鬼狩りの鬼   作:syuhu

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吉原遊廓1

「お前の嫁の力を借りたい。頼む」

 

突然に屋敷を訪れた音柱―――宇髄天元は、そう言って何の躊躇いも無く土下座をした。こんなことを気軽にする男でないことはわかっている。である以上、彼が持ち込もうとしているのは間違いなく、特大の面倒事だ。

 

「…俺とカナエが結婚してるって、誰から聞きました?」

 

「俺は忍だ。それくらいの情報は、寝ていても飛び込んでくる」

 

「言わなきゃ手伝いません」

 

「甘露寺だ。甘いもので一発だった」

 

…蜜璃ちゃんめ、内緒だって言っておいたのに簡単に釣られてるじゃないか。カナエやしのぶちゃんと仲が良いから教えたが、やはりあのおっちょこちょいに話したのは間違いだったやもしれぬ。今更後悔した所でどうしようも無いが。

 

「教えたんだから、手伝うってことだよな?」

 

「事と次第によります。大事な嫁を、事情も知らずに危険な場所へ送り込むわけにもいきませんから」

 

答えると、音柱は驚いたように目を何度か瞬かせてから、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「ほ〜う。お前、案外身内を大切にする性質だったんだな、知らなかった」

 

「そりゃね。誰だってそうでしょう?」

 

「そうだな。誰だって、そうだ」

 

含みを持たせたような言い方だった。まぁ、それは良い。踏み込むとしても、今では無い。

 

「それで。態々引退した剣士を引っ張り出すだけの理由が、あるんですか?」

 

「ある。多少俺の推測も入っているが、今回の件は上弦が絡んでる」

 

「――――――」

 

上弦。自然と頭に浮かぶ童磨の顔。起きてからまだ二ヶ月と少し。また上弦と関わるのか。

 

「…わかりました。詳しく教えて下さい」

 

「そのつもりだ。あと敬語はいらねえ。派手にむず痒い」

 

「良い痒み止めでも渡しましょうか?」

 

「……」

 

「冗談だよ。急ぎなんだろ?始めてくれ」

 

「わかったよ。クソが」

 

最近思うことがある。柱もやはり、人なのだ。

 

 

花街―――遊郭に潜入していた天元の嫁からの定期連絡が途絶えた。遊郭は夜の街だ。鬼が潜むには絶好の場所と読み、前々から調査を行っていたらしい。長いこと鬼の尻尾は掴めなかったそうだが、今回急に連絡が途絶えたということは、恐らく。

 

「俺の嫁は優秀なくノ一だ。そこらへんの鬼なら問題無く対処できる。それが、3人同時に途絶えたってことはだ」

 

「上弦の可能性がある、てことだな?」

 

「ああ、俺はそう読んでる」

 

いや、まぁ、うん。その推察は理に適っているし、充分考えられるんだろうけど。

 

「3人って何?」

 

「俺の嫁」

 

「3人いると?」

 

「おう」

 

「…おぉふ」

 

すご。というか怖。出来るとか出来ないの話ではなく、その不安定な状況を瓦解させることなく維持できているのが怖い。

 

「羨ましいんなら、お前ももう一人くらい嫁をとったらどうだ?胡蝶の妹ならいけんだろ」

 

「…また、恐ろしいことを。そんなつもりは無いし、向こうだってごめんだろうよ」

 

「じゃあ、胡蝶妹が良いって言ったらどうすんだ?」

 

言われて、想像してみる。しのぶちゃんが顔を赤らめ、結婚してくださいと言う。想像出来なかった。

 

「無い。絶対無い。それ、しのぶちゃんに言うなよ?被害を被るの何故か俺なんだから」

 

「わかった。俺からは言わない」

 

何か言い方にひっかかりを覚える。が、まぁそれはそれとして、本題を進めねば。

 

「で。カナエの力を借りたいってことは、同じように潜入して情報を探って欲しいってことか?」

 

