鬼狩りの鬼   作:syuhu

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死合

概ね想定通りに事が進んだ。場が荒れることも、風柱の説得に難儀するだろうことも、事前に予想出来ていた。当然だろう。殺しかけ、殺されかけた間柄だ。こちらとしてはもはやどうとも思ってないが、向こうからすれば最も消し去りたい鬼になっているはず。

 

だからこそ、前もって手をうった。荒れた場を抑える柱を複数名用意してもらい、納得しない者がいる場合は、手合わせを死合に変更すると、予め岩柱とお館様に話を通しておいた。

 

お館様にはやんわりと止められたが、こうでもしなければ説得材料としては弱い。それに、どうせ今までだって命懸けだったのだ。今更命の一つや二つ懸けたところで、それは普段と何ら変わりがない。死線をくぐり続けた弊害とも言える。

 

ただまぁ。唯一誤算だったことといえば、話を聞かされていなかった胡蝶が、思いの外怒っていたことだろうか。ある程度は覚悟していたが、どうやら勝手に命を懸けていることにかなりご立腹の様子。許してもらえるだろうか。許されても、きっとしばらくは胡蝶に頭が上がらない。岩柱との死合後に、頭が残っていればの話だけれど。

 

―――そして。その時がやってきた。鬼殺隊本部のほど近くにある、広大な演習場である。本部は木々の密集する場所にひっそりと建っていたが、ここはまるで山をくり抜いたかのような更地だった。今日は雲も少ない。見上げれば、夜空に浮かぶ半分の月がよく見えた。

 

「…準備は良いか」

 

真正面には岩柱。その他の柱は、離れた場所でお館様を守るように囲っている。きっとあの中心は今、この世で最も安全な場所だろう。

 

「お館様は、置いてきた方が良かったのでは?」

 

「進言したが、聞き入れてくださらなかった…。行く末を見届けるべき責があると」

 

「俺の首が飛ぶ様を?」

 

「お前も、お館様も、そうは思っていないようだが」

 

そんなことは無い。目を瞑れば夢に見る。見るはずの無い夢を、自分の身体を離れた場所から見上げる光景を、いつだって。それは恐怖だ。いつか具現してしまうのでは無いかと危惧する、根源的な恐れだ。

 

だから、今だって怖くて仕方がない。相手は鬼殺隊最強の男。こうして相対するだけで、身体が震える。岩柱の全身から漲る威圧は、上弦のそれに匹敵し得るものだ。死が怖い。何も残せぬことが怖い。だからこそ―――次に繋げる今を作るため、刀を振るい続けている。

 

「いいえ。死ぬかもしれないとは、いつも思ってます。ただ」

 

「ただ?」

 

「それ以上に、死ぬわけにはいかないとも思ってます」

 

「…そうか。ならば、言葉は不要」

 

じゃらりと鎖の音。応じるように刀を抜く。月光に照らされた日輪刀は真朱色。朱に黒が混じったようなそれは、人の血を連想させる。日輪刀は鬼狩りの象徴だ。その刀でさえお前は鬼だと告げてくる。これ以上無く、俺に相応しい色だと思った。

 

「先手は譲ろう」

 

「承知。では全力で」

 

力が漲る。底から湧き上がる万能感が脳を、全身を支配する。余力など残さない。この刀で。この呼吸で。存分に力を振るおう。

 

―――血鬼術 嵐の呼吸 嵐剴無間

 

振り上げた刀から斬撃が舞う。それは風に乗り、巻かれ、無数の雨になって辺り一面に吹き荒んだ。視認範囲全てを襲う刃。例え百を斬り払っても、残る無限に細斬りにされる。かつて真似た技を昇華させた、迎撃も回避も許さない必殺。それを。

 

岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚

 

悉くを撃ち払う離れ業で、岩柱は凌ぎきった。

 

「―――ははっ。なんだよ、それ」

 

震えた。心と身体が、そんな人間離れした事象を起こす存在を目の当たりにして、打ち震えた。

 

