鬼狩りの鬼   作:syuhu

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危機

雷の呼吸は6つの型で構成されている。霹靂一閃、稲魂、聚蚊成雷、遠雷、熱界雷、電轟雷轟。どの型も相手に初動すら見せない速さこそが重要な技。そのためには、地面を蹴る両脚の使い方が鍵になると慈悟郎さんは言う。

 

「意識することじゃ。筋肉や血管の隅々に至るまで認識し、力を巡らせる。それでこそ、本物の全集中なり」

 

そうして実演された技は、正しく雷鳴のような速度だった。それでいて、速度に引っ張られず正確な動作をしている。心が震えた。脚を失くそうとも、歳を重ね身体が老いたとしても、人は技術さえ磨けばここまでの高みに到れるのだと。

 

「杏寿郎はともかくとして。しのぶちゃんは、よく見ておいた方が良い」

 

動作を瞼に焼き付けながら、既に呼吸法を実践している杏寿郎はさておき。右隣で固まっているしのぶちゃんに声をかける。

 

「…はい」

 

返ってきたのは、意識の薄い小さな声。どうやらそんなことはわかりきっていたらしく、瞬き一つせずに慈悟郎さんの動きを目で追っている。

 

彼女も気付いたのだろう。自身の性能を引き上げるのではなく、技術によって限界の際まで行使する。そうすることで生まれる『速さ』は、小柄な彼女にとって最も重要な武器になる。それを知っていたからこそ、カナエはしのぶちゃんを同行させたのだ。

 

「―――どうじゃ。少しは参考になったか?」

 

「はい。おかげさまで色々と掴めました」

 

「見取り稽古が得意と聞いたが」

 

「完全ではありませんが」

 

刀を振るう。使う型は伍ノ型、熱界雷。完成度の高い技を直視し、呼吸のコツを聞いたおかげで、大凡8割程度は再現出来た。

 

「どうでしょうか」

 

「及第点じゃな。技が熟れていないせいで、身体に合っていない」

 

「はい。そこは鍛錬で埋めるつもりです」

 

今のは慈悟郎さんが使った型の再現だ。彼と俺とでは身体の大きさも、筋肉のつき方も違うのだから、ただの再現ではどうやっても不完全になる。慈悟郎は納得するように一つ頷いた。

 

「ならば、これも見ておいた方が良かろう」

 

慈悟郎さんは、そこいらに落ちていた木片を拾い上げると、ぶんと遠くへ放り投げた。

 

「―――善逸」

 

慈悟郎さんが名前を呼ぶ。それからは一瞬のことだった。何かが夜を高速で移動し、木片が真っ二つに切断される。そして、遅れて響く雷鳴の如き轟音。それは彼がーーー木片を斬り、型の残心をしている我妻善逸が、音の速さを超えたことの証明に他ならない。

 

「技も、身体も、精神も未熟。じゃが、壱ノ型においてのみ、既に儂を超えている」

 

「…有望ですね。柱にも届きうる才能です」

 

「壱ノ型しか使えない上に、眠っていなければ全力を出せんがの」

 

「………」

 

穴だらけだった。それでも、何かに特化していることは大きな長所だ。一瞬一度でも相手を上回る能力を持っていれば、そこから勝ちに繋げられる。

 

「さて。儂は、あちらの少女に稽古をつけようと思う。型は教えられぬが、体格に恵まれぬ者に雷の呼吸法はあっているじゃろう」

 

「ありがとうございます」

 

願ってもないことだった。この人に見てもらえるのなら、数日限りでも格段に腕を上げられるだろう。では、こちらもやるべきことをやらなければならない。

 

「杏寿郎」

 

「何だ」

 

「試したいことがある。たくさん」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

そうして、お互いに笑い合う。考えは同じ。試したいことがあり、目の前にそれをぶつけられる相手がいるのだから、やることは一つだ。

 

「夜明けまで手合わせだ。問題は無いな?」

 

「無論!」

 

 

―――いやもう、ほんと、勘弁してもらいたいと思う。

 

