鬼狩りの鬼   作:syuhu

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お館様

『ぜひ会いたい』

 

胡蝶の話を聞いたお館様は、迷う様子すら見せずにそう即答したらしい。剛胆なものだ。鬼殺隊の頭なのだから、もっと慎重に事を進めるだろうと思っていた。対面出来ても数ヶ月先、もしくは直接会うのは難しいだろうとも思っていた。

 

だが実際は、トントン拍子に会談の話は進んだ。あまりにもうまく進むものだから、中継役の胡蝶でさえ首を傾げている程だった。

 

「罠とか?」

 

もはやここで会うのが恒例となったいつもの河原。ふと浮かんだ言葉をそのまま吐き出すと、胡蝶はゆっくりと首を降った。

 

「あり得ない、とは言わないわ。でも、私たちはそんな人に忠誠を尽くさない」

 

倒すべき相手に罠を張るならともかく、騙し討ちのようなことはしないだろうと胡蝶は言う。

 

「なら、胡蝶が信頼されてるってことだろ」

 

「そうなのかしら?」

 

「俺なら、胡蝶に有能な諜報をつけて監視させてる」

 

「え?」

 

「だから、いないって」

 

途端にキョロキョロと辺りを見回す胡蝶に言う。周囲に撒いた目は何も感知していない。少しでも不審なものがあれば、人だろうと獣だろうとすぐに気付くことが出来る。

 

「結局、いつだって?」

 

「5日後よ。悲鳴嶼さんがちょうど任務で、戻ってくるのにそれくらいかかるみたい」

 

「そうか」

 

岩柱は今回の会談に同席する。『悲鳴嶼行冥を同席させて欲しい』。要求したのは向こうではなく、こちらからだった。

 

「…本当に、大丈夫?悲鳴嶼さんは冷静な人だけど、独孤くんが目の前にいたらどうなるか、私でもわからないわよ」

 

「全部裏で事を進めるなら、別にいらなかったよ。でも、覚悟を決めたんだろ?」

 

「うん」

 

「なら、柱の中で一番影響力のある人にも、直接話をしておかなくちゃまずいだろ」

 

例えば。お館様と話を進め、何もかもうまくいって協力を取り付けられたとしても、鬼殺隊の中心たる柱たちは、お館様の指示に大人しく従いはしないだろう。鬼を狩り続けた剣士たちだ。これからは鬼と協力してくれなどと言えば、表面をいくら取り繕っても、深い軋轢が生まれてしまうことは間違いない。

 

ならばせめて、お館様以外に柱たちを説得出来る人間が必要だと思った。上からの視点でなく、同じ目線で物事を考えて判断でき、柱にも影響力のある誰かが。そう提案した時、胡蝶が渋々名前を出したのが、岩柱の悲鳴嶼行冥だった。

 

「お館様に協力を取り付けて、岩柱を説得する。でなきゃ、本当の意味で鬼殺隊と協力関係なんて結べない」

 

「わかってる。でも、駄目だったら独孤(どっこ)くんはきっと、無事でいられないもの」

 

「そりゃね」

 

日輪刀は無い。つまり、呼吸も使えない。そんな状態で柱最強の男と会うことがどれだけ危険なのかは、それなりにわかっているつもりだ。

 

「―――それは、いや。すごく、いや」

 

胡蝶と目が合う。黒い目。吸い込まれそうな濡れた瞳。それは今にも泣き出してしまいそうで、宝物を失った子供のように見えた。だから、俺は――そのデコっパチに思い切り、デコピンをかました。

 

「痛いっ!」

 

「その不安そうな顔やめろ。大丈夫だって」

 

「どうして?」

 

「現にこうして、柱と鬼が協力してるんだから。だから、大丈夫」

 

「…そっか。そうね。うん、わかった、信じる」

 

「信じろ」

 

