鬼狩りの鬼   作:syuhu

29 / 40
目的のために

「一年間眠り続け、目覚めたらすぐに結婚か。よもやよもやだ。おめでとう!実にめでたい!!」

 

「ありがとう杏寿郎。俺も、まさかこんなことになるとは思ってなかったよ」

 

はっはっは、と笑いながら祝福の言葉を口にする杏寿郎。ありがたいものの、まさか鬼になってから結婚を祝われるとは夢にも思っていなかった。

 

「式は挙げないのか?」

 

「挙げないよ。お互い、とても祝えるものじゃないってわかってるからな」

 

「そうか?俺は祝うがな!おめでとう!」

 

「ありがとう。だから、杏寿郎には話したんだ」

 

カナエとも話して、結婚したことを誰に伝えるかは俺に任されている。しのぶちゃん、カナヲちゃん、蝶屋敷の子たちにはすでに話しているが、それ以外は俺が言わない限りはカナエも黙っていてくれるそうだ。よく出来た嫁である。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「俺のことは、まぁいい。それより―――杏寿郎。傷は大丈夫なのか?」

 

杏寿郎の顔には、左目を覆うように眼帯がついている。―――俺が眠っている間、上弦の伍との戦闘でつけられた傷だとカナエに聞いた。だからこそ、怪我の具合を確かめるのと結婚の報告も兼ねて、いの一番に会いに来たのだ。

 

「問題無い!…とは残念ながら言えない。距離感を測るのにまだ苦労している」

 

「勘は掴めそうか?」

 

「掴む。必ず」

 

「そうか。なら大丈夫だな」

 

安心した。杏寿郎がやると言った以上、この男は必ず成し遂げる。上弦とも互角に戦い、列車の乗客を全員守りきった男だ。柱を辞めないかと心配していたが、この様子なら例え腕を失くしても続けそうだ。

 

「そちらはどうだ?普通1年も眠っていれば、まともに身体など動かないだろう」

 

「すこぶる好調。…とは、こっちも残念ながら言えないんだな」

 

「睡魔の原因か?」

 

「そういうこと。今後、嵐の呼吸は気安く使えそうにない」

 

あの睡魔は、血を使いすぎたことによる身体の防衛機能だ。本来の鬼ならば人を食らうことで己の血肉とする。しかし俺や禰豆子ちゃんなどの人を食わない鬼は、補給の手段が無い。供給が無ければ消費できない。それはたとえ鬼の身体であろうと同じ。だからこそ、血を使えば使うほど睡魔は強く耐え難くなり、遂には昏倒同然の眠りに落ちてしまう―――それが炭治郎くんと話し、珠世さんとも連絡をとって導き出した結論だった。

 

「分身を作る血鬼術までは、まぁなんとかなった。それでも時々、急に意識を無くすことはあったけど。でも、上弦の血鬼術を真似て、さらに嵐の呼吸までも作ったのがどうやらトドメだったらしい」

 

童磨を倒すまで保ったのは、まだ十二鬼月だった頃のツケが残っていたからだ。貯蓄を切り崩すような日々。耐えて、耐えて、耐えて、一気に決壊したのが今回の睡眠だ。ならば、貯蓄が全く無い今の状態で嵐の呼吸を使えばどうなるのか。結果は予想するに容易く、試してみようとすら思わなかった。

 

「だから、今上弦と戦えるかって聞かれると、正直微妙なところ」

 

「なるほど。お互いに、一筋縄ではいかなそうだな」

 

目覚めてからは、毎日熊や猪などの獣肉を大量に食うのが習慣になった。少しずつ血の蓄えは増えているが、それでもいざという時のことを考えれば到底足りない。ままならぬものだ。

 

ずずず、とだされた茶をすする。言うべきことは言ったし、後は―――とそこまで考えて、はたと思い出す。そうだ。今日は世間話だけが目的じゃないんだった。杏寿郎が無事だったことに安心して、すっかり忘れていた。

 

「杏寿郎。実は、頼み事がある」

 

「聞こう」

 

「冗談に聞こえるかもしれないけど、至って真面目な話なんだが―――」

 

 

「はっはっは。冗談の方が、まだマシな話だったな!」

 

