鬼狩りの鬼   作:syuhu

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鬼の柱

 

「初めまして、俺が竈門炭治郎です。そっちでカナエさんと戯れてるのが、妹の禰豆子です」

 

カナエと再会した後、ちょうど良く任務から炭治郎くんが帰ってきたため、その日のうちにすんなりと会えた。疲れているだろうし明日でも良かったのだが、彼の方からすぐが良いと提案があった。ならばぜひにと、訓練場を借りて会うことに。

 

「初めまして。俺が独孤、元下弦の鬼です。君たちのことは、水柱からも聞いてるよ」

 

「義勇さんから、ですか?」

 

「俺以外の人を食わない鬼を知ってるって、以前に聞いてね。本当はこっちから会いに行こうとも思ったんだけど、鬼殺隊に入るならそのうち会えるだろうって」

 

結果的には、俺が眠ってしまったせいで随分と時間がかかってしまった。やはりあの時さっさと会いに行くべきだったか。少しだけ後悔。

 

「そういえば、珠世さんにはもう会った?」

 

「珠世さんのことを知ってるんですか!?」

 

「知ってる。俺だけじゃなくて、カナエも知ってるよ」

 

「ええ、知ってるわ。綺麗な女性の鬼よね?」

 

ぞくり。何故か背筋に冷たいものが走る。余計なことは言わない方が安全なので、ひとまず聞き流す。

 

「はい。とても綺麗な人でした」

 

「そうなのね。ぜひ一度会ってみたいわ、しのぶもお世話になっているみたいだし」

 

しかし残念、何も知らない炭治郎が藪蛇を突いたのだった。純粋とは恐ろしい。俺もああであったなら、どれだけ楽だったことか。

 

「まぁ、実を言うと珠世さんには、君と禰豆子ちゃんのことを伝えておいたんだよ。万が一見かけるようなことがあったら、手伝いをしてやって欲しいって」

 

「そうなんですか?珠世さんは、そんなこと一言も言ってなかったのに」

 

「俺が内緒にしてもらってた。知りもしない他人からの善意なんて、気味が悪いでしょ」

 

「そんなことありません、少し疑問には思いますが。あと、ありがとうございます!お陰様でとても助かりました!」

 

そう言って炭治郎くんは深々と頭を下げた。実に真面目な反応。やはりこの少年は純粋無垢だ。微笑ましい反面、小賢しい鬼に欺かれてしまわないかと心配にもなる。長く生きた鬼ほど、強さだけでなくそういう搦め手にも長けてくるものだ。

 

実際、珠世さんに彼らのことを伝えたのは、善意が半分打算が半分である。禰豆子ちゃんが俺と同じ人を食わない鬼なら、血液を調べれば良い情報が得られると思ったのが打算の部分だった。そんなことは、態々彼には教えないけれど。

 

「いいよ、別に。代わりにちょっと聞きたいことがあるんだけど、炭治郎くん。君のつけてる耳飾りは、誰かから貰ったもの?」

 

初めて会った時から気になっていた。彼が『ヒノカミ神楽』という得体の知れない呼吸を使うことはカナエから聞いていたが、耳飾りについては会って初めて知った。見覚えがある。それもつい最近、現実では無い夢の中で。

 

「いえ、これは代々家に伝わってきたものです。神楽とこの耳飾りは、必ず途切れさせずに継承して欲しいと」

 

「…君の家って、もしかして炭焼の家系?」

 

「そうですが、どうして知ってるんですか?」

 

炭焼。耳飾り。神楽。揃わないはずの三つの欠片。しかし、あの夢を見た俺にはわかる。彼がそうだ。受け継いだ者。最早失われてしまったかと思っていた技を、継承した者。

 

「炭治郎くん。任務が終わったばかりで申し訳ないが、お願いがある」

 

「なんでしょうか」

 

「ヒノカミ神楽を見せて欲しい」

 

 

ヒノカミ神楽の呼吸を見た時、その再現性の高さに心が打ち震えた。縁壱の生きた時代からは数百年が経っている。その間何代にも渡り、彼の一族はヒノカミ神楽―――日の呼吸の複雑な動作を一つも間違うことなく継承してきた。

 