明確な根拠など無い。それでも、柱と鬼が手を取り合うという奇跡が、今ここにある。ならば、もう一度くらい奇跡が起きたって、何らおかしくは無いだろう。だから信じよう。踏み出した一歩が、新しい奇跡になることを。

 

「じゃあ、全部うまくいったら、独孤くん、妹の説得もよろしくね」

 

「…え、なにを?」

 

そんな他愛もない話をしてから、その日は別れ。そうして、瞬く間に5日が過ぎた。

 

 

その場所は、予め知っていなければ立ち入ろうとすら思わない、鬱蒼と木の生い茂る山中の中にあった。招かれたのは、広い座敷の客間。胡蝶の案内に従ってそろそろと入ると、その中心に男性が二人座っていた。

 

「失礼致します」

 

「よく来てくれたね。ありがとう」

 

労いの言葉。それは透き通るような、人の心に深く染み入る、不思議な声だった。

 

「本当なら、こちらから会いに行かなければならなかった。君の鬼狩りを、少しでも邪魔したくなかったからね」

 

ふわふわと気分が高揚する。これは、精神に作用する血鬼術に近い。感覚を超えて直接、人の心そのものを揺らすことが出来る。息を吐く。心を落ち着けてからその人物の対面に座り、目を見据えた。

 

「貴方が、産屋敷耀哉ですね」

 

「うん、初めまして。独孤と呼べば良いかな?それとも、久次と呼んだ方が良いかい?」

 

「―――独孤で構いません。その人間は死にました」

 

一瞬、息が止まった。忘れかけていた。それでも、馴染んだ音が鮮やかにその名を思い出させた。なるほど。鬼殺隊は戦闘だけでなく、こういった諜報にも長けているのか。

 

「ごめんね。君のことは前から知っていたんだ。鬼に襲われたはずの家族が丁寧に弔われていると、報告を受けたことがあってね」

 

「いいえ。少しだけ、懐かしい気分になれました」

 

二度と呼ばれることが無かったはずの、そのまま捨てていくつもりだった名前だ。家族の記憶なんてほとんど残ってないけれど、人だった頃をほんの少しだけ、思い出した。

 

「やはり独孤は、カナエから聞いていた通りの優しい人だね。行冥は、どう思う?」

 

お館様がそう告げると、じゃらりと、その場に似付かわしく無い鎖の音が鳴った。

 

「どうも思いませぬ…。鬼は鬼、何をしようと、その鬼が奪った命は戻ってこない…」

 

静かな威圧が肌を叩く。それは、この屋敷に近づいた時からずっと感じていたものだ。お館様のすぐそばに座る、7尺はあろうかという大男。その手には斧と鉄球を鎖で繋いだような武器を持ち、下手に動けば即座に頭を飛ばされるだろうことが容易に想像できた。

 

この男が岩柱、悲鳴嶼行冥。今まで会ってきた柱ともまた違う、息苦しいとさえ思える程の威圧感。匂いが違う。気配が違う。漂う雰囲気は、人間というよりも先日会った上弦のそれに近い。確かに、以前胡蝶が言ったことは正しかった。この男と出会えば、大抵の鬼は即殺される。

 

「そうだね。失ったものは、決して戻ってこない。だから私は、失ってきたものたちのために、何をするのかが大切だと思ってる」

 

そう言って、お館様はこちらを見る。わかっている。そのために、ここへ来たのだから。

 

「―――お館様。私は、鬼殺隊と協力関係を結ぶため、貴方に会いに来ました」

 

「協力関係というのは?」

 

「鬼の情報と、日輪刀を提供して頂きたい。代わりに、私が知る全ての情報を提供します」

 

「鬼舞辻についての情報ということかい?」

 

「はい。そして、上弦の壱『黒死牟』、上弦の弐『童磨』、上弦の参『猗窩座』の容姿と血鬼術についてです」

 

「……何?」

 