一通り話し終えた後、杏寿郎はそう言って笑い声を上げた。想像通りの反応。提案しておいてなんだが、我ながら正気とは思えないし。

 

「胡蝶には?」

 

「話した」

 

「どうだった?」

 

「半分呆れてた」

 

「半分か!流石胡蝶、随分と優しいのだな!」

 

反応が厳しい。しかし事実なので言い返すこともできない。杏寿郎は笑い終えてから、ふぅと深く溜息を吐いた。

 

「話はわかった。しかし、わかっているか?お前がやろうとしていることは、鬼殺隊の在り方そのものを変える行為だ」

 

「わかってる」

 

考えた。夢も見ている間も、起きてからも、何度も何度も考えた。自分に何が出来るか。何をすれば一番良いのか。受け継ぐために最も最適なのは何なのか。考えて考えて、出た答えは悪夢みたいな結論だった。実現に動くべきかは悩んだが、最後に背中を押してくれたのはカナエだった。

 

「うまくいかなかったらどうする」

 

「代替案はいくつかある。でもうまくいけば、これが一番可能性が高い」

 

「そうか。―――わかった!協力しよう!」

 

「いいのか?」

 

「うむ!元々そのつもりだったというのもあるが、今の話を聞いて確信した。鬼殺隊で最も鬼舞辻無惨を滅ぼす未来が見えているのは、きっとお前だ。協力しない理由など無い!」

 

「―――ありがとう、杏寿郎」

 

心強い。手繰ろうとしている糸はあまりにもか細いが、一つ一つ、確実により合わせていけば必ずうまくいく。そう信じている。

 

「杏寿郎。次の柱合会議は?」

 

「一週間後だ。間に合うか?」

 

「間に合わせる」

 

「手伝いは」

 

「いらない。頑張る」

 

「そうか!頑張れ!」

 

激励の言葉を背にして立ち上がる。さほど時間は無い。それに、目的の人物に会えるかどうかは半分運次第だ。当てはあるものの確実性があるとは決して言えない。とにかく動くしかなかった。

 

「じゃあな杏寿郎。柱合会議でまた」

 

「ああ。待っている」

 

 

下弦の陸が死んだ。知ったのはついさっきのことで、殺されたのは昨日の話だという。下手人は―――裏切りの鬼、独孤。長い間活動した形跡が無かったことから滅びたのでは、とも言われていたが、まだしぶとく生きていたらしい。

 

残念だ。どうせ殺すなら下弦の弐か参にしてくれれば、席が空いたのに。屋敷の瓦屋根に腰掛けながら、零余子は鬼らしい自分勝手な思考を巡らせていた。

 

「元下弦の壱。まぁ、釜鵺に勝てる相手じゃ無かったってことね」

 

同じ十二鬼月とは言え所詮は下弦の陸。せっかく無惨様に血を分けてもらったというのに、その恩に報いることも出来ないとは。なんて情けない。恥さらしだ。死んで当然だ。

 

「ああ、私の所に来てくれないかな、裏切りの鬼」

 

早くこの力を試したい。無惨様に頂いた血によって、身体能力も血鬼術も今までとは比べ物にならない程向上している。今なら、上弦とだって戦える気がする。

 

「ありがとう累。貴方のおかげで、私はこんなにも強くなれた」

 

累、そして上弦の弐の二人が殺されたことは、私たちにとって都合が良かった。そのおかげで十二鬼月全員は追加の血を貰えたのだし、何より今上弦のうち一つが空席。鬼狩りの頸を取って無惨様へ献上すれば、一気に上弦にまで上がってもおかしくはない。

 

「そういえば」

 

ちょっと前に下弦の壱、魘夢も殺された。でもあれは自業自得だ。功を焦り、一気に力を増やそうとして、柱と鬼狩りたちに負けた。欲張るからそうなるのだ。自分に狩れるものを確実に狩り、少しずつ力をつけていけば良かったのに。あれも、釜鵺に負けず劣らぬ愚か者だ。

 

よっ、と勢いをつけて立ち上がり、瓦の上を跳ね歩く。良い月夜だ。何より静かなのが良い。下の屋敷に住んでいた家族だけは煩かったが、さっき静かになった。ぽたぽたと爪から血が滴る。一舐めすると、口の中いっぱいに芳醇な甘い香りが広がった。

 

