鬼狩りの鬼   作:syuhu

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夢の世界・終

 

「久彦様、今は、柱合会議の真っ最中ですので…!」

 

「わかっている。だから来た」

 

産屋敷の者に静止を求められるが、知ったことではなかった。わざと大きく足音を立てながら進む。これは主張であり、威圧だ。敵意のある者が近づいている。柱たちにそう伝えるための、私なりの牽制だった。

 

柱合会議が行われている部屋の場所はわかっている。産屋敷邸には数える程にしか来ていないが、向こうから見知った気配がいくつも漂ってくる。例え目を瞑っていても辿り着けるだろう自信があった。

 

「失礼する」

 

間も置かず襖を思い切り開ける。予想通り、そこには現柱の面々と、当主となったばかりのお館様がいた。

 

「久彦、何の用だ!」

 

「柱合会議と知っての狼藉であろうな!」

 

柱の数名ががなりたてる。喧しい。そんなことを、いちいち口にしなければわからないのか。

 

「―――お館様。少しだけ私に、時間を頂きたく」

 

「…縁壱のことだね。わかった。いいよ」

 

「感謝します」

 

お館様に頭を下げてから、柱たちに向き直る。彼らは突然の闖入者に戸惑っているが、私の目的を感づいているだろう炎柱だけは、神妙な面持ちだった。

 

「縁壱が、鬼狩りを追放されたと聞いた」

 

「当然だろう。鬼舞辻を逃し、身内から鬼を出したのだ」

 

「それも抜ける際、先代のお館様を殺して首を持っていったのだぞ!到底許されるものではない!」

 

「わかっている。だから、鬼狩りを追われたのは仕方ない。だが―――」

 

そこで言葉を切り、深く呼吸をする。そう。それはいい。縁壱とて覚悟していただろう。問題は、その後のことだ。

 

「―――誰だ、縁壱に自刃を求めた者は」

 

私が腹に据えかねるのは、その一点。呼吸を教え、広め、人のために尽力してきた縁壱に、自身を殺せと詰め寄る。そんな恥知らずで愚かな言葉を発したのは、どこの誰だ。

 

「――――――っ」

 

思い切り睨むと、さしもの柱たちも気圧されたのか、全員が息を呑んだ。しかし、私は見逃さない。この目は、透き通る世界は、人の全てを見通す。緊張で力の入った些細な筋肉の動きも、早くなった脈動さえも、全てを。

 

「お前たちか、風柱、岩柱」

 

「なっ―――」

 

「っ、どうして、」

 

図星をつかれ、狼狽する両名。しかし私の目を思い出したのか、疑問を最後まで口にすることなく、唇を噛んだ。

 

「縁壱の功績を忘れたのか。皆に呼吸を教えたのは誰だ?最も多くの鬼を斬ったのは誰だ?頻繁に負傷した者を抱え、私の元まで運び助けたのは誰だ?全て縁壱だろう。にも関わらず、よりによって自刃を迫るだと?―――恥を知れ!愚か者が!!」

 

あらん限りの声で叫ぶ。それは私自身、生まれてから初めて出した、心からの叫びだった。

 

「―――貴様ぁッ!!」

 

「やめろ、相手は久彦殿だぞ!」

 

拳を振り上げようとする風柱を、すぐに炎柱が静止する。始めからこうなった時のために備えてくれていたのだろう。風柱の気性なら、刀を抜いていてもおかしくはなかった。

 

「ただでおくものか!私を愚か者と言ったのだぞ、刀も持てぬ高々医者風情がッ!!!」

 

「―――なるほど。それが貴殿の本音か」

 

「当たり前だ!縁壱と同じ世界を見て、自身を高尚なものとでも勘違いしたか?貴様は所詮、鬼の一匹も狩れぬ鬼狩りですら無い弱者だ!!」

 

「―――黙れ貴様ァ!!!」

 

激昂したのは私ではなく、炎柱だった。罵詈雑言を吐く風柱の頬を、叫びながら思い切り殴り飛ばす。障子を抜け、庭先にまで飛んでいった風柱は、意識を失ったらしくそのまま起き上がらなかった。

 

息を吐く。私の意思は決まっていた。最後の最後で、風柱の言葉がそれを後押ししてくれた。

 

「お館様。―――私は、鬼狩りの医者を辞めます」

 

 