その声の出処はお館様ではなく、岩柱から。事前に胡蝶から聞いている。上弦に関する情報を鬼殺隊はほとんど持っていない。出会うことが稀な上、出会った者は皆殺されているからだ。だからこそ、上弦の情報は喉から手が出る程欲しいだろう。それも鬼舞辻に近い壱から参の情報ともなれば、間違いなく今後鬼殺隊の役に立つ。

 

「しかし、情報というのは信頼が無ければ成立しません。例えどれほど正確に伝えても、鬼の話すことなど信用しない、と言われてしまえばそれまでです。だから」

 

「表面だけの協力では足りない、ということだね?」

 

「はい」

 

―――正直な所。日輪刀こそ欲しいものの、それ以外の鬼殺隊からの援助は、それほど必要では無い。幸か不幸か、鬼の身体は食事も療養も必要とせず、首を落とされない限り戦い続けられる。人なら必須となる援助のほとんどが必要ない。

 

だから一番の目的は、提供した情報をある程度信じてもらうこと。柱は皆卓越した技術と身体能力を持っている。そこに相手の血鬼術や戦い方の知識が加われば、上弦とも互角に戦えるはず。

 

「お館様」

 

胡蝶が口を開く。普段とは違う、強い口調だった。

 

「彼は、とても強く優しい人です。鬼舞辻を倒すという強い意志も、鬼殺隊の柱に劣るものでは無いと私は思います」

 

「別に優しく無いけど」

 

「独孤くんは静かにしてて?」

 

「はい」

 

にっこりと微笑んだまま睨まれた。最近時々、胡蝶から妙な迫力を感じる。

 

「それに、彼が鬼を狩るようになってから鬼殺隊の負担が減りました。おかげで柱は自己鍛錬と調査に注力できています。聞けば、下弦の鬼も何体か倒しているそうです」

 

「そうだね。以前に比べて鬼の出現数が明らかに減ってる。独弧の功績なのは、間違いないだろうね」

 

「では」

 

「カナエ。私はね、カナエに話を聞いた時から、協力するつもりだったよ」

 

「…え?」

 

呆けたような声。驚く胡蝶に、お館様は静かに微笑んだ。

 

「鬼と剣士の両方に狙われて、それでも独孤は剣士たちを出来る限り傷つけずに、鬼を狩り続けた。そのことを、私は尊敬している」

 

―――そうお館様が言った時、今までの日々が報われた気がした。多分、その言葉はずっと、誰かが言ってくれるのを求めていた言葉だった。

 

「だから、私は独孤を信じる。そして皆にも信じて欲しいと思ってる」

 

「…私は、承知しかねる」

 

顔を上げた岩柱が強くこちらを睨んだ。恐らく、目は見えていない。にも関わらず、心臓を鷲掴みにされたような重圧が全身にのしかかる。

 

「功績は認める。しかしこの鬼は、十二鬼月に至るほど人を食っている…。お館様の願いであっても、信用など以ての外」

 

「どうしてもかい?」

 

「ご意向に沿えず、申し訳ありません」

 

岩柱は大仰にお館様に頭を下げる。わかっていたことだった。信頼を得るには、あまりにも多くの人を殺し過ぎたのだ。鬼殺隊との協力を諦めたわけではない。ただ、両者の間にある壁の大きさを再認識した。

 

「そうか。なら、仕方が無いね。独孤」

 

「はい」

 

返事をしながら思考を巡らせる。柱から信用を得るには、どうすればいいか。だからだろう。お館様が次に発した言葉を、すぐに理解出来なかった。

 

「鬼殺隊に入らないかい?」

 

「え?」

 

「な…」

 

「――――――はい?」

 

訂正。間を置いても理解出来なかった。

 

 




主人公の名前は「孤独」からきています。鬼にも鬼殺隊にも味方はいない
、という意味でつけたのですが、割と序盤で味方が出来てしまいました。

追記:
主人公の名前は独孤(どっこ)と読みます。
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