鬼狩りの鬼   作:syuhu

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童磨との戦い・後

見誤った。童磨という鬼を。呼吸を封じる血鬼術に気を取られ、対剣士に特化した鬼なのだと思い込んでしまった。そんなはずがない。何故ならこいつは上弦の弐。入れ替わりの血戦で、呼吸を使わない鬼を相手に戦い位を上げてきたのだ。

 

ならば、血鬼術を撒く"粉凍り"はただの派生、能力の応用に過ぎず。その本質は、正面から戦っても上弦の参ですら勝てない、正統な強者であるはずなのだ。

 

嵐影湖光

 

技を使い、上空から降る巨大な手刀を避けながら斬る。透き通った腕に無数の斬り傷が走るが、即座に修復したのを見る。さっきまでの氷人形とはまるで違う。この氷像は、それこそ上弦並の回復能力を持っている。

 

間髪入れず、反対の手が横に振るわれる。位置取りが悪い。技は使えないと判断し、刀で力を受け流して回避する。しかし、物量を伴った強大な威力を殺し切れなかった。宙に投げ出されて足場が無くなる。その隙を、童磨が見逃すはずは無い。

 

蓮葉氷

 

「ッ!―――青嵐!

 

睡蓮菩薩の肩に乗った童磨が技を繰る。咄嗟に相殺を狙って出した技は、しかし満足な体勢と呼吸で出せなかったせいで、血鬼術の威力を弱めることしか出来なかった。斬撃が舞い、肉がこそげる。刀を持つ右手と軸足は守ったが、それ以外の箇所に深手を負ってしまった。

 

まずい。距離を取って回復しなければならない。だが、童磨がそんな間を許すはずもない。追撃がくる。両腕を交差させる動作は『散り蓮華』。ならば。

 

血鬼術 散り蓮華

 

血鬼術 蔓蓮華

 

呼吸では無く血鬼術で相殺する。どうやらうまくいったらしい。童磨の驚く顔を下から見上げ、ほくそ笑んでやる。

 

しかしその時、同時に別のものも見えた。氷像が三度腕を振るおうとしている姿。―――こっちが本命か。身を捻り、回避しながら技を出す。駄目だ。間に合わない。躱しきれなかった半身に、超重量の手刀が当たる。

 

「ご、がっ」

 

地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。骨が砕けた。臓器も損傷している。人ならば即死だっただろう衝撃を、鬼の身体が既の所で生かす。

 

見えている。ゆっくりと進んでいく世界で、追い打ちに氷像の平手が降ってくる。抵抗を。少しでも足掻きを。身体中の酸素を集めて、ボロボロになった右手を振る。起こしたはずの嵐は、氷像の掌にぶつかって掻き消され。全身を砕く衝撃で意識がとんだ。

 

 

まるで羽虫を叩き潰すような気軽さだった。躱す暇など無かった。間違いなくあの手の下に独孤はいる。鬼の回復力をもっていても、今のをまともにくらえば修復に時間がかかる。多少手をこまねいたが、終わってしまえばなんとも呆気ないものだと、童磨は息を吐いた。

 

しかし、初めからわかっていたことではあった。彼には致命的な弱点がある。それは、あの方から分け与えられた血が絶対的に少ないこと。おかげで傷の修復に時間がかかり、その間に彼はどんどんと、詰みに近付いていった。

 

彼に上弦並の回復力があったなら、もしかすると結果は反対だったかもしれない。だがそれ程に血を与えられていれば、あの方を裏切ることはなかっただろう。結局のところ結果は同じ。彼の最後は実に呆気ないもので、その人生にはなんの意味も無かったのだ。

 

「ああ、可哀想に。鬼は俺にも救ってやれない。せめて全身を凍りつかせて、日に焼けていく痛みを感じないように殺してあげよう」

 

睡蓮菩薩が息を吹く。空気さえも凍らせる息吹は、未だ手の下で潰れたままの独孤も芯から凍てつかせるだろう。夜明けまであと30分も無い。これさえ終われば、後は太陽が上がらぬうちに退くだけだ。

 

「でも、カナエちゃんを食えなかったのは、残念だったなぁ。まぁ、機会はまだあるだろうし、次にとっておこうかな」

 

終りを確信し、何気なく呟いた瞬間だった。―――ミシ、と何かが軋む音。続くように、ミシミシミシと耳障りな音が鳴り響く。誰か人でも通りがかったのだろうかと辺りを見回す。誰もいない。ならばこの音はなんだ。脳の奥を揺さぶられるような、耐え難いこの音は。その時。

 

血鬼術 嵐の呼吸

 

地の底から響く声。下だと気付くと同時に、今すぐに逃げろと本能ががなりたてた。

 

常断ちの神風

 

独孤を押さえつけていた睡蓮菩薩の腕が縦に割れる。そして、自分の左腕も肩から先が切断されていた。

 

「っ、くっ!」

 

宙に跳びながら、左肩を押さえる。危なかった。もし咄嗟に右へ避けていなければ、頭ごと真っ二つに斬られ、ともすれば死んでいたかもしれない。予兆も無く飛んできたのはそれ程の技だった。

 