じいちゃんにしこたま叩かれて、そのまま気絶して、眩しくて目を覚ましたら外に放置されたままだしさ。そりゃ俺も悪かったよ?最終選別が怖くて、じいちゃんが用を足してる隙に逃げ出したしさ。呼吸を使って、かなり全力で逃げたし。

 

でも、それにしたって外に放置は無いと思う。お仕置きにしたってやりすぎじゃない?蟻、俺の上を行列で歩いてたし。潰さないように払うのも一苦労だった。

 

「じいちゃん!」

 

一言文句を言おうと思って、小屋の戸を思い切り開ける。そして気付いた。中から知らない音が3つ。そのうち一つは、背筋が凍りつきそうになる程に強く、それでいて人間が発するのとはまるで違う別の音だった。

 

「起きたか、善逸」

 

「じいちゃん、この音…!」

 

「わかっておる。安心せい、害は無い」

 

じいちゃんはまるでいつも通りに、炊事場で朝食を作っていた。そしてその隣には、見たことも無いくらいに可愛い女の子が立っている。

 

「え、嘘可愛い。…じゃなくて!早く逃げないと殺されちゃうよ!」

 

「…はぁ。善逸、もう一度言う。害は無い。そして良く、耳をすませてみろ」

 

「害が無いって、だってこの音は…!」

 

そこまで言って、はたと気付く。確かに音は人では無い。だが、ひどく静かで落ち着いた音がする。害意も悪意も置き去りにしたような、緩やかに吹くそよ風の音。

 

「わかったようじゃな。では、食事を運べ。今朝は客人が3人もおる」

 

「3人…」

 

「鬼殺隊の柱が1人、隊員が1人、そして―――鬼が1人じゃ」

 

 

あれから10日が経った。今日も雷の呼吸の鍛錬に費やす日々が続いている。予定では、雷の呼吸を見てある程度再現できたら帰るつもりだった。長くても3日程度で済むはずだったが、杏寿郎との手合わせを重ねるたび、お互いの力量がめきめきと上がっていくことに気付いてしまったら、当初の予定など忘れていた。

 

杏寿郎は変化しようとしている。従来の炎の呼吸から、より速く、より柔軟に、呼吸そのものを進化させている。類稀な才能を持つ男が、自分の見たあらゆるものを取り込み、先に進む。その速度たるや、一手打ち合うごとに力強さが増し、一歩踏み込む度に速く動くのだから、手合わせの最中は一秒とて気の休まる時間がなかった。

 

しのぶちゃんの方も、着実に強くなっている。慈悟郎さんの言った通り雷の呼吸は彼女に合っていたらしく、めきめきと腕を上げていった。毒で弱らせ、その間に速さで首を斬る。二つが両立出来たなら、きっと姉と同じく柱にもなれるだろう。

 

「お疲れ様です!肩でもお揉みしましょうか!」

 

「いや、鬼だから疲れないし、肩、凝らないし」

 

「なるほど!」

 

善逸くんには、かなり怖がられている。しのぶちゃん経由で聞いたところ、大人しい熊と一緒に生活しているようなもの、というよくわからない評価を頂いた。

 

音で相手の力量が何となくわかってしまう彼には、俺が傍にいるだけで休まらないのだろう。申し訳無さもあるものの、鬼と戦うとき気圧されないための良い訓練になっていると、慈悟郎さんは言っていた。

 

―――そして、それから更に一週間後。最終選別に中々行こうとせず、木にしがみついたまま動かない善逸くんを全員で叱咤激励し、半ば強引に向かわせ。ちょうど良い頃合いだろうと、その日の晩、慈悟郎さんに今までのお礼を言ってから、蝶屋敷へと帰還すべく小屋を出た。その、道中で。

 

「カァァァ、カァァァァァッ!!伝令!!伝令ィ!!」

 

バッサバッサと夜を飛ぶ、鎹烏の知らせを聞いた。

 

「カナエ!!上弦ノ弐ト交戦中!付近ノ剣士ハ至急応援ニムカエエッ!」




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