鬼狩りの鬼   作:syuhu

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童磨との戦い・前

童磨は見た。雷の如き速度で接近した何かが、結晶の御子を細斬りにした光景を。そして、勢いを一切殺さぬままカナエを抱き抱え、童磨の攻撃範囲外まで一呼吸のうちに離脱したのを。

 

「シイイイイィィ」

 

蒸気機関のような音が辺りに響く。抱いた感想はあながち間違っていない。溜め込んだ力を一気に解放し、爆発させ、雷鳴のような速度を得る。役目を果たした力はああして排出され、また次の力を蓄える。―――知っている。あれは雷の呼吸だ。そして、その使い手は。

 

「…独孤、くん」

 

「悪い。遅れた」

 

裏切りの鬼。鬼狩りの鬼。下弦の壱まで上り詰めながら、全てを捨てた奇特な男。―――独孤。そうだ。たしかにそんな名前だった気がする。

 

「今の、雷の呼吸だよね?新しい呼吸が使えるようになってるなんて、知らなかったな。それに、聞いていた話よりもちょっと、」

 

そこまで口にしてから、童磨は気付いた。ずるりと右手首から先がずれ、落下する。地面に転がった右手は消滅し、扇だけが残った。

 

「―――いや。かなり、強くなってるみたいだね」

 

斬られたのだ。カナエを抱き抱えたその瞬間に。目にも止まらぬどころか、斬ったことを気付かせない程の速さで。猗窩座殿との戦闘で、見たことの無い呼吸を使ったことは知っている。しかし、ここまでの技量は無かったはずだ。

 

「カナエ。退け。後は俺がやる」

 

「…ごめんね、独孤くん、私」

 

「謝るな。誇れ。ここまで繋げたのは、紛れも無くお前のおかげだ」

 

「…うん」

 

そして、紅い目がこちらを睨む。読み取れる感情は怒り。ぐつぐつと煮え滾る溶岩のようだ。

 

「怒っているね。さっきの子がそんなに大切だったのかな?」

 

「そうだ。俺にとって一番大事なものに、お前は手をかけた」

 

「うん、わかるよ、すごくわかる。あんなに強くて可愛い子は、中々いないものねぇ」

 

その返答を聞くと、独孤は笑いを堪えきれないようにくつくつと低く笑った。

 

「わかる?お前に?人間の価値を、容姿と強さでしか測れないお前が?」

 

「だって、実際女の子ってその二つくらいでしか測れないじゃないか。君もさ、あの柱の子が弱くて可愛くなかったら、大事にしてないだろう?」

 

ピタリと笑いが止まる。怒りも嘲笑も越えて、こちらを見る彼の感情は―――憐憫だった。

 

「そうか。なるほど。ずっと違和感があったが、ようやく気付いた」

 

「何をだい?」

 

「童磨。お前は惨めな鬼だ。人という生き物を、根本的に理解していない。わからないならそのままでいればいいのに、あくまでも表面ではわかった風を演じる。お前自身、そんなものはどうだっていいと思っているくせに」

 

「―――」

 

何も言えない。言葉が無い。それ程に、独孤の指摘は童磨という鬼の中心を捉えていた。

 

「人を演じるな。気持ちが悪い。吐き気がする。お前は今までも、これからも、他者を理解出来ず自分の在り方さえ認めてやれない、惨めな鬼のままだよ」

 

「…うん。本当に、君も、あの子も、ひどいことばかりを言うなぁ」

 

「カナエにも言われたのか。なら、全部当たっていそうだな。はっはっは」

 

懐に飛び込んで首目掛けて扇を振る。頭を刎ねるつもりだったが、即座に飛び退いた独孤の首の皮一枚を掠めるに留まった。

 

「怒ったか、いや、怒ったフリだな。今のお前の目は、攻撃を躱した俺の速さを見切ろうとしている目だ。本当に怒っている者は、そんな目をしない」

 

「そうだね。君はとても速いから、少しでも目を慣らさないと」

 

「本気を出していない奴が何を言う」

 

気付いていたのか。調子づいて技をたくさん使ってくれれば、今後の戦いに活かすことができたのに。残念。

 

「まぁ、でも、別にいい。童磨。お前はここで殺す。俺の全力を、持てる手段全てを費やして、必ず」

 

