鬼狩りの鬼   作:syuhu

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運命の時

任務を終え、蝶屋敷に帰還する最中。私は、それに出会った。

 

「やあ、初めまして。俺は童磨。今日は良い夜だねぇ」

 

穏やかに喋る、人柄の良い青年のような男だった。にこにこと笑う。口調は優しく、相手を落ち着かせる声色。しかしその奥に、するりと相手の懐に潜り込んでそのまま飲み干してしまうような、油断ならない鋭さがあった。

 

『良いか、カナエ。もしも童磨という鬼に会ったら、絶対に、一瞬の油断もするな』

 

かつて聞いた言葉を思い出す。私はこれを知っている。この鬼は―――上弦の弐。一見しただけではわからないが、今までに何百人もの人を喰ってきた、正真正銘の化物。

 

「君は鬼殺隊の柱だね?女の子なのにすごいなぁ。とても可愛らしいし、せっかくだから名前を教えてよ」

 

「花柱の、胡蝶カナエよ。憶えなくて良いけれど」

 

「大丈夫だよ。俺は記憶力が良いからね、忘れても絶対に思い出してあげるから、安心して」

 

話しているのに、会話になっていない。これが本来の鬼だ。相手のことなど考えず、自分の都合だけで会話する。ただ意味のある言葉を口から放っているだけ。

 

「それで、一つ君に尋ねたいのだけど、裏切り者の鬼のことを知らない?」

 

「何故?」

 

「可哀想に、猗窩座殿が始末に失敗してしまったから、俺が代わりに追っているんだよ。捜し物は不得意なんだけど、あの方の命だからね」

 

猗窩座。聞いた名前だ。確か上弦の参、だっただろうか。その代わりに上弦の弐が彼を追っている。それだけ、彼が鬼舞辻無惨にも危険視されているということ。

 

「その反応は、知っていそうだね。よかったぁ、今までに会った鬼殺隊の子にも聞いていたんだけど、皆知らないっていうからさ。俺の予想が間違っていたのかもって、考え直すところだった」

 

嬉しそうに屈託なく童磨は笑う。その笑顔に私は寒気がした。今までに会った隊員がどうなったのかなど、聞くまでも無かった。

 

「知っていたら、どうするの?」

 

「教えてくれたら、優しく食べてあげる。教えてくれないなら、そうだな。君はとても可愛いから、ゆっくり食べてあげる」

 

なんの取引にもなっていない。改めて思い知る。独孤くんこそが、鬼としては例外中の例外、出会えたこと自体が奇跡のような存在だったということを。

 

「―――残念だけど、教えることはできないわ。例え、私の命が無くなっても」

 

「そっか。それはとても、残念だね」

 

言い終えると同時に首筋に悪寒。考えるよりも早く上体を反らし、そのまま後ろに跳び退く。距離を空けてから見たのは、扇を横に振ったままの姿でこちらを眺める童磨の姿と、さっきまで首があった場所に残る、氷の結晶の残滓だった。

 

「わあ、すごく速いんだね、びっくりしちゃった。それに、どうやら俺の能力も知っているみたいだ」

 

「意外だったかしら?」

 

「裏切り者の鬼に聞いたんでしょ?彼、俺と黒死牟殿の血戦を見ていたからねぇ」

 

独孤くんから聞いて、私は上弦の能力を知っている。この鬼は冷気を操る。自身の血を凍らせて、目にも鮮やかな氷細工を作り出して攻撃する。広い範囲を攻撃可能な血鬼術。それに上弦の身体能力が加われば、止めようも無い災害となる。

 

―――だが、この鬼の真価はそこではない。童磨は能力を使うたび、氷を霧状にして辺りに振り撒く。それを少しでも吸い込んでしまうと、肺が凍りついて壊死し、呼吸すら覚束なくなる。

 

身震いする。なんて恐ろしい。剣士は呼吸によって自身を強化し、ようやく鬼と同等に戦える。しかしこの鬼は、その呼吸ごと封じてしまうのだ。事前に知らなければ詰み。例え知っていても対処の難しい、あまりにも凶悪な血鬼術だ。

 

刀を構え、五感全てを研ぎ澄ます。少しの違和感、変化も見逃してはならない。相手は格上だ。一瞬一秒でも気を抜けば、その間に私を殺せる化物だ。例え命を捨てたとしても、私一人では首は取れない。だから出来ることをやる。少しでも可能性のある道を、命を懸けてやり遂げてみせる。

 

「頑張ってね。君の速さなら、もしかすると俺の首も斬れるかもしれないよ」

 

絶望の闘争が始まる。

 

 

斬る。冷気の束を、凍てつく氷の結晶を、首を狙う二つの扇を、全霊を込めて斬り払う。耐え凌ぐ。ただそのことのみに注力する。

 

冷たい風が頬を撫でる。しかし、寒さに震えることは無い。全身を巡る血が、激しく拍動する心臓が、それ以上の熱量を生んでいる。

 

「血鬼術 枯園垂り」

 

氷の斬撃。躱しきれない。肺に残った空気を吐き出し、技を紡ぐ。

 

