人のうち、三名の方が亡くなった。実験に必要なこととはいえ、悪魔のような実験に手を染めているような気がしていた。新見に、この実験に賛同してくれたあの人たちに逆に失礼ではないか、と言われたことももっともだったが、割り切れない思いを抱えていた。
そこへ、真田が一人やってきて、オムシスで何かを出そうとしていた。早紀は、その様子をぼんやりと見つめた。
真田は、いつもの固形食料を出した皿を乗せたトレイを持って、早紀の向かい側に腰掛けた。
「気分が優れないように見えるが、何か出来ることはあるかね?」
早紀は、何か言いかけたが、思い留まって首を振って下を向いた。
「何を気にしているかは、なんとなく想像出来るが。新見くんによれば、私は、マッド・サイエンティストらしいよ」
早紀は、その話しに少し反応したが、また視線を落とした。
「フランケンシュタインの製造は、まだ私の知識では出来そうも無いがね」
早紀は、真田がどうやら冗談を言っているのに気が付いた。科学的な議論好きで知られる彼が、このような冗談を口にするのが意外で、少しだけ驚きを持って顔を上げた。そして、早紀は気を使われているのを理解して、微笑して口を開いた。
「ご心配をおかけしてすいません。私は、大丈夫です。何とか自分で気持ちの整理をつけます」
真田も目を閉じて少しだけ笑みを浮かべていた。
「十分に準備は整ったので、実験の最終段階、コスモリバースシステムの起動を午後に実行したい。かまわないかね?」
早紀は、頷いた。
「はい。問題ありません」
早紀は、これまでの実験にかける思いを心の中で再確認して、考えていたことを真田に話した。
「私は、火星でたった数十年で実現した奇跡のようなテラフォーミング事業について、ずっと研究をしてきました。今でも、何故うまくいったのかわからない部分も多いです。今回、コスモリバースシステムの実験が、一体火星にどのような変化を与えるのか、その点に注目しています」
真田も頷いた。
「そう。コスモリバースシステムが惑星を再生する時、いったい何が起こるのか。どの時点の状態に再生するのか。その時の事象や、副次的な効果、そして、それらの変化をもたらす原因が解明できないか、私もそれに注目している」
早紀は、言いにくそうにしながらも、議論を続けようとした。
「亡くなった方々は、火星出身者の第二世代の人々です。彼らの記憶がもたらすものは何か、そして、コスモリバースの秘密に迫れるか、非常に興味深いです」
真田と早紀は、暫く話しをしてから、二人で食堂を後にした。そして、第二艦橋に戻ろうと歩き始めた。早紀が、少しだけ元気になった様子を見て、真田も安堵していた。
「ところで、フランケンシュタインの件。私は、真田さんなら、きっと作れると思いますよ」
真田は、その話に真剣な表情になった。
「なるほど。もし、私が本当に製造に着手したとすれば……」
真田は、そこから大真面目に製造の工程や、必要な物質、そして製造装置に至るまで、様々な方法について議論を始めていた。早紀は、そんな真田の姿に苦笑しつつ、艦橋に向かうエレベーターに乗った。
一方、アルカディア市を目指し地上車を走らせていた山本は、ナビゲーションシステムを確認しながらハンドルを操作していた。
「もうちょっとで、最後の巡礼地、アルカディア市に到着すると思う」
「着いたら、どうするの?」
山本は、片手で頬を掻いていた。
「実は、あまり考えてないんだよね。幼かったから、そこに住んでいたっていう記憶も無いし。何か思うところがあるのかどうか、正直に言うと、私も行ってみないとわからない」
ユリーシャは、そんな山本を静かに見つめていた。
「そうだ。私も少しだけ、自分の話をさせてもらってもいい?」
山本もユリーシャの方をちらっと向いて笑顔で頷いた。
「ぜひ、聞かせて」
ユリーシャは、遠いイスカンダルに思いを馳せた。
「私とサーシャお姉さまは、スターシャお姉さまとは歳も離れていた。私とサーシャお姉さまは、歳も近かったから、いつも二人で過ごしていて、とても仲良しだった。お母さまが、遠い星の救済に行って、行方不明になってから、私たちは子供のままでいることが出来なくなった。私たち自身が救済をやらなければいけなくなったから。あの頃は、それが私たちの使命で、生かされている理由でもあったから」
生かされている、という言い方に、山本は違和感を持った。ユリーシャは、その理由を語り始めた。