不可能を可能にしてこそ柱。必殺を確信しても、どうにかして乗り切るのだろうとは思っていた。しかし、現実はそれ以上だった。乗り切るのではなく、自身を襲う全てを払って押し通った。違う。この男は、他の柱とは立っている場所が違う。単騎で上弦を滅ぼし得る、現代で最強の鬼狩りだ。

 

と、そこでようやく気付く。いつの間にか岩柱の手から鎖が伸びている。どこに、と確認する間も無く身を捻って回避。次の瞬間には、背後から飛来した手斧が肩の肉をこそぎ取っていた。

 

「ッ!」

 

体勢を整える暇は無い。岩柱は既に次の攻撃を終えている。手斧と入れ違いで、今度は鉄球が飛んでくる。斬り払える質量では無い。これは回避を強要する一手だ。体勢を崩し、次の攻撃を有利にするのが目的。無理に防ごうとすれば、刀ごと頭部が破壊されるだろう。―――今までなら。

 

嵐の呼吸 乱れ白波

 

押し寄せる白波が鉄球を妨げ、抗い、弾き返す。振るった刀には刃零れ一つ無い。ずっと求めていた、強力な技にも耐えられる強度の刀。刃が通常よりも厚く、刃渡りも長い特注の日輪刀だと、胡蝶は言っていた。

 

「…見事。下弦ならば、既に三度は仕留めている」

 

鉄球と手斧を手元に引き戻し、岩柱は感嘆の声を上げる。

 

「見たことも無い呼吸。だが、風と水の名残を感じる。派生ではなく混成とは、長い鬼殺隊の歴史でも為し得なかったことだ」

 

「どうも。まぁ、血鬼術で繋いでるんで、結構ズルはしてるんですが」

 

「…お前の技量は、上弦に勝るか?」

 

「参には負けました。でも、今はわかりません」

 

「そうか」

 

ゴウゴウと空気が揺れる。それは岩柱から発された呼吸の音。さながら、蒸気を上げて力を発する列車のようだ。一秒、また一秒と、その巨躯の隅々に、溢れんばかりの力を蓄えていく。ならばこちらも応えてこそ、命懸けの死合というもの。

 

術式展開 破壊殺・羅針

 

足元に展開される花の紋様。これより挑むは新たな境地。嵐の呼吸と、上弦の血鬼術を併用する。不可能では無い。嵐の呼吸を習得するまでは分身の血鬼術と呼吸を同時に使っていた。問題は技量だが、追い付かないならこの場で上げてしまえばいい。今の相手はそれにうってつけの強者だ。

 

刀を強く握り、上体を低くする。さっき刮げた肩の傷もすでに癒えた。珠世さんに貰った回復薬のおかげで治癒速度が上がっている。そのせいもあってか、かつて無い程に今は身体の調子が良い。

 

全力で地面を蹴る。前進にあわせて投擲された手斧を、水の呼吸で受け流しながら接近する。

 

岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き

 

「わかってる」

 

頭上から降り落ちた鉄球を横に飛んで避ける。首をくくろうとする鎖は、風を纏わせた斬撃でうち払った。

 

嵐の呼吸 青嵐

 

間合いに踏み込んだ瞬間に3連斬。しかし、そこにはすでに岩柱はいない。じゃらりと鎖の音が響く。宙に跳んだ岩柱が、死角から手斧を投げている。それもわかってる。

 

破壊殺・脚式 流閃群光

 

かつて見た脚技を再現する。瞬足の連撃が、手斧と岩柱を蹴り飛ばした。だがこれも不充分。気取られたことを察知した岩柱は、即座に攻撃を中断して防御していた。闘気が満ちていく。宙に弾かれながら、岩柱は次の技の準備を終えていた。

 

岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部

 

嵐の呼吸 羅刹陣風・穿ち

 

 




長くなりそうなので2本に分けています。ブツ切りっぽくなって申し訳ないです。

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