鬼狩りの鬼   作:syuhu

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手合わせ

「水の呼吸 肆ノ型 打ち潮」

 

目の前の剣士が決死の覚悟で振るった型は、実に遅く、不正確で、中身の無いハリボテのような技だった。

 

「温い」

 

「―――な」

 

間合いを一歩詰め、鍔に近い刀の根元を鷲掴みにする。握りこんだ手の平からは出血すらしていない。刀の根元は元々力の伝わりづらい部位ではあるが、今回はそれ以上に使い手の腕が悪い。

 

「振るうまでの判断が遅い。振るった後の踏み込みが甘い。そもそも、不利な体勢で振るうと決めた判断が悪い。―――総じて、君は駄目駄目だ」

 

「うわぁっ!」

 

反対の手で剣士の手首を掴み、捻りながら投げる。受け身を取らなければもろに頭から落ちる角度だが、既の所で身体を入れ替え、受け身をとってみせた。

 

「おお、うまいうまい。才能の無い剣なんて辞めて、柔の道にでも進んだらどうだ?」

 

「うるせぇ!!」

 

指摘に激昂したのか、叫び声を上げながら剣士は疾走する。中々に早い。今までよりずっとうまく身体を使っている。だが、それだけだ。

 

「え」

 

こちらも疾駆、名も知らぬ剣士の横に並ぶ。突然のことに彼は動揺、さらに何も考えず全力疾走したものだから、危険を察知しても体勢は変えられない。

 

足首と胴を掴み、ひっくり返すよう地面に叩きつける。力はいらない。速度を利用して転がしてやれば自分から地に飛び込んでいく。

 

「がっ、は」

 

「訂正。君は柔にも向いていない。この程度で受け身も取れなくなるんなら、大怪我して終わりだな」

 

「―――っ、ぐ」

 

背中からまともに落ちたせいか、呼吸すらままならない様子。溜息を吐く。この程度の剣士で、階級が庚か。剣士の質が落ちていると柱たちは言っていた。蝶屋敷で会った3人を見る限りそんなことも無いだろうと思っていたが、あれは彼らが特別だっただけらしい。残念ながら一般剣士の腕は、予想していたよりも数段劣るものだった。

 

「大体君ね、刀が薄ぼんやりと赤いじゃないか。なんで水の呼吸?習得するなら炎の呼吸だろ。色の判別もつかないか?」

 

返事はない。だが、目はまだ生きている。こちらを睨み殺さんばかりに見開かれた目は、心が折れていない証拠だ。そうこなくては。せっかくここまで煽っているのだから、怒りを原動力にしてもらわなくては割に合わない。

 

「見てろよ、今から使うのが炎の呼吸だ」

 

ならば追い打ち。怒り、憎しみ、加えて死の危機感を味わわせれば、もしかしたら何かが芽吹くかもしれない。柄を握り、腰を落とす。狙いは未だ動けないままの、名も知らない剣士の頸。

 

「落とすぞ。文句はないな?」

 

宣言してから一拍置き、刀を振るう。殺すつもりはない。しかし、ある程度の怪我は覚悟してもらわなければならない。そう思って振るった刃は、しかし予想に反して空振った。

 

「―――はっ、はっ、はっ」

 

間合いから一歩離れた場所に、肩で荒く息ををしている剣士の姿。その呼吸は、今まで使っていた水ではなく、たった今見せたばかりの炎の呼吸。元からあったのか、今憶えたのかは知らないが、身のこなしは格段に向上している。彼は今、壁を乗り越えた。死の間際にこそ発揮される集中力が、肉体を最大限に活かせる方法を選び取ったのだ。

 

「そうそう、その調子。じゃあ次は、いちいち斬る時に宣言なんてしないから、ちゃんと避けろよ」

 

「っ、くそがぁぁッ―――!」

 

 

―――と。目の前で繰り広げられる分身と隊員たちの手合わせ―――最早訓練とは呼べない死合のような様相だが―――を見ながら、茣蓙の上に座ってのんびりと茶を啜る。

 

順調である。屋敷の広い庭に集まった柱未満の隊員、総勢十名が、分身の頸を取るべく必死で戦っている。集まった剣士は玉石混交。期待できる者もいれば、歩みが遅い者もいる。しかし、誰一人として足を止めることはない。彼らの狙いは唯一つ、本体である俺の頸。鬼の柱など許さないと集まった剣士たちなのだから、その目的がこうして目の前にいる以上、止まることなど出来ないのだろう。

 

『分身に勝った者のみ、俺との手合わせを許す。血鬼術で作った偽者にも勝てなければ、手合わせ自体が無駄だろうからな』

 

集まった剣士たちにそう告げたときの、敵意と殺意がないまぜになった瞳を思い出す。親の敵でも見るような目だった。もしかすると、本当に誰かの敵なのかもしれない。まぁだからといって、易易と頸をとられるわけにはいかないのだが。

