鬼狩りの鬼   作:syuhu

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柱合会議

じくじくと。

唐突に右脚の傷が疼いて、不死川実弥は顔を歪めた。

 

柱合会議の最中である。その日の柱合会議は、珍しく日が落ちてから開かれた。急な任務で柱数名の到着が遅れるかららしい。行灯と、僅かな月明かりが照らすだけの鬼殺隊本部は、いつもとはどこか違って見える。

 

今は、集まった九人の柱がそれぞれ、担当地区の近況や、収集した鬼の情報をお館様へ報告している。しかし、それがどうにもうまく頭に入ってこない。原因はわかっている。思い出してしまったから。この右脚の傷をつけた鬼を。鬼を狩るなどというふざけた鬼のことを。そのせいで、話が耳に入ってこない程、こんなにもイライラしている。

 

「―――報告は以上になります」

 

「うん、ありがとうカナエ」

 

そうしている間に、柱からの報告が終わったらしい。気持ちを切り替える。あの鬼はいつか殺すと決めた。かき乱されるのは無駄でしか無い。何より、お館様に気付かれれば、いらぬ迷惑をかけてしまう。

 

「報告は、これで全部かな。じゃあ、私から皆に、聞いて欲しいことがある。とても大切な話だ」

 

瞬間、空気が引き締まった。通常なら、あとは解散して会議は終わる。柱からの報告はあっても、お館様から話があるなど初めてのことだ。吉報か。凶報か。一言一句を聞き逃すまいと、耳を澄ませる。

 

「上弦の壱、弐、参。その名前、容姿、能力が判明した」

 

「なっ!?」

 

それは、予想を遥かに超える情報だった。動揺しない心構えは出来ていた。しかし、お館様の口にした話は、それを軽々と超えていった。

 

「まさか、接触して生還した隊員がいたのですか!?」

 

初めに声を上げたのは煉獄。元々大きい地声が、動揺のせいか更に大きくなっている。お館様は、静かに首を振ってから返答した。

 

「隊員では無いよ。でも、鬼殺隊に協力してくれている者だ。確かな情報だと、私は思っている」

 

「そんな、まさか」

 

煉獄は絶句し、押し黙った。当然だろう。隊員でも無い者が、上弦の壱から参と遭遇して生きている。そんなのは、奇跡以外の何物でもない。

 

「それと、僅かながら鬼舞辻の情報も貰っている。こちらも信憑性は高い」

 

「―――」

 

今度こそ、全員が驚愕で言葉を失った。上弦と鬼舞辻の情報。それらは鬼殺隊の柱が長年調査し続け、一つも入手出来なかった情報だ。価値は金にも金剛石にも勝る。それが一度に舞い込んでくるなど、いっそ疑わしくさえある。

 

ふと気になって、柱の表情を窺った。誰もが驚愕し、その意味を必死に飲み込もうとしている。しかし、そうではない者が二名いた。――胡蝶カナエと悲鳴嶼行冥。この二人だけは、冷静な様子でお館様を見ている。まるで以前から、この情報を知っていたかのように。

 

「行冥。後は頼めるかな?」

 

「御意に」

 

全員の視線が、お館様から悲鳴嶼行冥へと向いた。やはりこの男は予め知っていた。そして事前に、お館様と何かしらの相談をしていたのだろう。

 

「…この後、私は上弦の情報を提供した協力者と、手合わせを行う。皆には、その行く末を静観してもらいたい」

 

「意味がわからない。何故そんなことをする必要がある」

 

「協力者を推し量るため。信じるに値するかを、判断して欲しい」

 

伊黒への悲鳴嶼の返答は、尚更意味がわからないものだった。貴重な情報の提供者を、岩柱自らが手合わせして量るという。つまりそれは、提供者に何かしら疑わしい点があるということだろうか。わからない。しかし、嫌な予感がする。右脚が疼く。じくじくと、忘れ去った痛みを思い出させるように。

 

「なぁ、悲鳴嶼さん。結局のところ、その協力者ってのは何者なんだよ」

 

音柱、宇髄天元の言葉に、悲鳴嶼は僅かに逡巡した様子を見せてから。

 

「……協力者は、鬼狩りの鬼だ」

 

「―――え?」

 

甘露寺の上げた驚愕の声は、悲鳴嶼が原因では無かった。甘露寺はどこかを見ている。それはお館様の方でも、悲鳴嶼の方でも無い。――屋敷から離れた場所。いつの間にかそこにいた、黒い着流しと白髪の男を、見ていた。

 

「―――ッ!!!!」

 

何と叫んだのかは覚えていない。認識した瞬間、言葉にもならない悲鳴じみた叫びを上げて、即座に斬りかかった。殺す。殺すと決めた。今だ。今すぐに、その首を刎ねてやる。

 