呼吸の音が切り替わる。蒸気のような音から、吹き荒ぶ嵐のような音に。

 

「俺も、君を殺さなくちゃいけないんだ。あの方からの命だからね」

 

両腕を振るい、御子を2体生み出す。夜明けまでそう時間は無い。それまでに全身を凍りつかせてやれば、あとは勝手に陽光で焼け死んでくれるだろう。

 

「じゃあ、いくよ」

 

『血鬼術 寒烈の白姫』

 

『血鬼術 冬ざれ氷柱』

 

結晶の御子が異なる技を同時に行使する。どちらも広範囲を攻撃する技。対応するために少しでも隙を見せれば、あとは直接近付いて技を当てれば良い。

 

目を凝らし、彼がどう動くかを見定める。襲い来る二種類の攻撃の前に、独孤は大きく息を吸い込み。

 

「血鬼術 嵐の呼吸 嵐剴無間」

 

全て斬り払い、吹き飛ばし、容易く凌ぎきった。

 

「―――へえ。やっぱり、俺と君とは相性が悪いみたいだ」

 

鬼だから"粉凍り"でも肺胞が壊死しない。一時的な呼吸の阻害は出来るだろうが、そもそも粉凍りが彼の技によって消し飛ばされてしまう。そう考えると、なるほど。ほとんどの剣士には有利に働く血鬼術だが、独孤という存在にのみ、全てが無効化されてしまう。

 

厄介だ。しかし、彼を殺さなければ自分も、猗窩座殿と同じように数を落とされてしまう。あの方に叱られてしまうのは、少し嫌だ。

 

「なら、物量でいこうかな」

 

扇を擦り合わせ、思い切り振る。追加で生まれた御子は三体。計五体の御子と自分が相手なら、鬼が相手でも有利に戦えるだろう。

 

独孤は動じていない。それでも勝つ算段がついているのか。御子には目もくれず、ただ本体であるこちらだけを見ている。それならそれで良い。時間は無いが、情報を集める貴重な機会だ。技、血鬼術を使わせるだけ使わせてから殺そう。

 

 

傷ついたカナエを見た瞬間、怒りで我を忘れそうになった。抱き抱えたカナエは瀕死だった。出血が多い。呼吸も荒い。すぐに絶命するわけではないが、早く手当てをしなければ取り返しのつかないことになる。そのおかげで、ギリギリの所で理性を無くさずにいられた。

 

しのぶちゃんの下へ連れて行かなければ。童磨を牽制しながら、この場を去るべく後ろに重心を移動させると、カナエが俺の胸を叩いた。逃げないで。戦って。私は大丈夫だから。言葉にせずとも、カナエの強い気持ちが伝わってくるようだった。

 

 

カナエは戦った。自分の命すら捨てる覚悟で、上弦の弐という遥か格上の相手に一人で凌いでみせた。立派だ。誇りに思う。ならば、彼女の覚悟を無駄にするわけには、いかなかった。

 

「太刀風・小夜嵐」

 

『散り蓮華』

 

『蓮葉氷』

 

『蔓蓮華』

 

広範囲を斬る暴風を、三つの技が押し留める。なんて非効率だ。恐らくあの氷人形どもに凝った知能は無い。攻撃されたなら迎撃する、迎撃が無理なら回避する、攻撃されていないうちは技を出し続ける、そういった単純な動作しか出来ないはず。

 

しかし、それが一、二体ならまだしも、五体もいるとなれば話が変わる。止めどなく飛んでくる高威力の範囲攻撃。技を出して食い止めても、手の空いたもう何体かが攻め込んでくる。息をつく暇も無い。雨霰と飛んでくる技を躱し、食い止め、そして常に本体である童磨の動きに注意を払い続ける。

 

一歩間違えば全てが崩れる綱渡り。なんとか凌ぎ切れているのは、疲労を知らない鬼の身体だからだ。これが人だったなら、すぐに対応し切れなくなって凍らされるだろう。異常だ。これが上弦の弐か。武を極めた猗窩座とはまた違う、もう一つの頂点だ。

 

「嵐の呼吸 乱れ白波」

 

『寒烈の白姫』

 

『冬ざれ氷柱』

 

『蔓蓮華』

 

斬撃と氷が真正面から衝突し、辺り一面に粉々になった結晶が舞う。

 