 

「独孤くん、お茶請けにこれはどう?」

 

「何、これ」

 

「蜜璃ちゃんから貰ったの。最近流行っている海外のお菓子ですって。シュークリーム?とかって名前だそうよ」

 

「うまい」

 

茶を啜りつつもぐもぐ。赤子の握りこぶしのような外見なのに、これがどうして中々うまい。特に中に入っているふわふわが素晴らしい。牛乳の加工品だろうか。流行っているのも頷ける味だ。

 

「お茶、おかわりいる?」

 

「いる。濃いめで淹れてくれると助かる」

 

「ええ、分かったわ」

 

ぱたぱたと屋敷に戻っていくカナエを見ながら、ほうと息を吐く。ここだけ空気があまりにも穏やか過ぎる。すぐ先では、殺すか殺されるかに足を踏み入れつつある手合わせが行われているというのに。カナエの出す柔らかな空気感がそうさせているのだろう。終いには、言葉に甘えて茶など啜っている始末。

 

「…うーん、こんなつもりじゃなかったんだけどな」

 

鬼殺隊員の目がある場所では、カナエとは口をきかないつもりだった。鬼殺隊の敵として柱になった以上、元柱のカナエと仲の良い所など見せるわけにはいかなかったからだ。しかし。

 

『いやよ。絶対いや』

 

取り付く島すらなかった。何度か説得を試みたものの、聞いてくれる気配すらなかった。カナエに無理をさせ続けた俺の立場ではこれ以上強く言うこともできず、結局こうしていつも通りの関係のまま接している。それがまさか、良い方向に働くとは思いもせずに。

 

「…まぁ。鬼殺隊に入れば、嫁なんて貰ってる暇も無いのはよくわかるんだけど」

 

カナエと親しげに話すたび、剣士たちからの敵意が一層強くなる。視線に混じる粘っこい感情の正体は、恐らく嫉妬だろう。その証拠に、若い剣士よりも、20歳を過ぎた辺りの剣士から感じる敵意の方がずっと強い。

 

考えてみれば当たり前のことだ。カナエは柱になるほどの実力者である上に、引退した後は蝶屋敷で怪我を負った隊員の治療を手伝っていたと聞く。器量も良く、容姿も申し分無い。隊員からも憧れの存在だっただろう。

 

カナエにも敵意の矛先が向いてしまうのでは無いか、という疑念も問題無かった。どうやら隊員たちの間で俺は、カナエを誑した悪鬼ということになっているらしい。あながち間違ってもいないし、それでカナエが無事なら万々歳なのだが、なんかこう、気持ち的に納得しがたいものがある。

 

「嫉妬されるほど、恵まれてるかなぁ、俺」

 

「恵まれてるに決まっているでしょう。姉さんと結婚しておいて、まだ不満があるんですか?」

 

「や、そこんとこは一切不満無いんだけどさ。―――お疲れ、しのぶちゃん。どう、良いお茶請けあるんだけど食べてかない?」

 

「後で頂きます。少し様子を見に来ただけなので」

 

そう言ったしのぶちゃんの顔には、どこか疲れが滲んでいた。放っておくと無理をする子だ。目的を見つけると自分のことを疎かにする傾向がある。カナエと俺、そして珠世さんで注意はしているが、四六時中見張っているわけにもいかない。目の届かない場所でまた無理を重ねていてもおかしくなかった。

 

「ダメ。ここで休んでいきなさい」

 

「どうしてですか?」

 

「しのぶちゃんがとても疲れてるから。信じられないなら、ちゃんと見るけど良い?」

 

「…わかりましたよ、もう」

 

溜息を吐いてから、しのぶちゃんは茣蓙に座った。透き通る世界を脅しに使うのは少し卑怯な気もしたが、それで彼女が素直になってくれるなら良い。しのぶちゃんとて、疲労を自覚しているからこそ大人しく指示に従ってくれたのだろうし。

 

「どう、研究は順調?」

 

「順調です。今まで出来なかったことが急速に進展していきます。今まで私は何をしていたのかと、後悔してしまいそうになるくらいに」

 

「そりゃそうだ。なんせ数百年生きてる君の大先輩なんだから。どんどん吸収して、学んでいきなさい」

 

「…わかってますよ、言われなくても」

 

今この屋敷―――鬼屋敷だとか呼ばれている場所には、実際に鬼が3体いる。俺、珠世さん、愈史郎くん。何の因果か、鬼を倒すべく人に協力する鬼たちが、こうして一箇所に集まっているのだ。

 

「でもまさか、俺が目覚める前から珠世さんと共同で研究していたとは。確かにお願いの手紙は出してたけど、そこまで交流が深くなるとは思わなかったよ」

 