「申し訳ない」

 

自分の屋敷で身辺の整理をしていると、炎柱がやってきて私に頭を下げた。

 

「君が謝ることは無いだろう」

 

「いえ。同じ柱として、私たちを支えてくれる人を軽んじる者が身近にいたことは恥ずべきことです。そして、それを止められなかったことも」

 

「真面目だな、君は。縁壱と同じだ」

 

「…そうでしょうか」

 

「そうだ。もう少し柔らかく物事を捉えた方が良い」

 

衣服を畳み、後でわかりやすいよう分別する。大半はいらないものばかりだから、誰かにあげることにしよう。

 

「…戻ってきてはもらえないでしょうか」

 

「無理だな」

 

「風柱には二度とあのようなことは言わせません。我々には、貴方の力が必要です。何卒」

 

再度炎柱は頭を下げた。困ったものだ。恐らく彼は根本的に勘違いしている。

 

「手がな。思うように動かんのだ」

 

「―――え?」

 

「老いだろうな。見えても、身体がついてこない。だから、医者そのものを辞めるつもりだ」

 

年齢など一々数えていないが、恐らく60は過ぎているはずだ。いつ頃からか、茶碗を持つことにすら重さを感じるようになった。こんな身体では、まともな治療など行えるはずも無かった。

 

「時期は窺っていた。あの一件は、まぁ後押しだな。身体も精神もついていかなくなってしまったら、辞めるしかないだろうよ」

 

「そう、ですか」

 

「後のことは、私の手伝いをしてくれていた者たちに頼んである。高名な医者の元で学ばせたから、私よりよっぽど腕は立つだろう」

 

尤も、そのせいでもらった給金はほとんど無くなってしまったのだが。まぁお金など、元々私にはあまり必要の無いものではあったし。それで後継が育成出来たのなら万々歳だろう。

 

「それでだ。実は一つ、頼みたいことがある」

 

「はい。なんでも」

 

「―――縁壱と、連絡を取っているだろう?私は、元いた村で緩やかに余生を過ごす。あいつにそう伝えておいて欲しい」

 

「それだけで良いのですか?」

 

「充分だ。―――煉獄も、暇なら酒でも持ってきてくれ。呑むついでに、身体の調子くらいなら、診てやれるだろう」

 

「…はい、ぜひ」

 

これで、私が鬼狩りですべきことは終わった。悔いが残らないわけではないが、後継が充分育っているのだから、私の存在はもう邪魔にしかなるまい。

 

―――あとは。後悔と、罪の意識で押しつぶされそうになっているだろうあいつを、なんとかしなければ。

 

 

「申し訳ありません」

 

鬼狩りを抜けて、どれだけの時が経っただろう。いつもと同じ、なんでもないある晴れた日の昼下り。突然に私の家を訪れた縁壱は、顔をあわせるなり謝罪の言葉を口にして、深く頭を下げた。

 

その光景に、私は既視感と少しの懐かしさを感じ、笑ってしまいそうになる。やはり同じだ。どちらも同じ、生真面目で頭でっかちなのだ。

 

「まぁ、上がっていけ。話をしに来たんだろう?」

 

「はい」

 

声の調子はいつもと変わらないように思う。久しぶりに会ったが、私の知っている縁壱のままだ。だが、少しだけどこかが違う。無理に気を張っているような、表側を取り繕っているような、ほんの些細な違和感があった。

 

「―――さて。久々だな。私はもう、お前は来ないつもりなんじゃないかと思っていたよ」

 

嫌味ったらしく言ってみる。居場所さえ伝えていればいつか来るだろうと思っていたが、まさか、こんなにも長い間連絡すら寄越さないとは予想が外れた。

 

縁壱は俯いて、申し訳ありませんと、さっきも聞いた言葉を零した。

 

「あわせる顔が、ありませんでした」

 

「何故?」

 

「あなたに助力を願っておきながら、私は取り返しのつかないことをしてしまった。無惨のことも、兄上のことも。何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか、わかりませんでした」

 

縁壱の返答は予想した通りのものだった。実に正しく、生真面目で、そして―――くだらない理由だ。

 

「じゃあ、なにか。ここへ来た理由は、謝罪のためか?」

 

「はい」

 

「そうか。わかった、許す」

 

「………え?」

 

「許す。正直、何を許せばいいのか、わからんけどな」

 