「風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ」

 

「水の呼吸 肆ノ型 打潮」

 

だが、繰り出した技はその手前で何者かに止められた。風を流し、抑えきる柔らかな剣筋。姿を見ずとも、剣技のみで誰なのかはわかった。

 

「何しやがる、冨岡ァ!!!」

 

「………」

 

冨岡は応えない。いや、応えるつもりがないのだろう。心底冷めた表情でじっと、こちらを見下ろしている。

 

「邪魔するんならテメェごとッ―――!!」

 

「不死川。俺が斬る」

 

鍔迫り合うすぐ脇を低く、伊黒が駆けていく。冨岡も反応するが、少しでも手を抜けば押し切られるのがわかっているのだろう。柄を握る手に力を入れたまま、伊黒を見逃した。

 

「鬼は死ね」

 

「おっと、そりゃさせらんねぇな」

 

「―――っ、宇髄、そこをどけ」

 

「派手に断る。通るなら、押し通れ」

 

行く手を阻んだのは、宇髄天元。何の冗談だ。鬼殺隊の中心たる柱二人が、鬼狩りを邪魔しようとしている。理解出来ない。鬼殺隊本部に鬼がいるという異常。鬼殺を柱が止めている異常。これは現実か。それとも、性質の悪い夢か。

 

「実弥、小芭内」

 

―――意識が引き戻される。たった一言、お館様に名を呼ばれただけで、混乱と怒りで乱れた頭が鮮明になった。刀を納め、膝をつけてお館様に向き直る。確認しなければならない。この鬼のことを。斬るのはそれからでも遅くは無い。

 

「鬼狩りの鬼、独孤は私がここに招いた」

 

「…それは、如何なる理由があってのことか、ご説明いただきたく」

 

「独孤は、鬼舞辻の支配を逃れてから一度も人の命を奪っていない。その上で多くの鬼を狩り、上弦の情報も提供してくれている」

 

やはりこの鬼が協力者。ならば、上弦の情報を持っているのも頷ける。元々は、あちら側にいた存在なのだから。

 

「私は、その功績に報いたい。だから皆に独孤を知ってもらい、今後も協力していきたいと思ってる。手合わせはそのために行冥が提案してくれたものだ。わかってくれるかな?」

 

わからない。わかるはずがない。鬼は醜く、存在してはいけない生き物だ。協力など到底容認できるものではない。しかし、お館様の言う通りこの鬼に大きな功績があるのもまた事実だ。提供された上弦の情報が本当なら、今後鬼殺隊にとって長く有益になる。

 

「―――ッ!」

 

強く強く歯を食いしばる。怒りと葛藤で沸騰しそうになる頭を無理矢理に静めて、なんとか言葉をひねり出した。

 

「わかりません、お館様。鬼と協力するなど、万が一にも、あり得ない」

 

「…実弥」

 

「鬼殺の許可を。この鬼は、俺が狩ります」

 

「―――なら。手合わせでなく、岩柱が俺を全力で殺しにくればいいでしょう」

 

唐突に割り込んだ声は、忘れもしない。あの日狩り損なった、忌々しい鬼狩りの鬼の声。

 

「どうか私のことを知ってください、なんて下手に出るつもりはないし。力量が足りていないなら、いっそ斬り捨てられた方がずっと楽だよ」

 

「駄目、独孤くん。悲鳴嶼さんは」

 

「知ってるよ胡蝶。鬼殺隊で一番強いんだろ?なら、岩柱に狩られなければ、俺の価値は証明出来る」

 

「いいのかい?」

 

「はい。お互い、そっちの方がわかりやすくて良いでしょう」

 

「そうだね。ありがとう、独孤」

 

お館様がこちらを見る。穏やかな、曇りのない瞳で。

 

「情報と命。独孤はこれだけのものを、自ら差し出した。それを否定するなら、同等以上のものを出さなければならない。今度はわかってもらえるね、実弥」

 

「…はい」

 

「小芭内も、せめて行冥と独孤の戦いを、静観して欲しい。これは私からのお願いだ」

 

「…御意」

 

「ありがとう。では、場所を移そうか」

 

お館様は微笑んだ。その顔は、岩柱と鬼の戦いの行く末を知っているような、安堵の表情だった。




超遅くなりました。しかも対岩柱戦まで辿り着けませんでした。何故あんな無茶な流れで前話を締めてしまったのか…。ちなみに、宇随天元と冨岡義勇が不死川実弥を止めたのは、事前にお館様から「柱合会議が荒れるようであれば鎮めて欲しい」と依頼されていたからです。
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