鬼狩りの鬼   作:syuhu

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話の展開を書きながら考えるのは我ながらダメだと思う。


鬼を殺す毒

「人を食わない鬼を知っている」

 

手合わせの後、刀を納めた水柱が呟いた。鬼でなければ聞き逃してしまいそうな程の、蚊の鳴くような小さな声だった。

 

「それは、俺以外で?」

 

「そうだ。飢餓状態で兄を食わず、守ってみせた」

 

「そりゃ間違いなく、人を食わない鬼ですね」

 

鬼の飢餓は人間のそれよりも性質が悪い。人ならば腹が空けば弱るが、鬼は腹が空く程凶暴になる。その状態で自分の身体と近い肉を目にすれば、考えるよりも早く本能で食らいつくだろう。

 

「その鬼は、今どこに?」

 

「狭霧山にいる」

 

「……どこ?」

 

「育手の鱗滝左近次殿のいる山だ」

 

「…その山で、何をしているのでしょう」

 

「鬼殺の隊士となるべく、鍛錬を積んでいる」

 

「え、鬼が隊士になろうとしてるんですか?」

 

「違う。隊士になるのはその兄だ」

 

「………」

 

なんだろう。こう、要領を得ないというか、食い違ってるというか、やっぱりこの人話下手だ。

 

その後、腰を据えて辛抱強く話を聞き、ようやく大体の事情がわかった。鬼になってしまった妹。妹を人に戻すため、鬼殺の剣士になろうとしている兄。柱から妹を守ろうとした兄。柱から兄を守ろうとした妹。それはあまりにもよく出来すぎていて、まるで物語の主人公のようだと思った。

 

「というか、その話お館様も知ってるんでしょう?俺に教えてくれたっていいのに」

 

「だからこうして、今言っている」

 

「いや、うん、そうなんですけどね」

 

そうだけどそうじゃない。きっと伝わらないと思うんで、もういいです、はい。

 

「会うのか?」

 

「そのうちに。鬼殺隊に入るなら、会いに行かなくても出会うでしょう」

 

「そうか」

 

独り言のように呟くと、水柱はそのまま去ってしまった。言うべきことは言ったから!じゃあな!って感じなんだろうか。もやっとはするが、多分これがあの人の平常運転だと思うので、もう気にしないことにして手を3度叩く。

 

「にゃぁ」

 

「何か書くものある?」

 

「にゃあ」

 

「ありがとう」

 

背中の革鞄を開けて、便箋と鉛筆を取り出す。珠世さんと連絡を取る時にしか使わないが、場所を選ばずに文を書けるこの鉛筆というのは非常に使い勝手が良い。数が少なく貴重なのが欠点だが、いずれ毛筆に変わる筆記具になるだろう。

 

「鬼を人に戻す、か」

 

夢のような話だ。つまり、実現は限り無く難しいだろうということ。しかしきっと不可能では無い。何にだって例外はある。鬼舞辻の呪いから逃れる鬼がいるように、鬼が人になる例外もあるかもしれない。

 

手伝うことは多分出来ない。しかし、手助けならば出来る範囲でするつもりだ。

 

「竈門炭治郎と禰豆子、だっけ?」

 

この程度しか協力出来ないが、願わくば、兄弟揃って無事でいられることを祈る。

 

 

「―――あ、れ」

 

唐突に意識が覚醒する。バチンと頬を叩かれたような苛烈さ。

 

「―――何、してたっけ」

 

思い出す。そうだ。確か、杏寿郎に押し付けられた炎の呼吸の指南書を読み込んでいる最中だった。全3巻のうち2巻まで読み終え、さて最終巻に取り掛かろうかと手を伸ばし、そこでぷっつりと記憶が途切れている。

 

どうやら眠ってしまったらしい。ここのところ、突然眠ることが多々ある。誰かと共にいる時は平気だが、一人になると時々、何故か意識を失ってしまう。

 

「気が抜けてるな、俺」

 

パンパンと頬を叩き、意識をしっかりと浮き立たせる。安全な場所にいる安心感のせいだ。鬼は眠る必要など無いのだから、その時間を少しでも有意義に使わねば損だろう。

 

差し当たっては、この指南書を読み切って炎の呼吸を習得すること。手合わせの際、杏寿郎の型を見て一通り振れるようにはなった。しかしそれは本当に振れるだけ。水の呼吸よりも適性が薄いのか、型を写し取っただけの剣舞だった。

 

『よし!ならばこれを読むといい!』

 