それは最早奇跡だ。誰か一人でも記憶違いをしたり、継承する前に亡くなってしまっていたらそこで途切れていた。そしてそれが普通なのだ。完璧なものを完璧なまま、損なうことなく再現して受け継ぎ続けることなど、到底普通の人間には出来やしない。

 

だが事実として、ここに受け継いだ少年がいる。足運びから腕の振り方、重心の移動まで全てが正確。剣の型を神楽として継承する。俄には信じがたいが、なるほど、これを見れば頷ける。夢の中でも、久彦は最後に日の呼吸を見たがった。この型は、鬼を狩るための剣技とは思えない程に流麗だった。

 

「―――炭治郎くん。君は、その呼吸を習熟するべきだ」

 

一通りの型を見た後、肩で息をする炭治郎くんに告げる。彼の持つ日輪刀の色は、縁壱と同じ黒。適性があるだろうことは容易に知れた。

 

「はい、俺もそう思うんですが、技に身体がついていかなくて。もっと体力をつけないと、全集中の状態でまともに振り続けられないんです」

 

そりゃそうだろう。なにせ縁壱が使っていた呼吸なのだ。適性の無い剣士なら、そもそも技にすらならない。

 

「体力をつけるのもそうだけど、もっと無駄を削ぎ落とした方が良いと思う」

 

「無駄…ですか?」

 

「見てて」

 

刀を抜き、深く呼吸をする。日の呼吸は夢の中で何度も見た。久彦の視界を通したことで、透き通る世界でも見れた。さらに、今現実でヒノカミ神楽の呼吸を見たのだから、俺に再現できないはずがない。

 

「―――日の呼吸 輝輝恩光」

 

使う型は一つのみ。しかし炭治郎くんになら伝わるだろう。言葉には出来ないほどの細かな動きの違いや、正しい呼吸の間隔が。微かに彼が息を呑む音が聞こえる。反応が薄いのは、今見たものを自分の中に取り込もうとしているからだろう。

 

「…独孤くん、いつの間に新しい呼吸を覚えたの?」

 

「寝てる間に」

 

「普通なら疑問に思うはずなんだけど、何故か独孤くんだと不思議じゃないわね」

 

答えると、カナエは諦めたように目を伏せ、禰豆子ちゃんは型がお気に召したのかキャッキャと目を輝かせて喜んだ。

 

「炭治郎くん。ヒノカミ神楽は、元は日の呼吸と呼ばれた始まりの呼吸だ。強力な反面、使える者は限られているし、体力の消費も多い。だから、とにかく型を繰り返すこと。無駄を削ぎ落とすこと。最適化すること。そうすれば、今よりももっと長く振れるようになると思う」

 

「……父にも、同じことを言われました」

 

ぽつりと炭治郎くんが呟く。

 

「父は、今の俺よりもずっと体力がありませんでしたが、神楽を朝まで舞い続けても、辛くなかったそうです」

 

「そっか。ならそれが、君の目指すべき完成型だ」

 

恐らく、彼の父は辿り着いていたのだろう。すべての無駄を削ぎ落とし、一つに集中した時のみ至る極致に。あの透き通る世界に。

 

「俺にも出来るでしょうか」

 

「出来る出来ないじゃなくてやる。それしか、俺達には道が無い」

 

「――――――」

 

炭治郎くんは突然黙り込むと、自身の誠意を現すかのように姿勢を正し、その場に正座した。

 

「―――独孤さん。お願いがあります」

 

「なに?」

 

「俺にヒノカミ神楽を―――日の呼吸を教えて下さい!!」

 

「いいよ」

 

「そうおっしゃらずにどうか!!」

 

返事も聞かず、ごりごりと炭治郎は額を床に押し付ける勢いで頭を下げる。そのせいで頑丈なはずの訓練場の床板がみしみしいって今にも砕けそう。なんて石頭だ、これなら瓦も割れそうだな、じゃなくて。

 

「だから、いいって。面倒みるよ」

 

「―――え?いい、んですか?」

 

「最初からそう言ってるでしょうに」

 

多分断られると思って、初めから土下座をするつもりだったんだろう。これなら一回断ってみるべきだったか。

 