『凍て曇り』

 

『枯園垂り』

 

二体からの追撃。もはや吹雪の真っ只中にいるような視界の中、視覚を持たない氷人形は正確無比に技を繰り出す。問題無い。既に次の型の準備は出来ている。

 

「嵐の呼吸 嵐影湖光」

 

すれ違いざまに二体を斬り捨てる。速さはこちらの方が上。首を狙って斬る必要も無い。向こうから接近してくれるのなら、斬ることは本体と比べてあまりにも容易だ。

 

しかし、どれだけ氷人形を斬ったところで意味は無い。本体である童磨を倒さなければ無限に生成される上に、使った技は学習される。堂々巡りだ。それも戦えば戦う程こちらが不利になっていく。形勢を変える一手が必要だった。

 

距離を離すため大きく後ろに飛び退く。その間に童磨が新たな人形を三体生み出す。これで計六体。戦況はさらに厳しくなった。打破する手は持っている。深く深く呼吸を研ぎ澄まし、意識を細く尖らせる。斬ればいい。何もかも。攻撃も、人形も、本体も、全て。

 

「雷の呼吸 壱ノ型」

 

『蓮葉氷』

 

『散り蓮華』

 

結晶の御子が出した技が眼前にまで迫る。遅い。この技は、あらゆるものを置き去りにする。

 

「霹靂一閃・六連」

 

轟く雷鳴が六つ。世界すらも置き去りにする光速の型は、六体の結晶の御子を一瞬のうちに両断した。

 

「―――え?」

 

呆けたような童磨の顔を下から見上げる。隙だ。紛う事なく。霹靂一閃の勢いをそのままに強く踏み込み、刀を振り上げる。首に届く直前で童磨と目があった。焦りは無い。恐怖も無い。淡々と現実を見る目。

 

刀を振り切るが、手応えは無かった。視界に童磨はいない。わかっている。上だ。ちょうど頭の真上に、上下をひっくり返したような姿勢で跳躍し、扇を振る童磨がいる。

 

「これも反応出来るんだね」

 

「当たり前だ」

 

日輪刀を掲げるようにして防ぎ、押し返す。ふわりと宙に舞って反転した童磨は、首を守るよう扇を構えたまま着地した。

 

「―――猗窩座殿の血鬼術だね、それは。他者の血鬼術を真似ることは知っていたけど、この精度で出来るのはかなり困るな」

 

「上弦が、元下弦を恐れるのか?」

 

「もう下弦じゃないでしょ。君はとっくに上弦に並んでる。今なら、猗窩座殿にも勝てるんじゃないかな?」

 

「馬鹿言うな。猗窩座どころか、お前にだって勝てるさ」

 

「それはどうだろうね。ちなみに、なんだけど」

 

唐突に童磨の視線が鋭くなる。びりびりと肌に伝わる強烈な敵意。―――ああ、ようやく。この鬼は、俺を対等の存在として認識した。

 

「―――さっきから、粉凍りを散らして俺の視界を邪魔してるよね?どこまで使えるのか、教えて欲しいな」

 

「さあ。どこまでか、試してみたらどうだ?」

 

―――童磨が俺の技を見切ろうとしていたように、俺も童磨の技を全て見ていた。五体分の攻撃を凌いだおかげで、予定より随分と早く憶えられたのは、僥倖だった。

 

「…確かに、とても危険だね。柱なんかよりもよっぽど。あの方の判断は正しかった」

 

童磨の表情が変わる。余裕のある微笑から、敵意と殺意のある真顔に。

 

「もう侮らない。時間もあまり無いし、これで終わりにしよう」

 

童磨の周囲にある大気が凍りついていく。嫌な予感。首筋にちりちりと走る痺れは、恐らく危機感からくるもの。地面を思い切り蹴って接近する。雷速の疾駆。斬るのはどこでもいい。技を止めろ。そうしなければ。

 

「―――血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩」

 

 




一話で収まる予定だったのが思いの外長くなったので前後に分けます。次回分は珍しく内容が決まっているので遅れない予定です。多分。

追記:
童磨とカナエの邂逅は本来もっと前の出来事ですが、今作では主人公が大量の鬼を狩ったことと、上弦が主人公の討伐で手を取られているため、鬼側の行動にかなりの遅れが出ています。

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