鬼狩りの鬼   作:syuhu

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無限列車を見に行って充分以上に鬼滅分を補充できたので少しずつ再開します。お待たせしてしまい大変申し訳ありません。


夢の世界・前

「独孤さんのこと?知らなかったけど、気付いてはいたよ」

 

蝶屋敷に違和感は無いかと問うと、あっけらかんと善逸はそう答えた。やはりそうではないかとは思っていた。自分が勘付いたのだ。善逸なら、鬼特有の音に気付いていてもおかしくはない。

 

「やっぱり音か?」

 

「それもあるけど。俺、一度独孤さんに会ったことがあるから」

 

「会ったことがあるって、いつ頃の話だ?」

 

「最終選別を受ける前。じいちゃんに会いに来たみたいでさ、その時に、しのぶさんにも会ったんだ」

 

初耳だ。まぁ、今までそんな話をする機会も無かったから、当然ではあるけど。

 

「どんな人だったんだ?」

 

「今まで会った誰よりも強くて優しい音のする人だった。それでいて、めっちゃ怖かった」

 

「なんで」

 

「お前、独孤さんが炎柱と稽古してるとこ一度でも見てみろ!あれもう災害だよ災害!巻き込まれたら死ぬから!!」

 

それは言い過ぎだろ、と喉元まで出かけた言葉を飲み込む。十二鬼月と義勇さんの戦いを見た。少しでも掠れば致命傷を負う程の血鬼術を、義勇さんは容易く全て斬り払った。柱の実力は自分の理解を超えている。それも上弦の鬼を倒した人ともなれば、災害に匹敵してもおかしくはないのかもしれない。

 

「まぁでも、炭治郎が聞いてくれて助かったよ。俺も気になってたけど、しのぶさんもカナエさんも悲しい音がしてたから、聞くに聞けなくてさ。それで、独孤さんの様子はどうだった?」

 

「眠ってた。多分、禰豆子と同じだと思う」

 

「禰豆子ちゃん、長い間目を覚まさなかったんだっけ?」

 

「うん。その時は、二年間眠りっぱなしだった」

 

禰豆子と独孤さんはどちらも人を食わない鬼だ。通常の鬼は、長い間人や獣の肉を食わないと凶暴化すると珠世さんが言っていた。ならばきっと、この共通点は眠り続けていることにも関係しているはず。

 

『珠世さんにも手紙で聞いてみよう』

 

心の中で誓う。独孤さんには早く目覚めて欲しい。禰豆子にとって、独孤さんという鬼らしからぬ鬼の存在が救いであるように。きっと独孤さんにとっても、禰豆子という例外が何かしらの助けになるはずだ。

 

「ぶぼぉっ!」

 

「うわ!何!びっくりした!」

 

眠っていた伊之助が突然あげた寝言のようなものに、善逸が驚いて飛び上がった。よく食べ、よく眠る。心身ともに消耗していた伊之助も、ようやく元の調子に戻りつつある。自分も含めて、あと少し休めば身体を動かしても問題無い所まで回復するだろう。

 

「そういえばさ」

 

「何さ、炭治郎」

 

「鬼も、眠っている間は夢を見るのかな」

 

「さぁ。独孤さんが起きたら、聞いてみたら?」

 

「そうするよ」

 

もし独孤さんが夢を見ているのならば、禰豆子も眠っている時は夢を見ていることになる。幸せな夢だろうか。そうであって欲しいな。日の下に出れない不自由な身体でも、夢の中では自由なのだから。

 

「―――身体の調子はどうですか?」

 

音も無く、しのぶさんがやってきた。自然と背筋が伸びる。何故だろう。しのぶさんと対面すると、悪いことをしているわけでもないのに何かを咎められている気分になる。

 

「かなり良くなってきてます。ありがとうございます」

 

「そうですか。では明日から、機能回復訓練に入りましょうか」

 

「…機能回復訓練?」

 

時間の流れは止まることが無い。そして今日も、乗り越えるべき新たな壁が、目の前に立ちはだかった。

 

 

夢を見ている。長い長い夢だ。終わらない微睡みの中、その世界が流れていくのをただただ眺めている。嫌に現実味の濃いそれはきっと、かつて在った誰かの記憶の中だった。

 

「先生!」

 

少年と少女が、先生と呼んだ誰かに駆け寄っていく。その誰かは自分だった。4、50過ぎの上背のある男。小さな村で医者の真似事のような治療を行い、真似事だから治療費はいらぬと無償で村人を助けていた男だった。世話になった村人たちは、自然と彼を『先生』と呼び、慕っていた。

 

「太郎が怪我したんだ!川遊びしてたら、石の上で転んで腕うって!」

 

「お願い、お願いだから治して先生!」

 

「はい、はい、わかったから」

 

興奮している子供たちを宥めながら、案内されて川の方へ向かう。太郎はすぐそこにいた。大きな石の上に寝そべり、痛そうに右腕を抑えている。

 

「太郎、先生呼んできたぞ!」

 

「先生…?俺、腕が、動かなくて」

 

「そうか。良いことだ。怪我をしたなら動かさない方が大事にならないからな」

 

右腕の様子を見る。出血は無い。しかし患部が熱を持って腫れ上がっている。良くない折れ方をしていそうだった。

 

「太郎。お前は強い男だな?」

 