「元々俺はそのつもりだったよ。日の呼吸を使えるのは、貴重な戦力だから」

 

鬼舞辻の特性と日の呼吸の特性を考えれば、使い手は少しでも多い方が良い。しかし黒刀を持つ隊員はほとんどいない。もしかすると今代では炭治郎くんだけかもしれない。適性があり、既に型を使える炭治郎くんは、放っておくわけにはいかない存在だ。

 

「ありがとうございます!俺、頑張ります!!」

 

「うん。ただ、少しだけ待って欲しい。先にやらなきゃいけないことがあってね、それが終わってからでもいい?」

 

「はい、俺はいつからでも大丈夫です」

 

ああ、そういえば。これからやろうとしていることの説明を、まだカナエにもしていなかった。どうすべきか少しだけ考えて、どうせだから今この場で話しておくことにする。絶対に良い顔はされないが、もう秘密を抱え続けるのは止めたのだ。それに、炭治郎くんにも聞かせておきたい話ではあるし。

 

「カナエ、炭治郎くん。俺、近々柱になるつもりなんだけど、どう思う?」

 

 

「お館様。私を、新たな柱として任命して頂きたい」

 

口にした瞬間、周囲から殺意にも近い敵意をひしひしと感じた。懐かしいものだ。初めて柱たちと会った時も、彼らから同じような意を感じた。もしかすると誰かまた斬りかかってくるやもと思っていたが、どうやら立ち上がる者はいないようだった。

 

「…ふざけてんのかぁてめェ。鬼が、柱になんざなれるわけがねぇだろぉ」

 

「目覚めてから今日までの間、下弦の鬼の全滅と、鬼100体の討伐をしました。まだ足りないなら、上弦も狩ってくるつもりです」

 

「―――な」

 

さしもの風柱すらも、その戦果にはたじろいだ。一般の鬼殺隊員が柱となる条件は、十二鬼月の討伐か鬼50体以上の討伐のどちらか。しかし、鬼が柱に上がる場合など考慮されているはずがない。ましてや、俺は鬼殺隊に協力こそしているものの、正式な隊員ですら無いのだ。全階級をすっ飛ばして柱にしろ、なんて戯言が通るはずがない。

 

ならばどうするべきかと考えた結果、充分以上の成果を示せば交渉の材料程度にはなるだろうと、この一週間で全国を駆け巡って鬼を狩った。大変だったのは下弦の鬼の捜索だ。仕方なく血鬼術も多少使って探し回り、やっとの思いで全滅に成功。鬼100体の討伐は、その過程で得た副産物のようなものだった。

 

「うん。私も、鴉たちから報告を受けている。独孤の戦果は間違いないよ」

 

「ですが、お館様―――」

 

「それに独孤は、杏寿郎と協力して上弦の弐も撃破している。百年もの間、誰も倒せなかった鬼を倒した功績はとても大きい」

 

お館様がこちらを見る。弱々しい。眠っている1年の間に、以前にも増して生気が薄れた。しかし、目の奥に光が見える。それは希望の光だ。俺にとっても、きっとお館様にとっても。

 

「独孤。君は柱となって、何かをしようとしている。そうだね?」

 

「はい」

 

「その内容を教えて貰えるかな」

 

「はい。元より、そのつもりでした」

 

深呼吸。正念場だ。この交渉の結果次第で、鬼殺隊は大きく変わる。

 

「私の目的は―――鬼殺隊全体の強化です」

 

「具体的には?」

 

「血鬼術を使って分身し、多くの隊員と実戦に近い形で手合わせを行います。自分より格上の鬼との戦闘は、何よりも大きな経験になりますから」

 

本来は死と隣り合わせでしか得られない経験を、日常の訓練として積ませる。さらにこの手合わせでは、鬼の頸を実際に狩る所まで経験出来る。弱点を守る鬼と、攻撃を避けながら頸を狙い、狩り取る剣士。これは人同士の手合わせでは、絶対に再現出来ない攻防だ。

 

「さらに、必要に応じて呼吸も教えるつもりです。恐らく隊員には、自分の身体と合っていない呼吸を使っている剣士も多いでしょう。基本の呼吸は全て使えますし、派生もいくつかは習得しているので、適性のある呼吸を教えられると思います」