「おう。客として手に入る情報には限界がある。居場所さえわかれば何も遠慮せず突っ込めるんだが、それすらも難しそうだからな」

 

遊郭で働く女性が、客に同僚の情報を流すとは考えられない。第一、知れたとしてその情報が正しいかどうかすらも疑わしい。相手は鬼だ。それも、遊郭という清濁入り混じる環境に紛れ続ける頭の回る鬼だ。確かな情報の出所でなければ、こちらが足元を掬われかねない。

 

「でも、カナエはもう柱を引退してる。退いた理由くらい、知ってるんだろ?」

 

「長い時間の戦闘が出来ないんだろ?知ってるが、他に頼めるヤツがいないんだよ。胡蝶なら、上弦が相手でも俺が助けにいくまでの時間は稼げるだろうが、他のヤツじゃそうはいかないからな」

 

「蜜璃ちゃんは?」

 

「任務中で、しばらく戻らないそうだ。…それに、甘露寺がこういう繊細なことを出来ると思うか?」

 

「―――思わない」

 

蜜璃ちゃんには失礼だが、まったくもって思わない。あの子はあれだ、単純な力押しならめちゃくちゃ強いんだが、潜入とかは絶対させちゃいけない子だ。途中で目的を忘れるか、やる気が空回りしてどこかでとちる未来が見えてくるようだ。

 

「だろ?となると必然、次の候補は胡蝶になる。申し訳無いとは思っているんだが、そもそも鬼殺隊には女剣士が少ないから選択肢が無い」

 

「…なるほど、事情はわかった」

 

あとの判断は俺次第、なのだが。念の為、聞いておくべきことがある。

 

「どうせ、ここに来る前に、カナエの所に行って話だけはしてるんだろ?なんて言ってた?」

 

「独孤くんの判断に任せるわ、だそうだ」

 

「あー、うん。そうだわな」

 

カナエの言いたいことはわかっている。『協力したいが、独孤が私の安全を優先するなら従う。』大体そんなところだろう。でなければ、俺の所にこの話がくる前に天元は引き返しているはずだ。

 

どうするべきか考える。というより、答えは半分決まっているから、考えるべきは別のこと。最も危険が少なく、最も効率良くことを進める方法。今必要なのはそれだった。

 

「もし、俺が断ったら?」

 

「蝶屋敷で適当な剣士でも見繕って行かせる。男でも、化粧すればなんとか誤魔化せるだろ」

 

適当すぎる。カナエの元へ先に行って保険をかけておいた程慎重だったくせに。ならば余計に、断れるはずが無い。

 

「わかった、協力しよう。その代わりに、二つ条件がある」

 

「なんだ?」

 

予想していた返答だったのか、天元はさして戸惑う様子も無かった。

 

「まず一つは、人員の追加。元は3人でやっていた潜入なら、カナエ1人に任せるのは負担が大きい。人員はこっちで用意するから、あと3人追加したい」

 

「俺は構わねぇが、当てがあるのか?」

 

「しのぶちゃんとカナヲ、それに俺の継子を連れて行く」

 

カナエが行くとなれば、しのぶちゃんやカナヲとて断るまい。継子に関しては無理矢理にでも連れて行くつもりだから問題なし。彼には経験を積んでもらわなければならない。上弦と戦闘を行えるだけの実力はまだ無いが、どの状況でも自分に出来る最善を見つけ、行動する判断力を身に着けてもらいたい。

 

「なるほどな。俺としては願ったり叶ったりだ。問題ない」

 

「なら二つ目。こっちの方が重要なんだが」

 

「おう」

 

「―――俺も行く」

 

カナエだけを危険な場所に連れて行って、待っていることなんか出来るものか。そんな内心を読み取ったのか、天元は呆れたような微笑を薄く浮かべ、好きにしろと言った。おう、好きにするともさ。

 

 




遊郭編は全カットするつもりだったんですが、うまく話に絡められそうだったので急遽方向転換が入りました。

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