その無様を見た杏寿郎が渡してきたのが、この指南書。鍛錬の方法、精神の在り方、呼吸の大まかな動き方などが書かれた本、というより炎柱の日記のようなもので、杏寿郎はこれを読み込んで柱になったらしい。

 

しかし、だからといってこの指南書が特別優れているわけでは無い。そもそもこの指南書は、書かれていることを体現出来る教え手がいて、初めて意味を持つ。これを読むだけで熟達するのは、それこそ才能ある限られた人間だけだろう。で、正しく杏寿郎はその限られた人間だったということだ。

 

「…読み終わったけど。うん、まぁ、ためにはなったかな」

 

以上、指南書を読んだ感想である。今度杏寿郎と会ったら、手合わせついでに返しておこう。

 

「失礼します。新しいものを試しに来ました」

 

部屋に来たのはしのぶちゃんだった。こころなしか、平時よりも機嫌が良いように見える。

 

「いらっしゃい。今度は何混ぜたの?」

 

「不死川さんの血です。独孤さんに投与すると言ったら、快く提供していただけました」

 

機嫌が良いのはそういうことか。ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら献血される風柱が頭に浮かぶ。

 

「そういえばさ、しのぶちゃん」

 

「…何でしょう」

 

手首に注射されつつ話しかけると、嫌そうな顔。実験を手伝っているからか、以前ほど露骨に無視はされなくなったものの、受け答えする時は大抵苦虫を噛み潰したような表情をする。ここまでくるといっそ清々しい。

 

「誰か雷の呼吸を使う知り合いとかいない?柱もいないみたいでさ」

 

「いませんね」

 

「伝手とかも無い?」

 

「無いです」

 

即答である。考える様子すらねぇのである。

 

「そっか。前渡した薬をまた貰ったから、よければと思ってたんだけど」

 

「……本当に、無いんです。雷の呼吸は使い手を選ぶそうで、育手も少ないと聞いたことがあります」

 

「そもそも絶対数が少ないのか。なら、仕方ないかな」

 

基本とされる呼吸のうち、水、風、岩、炎は見ることが出来た。あとは雷さえ習得出来れば、使える手がもっと増えると思ったのだが。

 

「そういえば。姉さんから、呼吸を見ただけで習得出来ると聞いたんですが、本当ですか?」

 

「半分は。習熟出来ないのが難点だけど」

 

「使えるだけで充分化物です。大抵の人は、それだけでも数年はかかります」

 

「ん〜、なんというかさ。集中すると見えるんだよね、色々」

 

「色々ってなんですか?」

 

「身体の使い方とか、力を入れる場所とか、そういうの」

 

そういえば、あの感覚はいつからだっただろう。鬼になって鬼殺の剣士に遭ってから?それとも、武芸者だった父の剣を見ようと、一挙手一投足を目で追うようにしていた頃から?よく、憶えていない。

 

「でも、便利ではあるけど、全然凄いもんじゃないんだよ、これ」

 

「嫌味ですか?」

 

「違うよ。結局俺は、一つのことを極めることが出来ない。だからこうやって、たくさんの武器を無理矢理覚えなきゃならない」

 

杏寿郎や霞柱のような才能なんて無い。それでもどうにか戦っていくために、嵐の呼吸を作り出したのだ。

 

「俺は、しのぶちゃんが羨ましいけどね。一つに特化してるってことは、それだけ対処されづらいってことだ。―――鬼を殺す毒、なんてものが作れるなら、尚の事ね」

 

注射された腕が朽ち、崩れていく。これは今までに無かった反応。彼女は今、下弦の鬼さえも滅ぼせる毒を、生み出した。

 

「おめでとう、しのぶちゃん。これで君は他にない、唯一無二を持った鬼殺の剣士だ」

 

「――――――」

 

目の前の現象が信じられないかのように、しのぶちゃんは目を見張り、固まっている。そのまま数秒間身じろぎせず、しかし急に我に返ったかと思えば、何も言わないまま振り返って部屋から出ていこうとする。

 

「……」

 

襖に手をかけると、何故か再度動きを止める。背中越しでも、彼女が何かしらを悩んでいるのは、容易に窺い知れた。そして、しのぶちゃんは一つ、大きく深呼吸すると。

 

「…感謝は出来ません。でも―――独孤さんの協力が無ければ、実現出来ませんでした」

 

そう言い残し、勢い良く部屋から出ていった。無くなってしまった腕を再生しつつ、ぼんやりと思う。姉と違って素直じゃない。でも、あれはあれで可愛いとこがあるよね。


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