 

「ちなみに炎の呼吸に関しては、俺にも引けを取らない実力だ!」

 

杏寿郎が胸を張って宣言する。ありがたい援護だが、それはちょっと盛り過ぎだと思う。

 

「なるほど。確かに、独孤がやろうとしていることがうまくいけば、剣士たちが皆強くなれるね」

 

「だが、うまくいかない。いくはずがない」

 

お館様に割り込む形で蛇柱が口を開く。悪意と敵意に塗れた瞳が、身体中を這うようにこちらを睨めつけた。

 

「鬼と訓練する?呼吸を学ぶ?そんなことを許容できる剣士など一人もいない。お前に教えを乞うくらいならば、俺なら腹を斬る」

 

「はい、俺もそう思います」

 

「何?」

 

「なので、鬼殺隊員には俺を殺す許可を与えようと思っています」

 

「―――は」

 

なんだそれは、とでも言いたげな視線。構わず、言葉を続ける。

 

「訓練では無く、本気で俺を殺しに来てもらうんです。呼吸も、教えるのではなく戦いながら盗んでもらいます」

 

剣士たちが持つ鬼への怒りや憎しみ、その感情すらも利用する。人を強く動かす原動力は、結局の所そういった負の感情なのだから。

 

「勿論、柱の方々も俺を殺しにきて構いません。柱が俺と戦う所を見れば、より一層隊員たちも奮起するでしょうし、見取り稽古にもなる」

 

さらに、柱と俺の実力向上にも繋がる。良いことづくめだ。これだけの成果が、俺一人が犠牲になることで得られるのだから、やらない手は無いだろう。

 

「…独孤。君が、柱になりたい理由は」

 

「鬼殺隊にとって、最も身近で強大な敵になるためです」

 

効率だけを考えた結果、これが最も多くの剣士を短時間で強化できる方法だった。ただ、カナエには申し訳無いことをしていると思っている。鬼殺隊を強化するためとは言え、結婚した相手が同僚に殺されるかもしれない、という状況は気が気じゃないだろう。呆れられて当然だ。それでも協力してくれるのだから、一生頭が上がらない。

 

「それに、恐らくそう遠くない未来、鬼舞辻との決戦があるでしょう。ならば、一刻も早くそれに備えておきたいのです」

 

「どうして、そう思うんだい?」

 

「鬼舞辻の目的は、日を克服すること。日を克服した鬼を作り、自身に取り込むこと。そして私と竈門禰豆子は、いずれ日を克服するからです」

 

そうなれば、鬼舞辻は何が何でも確保するべく動くだろう。そしてその時こそが絶好の好機。穴倉に引きこもり出てこない鬼舞辻を狩る、唯一無二の機会。

 

「そうか。独孤は、そこまで見えているんだね。…わかった。独孤、君を鬼殺隊の新たな柱として、任命する。反対する者はいるかな?」

 

「――――――」

 

誰も口を開かない。ただ、ギリギリと歯を強く噛みしめる音だけが聞こえる。恐らく風柱だろう。心情は読める。『鬼が柱になるなど認められない、しかし、柱になれば堂々と殺しにいける、ならば今だけは我慢する他無い』。大まかにそんなところか。

 

自分を殺す許可を隊員全てに与える。危険しかないはずの条件によって、彼らは俺を柱に認めざるをえなくなる。当初の予定通り。効率を求めながら反対派の意見さえも封殺できる、最後の一手。

 

「無いみたいだね。なら、今この時より、独孤は鬼殺隊の柱だ。独孤は、何か名称に希望はあるかな?」

 

「はい。一つだけ、決めていた名が」

 

聞けば、誰もが耳を疑うような名。全ての剣士から恨みを買い、必ずや倒さなければならないと思わせる、唯一の名称が。

 

「―――鬼柱、独孤。就任させて頂きます」

 

 




鬼が柱になるというあり得ない状況が実現するとしたら、これぐらい主人公が自分を犠牲にしてくれないと可能性すらないだろうなと考えた結果こうなりました。次回から一方的に命を狙われつつこっちからは殺さないよう気を使って手合わせしまくるというハードモード訓練が始まります。あれ、本当に前の話で結婚したか…?
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