鬼狩りの鬼   作:syuhu

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常断ち

目の前で展開される死合の苛烈さに、胡蝶カナエは息を飲んだ。何かあれば割り込むつもりだった。例え鬼殺隊を追放されようと、独孤を死なせるわけにはいかなかった。だからいつでも飛び込めるよう備えていたし、心構えも済ませていた。

 

だが、いざ戦いが始まってみるとどうだ。全ての技が必殺の攻防。距離を置いてようやく目で追える程の速度。全ての動作が桁外れで、とても割り込めるものではなかった。

 

特に、独孤。嵐の呼吸のことは聞いていたし、事前にいくつか型も見せてもらった。だが、まさかここまでのものだとは思わなかった。悲鳴嶼にも通用するだろうとは考えていたが、明らかに互角以上に戦えている。原因は多分。

 

「あの鬼、攻撃を事前に察知してんな」

 

「うむ!更に相手の隙も見えているようだ!厄介極まりない血鬼術だな!」

 

宇髄と煉獄の言う通りだ。強力な呼吸に加え、攻撃を充分以上に活かす血鬼術。それらの相乗により、独孤は柱以上の実力を得ている。

 

「おい不死川。あの鬼、お前と戦った時もアレ使ってたのかよ」

 

「…使ってねェな。あんなイカれた血鬼術はよォ」

 

「しかし、どういうことだ?斬撃を飛ばす術と、感知する術。俺には2つの血鬼術を使っているように思える」

 

「―――血鬼術を創造する血鬼術。独孤くんはそう言ってた」

 

柱の目がこちらに集中する。いつかは言わなければならないと思っていたことだ。だが、その時は今では無い。

 

「胡蝶。てめェ、なんでんなこと知ってんだァ?」

 

「この死合が終わったら全部話すわ」

 

見届けなければならない。そして、例え割り込めなくても、最悪の場合は私自身の身体で食い止める。彼が命を懸けているのなら、私も命懸けで向かわなければ対等では無いから。

 

 

斬り込む隙が見い出せない。呼吸で攻撃を打ち払い踏み込んでも、うまく往なされてしまう。原因はわかっている。技量と速さの不足。血鬼術で隙を見つけても、そこを突く頃には消えている。どれだけ性能の良い術を使えても、本体がその性能に追い付けていない。

 

分け与えられた鬼舞辻の血がもっと多ければ、血鬼術にも対応できただろう。だが、そのことを惜しいとは微塵も思わない。代わりに人としての強さを得た。気持ちで限界を超える強さ。そのおかげで、今も戦い続けていられる。

 

「―――しっ」

 

早く、もっと速くと、限界を超えて己を追い込む。両脚に全神経を集中。身体の内側、筋繊維一本一本にまで力を行き渡らせ、爆発させる。地面を蹴った瞬間、繊維の引き千切れる厭な音が響くが、意識の外に追いやった。

 

突然の加速に、しかし岩柱は一切の動揺を見せず、先程投擲した鉄球の軌道を捻じ曲げて迎撃。半身ずらして回避するが、左肩から下がごっそり抉れた。関係ない。回復薬はまだ効いている。一切減速せず、そのままの速度で接近する。残った右腕で邪魔な鎖を斬り払い、岩柱の首目掛けて刀を振る。

 

ガチン、と鈍い金属音が響く。(すんで)の所で防がれた。岩柱は引き戻した手斧を割り込ませて防御している。ならば手数でと、一際細かく振る。両腕、胴、肩。一呼吸のうちに繰り出す5連撃は、音速にさえ近い速さ。

 

だが―――届かない。逸らし、弾かれ、避けられる。呼吸を纏わせた渾身の斬り上げも、容易く防御される。半端では無理だ。必殺でも尚足りない。今この男に勝つのなら、死をも覚悟した攻めで無ければ押し切れない。

 

背後から鉄球が迫る。仕切り直すべく跳ぼうとすると、足首に絡んだ鎖に気付いた。まずい。攻撃に集中し過ぎたせいで血鬼術が途切れ、感知できなかった。このままでは鉄球に潰されて死ぬ。すぐに膝下を切断し、残った右脚で思い切り横に跳ぶ。だが。

 

「―――な、んで」

 

跳んだ先を鎖が塞いでいる。咄嗟に身を捻るが、遅い。まるで生きているかのように鎖は胴と右脚、左肩に絡みつく。動きを封じられた。自由の利かない身体を、岩柱の濃密な闘気が叩く。今まで以上の威圧感に、まるで全身を縛り付けられているような錯覚さえ起こした。

 

岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩・速征

 

死の予感。あれをまともに受ければ死は避けられない。抗え。死んでたまるか。今、この場で岩柱を殺してしまうかもという危惧はいらない。あれは俺以上の怪物だ。殺す気構えで技を使って、ようやくこの死地を乗り越えられる。

 

血鬼術 嵐の呼吸

 

眼前に脅威が迫る。大きく息を吸う。断ち斬る。この刀を振る先にあるもの、(ことごと)く。

 

常断ちの神風

 

一陣の風が吹く。荒れ狂う暴風ではなく、頬を撫でる柔らかな風。止んだ頃には全て終わっていた。絡んでいた鎖が緩んだことを確認して、息を吐く。

 

「…ここまでだな」

 

そう呟いた岩柱の手には切断された鎖がある。『常断ちの神風』は、斬ることのみに特化した技。狙ったのは武器本体や岩柱ではなく、それらを繋ぎ止める鎖。―――武器破壊。それが今出来る唯一の勝ち筋だった。

 

「認めよう。お前は技も、心も、信用に値する者だ。自身の命が危うい場面で尚、私では無く武器を狙ったことが、何よりの証明だろう」

 

「…もしかして、元から狙ってました?」

 

「力量が足りなければ滅ぼしていたのは、本当だ」

 

やはり、多少の過激さはあるものの、この人は良い人だった。思うように誘導されていたのは、ちょっとだけ悔しくもあるけれど。

 

刀を納め、お館様の方へ向き直る。言葉を失ったように棒立ちする柱たちと、安心したように微笑む胡蝶とお館様の対比が印象的だった。

 

「さて。これで、独孤の価値は皆にもわかってもらえたかな?」

 

お館様が口を開く。自分を除く全員がお館様の方を向き、膝をつく。心無しか風柱の背が震えている気もしたが、見ていないことにする。

 

「鬼殺隊は独孤に全面協力する。そして彼が頷いてさえくれるのなら、鬼殺隊に迎え入れたいとも思ってる」

 

「―――」

 

柱たちからは反対の声は上がらなかった。それ程に、岩柱との戦いで勝利したことが衝撃的だったのだろう。だからこそ、自分が言わなければならない。

 

「お館様。申し訳無いんですが、俺は当面、鬼殺隊に入るつもりはありません」

 

「理由を聞いても良いかい?」

 

「自分自身を認めていないからです。鬼殺隊の隊服は、俺にはまだ重い」

 

効率を考えるなら入隊するべきだろう。だが、鬼殺隊の隊服を着る自分が想像できない。お前は大勢の人を殺し続けた。どの面を下げて彼らと肩を並べるのだと、正気だか理性だかわからないものが言う。

 

考えた。どうすれば自分を認められるのか。考えても答えは出なかったから、一番簡単な方法に逃げることにした。

 

「―――上弦を狩ります。いつになるかはわかりませんが、その時にこそ、入隊させてください」

 

「わかった。いつまでも、待っているよ」

 

そうして、長い夜が終わった。

 




「お館様。独孤くんは、蝶屋敷に住んでもらおうと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「うん。いいよ」
「え?」
というやり取りがあったとかなかったとか。

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