「花の呼吸 弐ノ型 御影梅」

 

うねる連斬。反撃では無く、攻撃を斬り落とすことのみに全力を尽くす。凌ぎ切ると、童磨と目が合った。笑っている。新しい玩具が動くのを楽しむ子供のように、私の技を、動きを見て笑っている。

 

「肆ノ型 紅花衣」

 

咄嗟に出した技も届かない。見えない程の速度で避けた童磨は、離れた場所でまた笑う。

 

「うん、すごく惜しい。でもさ、それじゃあ俺の首は斬れないよ」

 

「そうかしら?」

 

「だってさ、君、時間を稼いでいるでしょう?だからあと一歩が、ずっと届かないんだよ」

 

「―――」

 

気付かれていた。しかし、だからといって戦い方を変えるつもりも無い。私ではこの鬼に勝てない。命を捨て、少しの手傷を負わせたところで、鬼相手には何の意味も無い。だからこそ、勝てる可能性を待つ。近くの柱が応援に来てくれるまでは、全霊で戦い抜く。

 

「うーん、このまま君と戦っているのも楽しいんだけど、夜明けも近いし、時間が無いからさ」

 

そう言って、童磨が両腕を振る。生み出されたのは、膝下くらいの大きさの、自身を象った精巧な氷人形。

 

「2対1になっちゃうけど、これも俺の血鬼術だから、許してね」

 

『血鬼術 散り蓮華』

 

「―――ッ!」

 

しぶく氷の波をいくつか斬り払ってから横に跳ぶ。自身の目を疑う。まさかあれは、血鬼術を使う個体を、血鬼術で作り出したとでもいうのか。

 

『血鬼術 蔓蓮華』

 

「―――伍の型 徒の芍薬」

 

間違いない。それも、技の威力も本体とほぼ同じ。耐久性は無いのだろうが、近くを血鬼術による氷の霧が漂っている以上、近付いて斬ることも出来ない。

 

―――凶悪なんて表現では生温い。これは剣士の天敵だ。この鬼が全力を費やしたなら、鬼殺隊の全滅だって充分にあり得る。表立って動くことの無い鬼舞辻以上の脅威だ。

 

「ごめんね」

 

突然に背後から声。避けねば、と思うより早く、背中に冷たさと熱さが同時に走る。あまりの衝撃に、身体から力が抜けそうになる。それを歯を食いしばって耐えしのぎ、全力で後ろに刀を振った。

 

「花の呼吸 陸ノ型 渦桃」

 

「―――まだ動けるんだ、すごく丈夫なんだねぇ」

 

渾身の技は、右手の扇で容易く防がれた。呼吸が弱っている。重傷を負ったことに加え、多分血鬼術を吸い込んでしまった。そのせいで最後の技は、避ける必要さえ無い威力になってしまった。

 

「が、ふっ」

 

「止めておいた方が良いよ。致命傷では無いけど、動いたら身体が千切れてしまうから」

 

そんなことはわかっている。だが、それでも倒れるわけにはいかない。一分一秒でも時間を稼ぐ。この鬼を倒す可能性を繋ぐ。それが今の私に出来る、唯一の任務なのだから。

 

「健気だねえ。大丈夫だよ、君は俺の中で永遠に生きるんだ。そうすれば傷の痛みも、息苦しさも、全てが無くなって救われるから」

 

悼むように、祈るように、童磨は語る。それこそが救いなのだと、心底信じているような声で。だから、私はどれだけ痛くても、言葉を発さずにはいられなかった。

 

「―――あなたに、人は救えないわ」

 

「…どうして?」

 

「痛みがあってもいい、永遠じゃなくたっていい、一秒一秒を自分の意思で生きていくことが、人の幸せなのよ。それを理解していないあなたは、ただ人を救ったつもりになっているだけ。利己的に人を食う、どこにでもいる鬼の一人よ」

 

「―――ひどいことを言う子だなあ。こんなにも君のためを思って、言ってあげているのに」

 

まるで傷ついたような表情。それを見て、わかった。この鬼には感情が無い。喜びも、悲しみも、自分とは関係の無いどこか遠いところにあるものだと思っている。だからこの鬼にとっての救済は、自分が思う自分勝手な救いなのだ。

 

「そう。あなたは―――とても気の毒な、鬼なのね」

 

「―――」

 

童磨は言葉を失った。多分それが、この鬼と会ってから初めて見た、感情らしい表現。

 

背後から迫る脅威を感じる。さっきの氷人形が、私を絶命させるべく接近している。どうしようもない。そちらに意識をやれば、真正面にいる本体に殺される。手詰まりだった。

 

『ごめんなさい、独孤くん』

 

私はここで死ぬ。やりたいことも果たせぬままで。覚悟はしていた。でも後悔は残る。もっと一緒にいれば良かった。もっと話していれば良かった。そして叶うなら、最後に一目会いたかった。

 

『血鬼術 蓮葉氷』

 

死の間際。走馬灯のような、何もかもが緩やかに動く世界で。

 

―――私は確かに、雷鳴を聞いた。

 

 




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