「…うん」

 

「今から痛いことをする。我慢しなくても良いから、痛かったら思い切り叫べ」

 

「わかったよ、先生」

 

「よし」

 

太郎の右肩を掴み、意識を集中する。指先の感覚にすべての意識を向ければ、見えてくる世界がある。それは筋肉の動きや血液の流れなど、通常見えるはずの無いもの。医者の真似事を始めてから二十年ほどの年月を経て辿り着いた、透き通る世界の風景。

 

一息で折れた骨を継ぐ。誤りなどあってはならない。この手が握っているのは未来ある若者の腕。これから先、多くのものを生み出すであろう可能性に満ちた腕なのだから。

 

「―――ッッッ!!!!」

 

太郎は突然の激痛に叫びながら身体を跳ねさせた。それで腕を再度うっては元も子もない。力づくで押さえつけ、安静にさせる。

 

「よくやった。よく頑張った。もう大丈夫だ。安静にしていれば、元通り動くようになる」

 

「…本当?」

 

「もちろん。なんなら、ちゃんと栄養をつけていれば、今よりも頑丈になるさ」

 

涙を溢しながら、不安げな表情をする太郎の頭を撫でる。すると途端に安心したように、太郎は満面の笑みを浮かべた。

 

『覚えがある』

 

あの無骨な手を。わかりにくい優しさを。記憶を探れば、深い深いところに沈殿していたが、それは確かにあった。

 

『父の手だ』

 

武芸者だった父。甘やかされることなどほとんど無かったが、時折頭を撫でてくれた時の手は、あんな風に優しかったと思う。その光景が今と重なる。それは多分、今見ているこの夢が、自分の先祖の記憶だからだ。

 

幸せな夢だ。穏やかに、緩やかに流れる日々。人を助け、人に助けられながら生きていく男の人生は、まさしく理想だった。

 

―――ある日のことだった。医者は、数日前に怪我の治療をした男から、たくさんの川魚を貰った。こんなにはいらぬと告げたが、貰ってもらわねばこちらも困ると男は突っぱねられ、渋々受け取った。このままでは食べ切れずに腐らせてしまう。干して保存しようかとも思ったが、どちらにせよこの量はいらない。

 

ならば、太郎の家に分けに行こうと思った。あの子の家は6人家族だ。食べ盛りの子供も多いし、何より骨を折って治療中の太郎には、川魚は最適な食べ物だ。すでに日は落ち、辺りは暗くなっている。しかし、道順はよく知っているし、すぐに渡せば今日の夕餉にも間に合うだろう。

 

びくに川魚を入れたままを家を出て、太郎の家へ向かう。月明かりのみが照らす夜の道は、どこか心許無さを感じさせた。太郎の家へはすぐに着いた。だからこそすぐに、その異変にも気付くことができた。

 

家の戸が開いたままになっている。そして6人が暮らしているはずなのに、人の気配が全くしない。胸騒ぎがする。なにか取り返しのつかないことが起きている予感がする。びくを投げ捨て、すぐに開けっ放しの戸から家に入る。そして、大量の血で塗れた室内と、折り重なるようにして倒れる幾人かの人間を見た。

 

「―――、なん、で」

 

すぐに駆け寄って状態を確認する。生きてて欲しい。だが願いも虚しく、倒れている人らはとうに絶命していた。全員見覚えのある人だ。太郎の家族。獣でも入ってきたのか、喉や腹が食い破られて失血死していた。

 

だが、その中に太郎がいないことに気付く。無事なのか。逃れることができたのか。すぐに探したい気持ちもあったが、それよりも村の者にこの危機を伝えなければならない。家の中にまで入ってくる獣が近くにいるのなら、警戒しなければさらに被害が広がってしまう。静かに手を合わせてから太郎の家を出た。ここから最も近い民家まで急ぐべく顔を上げると、月明かりに照らされるように佇む、誰かの姿が見えた。

 

「―――太郎、か?」

 

「…グルルルル」

 

獣のような唸り声。―――違う。これは太郎ではない。微かに見える顔は似ているが、まるで鬼のような形相と、指先から伸びる鋭く長い爪が、これが人とは違う別の生き物であることを示していた。

 

―――鬼。ああ、そうだ。これは鬼だ。手足と口元にべっとりとこびりついた血。この鬼が、太郎の家族を皆殺しにしたのだ。

 

「ガァッ!!」

 

俊敏な動作で鬼が飛びかかってくる。その光景を他人事のように見ている自分がいる。ああ、死ぬ。こんな生き物に襲われたら、生き延びられる人間などいない。最後に思うのは村の人たちのこと。せめてこの危機を伝えてから死にたかった。

 

「―――日の呼吸 円舞

 

夜を照らす強烈な光が、すぐ目の前で瞬いた。何が起こったのか理解する間もなく。飛びかかってきた鬼は、ーーー太郎と同じ顔をした何かは、首を斬られて消滅していった。

 

尻もちをついたまま、唖然とそれを見上げる。消えていった鬼と入れ替わるように、男が立っていた。額に痣。手には黒塗りの刀。覇気も生気も無い、虫すらも殺せなさそうなこの男が、自分を助けてくれた張本人だった。

 

―――それが出会い。今後長く関わることになる、継国縁壱という剣士との初対面だった。

 


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