「スターシャお姉さまは、お母さまの代わりに女王として振る舞わなければならなかった。私たちは、あのガトランティス人のように、非道の限りを尽くした過去があったから、救済は、私たちに課せられた永遠の贖罪だったの。でも、スターシャお姉さまは、三人だけになった私たちで、最後の世代にすると決めていた。スターシャお姉さまは、以前のような優しさもあったけど、使命を最優先に考えるように変わってしまって、寂しかったのを覚えている。そうして、サーシャお姉さまと私が大人になった頃だった。ガミラスが地球を滅ぼす寸前になっていることを知ったスターシャお姉さまは、遂に、私たちを救済に送り出すことを決断した」
山本は、イスカンダル人がどのようにして、地球にやって来たのか、明かされようとしているのに驚いた。
「私、そんな重大な話を聞いちゃってもいいの?」
ユリーシャは頷いた。
「だって、玲が自分のことを沢山お話ししてくれたから」
山本は、苦笑いをした。
「そうだけど。ちょっと話のスケールが大きくて、緊張するよ」
ユリーシャは、更に続けた。
「最初は、サーシャお姉さまが行くはずだったの。でも、出発の準備をしている時に、病気になってしまって、暫く休まなければならなくなった。地球の状態は、刻々と悪化していて、サーシャお姉さまの回復を待てないと判断したスターシャお姉さまは、私を代わりに送り出すことにした。私も、たった一人で、遠い星に旅立つのは、沢山不安もあったんだよ? サーシャお姉さまは、私が旅立つ時、ごめんなさいって言いながらいっぱい心配してくれたんだ。でも、それが最後の会話になるなんて、その時は思わなかった」
ユリーシャは、数年前の出来事を寂しそうに思い出していた。
「私は、サーシャお姉さまと同じように、この火星に来て、ここで地球の人たちと落ち合った。ガミラスと戦争中だったから、最初は、警戒されて大変だっんだよ。でも、藤堂さんを始めとして、私を信じてくれた人たちがいたから、なんとかなった。私は、その後、外務次官の森さん一家に世話をしてもらって、波動エンジンの開発を見守っていた。でも、あのテロで一変してしまった。私は、持っていった波動コアが壊れてしまい、スターシャお姉さまに任務失敗を連絡した。そのまま意識を失った私は、気がついたら、ヤマトの中だった。サーシャお姉さまが後から来たことも、既に亡くなっていたことも、そこで初めて知った。私のせいでお姉さまが亡くなったって思うと、凄く辛かったんだ。けど、ヤマトの皆が必死に生きようとする姿を見て、私も任務を果たそうと思って、頑張ることにしたの」
山本は、それを聞いて、何か言わなければいけないと思った。
「お姉さんが亡くなったのはあなたのせいじゃない。地球人が、異星人を信用しきれなかった。それが、あなたの安全も脅かしたせいだ。申し訳なかったと思う」
ユリーシャは、「ありがとう」と言って、目を閉じた。
「でも、こうしてやっとお姉さまに会うことが出来た。玲のおかげだよ。ありがとう」
山本は、前を向いたまま、微笑していた。
山本とユリーシャは、サーシャの発見以降、急速に以前よりも仲が深まっていた。山本は、彼女とは、何でも話せる親友になれるような気がしていた。
「それにしても。私が仲良くなるのは、ガミラス人にイスカンダル人。それに、女ばっかり。これから、いい人、見つかるかな」
「私だって、探さなきゃ。いい人」
二人は、顔を見合せて、くすくすと笑いだした。
そうしているうちに、地上車は、最後の巡礼地、アルカディア市の跡地に到着した。
アルカディア市の残骸の広がる場所で、二人は宇宙服を着て歩き始めた。時おり山本は、立ち止まっては朽ち果てた建物や車の様子を確かめたりしながら、足を進めていた。そうして暫く、二人は廃墟を歩き回って観察を続けた。
山本は、ある場所に来ると、立ち止まって周囲を見回した。何かに気が付いた彼女は、足早になって進んだ。そして、その気が付いたものがなんだったのかを、唐突に理解した。
「ここだ……」
「どうしたの?」
「多分、ここに私は住んでいた」
そこには、朽ち果てた建物の廃墟があった。
山本は、携帯端末を取り出して、写真を確認し始めた。そして、ある写真の画像を表示して、その画像と周囲の様子を確かめた。
ユリーシャは、山本の手元の写真の画像を覗き込むと、そこには、家族四人が、家の庭で笑顔で映っていた。父と母に囲まれて、兄と玲が弾けるような笑顔をしている。玲は、もう二歳ぐらいか、面影が残っている。そこに映る兄の明生と玲は手を繋いでいて、とても仲が良さそうに見える。繋いでいない方の手には何かを持っていた。
山本は、画像を確認してから、そこにしゃがんで落ちているものを探した。
そして、砂に埋もれたそれを見つけた。
「これ……」