童磨を倒した直後、猫に渡した手紙がそれだ。長い眠りにつくからしばらく連絡は取れなくなることと、鬼を殺す毒を作った天才が身近にいるので、良かったら協力して上げて欲しいことを書き残しておいた。しかし、正直にいうと期待はしていなかった。しのぶちゃんは鬼を嫌っているし、珠世さんとてよく知らない人間と、しかも鬼殺隊の剣士と接触するとは思えなかったからだ。進めるなら起きた後、俺が直接交渉をしてからが始まりだろうと、そう想定していたのに。

 

「私も、ただの鬼となら協力など絶対にしませんでしたよ。以前、独孤さんは私に鞄をくれたでしょう?血鬼止めと、鬼の回復剤が入っていたものです」

 

「ああ、言われてみればそんなこともあったね」

 

「…はい、あったんです。その薬を作った方ともなれば、私が先に進むためにも力を借りる必要がありました」

 

なるほど、あれがきっかけとなったのか。ならばやはり、あの時の判断は間違っていなかった。まさか彼女のタメになるだろうと思って渡したものが、こんなにも先になって縁を繋ぐとは。

 

「なら良かったよ。研究に必要なものがあったら何でも言ってね、柱には欲しい分だけ給金が貰えるそうだし、大抵のものは準備できるよ」

 

実は、これも柱になった目的の一つだったりする。この先の戦いを見据えるなら、珠世さんと協力することは必須だった。ならば必要になるのは、珠世さんの身の安全を保証できる環境と、研究を支援できるだけの金銭。柱になれば、その両方を一度に解決できる。さらに、珠世さんの援助があれば血鬼術も使いやすくなる。良いことづくめだ。

 

「あー、そういえば、愈史郎くんとは仲良くできそう?」

 

「無理ですね。仕事仲間としては文句ありませんが」

 

「だよねぇ。しょうがないか」

 

愈史郎くん、この屋敷に来てからずっと不機嫌だし。多分珠世さんと二人きりになる機会が激減したのが気に食わないのだろう。気持ちはわからないでも無いが、そこまで配慮するのは流石に厳しい。珠世さんに時折窘められているものの、しばらくはぴりぴりしていそうだ。

 

「あら、しのぶ。あなたも休憩?」

 

「ええ、独孤さんに言われて仕方なく」

 

「そうね、休みは大事だもの。しのぶもお茶はいる?」

 

「いる。ありがとう姉さん」

 

急須にお茶を入れてきたカナエが、予備で用意していた湯呑に茶を注ぐ。俺の分も貰っておこうかと考えて、はたと止まる。分身が斬られた。遅れて響く落雷のような轟音。見るまでもなく、下手人の正体は知れた。

 

「善逸くん、遅いよ。君ならもっと早く斬れただろう」

 

「――――――」

 

返事は無く、善逸くんは俯いたまま。眠っているのだろうか。いや、さっきまでは確かに起きて、嫌々ながら分身相手に刀を振っていた。ならばこの反応は。

 

「―――刀を抜けぇ!!この、裏切り者がぁぁぁ!!!」

 

突然の叫び声。善逸くんは目をひん剥き、額に青筋を浮かべ、どこからどう見ても激怒していた。

 

「裏切り者?俺が?」

 

「たりめぇだ!!カナエさんだけでなくしのぶさんとまでいちゃいちゃいちゃいちゃしやがって!!嫌がらせか?!嫌がらせなんですか?!効果覿面だよこの野郎!!!死ぬほど羨ましいよ!!」

 

だんだんと地団駄を踏む善逸くん。うーん、清々しいほどの見苦しさ。ずっと眠って鬼を斬ってる方が良いんじゃないか、この子。

 

「だから、俺はアンタを斬る!!覚悟しておけ、ボロボロのグチョグチョになるまで斬り刻んでやるからな、男の敵がぁぁ!!!」

 

「はっはっは、できるもんならやってみるといい」

 

とは言うものの、油断は出来ない。彼の瞬間的な速さは柱にも並ぶ。持久力の無さや不安定さなどの問題はあるが、一点に特化した者の怖さはよく知っている。殺さず、殺されないよう、適度に手を抜いて戦わなければならないが。

 

「―――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 八連」

 

いや、それにしても本気で殺しにきてるな、これ。

 

 




鬼屋敷は蝶屋敷のすぐ近くにあります。敷地面積が非常に広いのと蝶屋敷のすぐ近くにあるのが特徴で、しのぶとカナエはその間を行ったり来たりしています。

独孤が柱となった際、長い間放置されていたお屋敷を修繕、改修して使われていますが、元々鬼殺隊が所持していた物件であり、昔は鬼殺隊に協力する腕の良い医者が住居として使っていました。敷地面積が広いのは、時々遊びにくる剣士が庭で自由に刀を振るえるように考慮した結果だそう。独孤は初めて屋敷に来た時、どこか見覚えのある風景に心がふわふわしたようです。

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