地面に着地し、すぐに状況を確認する。睡蓮菩薩は無くなった。着地するまでの間に、十重二十重と数え切れない程の斬撃をくらって消滅した。氷の結晶が辺りに舞う。その向こうに、ゆらりと立ち上がり血のように赤い刀を握った独孤がいた。

 

「―――お前は、カナエを食うと言ったのか?」

 

ミシミシミシ。軋む音が鳴り響く。音の発生源は彼の刀、正確には刀の柄部分。音に同調するように、彼の刀がさらに赤く、紅く、染まっていく。

 

「食わせない。誰にも、カナエは殺させない」

 

変化はそれだけでは無かった。独孤の頭部には、鬼を体現するかのような角が生えている。そして全身に走る奇妙な紋様。蔦の如き紋様が四肢に伸び、絡み合っている。

 

空気の重さが増していく。びりびりと彼の覇気が肌を叩く。危機を感じる。上弦の壱との血戦で感じたような、圧倒的な力を前にした時の危機を。

 

血鬼術 結晶ノ御子

 

腕を振って御子を五体生み出し、後ろに下がる。時間を稼がねばならない。何故か未だに修復しない左腕が治るまでの時間を。

 

「だから、童磨。俺の命に替えても、俺は、お前を―――」

 

血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩

 

再度睡蓮菩薩を生み出しながら、自分の傷口に目をやる。肩口の切断面が赤く焼け焦げていた。恐らくこれが、修復を阻害しているのだろう。睡蓮菩薩が消滅したのも同じ理由。どういった理屈かは知らないが、独孤は血鬼術を焼き斬っている。これは脅威だ。上弦の回復力そのものを無効化できるとなれば、その力はあの方にすら届きかねない。

 

「―――殺す」

 

凍て曇り

 

枯園垂り

 

寒烈の白姫

 

冬ざれ氷柱

 

蔓蓮華

 

血鬼術 散り蓮華

 

全火力を集めて攻撃。六つの技、さらに睡蓮菩薩の手刀を重ねて、一瞬で葬り去ると決める。

 

その瞬間、独孤の赤い瞳と視線が交わる。全身に走る嫌な予感。彼は刀を二本持っている。右手に紅い日輪刀。そして左手には黒い、ぎょろぎょろと動く目玉のついた黒い刀。

 

血鬼術 月の呼吸 常世狐月・無間

 

嵐の呼吸 迅雷風烈

 

月が薙ぎ、風が吹いて、雷が巡る。そこにあったのは天災にも近い暴力の塊。抗うことなど出来るはずもない。相手は災害そのものなのだ。出来るとすれば、ただこの嵐が通り過ぎることを祈るだけ。

 

全力の攻撃は容易く斬り払われた。御子も、睡蓮菩薩も、全て消滅した。異なる呼吸を同時に使うという異常。理屈はわからない。しかし、実現出来るのは後にも先にも彼のみだろう。ならばきっと、独孤という鬼はあの方にとって、唯一の(きょうい)なのだ。

 

『ああ、これ、死んじゃうな』

 

独孤が刀を振るう。避けても無駄だ。どちらかを避ければもう一方で殺される。完全な手詰まり。一秒先の世界で、自分の首が飛ぶ光景を幻視する。

 

だが、それでも、感情が湧いてこない。残念には思う。別のやり方ならば勝てただろうとも。しかし思うのはそれだけだ。悲しいとか、悔しいとか、そういう人らしい気持ちはこれっぽっちも無い。ああ、でも、一つだけ。

 

「―――おめでとう。鬼に戻れたね」

 

笑う。恐るべき剣士が、恐るべき鬼になったことを、祝福して。

 

 

どこかから声がした。進まないで。戻ってきて。それはカナエの声だったようにも思えるし、かつての家族だった人らの声にも思えた。

 

「っ、あ?」

 

意識が覚醒する。自分は何をしていたのかと考えて、それに気付く。童磨の手が自分の左胸を貫いている。無慈悲に、無感情に。日輪刀は、童磨の首を斬る寸前のところで、凍り付いていた。

 

「駄目だよ、斬るなら最後までやらないと」

 

童磨の言葉の意味を考えて、思い出す。そうだ。あと少しの所まで追い詰めた。振り切れば首を落とせるところまで。しかし、何者かの声がそれを止めた。その道は進んではならない。斬ったら最後、後戻りは出来なくなると。

 

「ん〜、残念ではあるけど、当初の目的が達成出来そうだから、まぁいいか。これであの方にも喜んで貰える」

 

傷口が凍てついていく。身体の内側から凍らされれば、鬼の再生力など意味が無い。

 

「どうする?あと少しで、君は指一本動かせなくなるわけなんだけど。最後に言い残したい言葉とか無い?」

 

童磨は薄く笑っている。最初から最後まで同じように、ただ貼り付けただけの笑顔を浮かべている。

 

「…ある。一つだけ」

 

「何かな?」

 

「大した事じゃないんだが、童磨」

 

「うん」

 

風が吹く。頬を撫でる、優しい風が。

 

「じゃあな。お前にはもう、会いたくない」

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

「―――え?」

 

音もなく。額に目隠しの札を貼った杏寿郎が、童磨の首を斬る。最後の最後まで偽物の笑顔を浮かべたまま、そうして上弦の弐、童磨は消滅した。




最初からこの戦いは二体一でした。

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