「ああ、おいしい、本当に。―――どう、一口食べてみる?」

 

「――――――」

 

それは物音一つ立てず、当たり前のようにそこにいた。黒い着流しと白い髪、そして右目に刻まれた数字。なんて良い日だ。私の望むものが、次から次にやってくるなんて。

 

「裏切りの鬼―――独孤ね?ありがとう、ずっと会いたいと思っていたわ」

 

「―――」

 

返事は無い。私と話すつもりなど無いということか。黙ったままじっと、感情の無い目で私の方を見ている。

 

「無惨様が探しているあなたの頸を取れば、上弦だって夢じゃない。わかる?もっと血を頂けば、私に怖いものは無くなる」

 

上弦の鬼も、鬼狩りも、柱さえも。自由に人を殺し、自由に人を食う。それはなんて素晴らしい未来だろう。

 

「―――屋敷の人達を殺したのは、お前か?」

 

―――と。ようやく独孤が口を開いたかと思えば、呟いたのはそんな、取るに足らない下らない質問だった。

 

「ええ、勿論そうよ」

 

「何故殺した?」

 

「煩かったから。特に赤子ね。ぴぃぴぃと騒いで、頭の中をかき回される。でもただ殺したんじゃ面白くないから、赤子の命だけは助けて欲しいと懇願する母親の目の前で、引き裂いてやったわ」

 

「―――」

 

答えてやると、独孤は再び口を閉ざした。静かな怒気を感じる。まさか、殺したことを怒っているのか。鬼が。下弦の壱になるまで人を食ってきた鬼が。たかがこれしきのことで。

 

「―――くだらない。お前はもういい」

 

もう殺してしまおう。今の私ならそれが出来る。試したいこともたくさんある。無惨様には、殺した後に残った日輪刀でも手土産に持っていけばいいだろう。

 

「…もういい、か。そうだな。その通りだ。鬼は確かにそういうものだった。いつだって、どこでだって、自分のことしか考えない」

 

「説教?お前だって同じ鬼でしょうに」

 

「説教じゃない。諦観だ。お前も、さっき狩った下弦の壱も弐も、皆同じようなことを言う。命を踏みつけにして、それを当然と思い込む」

 

「―――は?」

 

今、この男はなんと言った?下弦の壱と弐を狩ったと言ったのか?嘘だ。そんなはずがない。だってそれが本当なら―――下弦の鬼は私で最後じゃないか。

 

「それに、お前が言ってることも正しい。俺も鬼だ。お前という命を、自分の都合で踏みつけようとしている鬼だ。だから謝らないし、後悔もしない。そういう存在なんだから」

 

そう言って独孤は刀を抜いた。夜の暗闇の中で尚目立つ、血のような真朱色の日輪刀。そこまで経って、ようやく私は気付く。目の前の鬼から息苦しい程の圧力を感じる。それは上弦にさえ劣らぬ、圧倒的な覇気の奔流。

 

「―――俺には目的がある。そのために、滅びてくれ、下弦の肆」

 

「ふざけるな―――!!」

 

血鬼術を発動させるべく腕を掲げる。しかし、何もかもが手遅れだったらしい。すでに私を間合いに捉えていた独孤は、滑らかな動作で刀を抜き。

 

「―――日の呼吸 輝輝恩光」

 

私が最後に見たものは、超常の剣技。闇夜を煌々と照らす、目も眩むような、日輪の如き剣閃だった。

 

 

そして―――来る柱合会議。

全柱が集結する中、独孤はお館様へと、入念に準備していた一言を口にする。

 

「お館様。―――私を、新たな柱として任命して頂きたい」

 




Q,なんで無限列車編の後なのに下弦が生きてるの?
A,上弦だけでもう下弦いらなくね?と思っていた無惨様でしたが、童磨が死んだことにより下弦も活かして少しでも鬼狩りの戦力を削ろうとしていました。が、いずれにせよ主人公に全滅させられた模様。

Q,煉獄さんが戦ったのって猗窩座じゃないの?
A,猗窩座は独孤を仕留めそこなったことにより上弦の陸まで落とされ、さらに無惨からの信頼を大きく失っています。そのため、猗窩座は独孤を探して殺すことに全力を尽くしており、無限列車の近くにはいなかったので代わりに玉壺が駆り出されたようです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。