「………」

 

完全に予想外の反応だったのか、縁壱は珍しく言葉を失い、呆けた顔をしている。

 

「鬼舞辻のことも、巌勝のことも、お前に何の責任があるんだ?」

 

「無惨に逃げられたせいで、これからも多くの人の命が奪われます」

 

「お前じゃなかったら逃がすどころか、逆にやられていただろうよ。それに、敵の親玉に手痛い傷を負わせたんだろう?大金星じゃないか」

 

「身内から鬼を、出しました」

 

「身内の罪はお前の罪か?そんなわけがない。悪いのは当人だろう」

 

「…鬼を一人、逃しました」

 

「鬼が皆一様に悪いものとは思わない。鬼舞辻の支配から逃れた鬼だったんだろう?ならば、問題などないだろう」

 

「―――」

 

縁壱は再び言葉を失い、黙り込んだ。その反応だけで、今までどれだけ後悔し、自分を傷つけて生きてきたのかが、わかってしまった。ため息を吐く。不器用なのは知っていたが、まさかここまでとは。

 

「…縁壱。お前は強い。今後同じような人間は、そうそう生まれないだろう。だけどな、お前は人間だ。手足を合わせて4本しかない、ただの人なんだ。神様でもあるまいし、なんもかんも背負ってどうする」

 

縁壱は強い。無数の鬼と戦い、それでも傷一つ負うことがなかった。そして、痣が浮いているにも関わらず、25歳を過ぎてもこうして平常通りに生きている。非凡な才という言葉では足りない。天に愛された唯一無二の存在だろう。

 

だからこそ、周囲の人間は皆縁壱に期待をし過ぎた。縁壱なら。縁壱だから。もし鬼舞辻と遭遇したのが縁壱でなく別の剣士であったなら、誰もここまでの責任を追求しなかったはずだ。

 

縁壱の類稀な強さを知るあまり、彼は自分たちとは違う特別な存在なのだと、皆が思い込んでしまった。そしてその期待に応えるべく、縁壱は強く在り続けようとしてしまった。縁壱とて、傷を負えば血を流し、悲しいことがあれば涙を流す、ただの人だというのに。

 

「人は、出来ること以上はどうしたって出来ない。そしてお前は、出来ることを充分にやってきた。そのことを私はよく知っている。―――ほら。何一つ、私が許すような罪なんて、無いだろう?」

 

「―――」

 

縁壱は黙ったまま、静かに涙を流した。重すぎる責任を抱え、張り詰め続けてきた緊張が解けた涙だった。子供のように落涙する縁壱を見て、私は肩の荷が下りた気分だった。

 

ようやく―――縁壱を人に戻してやれた。それはきっと、同じ世界が見える私にしか、出来ないことだっただろうから。これでもう、思い残すことも無い。

 

 

「縁壱。日の呼吸を見せてくれないか?」

 

最後に見るなら、美しいものがいい。そう思って投げかけた提案を、縁壱は二つ返事で了承してくれた。

 

「以前、別の者にも同じことを言われました」

 

話を聞くと、昔助けた炭焼きの夫婦に頼まれて、型を見せたらしい。その時に、彼らに耳飾りを渡してきたのだそうだ。

 

「そうか。お前も、継いできたんだな」

 

円舞

碧羅の天

烈日紅鏡

 

縁壱は技を繋ぐ。その夫婦が見せて欲しいとせがんだのも頷ける。剣を振るう時、縁壱は天の使いのような神々しささえ感じる。

 

幻日虹

火車

灼骨炎陽

 

目に焼き付ける。もう見ることは無い光景を。最後の透き通る世界を。瞼に、魂に、例え生まれ変わっても思い出せるように。

 

陽華突

飛輪陽炎

斜陽転身

 

私も、縁壱も、やるべきことは為した。後は次代の者が継いでくれる。いつか同じ場所まで辿り着いて、必ずや無惨を倒してくれる。

 

輝輝恩光

日暈の龍・頭舞い

炎舞

 

だから。我々は笑って、幕を引こう。

 

「ああ、本当に。満足のいく人生だった」

 

―――そうして。長い長い、始まりの夢が終わった。




過去話は今回で終了、次回から主人公が目覚めます。活動報告にて、本編に載せるほどでもない設定をコソコソ話として掲載しているので、興味があったらぜひ。
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