砂から取り出したのは、熊のぬいぐるみだった。それは真っ黒に汚れており、身体中が裂けて中身が飛び出していた。
山本は、それをまじまじと見て抱き締めた。
「思い出した……! また会えるとは思わなかった」
もう一度、山本はぬいぐるみを不思議そうに眺めた。どうしてここに置いていってしまったのか。とてもお気に入りだったのに。そうやって眺めていると何か思い出すことあった。
「確か、ネックレスと同じものが、最初このぬいぐるみについていた気がするんだけど」
山本は、ぬいぐるみを回して、足や背中を確認した。すると、お腹の部分にポケットのようなものがついているのを見つけた。手のグローブをそっとそこに差し入れて、中を探って見た。すると、中から小さな紙片が出てきた。
山本は、朽ち果てそうなその折り畳まれた紙片を、そっと開き始めた。
そこには、次のような文字が、拙い子供の字で書かれていた。
「おたんじょうびおめでとう」
それを見た彼女は、急に記憶が甦った。
「……そうだ。ネックレスは兄さんのプレゼントだった。このぬいぐるみの首につけて、渡してくれたんだ」
何で、こんな大切なことを今まで忘れていたんだろうか。山本は、徐々に思い出していった。
「そうだ。祖父母の家に疎開したんだった。慌てて移動したから、これをここに置いてきぼりにしちゃったんだ。確か、空襲があって、家が焼かれて、家族皆で泣いたんだった。そうだった。やっと、思い出した!」
山本は、感極まって目の前が涙で見えなくなった。宇宙帽が邪魔で涙を拭うことが出来ないので、彼女は涙が流れるのに任せた。
後ろにいたユリーシャは、黙って優しい目をして彼女を見守っていた。
山本とユリーシャは、アルカディア市の廃墟を後にして、地上車の傍に戻っていた。山本は大切にぬいぐるみを持ち帰って、修理しないと、と彼女は考えていた。
その時、一緒に車の前に戻ったユリーシャは、空に何かを目撃していた。彼方の空から、宇宙船らしきものが降りてきていた。かなり遠いので、黒い点にしか見えない。
「はてな?」
ユリーシャは首を傾げた。
実験艦ムサシは、オリンポス山の近くで、山頂近くまで降下して、空中で静止していた。
「徳川サン。波動エンジンノ全力運転ヲオネガイシマス。マモナク、コスモリバースシステムヲ起動シマス」
機関室の徳川は、第一艦橋のアナライザーに返事をした。
「了解じゃ。波動エンジン、五分後に全力運転する」
第二艦橋では、再び早紀たちが、各種センサーの調整をして、モニタリングを始めていた。
「波動エンジンのモニタリング、正常です」
神崎が報告した。
「医療室モニターも正常です」
日下部も、確認した結果を報告した。
コスモリバースシステムの起動準備を進める市瀬からも報告をした。
「コスモリバース、正常に稼働中。各種センサーも問題ありません。いつでも起動出来ます!」
真田は、機関室の徳川に確認した。
「徳川さん。そちらの状況はいかがですか?」
「一分後には、準備完了じゃ」
「了解しました。それでは、今から五分後にコスモリバースシステムを起動します」
真田は、機関室との連絡を終えると、新見と目配せした。新見も頷き、コスモリバースシステムの制御盤の前に座った。
早紀は、真田の方を見て、緊張の面持ちだった。真田は、少しだけ笑って、彼女の肩を叩いた。そして、リラックスするように促した。
「藤堂くん。最後に、君の指示で起動する。五分後に問題なければ、新見くんが起動操作をする」
「はい。よろしくお願いします」
そのまま、各人が最終調整と最後の確認を行い、準備は万端に整った。
真田は、改めて早紀に言った。
「コスモリバースシステム、起動準備全て完了しました」
早紀は、緊張で手が震えていた。これから、奇跡のような出来事が起こるはず。今から、その全てを確認できる。以前ヤマトが、コスモリバースシステムを動かした時は、彼女は地下都市にいて、地表の様子の変化を目撃出来なかったのだ。
早紀は、中央のテーブルの前で立ったまま、各人の様子を見た。皆も早紀の方を見て、指示待っている。
「ここから先は、人類の叡知を超越した出来事が起こるはず。皆さん、よろしく」
早紀は、大きく息を吸い込んで、指示を発した。
「コスモリバースシステム、起動!」
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開しています。
注)但し、以前pixivに連載した小説の加筆修正版です。以前のpixiv連載版とは、一部内容が異なります。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。